イタリア・ミラノを拠点とするファッションブランド。1968年、Jil Sander(ジル・サンダー)がドイツ・ハンブルグにブティックを開設したことがはじまり。
シンプルかつミニマルでシャープなフォルムと縫製技術の高さが特徴。"Design without decoration"という理念の元、厳選素材と最高のテーラーリング技術を用いて仕立てられ、着る人の内面の美しさを表現する。メンズ・レディースを展開。
オンワードホールディングス傘下。
現デザイナーはRaf Simons(ラフ・シモンズ)。
1968年、ドイツ・ハンブルグ生まれのJil Sander(ジル・サンダー)が、アメリカの雑誌社でファッションジャーナリストを経て帰国し、ハンブルクにブティックを開設。
1973年、パリプレタポルテ・コレクションにデビュー。
1980年、パリコレクションから撤退。
1985年より、ミラノヘ活動の場を移し、1987年にミラノにデビュー。
1993年、パリのモンテニューにブティックをオープン。
1997-98AWより、メンズラインを開始。
1999年2月、青山に旗艦店オープン。
同年8月、プラダがジル・サンダーを買収。
2000S/Sのコレクションは、それまでのジルとは違い、華やかなデザインが多く出品され、好評を博した。
2000-01AWを最後にジル・サンダーがデザイナーを辞任。(プラダグループの総帥であるパトリッツィオ・ベルテッリとの不仲が理由とされている。
2001SSはプラダのデザインチームによって発表されたが、2001-02AWからはパリのセレクトショップ「Collet(コレット)」のバイヤーだった、ミラン・ヴクロヴィッチがデザインを担当。
2003年5月、ジル・サンダーがデザイナーに復帰。2004年SSミラノコレクションより、デザインを手がける。
軽い素材とシンプルなシルエットでミニマリズムが戻ったと、好評を得た。
2004年11月、ジル・サンダーが再び辞任。プラダ・グループはその理由として「戦略および金融計画での異なる見解によるもの」と発表。
2005年7月より、Raf Simons(ラフ・シモンズ)がメンズウェア及びレディースウェアのクリエイティブ・ディレクターに就任。2006-07AWよりコレクションを手掛ける。
2006年2月、プラダはジル・サンダーをロンドンの投資会社チェンジキャピタルパートナーズに売却。
Raf Simons(ラフ・シモンズ)
1968年、ベルギー、アントワープ近郊ニールペルトに生まれる。
ベルギーの大学で産業デザインを学ぶ。パリのデザイナーのウォルター・ヴァン・ベイレンドンクの元インターンシップとして働きながらマルタン・マルジェラやジャン・ポール・ゴルチエの作品に刺激を受ける。
卒業後、ギャラリーやプライベート・インテリアを中心とした家具デザイナーとして2年間活躍。その後アントワープに移り住み、独学で服作りを学ぶ。
アントワープ王立芸術アカデミーのファッション学科長リンダ・ロッパに見出され、ベルギーの重要なテイラーの一人である彼女の実父に紹介される。
1995年1月、ミラノの展示会でプレゼンテーション形式で自身初のコレクションを発表。以降、3シーズンはパリの展示会で発表。
1997-98AWより、パリ・メンズ・プレタポルテコレクションに初参加。
1999SSから1999-2000AWまで、イタリアの高級革製品メーカー、ルッフォ社の「ルッフォ・リサーチ」のデザインを、恋人のヴェロニク・ブランキーノとともに担当。
2000-01AWを最後にコレクション活動を休止。
2000年10月より、ウィーンの応用美術大学でファッションを教える。
2001-02AWよりデザイングループを結成し再始動。
2003年11月、スイスのルツェルンで行われたコンテンポラリー・デザイナーコンクールでグランプリを受賞。
2005年7月より、ジル・サンダーのメンズウェア及びレディースウェアのクリエイティブ・ディレクターに就任。