1946年、Christian Dior(クリスチャン・ディオール)がパリに創業したメゾンブランド。 1947年のデビューコレクションが「ニュールック」と呼ばれ、ファッション界に革命を起こした。その後も数々の新しいラインを発表し続け、パリモードの先端を担い戦後の産業発展に貢献、世界中に多大な影響を与え続けている。
現在LVMHグループに属し、現デザイナーはJohn Galliano(ジョン・ガリアーノ)。
1946年、Christian Dior(クリスチャン・ディオール)が繊維資本家マルセル・ブサックの援助により自身のメゾンを設立。パリ・モンテーニュ通り30番地にファッションハウスを開業。
1947年SSパリ・コレクションにデビュー。パッドを外したなだらかな肩に細く絞ったウエスト、ペチコートで膨らませ曲線を強調したロングスカートという優美なスタイルの「花冠ライン(Ligne Corolle)」を発表。「ニュー・ルック」と呼ばれ大流行し、革命的なコレクションとしてファッション史にその名を残す。
1948年に「ジグザグ・ライン」、1950年に「パーティカル・ライン」、1951年に「オーバル・ライン」、1952年に「シニュアス・ライン」、1953年に「チューリップ・ライン」、1954年に「Hライン」、1955年に「Aライン」、1956年に「アロー・ライン」と、次々と新しい手法を生み出し世界中に多大な影響を与える。
1957年、Christian Dior、52歳の若さで急逝。
その後21歳の若さでYves Saint Laurent(イヴ・サンローラン)が主任デザイナーに抜擢。
1960年、マルク・ボアンがデザイナーに就任。
1989年、ジャンフランコ・フェレがデザイナーに就任。
1996年、ジョン・ガリアーノが5代目デザイナー就任。ディオール創立50周年を迎える。
2003年、東京・表参道にクリスチャン・ディオール表参道店をオープン。
John Galliano(ジョン・ガリアーノ)
1960年、英領ジブラルタルに生まれる。本名、ホアン・カルロス・アントニオ・ガリアーノ。6歳のときロンドンに移住。セントマーチン・スクール・オブ・アートズのテキスタイル科・モード科を主席で卒業。
1985年、ロンドンで自身のブランドデビュー。
1988年SSロンドンコレクションで、デザイナー・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。
1991年にパリ コレクションの正式メンバーに加入し、発表の場をパリに移す。
1994年AWコレクションで再びブリティシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
1995年、ジバンシーのデザイナーに抜擢。3度目の「ブリティシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
1996年、ジバンシーを退任し、クリスチャン・ディオールのデザイナーに就任。翌年オートクチュール・コレクションにデビュー。
2000年SSコレクション以降、アーティスティック・ディレクターとしても手腕を振るう。
2001年、エリザベス女王に叙勲される。
ロンドン時代は「恐るべき子供」と評され、パリではジャンフランコ・フェレの後を継いでクリスチャン・ディオール人気を一気に蘇らせるなどの手腕を持つデザイナー。
服装史や異国趣味をアバンギャルドに読み替える華麗な世紀末的作風。退廃的・挑戦的な発表方法も常に話題となる。
Hedi Slimane(エディ・スリマン) Dior homme(ディオール・オム)デザイナー
1968年、フランスのパリに生まれる。
パリ政治学院グラン・ド・ゼコールを卒業後、美術学校エコール・ド・ルーブルで歴史と美術史を学ぶ。
1990年、ジョゼ・レヴィの下でファッションディレクターとして働く。
1994年、ジャン・ジャック・ピカールの下でアシスタントとして働く。
1997年、Yves Saint Laurent rive gauche homme(イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ オム)のアーティスティック・ディレクターに抜擢。
1998年、ジーンズライン「サンローラン」も手がける。
2000年、Dior homme(ディオール・オム)のクリエイティヴ・ディレクターに抜擢。
2007年AWコレクションを最後に退任。
「DIOR HOMME(ディオールオム)」メンズライン