RUSSELL ATHLETIC

ラッセルアスレティックについて

ブランドについて

スポーツアパレルブランド。1902年に米国アラバマ州アレキサンダーシティーで設立され、100年以上の歴史と実績のあるブランド。
優れた耐久性と機能性、そして快適な着心地により、プロフェッショナルからジュニアまで幅広いアスリートたちに支持されている。特に1926年に製造をはじめた「スウェット」においては、「ラッセルといえばスウェット」といわれるように、当時から現在にいたるまで変わらない品質と耐久性にこだわり、ブランドの核となるアイテム。
また1938年より製造販売を開始したスポーツユニフォームにおいては、米国におけるリーディングブランドの1つとして、ベースボール、アメリカンフットボール、バスケットボールなどを中心に、各種スポーツユニフォームを供給している。特にベースボールではメジャー・リーグ・ベースボールの公式ユニフォームサプライヤーとして、1992年からユニフォームを提供していた実績を持ち、それに加えて米国代表チームをはじめ、多数の大学・高校のチームやリトルリーグチームがラッセル社製のユニフォームを着用しており、米国では子供から大人まで、アマチュアからプロフェッショナルまで、幅広い層に支持されているブランド。

ラッセルアスレティックのブランドヒストリー

1902年 26歳のベンジャミン・ラッセルによって、アラバマ州、アレキサンダー・シティに「ラッセル・マニュファクチャリング・カンパニー」設立。最初の製品は、女性用の下着と夏用のベストであった。
1908年 24台の機械で綿糸の枋積を開始。その後工場は拡張を続け、1917年前後には、織物工場、倉庫など様々な施設が整っていく。
1926年 最初のスウェットシャツ&パンツを含む各種アスレティックウェアが製造される。
1932年 綿花から最終製品までの一貫生産体制が整う。当時、世界的に全行程をカバーできる衣料品会社は少なかった。アスレティックウェアを扱う部門、「サザン・マニュファクチャリング・カンパニー」設立。
1938年 フットボール、ベースボール、バスケットボールなど織物生地のスポーツユニフォームの生産・販売開始。世界初のスクリーンプリントを開発。
1941年 第二次世界大戦、各種軍用衣料を生産。
1960年 スウェットシャツとユニオンスーツで米国ナンバーワンブランドとなる。
1961年 「サザン・マニュファクチャリング・カンパニー」は「ラッセル・サザン・カンパニー」に改称される。
1962年 社名をラッセル・ミルズ・インクに改称。ラッセル・サザンが独自のプリント技術「ラスコート」を発表。
1967年 フットボールの「ティア・アウェイ」(引きちぎれる)ジャージーを発表。アラバマ大学のコーチのアイディアがもとになったとも伝えられている。
1969年 コーポレートロゴとして、新たに進化と力強さと結合を象徴する"ゴールデンイーグル"を採用。
1972年 アスレティックウェア部門の名称が、「ラッセル・サザン・カンパニー」から「ラッセル・アスレティック」に変更される。フルラインの女性用アスレティックウェアを発表する。
1973年 社名を「ラッセル・コーポレーション」に。
1974年 "スポーツセット"と呼ばれる女性用チームウェア・カタログを導入する。
1983年 ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)28チーム中、24チームや、数々のカレッジにユニフォームや練習着を提供。
1984年 ロサンゼルスオリンピックで、米国代表ベースボールチームのユニフォームを供給。
1985年 ラッセル・アスレティック"ハイコットン"ライン発表。生地に防縮加工を施し、高い機能とタフな耐久力を実現、重量感と美しい風合いを誇るラッセルの代表的なシリーズ。
1989年 ラッセル・アスレティック"プロコットン"ライン発表。両脇部分に2重のリブを使用、ヘビーウェイトでありながら動き易さと耐久性を実現。プロスポーツ選手のトレーニングを想定して開発されたトップモデル。
1991年 綿とポリエステルの50%/50%混枋の弱点であった毛玉を解消した"ニューブレンド"ラインを発売。
1992年 メジャーリーグ(MLB)の公式サプライヤーとなり、当時の全26チームにユニフォームを供給。
1999年 ジョージア州アトランタに新たに本拠を設置。アレキサンダー・シティとデュアル・ヘッドクォーター制に。
2000年 ディズニー映画「タイタンズを忘れない」のユニフォーム提供。
2002年 創立100周年を迎える。ディズニー映画「オールド・ルーキー」のユニフォーム提供。

最終更新: 2011.06.28