コスト競争とは別次元で勝負
2012年04月25日 19:30 JSTちょうど1年前の4月20日、震災と原発の影響からなんでもかんでも自粛ムードが街に広がる中、松屋は全館あげて被災地支援イベント「The Message 4・20」を開催しました。アーチスト・遠山由美さんのハート型アートワークをシンボルにした佐藤卓さんデザインのオリジナルチャリティグッズを短期間で制作、お取引先の内外デザイナーやメーカー、各界有名人にオークション品提供をお願いし、東北地方の物産を集められるだけ集め、寄付を表す「遠山ハート」カードを作ってお買い物なさった方にレシートと一緒にお渡しし、このカードに全従業員がメッセージを書いて正面ウインドーに掲示しました。
あの日売場は明らかに普段とは違いました。1階吹き抜け広場スペース・オブ・ギンザには俳優・渡辺謙さんが世界に呼びかけて完成した映像「KIZUNA 311」の一般庶民出演バージョンが流れ、それを神妙な面持ちでご覧になるお客様や、「買い物することで応援できるのよね」と涙を流しながら東北地方の物産を買ってくださる方、ハートカードを掲示した正面ウインドーを写メールしながら涙を流すお客様もいらっしゃいました。被災地の見知らぬ方からは「私たちのために百貨店さんが応援してくださってありがとう」と感謝メールを頂戴し、従業員からは「この会社で働いていることを誇りに感じました」と熱いメールももらいました。
百貨店にはまだまだやれることがある、そのことを強く感じた1日、百貨店業界に復帰したばかりの私には2011年4月20日は忘れることのできない日となりました。あれからもう1年、感慨深いものがあります。そしてあの日がヒントとなって三越伊勢丹の方々と構想したギンザ・ファッションウイーク、さらにはGINZA RUNWAY。すべては去年の4月20日が原風景です。
三越銀座店との合同イベント、ギンザ・ファッションウイーク第3回のテーマは「銀座をあたためる」。尾州や泉州の毛織物、新潟や山形のニット、播州のレザーやスエードを使って独自の商品開発を、とバイヤーたちには第2回開催前に話してありますし、毛織物なら具体的に何を作って欲しいのか再度説明会もしました。そして今週、バイヤーらと尾州の織物工場数軒を視察、たくさんのヒントをもらって帰ってきました。

第2回「ジャパンデニム」で広島のカイハラの工場を回ったときにも感じたことですが、元気な織物メーカーは既存のハイテク機械を独自に改良し、独特の風合いやデザインを開発して差別化を図っています。上写真の超高速最新織機も、導入した中伝毛織はカラミ織りの部品をセットして織物を生産していました。完全無縫製のニット編機もそうですが、ハイテクマシンは安定的に同質のものを大量にしかも短時間で生産します。つまりどの会社も同じマシンを導入すれば同じ品質、同じ風合いのニットや織物が生まれます。ここにひと工夫、ひと手間かけると、オリジナルなものを安定的に短時間でたくさん作れます。その工夫、手間、アイディアと機械に強い人がいないと難しいでしょうが、それをやることで世界の有力ブランドから注文が入ります。現に、今回の尾州視察では、世界のラグジュアリーブランドや人気上位デザイナーブランド向けのサンプルをたくさん見ました。
ある気骨のある経営者からは、「仮に中国の生地メーカーがそっくりなものをコピーしようとしても絶対に製造は無理。なぜなら、同じものを作ろうとすると機械がストップするような設計になっている。だからお客さん(ブランド側)はうちに戻ってくる」と胸を張っていました。機械にちょっとした仕掛けを施し、後発がマネしようとしたってマネできない商品を作っている自信ですね。そしてこの方は「商社任せで企画している国内ブランドの企画者やMDとはものづくりの会話が成立しない。そんな話のわからない日本人を相手にするくらいなら、海外の話のわかる人と取引した方がマシ。うちの技術をわかってくれる会社とだけ商売していた方が健全」と言い切ってました。
今回の視察には最近本を出版したばかりの宮崎俊一バイヤー(メンズ担当)を同行しましたが、イタリアの織物工場や縫製工場を毎年回って商品知識を身につけた宮崎くんでさえこの経営者の話には舌を巻いていました。宮崎くんの知識は半端じゃありませんが、わが名物バイヤーがギャフンとする話を尾州で伺えるとは思ってもいませんでした。
いまから20年ほど前、私もパネラーとして参加した尾州フォーラムというセミナーがありました。議題は「尾州は(イタリア産地)ビエラになりうるか否か」。そのとき私は反発覚悟でこう発言しました。「尾州はビエラにはなれない」と。イタリアの織物メーカーは「何でも屋さん」ではありません。ツイードを得意とする会社は年間ツィードを、フランネルやメルトンを得意とする会社は紡毛素材に特化していますし、梳毛で上質のスーツ素材を織る会社は梳毛一本槍で仕事をしています。が、当時多くの尾州の生地メーカーは梳毛も紡毛も、アパレルの要望があれば何でも織る傾向にありました。得意技で勝負する専業生地メーカーの集積産地と何でも織れる総合生地メーカーの集積産地、どちらに強みがあるかと言えば前者だと私は思います。
そして今回視察して、あの発言は間違っていなかったと実感しました。織物をやめて丸編みニットに特化した会社、表面起伏のある紡毛素材や獣毛混に磨きをかける会社、無地ものには手を出さずリボンのようなユニークな糸を入れたツィーディーな織物にこだわる会社、それぞれに元気でした。総合生地メーカーでならば、この不況でも最新機械の導入に意欲的でしかも機械に改良を加えて差別化を進め、織りから整理や仕上げまで自社グループ工場で一貫生産する会社も魅力的でした。もしも、得意ワザを持った専業メーカーや技術革新意欲的な一貫生産メーカーの集積産地であったならば、尾州は世界にもっと認められる存在になっていたはずです。
どの工場を訪問しても、必ず名前の出たションヘル織機、もう絶版になっていて部品調達できない古い機械なのですが、皆さん懐かしそうに「ションヘル」の話をします。この古い機械をスクラップしても、いまだ社内に展示している会社もあります。現在のレピア織機やドルニエ織機のようなハイテク機械と違って織るのにかなり時間がかかり、監視する人手も必要。でも、職人の腕次第で味のある生地を作れたそうです。部品調達できないため、故障すると廃棄せなばならないマシン、いまはほとんどの生地メーカーがションヘルを止めています。
現在主流となっているハイテク機械は織物製造中に傷が出にくく安定的に均質に織れ、生産量もションヘルとは格段の差があります。非常に効率的、言うなれば手打ち麺と機械量産の麺との違いみたいなものです。工場はハイテク機械を手に入れ効率アップしましたが、ションヘル時代の味を失いました。味は付加価値、コスト競争とは別次元の戦いが出来ます。しかし、効率だけではコスト競争に巻き込まれ、人件費の安い海外拠点にはかないません。誰がマシンの傍にいても同じクオリティーの商品が出来上がるんですから、人件費安い生産拠点に軍配は上がります。つまり、効率だけではメード・イン・ジャパンは世界とは戦えない。賢いメーカーがハイテク機械にひと工夫するのは、差別化で次元の違う勝負をしているからだと思います。
個人的な話ですが、私のオリジナルスーツの生地、尾州の葛利毛織のものです。この会社、TBS「官僚たちの夏」で昭和30年代の織物工場シーンを収録するためロケに選ばれた工場。理由は簡単、最新鋭の織物機械よりも昔ながらの織機で製造しているからです。ネットで調べたら、葛利毛織はションヘル織機をいまも動かしています。私がここの素材が好きな理由、おわかりいただけるでしょう。うまく表現できませんが、生地の味がちょっと違うんです。古い織機でゆっくり織った生地特有の味なんでしょうか。葛利毛織がションヘル機で織っているとは、実は昨日ネットで調べるまで知りませんでしたが、やっと謎が解明しました。私、実家がテーラー、子供の頃から紳士織物に囲まれて育ったからでしょうか、なんとなく葛利毛織のテキスタイルに惹かれてたんですね。
効率の悪い、部品調達できないションヘル機を賞賛するわけではありません。でも、ションヘル機廃棄で失ったものは最新のレピア機やドルニエ機で100%ではないにしてもカバーできないわけではありません。コスト競争に自ら突入せず、ひと工夫して差別化を図る、繊維産業のみならず日本の製造業全体のテーマではないかな、尾州を回ってそんなことを考えています。

