アメリカ・ニューヨーク発のレディース・ファッションブランド。ベルギー生まれのデザイナーDiane von Furstenberg(ダイアン・フォン・ファステンバーグ)が立ち上げ、1970年代にデビュー。代表的なアイテムのラップドレスをはじめ、靴やバッグ、コスメ等も展開する。
デザインだけではなく、機能・用途の面も革新的なジャージー素材のラップドレスを生み出したことでアメリカのファッション史を変えたとも言われている。「Feel like a woman wear a dress!」(ドレスを着ることで女性を感じて)とダイアンが自らが語った言葉は、今もなおブランドのコンセプトとして受け継がれ、世界的に展開を広げる。
独自のカッティング技術により女性を最大限に美しく魅せる魔法のドレスを生み出す。大胆で鮮やかなプリント柄やリラックス感のある素材、ウォッシャブル性、着用範囲の広さ、着心地のよいスリムなラインが特徴のウェアを提案。シックなイメージで着られ、フェミニンで知性的な女性のあいだに人気が高まった。
公式サイト
DIANE von FURSTENBERG
http://www.dvf.com/
1970年、Diane von Furstenberg(ダイアン・フォン・ファステンバーグ)がアメリカ・ニューヨークにダイアン社を設立。
1972年、ファッション業界にシンプルなニットジャージー素材のラップドレスとともに彗星のごとく登場する。
1976年、500万着ものラップ・ドレスを販売。
1970年代、香水、サングラス、ドレス、スポーツウェア、毛皮、ラウンジウェア、コート、サングラス、バッグ、セーター、壁紙、家具などのライセンスを持つまでに発展。
1975年にスタートした香水のメガヒットの後、化粧品部門を立ち上げ、79年には総売上げが400億円を越えた。
1983年、オートクチュール・コレクションに意識を集中。マイケル・グレイブスのデザインした小さなブティックを、ニューヨークのシェリー・ネザーランド・ビルにオープン。
1984年、アメリカ・ファッション界の旋風に対し、ダイアンは突如として後ろ向きになり、パリへ移動。一時ブランド休止となるが、後にアメリカへ戻り息子の妻アレクサンドラの協力を得て、自身のドレスのデザインを再開。
1997年、ウェスト・グリーンウィッチ・ヴィレッジにある19世紀風のキャリッジ・ハウスに本部を移転。同時に、サクス5番街のセレクト・ショップでのライセンスもドレス部門を中心に展開しつつ、リテールに復帰。
また、コレクションも、ブルーミングデイル、バーニー、スクープ、フレッド・セガールなどを展開し、コレット、ヨゼフ&ジョイスブティックなど国際的な専門店もオープン。息子の妻アレクサンドラは、新しい世代の架け橋として、スタジオのクリエイティブデザイナーに就任している。
1999年、リテールの戦略を専門店に集中させつつ、シグナチャー部門のコレクションも拡大させ、アクセサリーも手掛ける。
2000年、フルドレスとスポーツウェアのコレクションを追加。
2002年、マイアミの「Village of Merrick Park」に店をオープンした後、ニューヨークのウェスト・ヴィレッジにショップ「ダイアン・フォン・ファーステンバーグ」を開店。
2003年、香水とメイクアップのライン「ダイアン・フォン・ファーステンバーグ・ビューティ」にも着手。
ロンドンの「Notting Hill」にショップを開店。
2006年9月2日、日本初の路面店が東京・南青山に開店。
Diane von Furstenberg(ダイアン・フォン・ファステンバーグ)
ベルギー・ブリュッセル生まれ。
スイスのジュネーブ大学で経済学の学位を取得し、在学中に知り合った公爵、イーゴン・フォン・ファーステンバーグと結婚。妊娠をきっかけに、ドレスコレクションを完成させ、1969年、夫とともに渡米。ニューヨークへ移り住む。
1970年、ダイアン社を設立。
1972年、ファッション業界にシンプルなニットジャージー素材のラップドレスとともに彗星のごとく登場する。76年には、500万着ものラップ・ドレスを販売。70年代ファッション、リベラルな女性などのアイコンとなった。
その後、離婚し、現在のパートナーである米国メディア界の超大物経営者、バリー・ディラー氏と結婚。
1986年、NY市長から、アメリカンドリームを達成した市民としてメダルを受賞。その後一時アメリカを離れるが、90年にアメリカに戻る。
2006年、アメリカのファッションデザイナー協議会(CFDA)のトップに就任。
アメリカ「ニューズウイーク」誌に「ココ・シャネル以来、最も成功した女性」と称される。ファッション分野以外にも、ホームファニシングやコスメティック事業を手がける実業家としての顔も持ち、写真集やビジネス録を出版するなど、精力的な活動を多面的に続けている。