フランスを拠点とする老舗メゾンブランド。1914年、ココ・シャネルことガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)がフランス・パリに帽子店「シャネル・モード」を創業したのが始まり。ブレードの縁取りのある「シャネルスーツ」や、「シャネルの5番」と呼ばれるオードゥ・パルファム「NO.5」で有名。
創始者のココ・シャネルがブランドアイコンとなり、様々な斬新な作品を発表し、歴史に名を残した。ジャージー素材を用いて女性の体を開放するコレクションの発表や、紳士用であったツイード素材を女性用スーツに使用するなど、フランスを始めアメリカのファッション界にも影響を及ぼした。
現デザイナーはKarl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)。
1883年、創始者Gabrielle Chanel(ガブリエル・シャネル)生誕。ミドルネームとして「ココ・シャネル」と名が付く。
1914年、パリ・カンボン通り21番地に帽子店「シャネル・モード」を創業。
1916年、オートクチュール・コレクションを発表。喪服でしかなかった黒をモードな色として取り入れる。
1921年、オードゥ・パルファム「NO.5」が登場。
1924年、人造宝石のアクセサリーを提案。その後ダイヤモンドを使用したハイジュエリーを発表。
1939年、第2次世界大戦が近づき、ココ自らの店を閉め、クチュール界から引退。
1954年、シャネル復活。戦中から戦後の15年間の中断期間を経て、ココは71歳でクチュール界に復帰を果たす。黒のテーラードスーツをメインにしたコレクションは実用的な服を求めるアメリカ女性に受け入れられた。
1971年、ココ・シャネル死去。自宅でもあるホテル・リッツの一室で静かに息を引き取る。
1980年、日本でシャネル株式会社設立。
1983年、Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)がデザイナーに就任し、初のオートクチュール発表。翌年にはプレタポルテも担当する。
1994年、シャネルブティック銀座本店オープン。
1996年、大阪に心斎橋店オープン。
2001年、東京・原宿に表参道店オープン。
2002年、シャネル社はフランスの伝統的なクチュールメゾン5社(コスチュームジュエリーの「Desrues(デリュ)」、羽根・カメリアの「Lemarie(ルマリエ)」、刺しゅうの「Lesage(ルサージュ)」、靴の「Massaro(マサロ)」、帽子の「A Michel(ミッシェル)」)を買収。
2004年、東京・銀座3丁目に旗艦店となる銀座シャネルビルオープン。アラン・デュカスプロデュースのレストラン「ベージュ東京」が入る。
2005年、金銀細工メーカー「Robert Goossens」を新たに買収する。
2007年、新商業施設GYRE(ジャイル)内に表参道店をリニューアルオープン。
Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)
1983年、ドイツのハンブルグに生まれる。
パリに移住して10代でPierre Balmain(ピエール・バルマン)、Jean Patou(ジャン・パトゥ)等のオートクチュールメゾンで働く。
1963年、独立し、「Chloé(クロエ)」、「FENDI(フェンディ)」のデザイナーを務める。
1983年、「Chloé」を去り、「CHANEL(シャネル)」のデザイナーに就任。
1984年、自身のブランド「Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)」をスタート。
1986年、「デ・ドール賞」を受賞。
2004年、スウェーデンのファストファッションブランド「H&M(エイチ&エム)」とコラボレートし、カプセルコレクションを発表。
「FENDI」、「CHANEL」、「Karl Lagerfeld」と3つのメゾンブランドのデザイナーを兼任し、”キング・オブ・ファッション”、”帝王”などとも称される。
ストリート・ファッションをエレガントに表現するという、独特のクリエイティブな世界を創り出す。
写真家としても高名で、ブランドのビジュアル広告に使用される写真はスタイリングと撮影まで手掛けている。
CHANEL IDENTIFICATION(シャネル・アイデンティフィケーション)
CHANEL EYEWEAR(シャネル・アイウェア)