ドイツ発のマルチスポーツブランド。1920年、ドイツ・ヘルツォーゲンアウラッハにて、兄のルドルフ・ダスラーと弟のアドルフ・ダスラーにより、靴製造会社「ダスラー兄弟商会」を設立したことが始まり。1949年に兄弟は独立し、アドルフはアディダス社を、ルドルフはPuma(プーマ)の前進であるルーダ社を設立した。
3本線の「スリーストライプス」と三枚の葉をイメージした「トレフォイルロゴ」がブランドアイコンとして有名。
サッカー、テニス、ランニング、ゴルフ、ヨガなど、あらゆるスポーツの関連アイテムを提供し、世界中でプロ・アマ、老若男女問わず愛用されている。
シューズでは「スーパースター」、「スタンスミス」などが定番アイテム。
近年では、デザイナーやファッションブランドとコラボレートした「adidas by Stella McCartney(アディダス・バイ・ステラ・マッカートニー)」、「Y-3(ワイ・スリー)」、「adidas Originals Denim by Diesel(アディダス オリジナル デニム バイ ディーゼル)」などを発表し、機能的かつファッション性を高めたアイテムを展開している。
アディダスグループは、adidas、Reebok(リーボック)、TaylorMade-adidas Golf(テーラーメイド・アディダス・ゴルフ)を傘下に持つ。
1920年、ドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハにて、兄のルドルフ・ダスラーと弟のアドルフ・ダスラーにより、靴製造会社「ダスラー兄弟商会」を設立。室内用のシューズ作りを開始。
1924年、スポーツシューズ製造工場を建て、本格的な体育館用シューズの製造を開始。
1925年、6本の固定スパイク付きランニングシューズを発表。
1929年、世界初の釘止めスタッド付きサッカーシューズを発表。
世界的なスポーツの祭典オリンピックに目を向け、数多く選手たちと共にシューズの品質・安定性を追求。それにより「ダスラー兄弟商会」は、飛躍的に成長する。
1949年、アドルフ・ダスラーが独立し、ヘルツォーゲンアウラッハにアディダス社を設立。
adidasのトレードマークの3本線が誕生。
1962年、3本線の入った初のトラックスーツを発表。
1963年、ボールの製造を開始。
1964年、世界最軽量のシューズ「トキオ64」発表。片足わずか96g。
1967年、兼松江商株式会社(現・兼松株式会社)がアディダスと販売代理店契約を結び、日本にアディダスを広め始める。
1970年、日本企業デサント社と提携し、競技ウェア「アディダス」の製造・販売を開始。(1998年に契約解消。)
サッカーボール「テルスター」が初めてFIFAワールドカップの公式ボールに採用される。
バスケットシューズ「スーパースター」、クロスカントリー用シューズ「カントリー」を発表。
1972年、3枚の葉がデザインされた「トレフォイルロゴ」を発表。
1994年、FIFAワールドカップの公式マーケティングパートナーとなる。
1995年、フランクフルト証券取引所に上場。
1997年、ウインタースポーツ用品メーカー、サロモンを買収。世界ナンバー2のスポーツ用品メーカー、adidas-Salomon AG(アディダス−サロモン)グループが誕生。
1998年、FIFAワールドカップの公式スポンサーとなる。
1998年2月19日、日本法人アディダス ジャパン株式会社を設立。1999年より本格展開。
2001年秋冬、デザイナー山本耀司とコラボレートした「Adidas for Yoji Yamamoto(アディダス・フォー・ヨウジヤマモト)」をスタート。
2003年、山本耀司とのコラボレートブランド「Y-3(ワイ・スリー)」を発表。
2005年、adidas-Salomon AGがリーボック株を取得し、リーボックをグループに加える。
フィンランドのスポーツ用品メーカー、アメアスポーツコーポレーションにサロモン部門を売却。
2006年5月29日、adidas-Salomon AGからadidas AG社へ社名変更。
デザイナーStella McCartney(マッカートニー)とコラボレートし、レディース・スポーツウエアライン 「adidas by Stella McCartney(アディダス・バイ・ステラ・マッカートニー)」 をスタート。
2008年、ファッションブランド「Diesel(ディーゼル)」とコラボレートし、デニムライン「adidas Originals Denim by Diesel(アディダス オリジナル デニム バイ ディーゼル)」を発表。
2008年12月31日、アディダス ジャパン株式会社が株式会社リーボックジャパンを吸収合併。