イタリアを代表する、世界的ファッションブランド。1975年、デザイナーGiorgio Armani(ジョルジオ・アルマーニ)が建築家Sergio Galeotti(セルジオ・ガレオッティ)との共同出資により設立した。
ジョルジオ アルマーニ グループは現在、社員5,000人以上と工場13カ所を擁する、世界有数のファッション&ラグジュアリーグッズグループの1つ。ジョルジオアルマーニ プリヴェ、ジョルジオ アルマーニ、エンポリオ アルマーニ、アルマーニ コレツィオーニ、AJ|アルマーニジーンズ、A|Xアルマーニ エクスチェンジ、アルマーニ ジュニア、アルマーニ ベイビー、アルマーニ カーザと、と幅広いブランドのもと、アパレル、アクセサリー、アイウエア、ウォッチ、ジュエリー、ホームインテリア、フレグランス、コスメティックスといったファッションおよびライフスタイル商品のデザイン、製造、流通、小売を手がけている。
世界での店舗総数約500店にのぼるグループの小売ネットワークは現在46カ国に広がり、また、ホテル&リゾートを世界の主要都市および観光地でオープンする計画を発表している。
Giorgio Armaniは、常にモード界を牽引する存在として、「モードの帝王」と称されている。「ミラノキング」、「マエストロ・ディ・マエストロ」とも呼ばれ、また、故ジャンニ・ヴェルサーチ、ジャンフランコ・フェレと共に、ミラノモードを代表するデザイナー「ミラノの3G」のうちの一人。
1975年7月24日、デザイナーGiorgio Armani(ジョルジオ・アルマーニ)が、建築家Sergio Galeotti(セルジオ・ガレオッティ)と共に、「ジョルジオ アルマーニ社」を設立。
「ジョルジオ アルマーニ ボルゴヌオボ」(ブラックラベル)、メンズ及びレディースのレディ・トゥ・ウエアコレクションを発表。
その後、ジョルジオ アルマーニ アンダーウエア、スイムウエア、アクセサリーを次々と発表。
1978年、GFT社とライセンス契約を結ぶ。
1979年、米国においてジョルジオ アルマーニ コーポレーションを設立。
同年、「ジョルジオ アルマーニ レ コレツィオーニ」(ホワイトラベル)のメンズ及びレディース(米国とカナダのみ)を発表。
同年、「マーニ」(ホワイトラベル)のメンズ(米国とカナダ)及びレディース(それ以外)を発表。
1980年、ロレアル(前へレナ・ルビンシュタイン)社とライセンス契約を結ぶ。
1981年、アルマーニ ジュニア、エンポリオ アルマーニ、アルマーニ ジーンズを発表(メンズ、レディース)。
同年、「エンポリオ アルマーニ」の第一号店をミラノにオープン。
1982年、「エンポリオ アルマーニ」アンダーウエア、スイムウエアの発表(メンズ、レディース)。 「エンポリオ アルマーニ アクセサリー」を発表(メンズ、レディース)。
同年、「ジョルジオ アルマーニ」の第一号店をミラノにオープン。
1986年、「アルマーニ ジュニア」の第一号店をミラノにオープン。
1987年、日本において合弁会社を設立。
同年、「ジョルジオ アルマーニ オキアリ」(メンズ・レディースのアイウエア)を発表。「ジョルジオ アルマーニ カルツェ」(靴下)を発表。
1988年、ルクソティカ・グループとのライセンス契約を結ぶ。
1989年、エンポリオ アルマーニ エキスプレス レストランの第一号店をロンドンにオープン。
同年、シミント社の第一回目の取得。
1990年、アンティネア社のシェアコントロールを取得。
同年、インタイ社の第一回目の取得。
1991年、米国とアジアで「A/X アルマーニ エクスチェンジ」を発表(メンズ、レディース)。 第一号店をニューヨークのソーホーにオープン。
1995年、「ジョルジオ アルマーニ ネーヴェ」(スキーウェア)、「ジョルジオ アルマーニ ゴルフ」を発表(メンズ、レディース)。
1996年、シミント社のシェアコントロールを取得。
同年、「ジョルジオ アルマーニ クラシココレクション」を発表(メンズ、レディース)。
1997年、「コレツィオーニ ジョルジオ アルマーニ」の第一号店をミラノ、ロンドン、東京にオープン。
同年、「アルマーニ ジーンズ」の第一号店をローマにオープン。
1998年、パリにおいて「エンポリオ アルマーニ」レディース・ファッションショーを中止し、ニューヨークで開催。
同年、インタイ社のシェアコントロールを取得。
1999年、新しくアクセサリー部門を創設。
同年、「エンポリオ アルマーニ ビューティー コンポーネンツ」を発表。 「イージーピーシーズ」(エンポリオ アルマーニ レディースのロイヤルブルーレーベル)を発表。
2000年、「アルマーニ コレツィオーニ」メンズラインの生産工場の取得、及び米国における「アルマーニ コレツィオーニ」及び「マーニ」の小売・流通を取得。
同年、「ジョルジオ アルマーニ コスメティックス」の発表。「アルマーニ カーザ」(ホーム・コレクション)の発表。
ジョルジオ アルマーニ グローバル・ホームページの開設。
同年、ゼニアグループと合弁会社を設立(51%アルマーニ、49%ゼニア)。「アルマーニ コレツィオーニ」メンズの生産とディストリビューションを担う。
同年、「アルマーニ カーザ」の第一号店をミラノにオープン。
同年、マルチブランドストア「アルマーニ/ヴィア マンゾーニ31」をオープン。
2001年、ヴェスティメンタ社と合弁会社を設立。ジョルジオ アルマーニ メンズ、レディースラインの生産・ディストリビューションを担う。
同年、「ジョルジオ アルマーニ アクセサリー」の第一号店をミラノにオープン。
同年、ミラノにおいて建築家、安藤忠雄氏の設計による新しい「アルマーニ/テアトロ」を公開。
同年、製造会社シミント社を完全取得。
2002年、「エンポリオ アルマーニ ジュエリー」を発表。「アルマーニ ドルチ」(四角いプラリーヌやティー、ムース・デザート類)を発表。
レッジオ・エミリアに本社を置くニットメーカー、ディアンナ社を取得。
同年、メンズ、レディースのシューズ専門メーカー、グァルディ社のシェアコントロールを取得。
同年、香港にマルチブランドストア「アルマーニ/チェイター ハウス」をオープン。
2003年、ジョルジオ アルマーニ及びエンポリオ アルマーニのアイウェアコレクションの全世界にわたる製造・流通に関わる複数年のライセンス契約をサフィロ社と締結。
同年、「アルマーニ/プリヴェ」をオープン。「アルマーニ/ヴィア マンゾーニ31」内に設けられたメンバーシップ制のラウンジバー。
同年、3番目のマルチブランドストア「Armani/Funf Hofe」をミュンヘンにオープン。
2004年、ジョルジオ アルマーニの靴下とボディウェアの新製品を世界で製造・販売するライセンスを数年契約でウォルフォード社に許可した。
同年、上海に、4番目のマルチブランドストア「Armani/Three on the Bund」をオープン。
同年、アルマーニ ホテル&リゾートの開発スタート。
2005年春夏より、「ARMANI PRIVE(アルマーニ・プリベ)」ラインでパリオートクチュール・コレクションに参加。
2006年春夏、スポーツメーカー「ミズノ」とコラボレートし、シューズを発表。
2007年9月、韓国のメーカーサムスンと協業し、携帯電話を発表。
同年11月、東京・銀座に最大級の旗艦店「アルマーニ銀座タワー」オープン。
2008年、ドバイに「ARMANI HOTEL AND RESORT」を建設。
2010年、ミラノに「ARMANI HOTEL MILANO」を竣工予定。
Giorgio Armani(ジョルジオ・アルマーニ)
1934年7月11日、イタリアのピアチェンツァに生まれる。
1957-64年、イタリア・ミラノの百貨店「ラ リナシェンテ」のバイヤーを勤める。
1964-70年、ニノ チェルッティ メンズウェアの会社「ヒットマン」のデザイナーとなる。
1970年、フリーのファッション・デザイナーとなる。
1975年7月24日、建築家Sergio Galeotti(セルジオ・ガレオッティ)と共に、「ジョルジオ アルマーニ社」を設立。
「ジョルジオ アルマーニ ボルゴヌオボ」(ブラックラベル)、メンズ及びレディースのレディ・トゥ・ウエアコレクションを発表。
その後、ジョルジオ アルマーニ アンダーウエア、スイムウエア、アクセサリーを次々と発表。
1979年、「エレウノ」のデザイナーに就任。
同年、「ニーマン・マーカス・ファッション・アワード」を受賞。
1980年、「カティ・サーク国際トップ・メンズ・ファッション・デザイナー賞」を受賞。(80,81,84,86,87年と、計5回受賞する。)
同年、リチャード・ギア主演の映画「アメリカン・ジゴロ」の衣装を担当。数多くのハリウッドスターの衣装を手掛ける。
1981年、GQ誌「メンズ・スタイル・アワード・フォー・ベスト・ファッション・デザイナー」を受賞。
1982年、タイム誌の表紙を飾る。ファッション・デザイナーとしてはクリスチャン・ディオール以来。
1983年、アメリカファッションデザイナー協会(CFDA)より「ベスト・インターナショナル・デザイナー賞」を授与される。
1984年、(84,86,87,88) 春夏コレクションのベストデザイナーとして「オッキオ・ドーロ(金の目)賞」を受賞。
同年、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の衣装を担当。
1985年、「カティ・サーク・メンズ・ファッション賞」の初代受賞者となる。
同年、イタリア政府より「コメンダトーレ・デルオルディネ・アル・メリト・デラ・レプブリカ賞」を授与。
1986年、電話機のデザインを手掛け、「NOTTURNO」を発表。
1987年、日本において合弁会社を設立。
1989年、JEANNE LANVINのオファーを辞退。
1986年、政府が授与する最高の賞「グランド・ウフィチアーレ・デルオルディネ・アル・メリト・デラ・レプブリカ賞」を受賞。
1986-87年秋冬コレクションのベストデザイナーとして「オッキョリーノ・ドーロ(金の小さな目)賞」を受賞。
1987年、イタリア政府より「グラン・カバリエーレ・デッラ・レップブリカ賞」を受賞。
同年、ニューヨークにてCFDAより「メンズウェア・ライフタイム・アチーブメント賞」を受賞。
1988-89年秋冬コレクションのベストデザイナーとして「オッキオ・ドーロ(金の目)賞」を受賞。
1988年、マドリッドにてベスト・インターナショナル・デザイナーとして「クリストバル・バレンシアガ賞」を受賞。
1988年、マーティン スコセッシ監督のアルマーニ フレグランスCMで「メディア・キー賞」を受賞。
1989年、JEANNE LANVINのオファーを辞退。
同年、ニューヨークにて「ウールマーク賞」を受賞。
同年、日本にて繊研新聞より「繊研賞」を受賞。
同年、アルマーニ ジーンズの広告「プッブリチタ・エ・スチェッソ(広告と成功)賞」を受賞。
1990年、ワシントンDCにてPETE(動物の倫理的保護団体)より受賞。
1991年、ロンドン、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートより名誉博士号を受賞。
同年、アリタリア航空フライト・アテンダントの制服をデザイン。
1992年、フィレンツェよりイタリア製品の振興に貢献したとし「フィオリーノ・ドーロ賞」を受賞。
同年、ニューヨークにてベスト・インターナショナル・メンズコレクション「ウールマーク賞」を受賞。
同年、アリタリア航空MD11機内デザインを担当。
1992-94年、ベスト・イタリアンデザイナー・オブ・ザ・イヤー「オッキオ・ドーロ(金の目)賞」を受賞。
1993年、ミラノのブレラ・アカデミーより名誉会員に任命される。
同年、マドリッドにてベスト・デザイナー・オブ・ジ・イヤー「アグイア・デ・オーロ(金の針)賞」を受賞。
同年、マドリッドにてベスト・インターナショナル・デザイナーとして「テルヴァ・トリウンファドール賞」を受賞。
1994年、ワシントンDCにてアートとファッションに貢献したとしてナショナル・イタリアン・アメリカン・ファウンデーション(NIAF)より「ライフタイム・アチーブメント賞」を受賞。
同年、ワールドカップにおいてイタリアナショナルチームの制服をデザイン。
同年、リチャード・ストラウスによるオペラ「ELECTRA」で衣装を担当。
1995年、ローマにて平和協力協会より社会問題へ多大なる寄与をしたとして文化賞を授与される。
1995年、カンピオーネ・ディ・イタリアにて「マスケラ・ドーロ賞」を受賞。
同年、スペインにてレディース・フレグランス「アクア ディ ジオ」に対して「テレヴァ・トリウンファドール・デ・ベレーザー賞」を授与される。
同年、イギリスにて「マリ・クレール・ファッション賞」のモダン・クラシック部門を受賞。
1996年、アメリカにてGQの読者が選ぶ「マン・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞。
1997年、アメリカにて「マリ・クレール・ファッション賞」のモダン・クラシック部門を受賞。
1998年、イタリアIl Sole 24 Ore及びBain, Cuneo e Assより「ベスト・ファイナンシャル・リザルト賞」を授与。
同年、ドイツにてベスト・インターナショナル・デザイナーとして「バンビ賞」を受賞。
2000年、映画への貢献に対し、イタリアのオスカー賞「ダビデ・ディ・ドナテロ賞」を受賞。
同年、アメリカにてGQの読者が選ぶ「マン・オブ・ザ・イヤー賞」を受賞。
2001年、「マニア」でFIFIの「ベスト・ウーマンズ・パッケージ賞」を受賞。
2002年、「ヘンプ:バック・トゥ・ザ・フューチャー-アッディング・バリュー」において、エミリア・ロマーナ地方オーソリティーより、革新性・研究開発に対して賞を受賞。
同年、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)より親善大使に任命される。
2003年、アルマーニ ジーンズ ブランドにおけるイタリアのテキスタイル・ヘンプ再提案という先駆者的活動に対し、CA-RI-FE賞を受賞。
同年、パードヴァ市市長により設けられた三つの賞のうちの1つである、GIOTTO FOR THE ARTSを受賞。
同年、ファッションに対する莫大なる影響力に対し、ビバリヒルズ市とロデオドライブ委員会から、初のRODEO DRIVE WALK OF STYLE賞を授与される。また、ロバート・グラハムが制作した4m余りの彫刻を授与され、これはロデオドライブとデイトンウェイの交差点に立ち、Rodeo Drive Walk of Style の新しいセンターピースになる。
「ARMANI PRIVE(アルマーニ・プリベ)」
「EMPORIO ARMANI(エンポリオ・アルマーニ)」
「ARMANI COLLEZIONI(アルマーニ・コレツィオーニ)」
「ARMANI JEANS(アルマーニ・ジーンズ)」
「ARMANI EXCHANGE(アルマーニ・エクスチェンジ)」