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【インタビュー】米有名写真家スティーブン・ショアが「インスタグラムで表現する理由」

すでに華々しい経歴を持っていたスティーブン・ショアはアンディ・ウォーホルから何を学んだのか?----誰でも同じように成功できると言い切る彼が、表現の場にInstagramを選んだ理由を話してくれた。

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andy warhol on fire escape of the factory, 231 east 47th street, 1965-7, © stephen shore

スティーブン・ショアが初めて暗室で作業をしたのは、彼がまだ6歳になったばかりのときだった。10歳になる頃には、ウォーカー・エヴァンスの作品に影響を受け、写真家になることを真剣に考えはじめた。14歳にして、ニューヨークMoMAのキュレーターから「君の作品を買いたい」と申し出を受け、3作品を売った。17歳の頃には、毎日のようにアンディ・ウォーホルのスタジオを訪れ、そこに集っているアーティストたちを撮影していた――私たちにはなんとも刺激的な空間のように思えるが、彼にとってはそれが日常だった。アンディ・ウォーホルは、創造と新たな時代を築くことに身を捧げたイノベーターであり真のアーティストだった。スティーブンもまた、表現に駆り立てられ、写真の新たな視点を模索する若きアーティストだった。そして彼はその姿勢を今でも貫いている――模索することで表現の媒体を進化させてきたのだ。『Factory : Andy Warhol』に収められたスティーブンの写真は、アイコニックなアーティストが創作活動をする姿を捉えた作品であると同時に、世界的写真家の視点が進化していく様を克明に描き出したドキュメントでもある。

ファクトリーを捉えたあなたの作品は「ありふれたものを強調し、平凡なものの存在を高める」と表現されていますが、それはあなたが意図したものだったのでしょうか? それとも興味を持ったものを撮影していたら自然とそのようなクオリティを保つ作品になったのでしょうか?
私はカルチャーに興味があり、世界の状況に興味がある。世界は劇的な瞬間だけでできているわけじゃなく、劇的な瞬間の合間に起こっていることで成り立っているんだ。遠い昔の話になるが、1960年代後半にロンドンで数カ月過ごしたことがあった。その頃、アメリカでは州兵によってケント大学の学生6人が殺される事件が起こって、それをきっかけに暴動が起こった。『Herald Tribune』紙にはアメリカでの事件が溢れていて、読んでいるかぎりじゃアメリカという国は崩壊していっているように感じた。でも、アメリカに戻ってみると、悪い事は起きようとも、何事もなかったかのように人々の生活は続いていた。人々はいつものように朝食を食べ、店も定時に閉める。それは新聞には書かれないし、ニュースになったとしても、読んだだけでは人生の機微までは読み取ることができない。平凡な瞬間こそが、生活というものを表現するには必要な要素なんだ。その頃、私はフォトダイアリー作品『American Surfaces』で、「見る」ということを模索していた。「見る」というのはどういうことなのか――私が見ているものに注目してみて、日常の平凡なときの数々に注目するという経験を探ったんだ。エレベーターに乗ったり、ストリートを歩いているとき、または店に行ったりするような、そんなありふれた時間を見つめた。そしてそこにあったのは、私がアンディから受けた影響だった。彼が興味を持ったもの、コンテンポラリー・カルチャーに対し持っていた好奇心、そして彼がそこで受けた感動――そういったすべてを、私はアンディから感じ取っていたからね。とても長くなってしまったが......最後に、私は写真集『Uncommon Places』に取り組んでいたときに気づいたんだけれど、このカメラというものは、研ぎ澄まされた感覚を通して見える世界を見せることができる手段であるわけだ。でも、その手段を用いて世界を見てきたことで、私自身がより良いコミュニケーターになれたとも思うんだ。本当の意味で日常に注目するということは、すなわち平凡な瞬間に目を向けるということ。私は、自分が興味を持てないものを写真に収めることはできない。適当な瞬間を選んで撮っているわけでもないし、退屈だったり興味のないことをする気もない。私は、面白いと思った平凡な瞬間を見つけているだけなんだ。

Instagramで多くの作品を発表していますね。表現する媒体としてInstagramが面白いと思う理由とは? そして、そこでシェアされる作品は携帯電話で撮られているのでしょうか?
そうだね。古いと感じる写真は除いて、すべて携帯で撮影して数日のうちに投稿しているよ。過去の作品を展示したり、ギャラリーとして使う気はない。Instagramに投稿するための写真を撮ることに興味がある。この2年ほどはずっとそのスタンスで写真を撮っているよ。

Instagramが作品を発表するには有効な媒体と考えているわけですね?
その通り。この2年間は、Instagramのために作品に取り組んできた。他にも作品を撮っているけど、ほとんどはInstagram用の写真だね。性に合ってるんだな。そこで形成されているコミュニティも好きだ。世界中の写真家と対話できることもいい。

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Lou Reed, 1965-7, © Stephen Shore

著名アーティストとしては珍しく、フォロワーと関わることに積極的ですね。
コメントをするというより、写真で対話しているような感じだね。大勢はフォローしないようにしているよ。フォローする人数を少なくすることで、全員の投稿を毎日見ることができるからね。投稿を見てるだけで一日が終わってしまうのはもったいないだろう? そのため、ときには残酷かもしれないが、フォローから外すこともあるよ。1日に20枚投稿する人がいると、活動の妨げになるからね。フォローしている人たちの投稿を全て見たいんだ。世界中に、相互フォローしている写真家のグループがある。そのうちのいくつかはアメリカにあって、イギリス、そしてロシア、イタリアのグループはメンバーが多いが、ほとんど毎日のように投稿されている。彼らの投稿を見るのが楽しくてしかたないよ。

デヴィッド・カンパニー(David Company)とのインタビューで、あなたは写真作品を作り出す際にさまざまな制限や絵画的チャレンジを自らに課すと語っていましたが、Instagramでも同様なのでしょうか?
それこそがInstagramだと私は考えているよ。私がInstagramをはじめた頃は、まだ長方形の写真は投稿できなかった。長方形のままで投稿するアプリはあったけど、Instagramは基本的に正方形の画角で投稿するように設計されていたんだ。今も、スマートフォンでは縦長の写真を見ることができるけど、iPadでは多少上下が切れてしまい全体を見ることができないんだよ。ある意味、Instagramは正方形の写真のためにデザインされたもので、確か私は1970年から今に至るまで正方形の画角で写真を撮っていきたから、その制限をすんなりと受け入れることができたんだね。詩人がソネッや俳句の形式に対応して作品を書かなければいけなかったように、私もInstagramの形式を受け入れたわけだ。他に決めていることは、1日のうちに投稿するのは1枚だけということ。良い作品をアップできるときもあれば、それほどでもない作品しか撮れない日もある。私だって、毎日スイッチが入れられるわけじゃないからしょうがない。

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Andy Warhol in hotel room during filming of My Hustler, 1965-7, © Stephen Shore

Instagramに投稿した写真をまとめて1つの作品集にするなどは考えているのでしょうか?
そうだね。Instagramをはじめた頃は本当にそういう意図はなかったけれどね。最初はただ楽しくて、InstagramというSNSに参加することでそこに何が見えるのかに興味があった、ただそれだけだったんだ。Instagramには良い写真がたくさんあるよ。イギリスの出版社Morelを知っているかい? アップした写真がそれなりの数に達したとき、Morelと本を200部だけ作ったんだよ。それからは、アメリカの出版社Documentumと、Instagramについての作品を4作出版するプロジェクトを進めているよ。新聞紙を印刷に使っているから仰々しくもなく、Instagramの持つ流動性のようなものが表現できているんだ。このプロジェクトには編集でも参加していて、だから収められているのは私の作品だけでなく、他のインスタグラマーの写真もたくさんある。ただのInstagram投稿だった写真がインターネットから飛び出して写真集として出版され、プリントされて買われたりするのを見てきた。今年初旬にベルリンとアムステルダムで開催した回顧展でInstagram投稿写真も展示したんだが、展示方法にiPadとプロジェクターを用いたんだ。置かれたiPadには私のInstagramページが開かれていて、観覧者は壁に映し出す画像を自由に選んだり、拡大したり、コメントを残したりできる。観覧者の操作がつぶさに壁に映し出されるというわけだ。もっと楽しい展示方法もあるような気がしているよ。

『American Surfaces』撮影中、あなたは「そこにあるそのものが見えるような写真を撮りたい」と語っていましたが、今でもそれがあなたの原動力となっているのでしょうか? それとも、それは意識せずに自然としていることなのでしょうか?
自然とそうなっているんだと思うよ。70年代には、いかに構造的に写真をコントロールするかという手法を模索し続けた。その結果、今ではもう手法なんて意識しなくても、自然と写真が撮れるようになった。手法がもう私の一部になっているんだよ。だから今では他の要素に意識を向けて写真を撮る。

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Contact sheet of images of the Velvet Underground, 1965-7, © Stephen Shore

あなたは以前、「才能があってもアートから脱落していく者と、創造せずにいられない者を分けるのは、その者に野心があるかどうかだ」というような発言をしています。写真に対するあなたの野心とは? 写真芸術の先人たちのように「良い写真を撮りたい」という野心、「写真という表現のあり方を変えたい」という野心があったのでしょうか?
私には特定の野心があるわけではない。ただ漠然とした野心のようなもの――良い作品を撮りたいという気持ちすらもなかったんだ。ただ、「作りたい」という意欲だけがあった。それと、私が会った学生たちに関する気持ちをはっきりさせたいという思いがあった。才能はなくても野心がある生徒は、実際にはいいものを作ることができる。対して、才能はあるが野心のない生徒というのもいて、彼らは結局、何も残せずに消えるんだ。才能があって、野心も職業への考えもしっかりしているなら、それは無敵の組み合わせだ。

ウォーホルについて、彼はコンスタントに作品を生み出していたと語っていました。あなたもコンスタントに作品を生み出し続けていますね。彼とスタジオで過ごした時間でそれを学んだのでしょうか?
元々の性分なんだと思う。誰から受け継いだのかね。生まれつきのものでなければ、早くから影響を受けたのかもしれないね。誰かに刷り込まれたようなものではないと思う。刷り込むことが可能なら、生徒それぞれの写真芸術やクリエイティビティだって育んであげられるはずだからね。でも、アンディにはそういう力があったんだ。『Warhol』のなかでも書いたけど、アンディは私が初めて作品を創造するところを見せてくれたアーティストで、それには大きなインパクトを受けたよ。多くの芸術は学びながら身についていくものだし、それこそがアシスタントとして働くことの価値なんだ。私は一度として彼の見習いやアシスタントになったことはなかったけれど、彼は僕のような部外者にも作品作りの過程をオープンにしていたし、周囲のひとをどんどん巻き込んで行こうともしていた。ひとの意見にとにかく耳を傾けていたね。そうやって周囲の人々からエネルギーを得ていたんだと思う。彼には独自の作品作りの手法というものがあった――周りの人々を巻き込んで、周りの人々にその過程をオープンにするというね。アーティストの仕事を見ることで多くを学んだし――アンディは毎日、いつでも作品を作り出していたんだ。インスピレーションが目の前に転がり込んでくるのを待つなんてことは絶対にしなかった。いつでも新たなことを試して、実験的にアートに取り組んでいたんだ。アーティストは、常に決断を迫られる。次々に決断をしていくアンディを見ていて、アートとはどれだけ試行錯誤して、どれだけの決断をして、もう行き止まりだと思えるほどのところまで行って、それでもまた違った手法を試し――彼のそういうあり方は、私に響くものがあった。アンディからは、そういった「アーティストの仕事観」や作品作りの姿勢を学んだね。

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John Cale, Jan Cramer, Paul Morrissey, Nico, Gerard Malanga, 1965-7, © Stephen Shore

あなたはご自身の作品作りのプロセスや、実験と模索を繰り返して学んだものについて、気前良いほどに明かしてきましたね。作品について頑なに語らない写真家も多いなか、なぜそれほどオープンなのでしょうか?
私は35年間、生徒たちに教えてきたからね。最初は教えるのが苦手だった。機械的な写真テクニックやビジュアル・テクニックに関しては、私自身、長い時間をかけて学んでいたものだったから、きちんと理解していたわけだけれど、70年代に取り組んだ実験的なものに関しては誰にも説明したことがなかった。言葉でそれを理解したことがなかったんだ。ヴィジュアルで考えるというのは無音の理解だからね。カメラを持って6インチ左に動けば、そこに並んでいるものの配置が変わる――そんなことは考える前に、体は動いてしまうわけだよ。そんなふうに言葉で写真を学ぶことも可能だろうとは思うけれど、それは教師として教える手法としてはあまりに役に立たない――あまりに単純化した説明になってしまうかもしれないけど、要は、右脳で体験したものを左脳で理解して、初めて生徒たちとって有益なものを教えられる教師になれるんだと思うんだ。教えるのが好きだから、無能な教師にはなりたくない。写真はもちろん私の人生であり専門だけど、教えることも同じだけ私の人生であり、専門なんだよ。

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Yoko Ono at the Factory, New York, 1965-7, © Stephen Shore

あなたのように写真家になりたい、写真家としてのキャリアを築きたいと頑張っている若者たちにアドバイスをお願いします。
私が以前書いたものを、まずは読んでほしい。もう8年ほど前になるが、『Letters to a Young Artist』という本があってね。編集者たちが、架空の若いアーティストとして書いた手紙に、著名アーティスト50人が返事を書くという内容なんだけれど、私に宛てられた手紙に書かれていたのがまさに君がいま訊いた質問だった。その手紙には「商業ベースの業界に身を置くことで、自らのアートの価値は下がるものでしょうか?」とも書かれていた。出版された最終的な本は、元の手紙を掲載せず、私たちアーティストの返事だけを見せるという作りになっていたよ。

初めて「頭から離れない」というほど好きになった写真作品は?
マンハッタンのアパートに育ったんだけれど、上の階に住んでいた隣人がとても文化的なひとで、大手音楽出版社の社長さんだったんだ。私が写真に興味を持っていることをそのひとは知っていて、私の10歳の誕生日に、ウォーカー・エヴァンスの『American Photographs』をプレゼントしてくれたんだ。それが、私が初めて手にした写真集だった。どの写真が印象的だったかまでは覚えていないけれど、「ウォーカー・エヴァンスの写真集が初めて私の本棚に加わった写真集」だということ、そして「その本がとてつもなく大きな影響を私に残したんだ」というのが、君の質問への答えかな。いや、影響なんてものじゃないな......同じ匂いがしたというかね。同種の精神を有しているというか、深い理解のようなものがあるというか......一部のひとが共通して持って生まれた古典主義のベースというかね。私によるウォーホルと、ビリー・ネームのウォーホルを比べてみると、同じイベントで同じ被写体を撮っているにもかかわらず、私の作品はより古典的アプローチなんだとわかると思う。そういうものって、ひとの個性にもともと備わっているものなのかもしれないね。

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Andy Warhol silk-screening Flowers, 1965-7, © Stephen Shore

あなたの作品には冒険的な写真が多いですが、「写真を通して理解する」ということについて学んだなかで最も大切な教訓は何ですか?
難しい質問だね。ひとつに絞れるかな......ことあるごとにそこに立ち返る教訓は「"知っている"と信じて疑わない視覚的表現手段こそ、いまいちど疑ってみろ」というものだね。文化的なものに由来しているものも、私自身が作り出したものも「知っている」と慢心してしまった途端に使えなくなるものなんだ。そういった表現手段は、よく作用するものもあれば、そうでないものもある。いつでも疑ってかかることで、自分のブレない視点に戻ることができるんだ。

疑ってかかることで、そういった表現手段が有効か、それとも無意味かがわかるわけですね?
そう。文法を例にとればわかりやすいかもしれない――文法にはルールがあるよね。主題を詳細に描写するための、言語そのものから生まれたルールがほとんどだけれど、「前置詞で文を終えない」といった、いたって文化的で説明のつかないルールなどもある。前置詞で文を終えてはいけないなんて誰が決めたんだという話だよね。文法のいくつかは自然な考えからの説明なだけで、いくつかは文化的な取り決めなだけなんだ。視覚にも似たようなことがあると思う。目に見えるものとして認識されているから受け継がれていくものがある一方で、「それが写真だから」と刷り込まれてひとびとが「写真」と認識している視覚的ルールのようなものがあるんだと思う。

最後の質問です。美はあなたの写真で何かしらの役割を果たしているのでしょうか?
面白い質問だね。「ノー」と言いたいところだが、正直なところ、答えは「イエス」だね。わかってもらえるかな。他のひとが考える美の定義にかなっていないものを、私は美しいと思うかもしれない――そういうことだ。

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Billy Name, 1965-7, © Stephen Shore

『Factory: Andy Warhol 』はPhaidon社より発売中。

Credits
Text Clementine de Pressigny
Images by Stephen Shore, courtesy of Phaidon
Translation Shinsuke Matsuda