Mila Schon

ミラ ショーンについて

ブランドについて

イタリアのアパレルブランド。
ブランド名でもあるデザイナーのミラ・ショーンは、もともと裕福な家系でメゾンブランドの顧客だったのだが、その素ッ場らしさからファッションに興味を持ち、デザイナーの道へとすすんだ。
美しさのための完全への欲求を追求し、「ファッションとは今を生きることへの追求であり真の人生を楽しむ行為である」と、語るミラ・ショーン。完璧なまでに質の高さを求める姿勢。時代を超えて人々を魅了してやまないシンプルなスタイル。
オートクチュールならではの洗練されたカッティングと縫製技術をちりばめたプレタポルテは、揺るぎない揺るぎない自信に満ちている。色彩、美しさ、エレガンスへのこだわりは、まさにラグジュアリーでエレガンス。
高感度な生活感を持った女性のライフシーンに応えるアイテムの数々で、格調の高さと気品を調和させたコレクションを提案する。

ミラ ショーンのデザイナーについて

Mila Schon(ミラ・ショーン)

イタリアのオート・クチュールを代表する女流デザイナーの1人。
1919年 旧イタリア領のユーゴスラビア、ダルマジオのトルーで上流階級の家に生まれる。第二次世界大戦後共産主義化した母国から、両親とともにイタリアへ移住。裕福な男性と結婚した後、1950年代後半に、毎シーズン、ディオールやバレンシアガなどで服を仕立てる。確かな技術はバレンシアガを思わせ、適応性の広さはクリスチャン・ディオールに比較されるのは、その所以である。
1958年 ミラノで小さなアトリエをオープンさせる。オートクチュールの顧客として得た知識や、その特別注文の服に自ら手を入れていたセンスを駆使し、当時流行の中心だったパリのデザインをイタリア流に解釈して人気を博し、60年、70年代を通じてもっとも重要なデザイナーの1人になった。
1965年 フィレンツェのピッティ宮殿で初コレクションを開く。
1966年 ミラノのモンテナポレオーネ通りにブティックを開く。以後、この通りはミラノの高級ブティック街として発展する。さらに、ローマやフィレンツェにもブティックをオープン、翌年にはアメリカでコレクションを発表し、人気を得る。
1971年 メンズ「ミラ・ショーン・ウォモ」を発表。プレタポルテへの進出は1972年と早い方で、この年「ミラ・ショーン・ドゥエ」が発表されている。
1983年 日本社を設立し、翌年には同社専属のテキスタイル工場を設置。最近では若いデザイナーがチームを組み作品づくりにあたっており、コレクションも若々しくなっている。

ミラ・ショーンの特徴は、女性の一瞬一瞬の立ち居振る舞いに最も美しい姿が現れるという理念にもとづいていることにある。
女性のドレス・アップを静的にとらえるアンドレ・ローグとは対照的に、ミラ・ショーンの作品には動的な要素が溢れている。

ミラ ショーンのブランドヒストリー

1958年 腕の良い職人を集めて小さなアトリエをオープン。
1965年 1月、ジョルジーニの招きによりフィレンツェのピッティ宮殿で初めてのオートクチュールコレクションを発表する。続いて、ニーマン・マーカスの要請でアメリカのダラスとヒューストンでコレクションを披露する。
1966年 クリトムの抽象絵画の世界を、精緻な刺繍を施した装飾的なドレスと高度に簡略化されたシンプルなドレスの双方のスタイルに鮮やかに表現したコレクションが話題となる。
1969年 フォンタナの「カット」の実験にヒントを得てイブニングドレスを手がける。
1970年 ゴブランパターンのドレスを発表。
1971年 豪華なペルシャ風のドレスを発表する。また、1970年代後半、ハーレムパンツと長いシャツの組み合わせが大きくヒットする。 
1980年代 ハイ・ファッションのリバイバルと基本テーマの強化に取り組む。
1990年 記念すべき50回目のオートクチュールファッションショーで、ミラ・ショーンは、ウィリアム・モリスの作品に触発されたコレクションを発表する。
1991年 秋冬コレクションで紳士・婦人物の革製品を発表し、注目を集める。現在ミラ・ショーンの作品の多くはニューヨーク・ロンドンを始めとする世界の有名美術館で展示されている。

最終更新: 2011.07.13