自前売場か派遣のショップか
2012年06月17日 09:05 JST仲の良い新聞社の方から手紙が届きました。封筒の中には1980年代後半に出版された三島彰さんの対談集「モードジャポネを対話する」のコピー、私がインタビューされている箇所が入っていました。取材先の某デザイナーのところで最近この本を見つけたそうで、「三島先生との対談でとても面白い本でした。デザイナーにもっと社会性があった気がします」、とありました。
三島先生、当時は現代構造研究所所長の肩書きでした。東京コレクション会場にはよくキモノ姿で現れので飛び切り目立ちました。1985年4月、読売新聞創刊110周年記念のイベントとして開催された東京コレクション会場、いま都庁が建っている場所にセットされた黒い大型テントの前で私は初めてお目にかかりました。このキモノ姿のおじさんが何者だか知らない私は、「現代構造研究所って何なさっている会社なんですか?」とストレートに質問、「話は長くなるから今日はやめておきましょう」と返されました。
その日から2週間後に私は8年間住んだニューヨークから帰国、3ヵ月後にCFD(東京ファッションデザイナー協議会)設立、三島彰さんには私を補佐するCFDアドバイザリーコミッティーのメンバーになっていただきました。この方こそ、ジャパンモード黎明期の伝説の売場、渋谷西武「カプセル」をプロデュースなさった人物。倉俣史朗デザインの画期的な空間に、デビューして間もないイッセイミヤケ、カンサイヤマモト、タケオキクチなど新進気鋭の若手デザイナーのコレクションを集積した、百貨店にできた格好良いセレクトショップ第1号でした。この売場が東京の最新モードを発信、渋谷はファッションの街になり、ここから若手デザイナーはどんどんビッグになりました。
三島さん本人から伺いましたが、まだ社会的に有名でもない新進ブランド、しかも斬新なデザインの商品を扱うわけですから簡単に売れるわけではありません。坪効率にうるさい百貨店ですから、効率が悪いと批難される。そこで、営業部の責任者は坪数を過小報告してくれ、データ上は月坪効率が実態より良く見えるようにしてくれたとか。あの頃も百貨店はファッション商品を売るのに苦労したんでしょうね。
昨日FACEBOOKにこう書きました。「日本の若者が「ファッション」に飢えていた頃、このコーナーは坪効率無視、ジャパンモードを強く発信する装置でした。いまそんなインパクトのある名物売場、百貨店にはないもんなあ」。
そうしたらある方からこんなコメントが寄せられました。「百貨店にはないもんなあ...なら、作りましょう!って孫さんだったらいうだろうなあ」。きっとそうでしょうね、ソフトバンクの孫さんならそうおっしゃるかもしれません。反省です。

先日、ある外資ブランドの本国CEOと面談した際、こんな話になりました。百貨店がオープンスペース(平場)にいろんなブランドを集めて販売するなら、販売は百貨店側の人間があるべき、ブランド側販売員には限界がある。ブランド側販売員に販売を委ねるならば、ブランドにはある程度囲われたスペースを提供した方がトラブルは少ない、と。
数シーズン前、私もこんな接客を受けたことがあります。ある百貨店の平場、私はブランドAの別色は在庫にないのか販売員に訊ねました。どうやらその女性販売員は百貨店側のスタッフ。彼女はストックに在庫チェックに行き、数分後Aの別色商品を持って現れたのは別の販売員でした。しばし商品説明を受けましたが、いま1つ納得できず、私はすぐ横の什器にあるブランドBの商品について質問しました。すると、この販売員は最初困ったような表情、しばらくすると接客態度がおかしくなりました。そこで私は気がつきました。この販売員は百貨店側のスタッフではなくブランドAから派遣された人だと。私が他社のブランドBに興味を示したので面白いはずありませんし、他社の商品説明を詳しくできるはずありません。私はそこでの購入を諦め、売場を去りました。私は業界人、Aの別色を持って現れた販売員が百貨店社員でないことは想像つきますが、一般のお客様ならが「感じ悪い社員だな」と思ったでしょう。
オープンスペースに複数のブランド側販売員が立っていれば、こういうことは頻繁に起きます。ニューヨークのサックスやバーグドルフグッドマンの有力ブランド売場でも、最近は百貨店の社員だけでなくブランド側から派遣された販売員が立つケースが増えました。お店が委託でなく買取で商品展開していても、ブランド側は売上アップを狙って販売員を派遣します。が、日本と事情が違うのは、お客様が自社ブランドのラック什器のすぐ隣の他社ブランドを手にしても、彼らは積極的に丁寧に接客してくれます。それは、販売が成立したあと他社からコミッションが渡されるから、販売員の給与体系が異なるアメリカだからできることです。
15年連続して売上が下がっている百貨店業界、どの会社もローコスト運営を強いられ、売場に立って接客する自社の社員数はどんどん削減しています。売場の社員数を削減すればする程お客様からのクレーム件数は上昇するもの。声をかけたくても売場にそれらしきスタッフがいないのが現状です。その代わり売場で見かけるのは取引先から派遣された販売員さん、彼らに他社ブランドの商品やサービス、館のイベントを質問しても満足な答えは返ってきません。百貨店の社員も派遣販売員も同じネームプレートを付けているので、お客様には誰が百貨店社員で誰が派遣販売員か見分けがつきません。ネームプレートを付けている人は全員百貨店の社員と勘違いするお客様も多いでしょうが、それがクレームの原因の1つでもあります。
外資CEOが言いました。「日本の場合、百貨店社員が販売できないならショップ形式の方が良い」。そうかもしれません。ブランドCのショップ内に立つ販売員に隣のブランドDショップでの接客を求めるお客様は恐らくいないでしょうし、私が体験したようなブランドAの派遣販売員の冷たい接客を受けずにすみます。中途半端が一番クレームになりやすいと思います。
三島さんが渋谷西武に「カプセル」をオープンしたとき、その20年後新宿伊勢丹が若手デザイナーを集積して1階に「解放区」をオープンしたときも、販売員はすべて百貨店側の社員またはアルバイトでした。解放区をプロデュースした当時の担当役員武藤信一さん(のちに社長)から伺ったことですが、物流センターと店頭の在庫管理をスムーズにするため、売場の若手女性販売員が少ない承認印で物量から商品を簡単に取り寄せることができるようシステムを変更、ブランドごとに管理責任者を決めたそうです。こうすることで販売員に在庫意識が定着、お客様の質問に対して正確に答えられるようになったとか。自主編集、自主販売売場はこうでなくてはいけませんよね。
正直言っていま百貨店に「カプセル」や「解放区」を積極的にやる力はありません。仮にとんがったことをやってもプロパー消化率50%にも満たない、期末セールで最終処分を図っても在庫は増えるのがおちです。バイヤーの目利きが減っていること、販売体制では人事異動で自社スタッフがコロコロ交代しお客様に顔と名前を覚えていただけない、これがセレクト型売場が成功しない理由でしょう。体質的に無理なことをやっても仕方ない、百貨店としてやれることをキチンとやる以外に道はないと思います。中途半端な販売体制はお客様を混乱させるだけ。派遣販売員の力を頼るなら、彼らが仕事しやすい環境を整えてあげるのが一番ではないでしょうか。
が、それだけでは百貨店の個性は作れません。いまできる範囲で百貨店が能動的に品揃えし、在庫管理と顧客管理を行い、自前の販売スタッフによる売場運営をする、これしかないでしょうね。松屋銀座にはRITA'S DIARY(女性バイヤーらが命名)というセレクト型売場があります。「カプセル」や「解放区」ほどのインパクトはないかもしれませんが、ここでミナペルホネン、ミントデザインズ、アンティパストなど個性的ブランドの商品を編集、社員たちが自主販売しています。まずはここの編集力アップ、マーチャンダイジングのスキルアップ、販売計画の徹底を指導し、将来は松屋の外にも出店できるようにしたいものです。

