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【インタビュー】リック・オウエンス、最も痛烈だったといえるコレクションについて語る

ここ数年間夏を過ごすヴェネチアで、リック・オウェンスは生と死について考え、自らの人生を解釈すると共に、数々の作品を世に送り出してきた自身のブランドの次の時代についてじっくりと考えるのだと言う。原点を振り返った今シーズン、ブランド史上最も痛烈だったといえるコレクションについて、彼のヴェネチアの家で話を聞いた。

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11月、リック・オウエンスは初めてアメリカ大統領選挙の投票を経験した。「こんなこと言うべきじゃないんだろうけど、今まで選挙なんて自分に関係ないと思ってきた。子どもでもいればもっと真剣に考えるきっかけもあっただろうけど、僕はわがままなクリエイターのままここまできてしまったからね。1人きりで砂場遊びをしてきたような、そんな半生だった」とオウエンスはアドリア海を望むコンドミニアムのなか、ソファに座って話す。「でも今回の選挙では、1939年の失態を繰り返させるわけにいかないから」。そう言ってオウエンスは肩をすくめた。この夏、オウエンスは内省を繰り返していた。パリから逃れヴェネツィアのリド島で、彼がウィメンズ・コレクションのデザインに尽力しているあいだ、職員たちは階下の借家にシフト制で寝泊まりをしているのだという。1912年に作家トーマス・マンが書いた『ベニスに死す』で、主人公が船から降りたグランドホテル・デ・バン----オウエンスが暮らす新居は、そこからそう離れていない場所だ。その50年ほど後にルキノ・ヴィスコンティ監督が映画化し、ダーク・ボガード演じる老作曲家が少年タジウの姿を求めて彷徨う、あの浜----永遠のうちに消えた少年の幻影は、今もヴェネツィアの浜辺をさまよっている、そう感じられてならない。

「昔から死の必然性が僕の心を捉えて離さない。特にこの1ヶ月は。『ベニスに死す』の舞台となった土地に暮らしているからというのももちろんあるけれど、このところ読んできた本がことごとくすでに亡くなっている同性愛作家の伝記だったからというのが大きいんだと思う」。ロード・バーナーズ、ロナルド・ファーバンク、ジェームス・ロード、デントン・ウェルチらの伝記に加え、ボガードの伝記も読んだ。「ヴェネツィアという土地がそうさせたんだと思うと同時に、きっとそこには政治情勢への不安もあったんだと思う。アメリカの政治に見られるあの不和、男のエゴが歯止めの効かないところまで膨れ上がった、あの世界観に対する心地の悪さみたいなものがね」。浜辺を散歩する日課を終えたオウエンスは、裸足に何か黒いものを体に巻きつけ("Tシャツとショーツ"というスタイルのオウエンス流解釈だ)た格好で家を歩き回っている。無駄を省いたその肉体を覆う肌は綺麗に日に焼け、長い漆黒の髪は海水に乱れている。島の東側を縁取るように建てられた、焼き菓子のような茶色の60年代調アパートのひとつ----その最上階にオウエンスはひっそりと暮らしている。この彼の隠れ家は、ヴェネツィアと聞いて誰もが思い浮かべる「壮麗な邸宅と、その向こうに続く美しい浜辺」という世界観からは程遠い。

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「素晴らしいけど、この"決してステキじゃない"感じが気に入っているんだ」と言いながら彼が食器棚のドアを開けると、そこにはキッチンが広がった。この部屋にはまた、ジムも完備されており、この夏にオウエンスが購入してからこのコンドミニアム全体に施された「コンパクト」というコンセプトが、ここにも見られる。「元々は、雑誌『World of Interiors』に出てきそうな内装だった」と、オウエンスはこの家を初めて内覧したときを思い出す。ターコイズとオレンジのタイルにカラーブロックの壁が特徴的だった家も、今では白いヴェネチア漆くい(リックによると「マーモリーノに見えるかもしれないけど、これはフェイク」だそう)にグレーの石床、カスタムメイドのRick Owensソファというブルタリズム建築調ビーチハウスさながらの世界観に生まれ変わった。アパートを出て少し歩くと、毎年ヴェネツィア国際映画祭が開催されるPalazzo del Cinemaがある。「美しい装飾が施され、大理石がそこここに用いられたムッソリーニの家で、子供の頃からあそこに暮らす自分を夢見たものだよ。だから、訪れたときは、『ここがムッソリーニのトイレだったのか』なんて思ったりした」。『ベニスに死す』の老作曲家と違い、オウエンスは創作に行き詰まってリドを訪れたわけではなかった。しかし、彼のうちに何かしらの変化があってここへ来たという事実においては、老作曲家と同じなのかもしれない。

アクロバット・パフォーマーたちを天井から吊るし、女の子たちにステップダンスをさせ、ヨーロッパ最大の音楽コンテストEurovision Song Contestに出演を拒否されたエストニア出身パンクバンドWinny Puhhを起用するなど、派手な演出をこらしたショーを数シーズンにわたり披露した後の2年前----オウエンスは50歳を迎えた。この時期を境に、オウエンスのコレクションからは激しさが影を潜め、よりロマンチックに、よりクチュール的になっていった。ショーは、男性の性器部分にあたる部分のみに穴が作られた挑発的な作品から、「女性が女性を背負う」という慈悲に満ちたコンセプトの作品まで、オウエンスが考える人間を表現した世界を描きだし始めた。「様々な思いを服という小さな宇宙に織り込むことで、より力強い世界を作り出せると気付いたんだ」。創作性の絶頂に達したオウエンス。2016年秋冬ウィメンズ・コレクションで、スタジオにこもり"自分"という宇宙に内在する絶対的な価値を改めて見出し、他の誰にも再現できない作品を生み出した。

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ドレープが氷のようにドリーミーに美しいドレスには、一見してヴェールのように見える巨大な髪の塊が合わせられ、オウエンスが「肉体的な存在を超えた何か壮大なものへの昇華」と呼ぶ、一種の柔らかさを表現していた。ショーのバックステージで、彼は「この世のすべてには、与えられた時間というものがある。それにどう優雅に、そしてポジティブに向き合うか----ニューエイジ的な意味でも仏教的な意味でもなく、変化が訪れるときに誰もが感じるあの恐怖の感情と、どう向き合うか」と話してくれた。オウエンス自身、昨年は人生の新たな領域を切り拓くかのように思い切った数々の決断を見せた。彼が過去12年にわたり制作活動を共にしてきたヴェネツィア近郊コンコルディアの工場と、彼がいつも宿泊していた「連続殺人犯が泊まるようなガソリンスタンド脇のモーテル」の代わりにアパートを購入したのも、そうした決断の一部だ。この期間、彼は自らのビジネスと自分自身を見直し、これまでに作り出してきたものがこの世に何を意味するのかを深く考えた。20年におよぶキャリアで作り出されたアーカイブはめちゃくちゃになっていて、残ったものもあれば失くなってしまったものもある。

「腹が立った。『僕なんかすぐ消えるだろうと思ってたんだろ!過去のアーカイブが必要になるときが来るなんて、誰も思わなかったんだな!』ってね」と言って彼は笑った。「良くも悪くも、僕のブランドはひとつの組織になっていて、きちんと未来というものを考えなきゃならない。ここまでが"生き残りをかけてがむしゃらにひた走ってきた期間"だったとすれば、これからは"これまで僕たちがやってきたことを精製していく期間"。そんな未来を実現していくために、僕は生き方そのものから見直さなきゃならなかったんだ」。昨年、ヴェネツィアに家を買ったのもその一環だった。徹底した健康管理(アルコールは25年間摂取していないという)のおかげで、オウエンスはボガードが演じた"朽ちゆく老作曲家"とは程遠い----映画『ベニスに死す』で、老作曲家は少年を探し彷徨ううちにコレラに感染し、それでも少年を探そうと入った床屋で顔に白粉を塗り、髪には白髪染めをほどこし、唇には紅をさす。老作曲家は、死装束を着せられた死体のように見える。老作曲家とオウエンスは対極の状態にあるが、ふたりには「リドで深い内省を繰り返す中年のアーティスト」という点で共通している。

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男性的感情の起伏、そして加齢と共に起こる様々な変化に、多くの男性が自分を見失ってしまう時期と、その精神状態を一般的に「中年危機」と呼ぶ。現在53歳のオウエンスも中年危機の只中にいる自分に気付いた。過去2シーズンに発表したメンズ・コレクションは果たしてそんな精神世界をきちんと描き出せていたのか----オウエンスは考えるのだという。「衰えというのは誰にも避けられない」と彼は話す。「死への恐怖というのは、この世にまだいるうちに何かをしたいと思わせるもっとも大きな動機のひとつなんだよね」。少年が初めて自我に目覚めるきっかけが十代の憂鬱----それこそが1994年のブランド立ち上げからオウエンスを一貫して突き動かしてきた原動力であるわけだが----だとするならば、絶対的に自分という存在の輪郭を決定づけてくれる出来事とは、親の死だろう。昨年、オウエンスの父が95歳で亡くなった。オウエンスは父の死に突き動かされるようにして、「自らの生の終わりと折り合いをつけようとした男たち」の伝記を読み漁った。オウエンスが読んだ伝記のひとつは、ボガードの生涯を探った伝記だった。ボガードには、公にはされなかったが、男性の恋人がいた。アルツハイマーを患ったこの恋人は、先の戦争で派遣された戦地から青酸カリを持ち帰り、隠していた。恋人はそれをボガードに渡し、「しかるべきときにそれを使って、僕に尊厳死を」と頼んだ。しかしその後、ボガードが脳卒中に倒れ、恋人の願いが叶えられることはなかった。「僕の父も、そんな感じだった」とオウエンスは言う。彼の父親は、穏やかなカリフォルニア流の生き方を最後まで貫いたという。「インターネットで色々なことを自分で調べて、死に備えてた。でも、そのために揃えたものは結局使う機会もなく、最後は車椅子に乗せられて、看護師の助けなしには自分で薬すら飲むこともできない最期だったよ」。父親が残したものの中でオウエンスが受け継ぎたいと申し出たのは、父のLuger製ピストルのコレクションのみだった。しかし、それらをパリへと持ち込むのは至難の業だった。「一度、父がAK-47をふたりで折半して買おうと提案してきたことがあったんだ。父は本当に銃が好きでね。いま思えばいい思い出だね。そんな思い出があったから、父の銃のコレクションを持っていたいと思ったんだ」。60年代から70年代にかけ、カリフォルニア州ポーターヴィル郊外に育ったオウエンス。父親との関係はギクシャクしたものだった。「父は積極的に保守派として活動するひとで、僕はそれに反抗した。感情的にはお互いに愛情を表現する親子だったけれど、本質的には敵対していた」。福祉課のソーシャルワーカーだった父の世界観は、とにかく懐疑的だった。

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「間違ったことをしようとする人々と日常的に接して生活していると、社会に対する考え方が歪んでくるんだよね。父は、なかなかひとを信用できず、誰に対しても疑い深く、人間全般に落胆しているひとだった。思慮に欠けて、すごく無神経なひとだったんだよ!社会的には、完全に欠陥人間だったね。だからもちろん友達なんてひとりもいなかった」とオウエンスは話す。「一方の母は、とんでもなくスイートな『メキシコ女!』といった女性だった。人種問題に関する父の姿勢は決して平和的なものではなかったんだけど、それでも白人じゃない女性と結婚して、そこに子供も作ったわけで、とすると父が『人種問題』と『母』という矛盾する存在をどう考えていたのか、僕にはまったく理解できなかったよ」。2008年、オウエンスは『New Yorker』誌のインタビューに答えた。このインタビューが公けになったとき、彼は父から電話を受けたという。インタビューでオウエンスは父親をナチと呼んでいた。「愛すべきナチって呼んだんだよ」と彼は正した。「父はそれに関して心外とも思っていない様子だった。ただそのとき、『僕は父が女性や同性愛の権利に対して示している姿勢について納得がいかない』って父にキッパリと言ったんだ。父自身が知的な問題提起の方法をとるひとだったから、僕はそれぐらいの意見の相違について問題を突きつけても父は平気だろうと思った。でもね、父は広い世界での議論というものに触れる機会がなかったんだよね。僕よりも狭い世界で生きてきたひとだったんだ。僕は、そこを見落としていたんだ。だから僕のあの問題提起は、僕と父のあいだに大きなしこりを残してしまった」

パンク的環境の対極とも思える、家族をベースとした価値観をなによりも大切にするリドでのオウエンスを見ていると、彼の父親が生きた価値観にも良いものがあり、それがオウエンスという人間を形成するのに少なからず影響を与えだのだろうと妙に納得してしまう。80年代に共にブランドを立ち上げたミシェル・ラミーと結婚しているものの、バイセクシュアルを公言しているオウエンス----既成概念にとらわれない生き方を実践しているオウエンスが選ぶにしてはあまりにも伝統的な価値観の土地であるようにも思えるが、いま目の前にいるオウエンスは実に自然体だ。「驚きなのは、父には美を愛する面というものもあったりして」とオウエンスは語る。「クラシック音楽や日本美術に造詣が深かくてね。きっと繊細さを押し殺していたと思うんだ」。意識下で、きっとそれがオウエンスにアートとその作り手への果てなき愛と情熱を生み出したのだろう。そして今、オウエンスは"アートのオリンピック"と呼ばれるビエンナーレ美術展覧会の会場からスピードボートですぐという場所に暮らしている。オウエンスはリヒャルト・ワーグナーの音楽に魅了され続けてきたという。オウエンス版『ベニスに死す』を想像すると、そこにはヴィスコンティが用いて観る者の魂をえぐったグスタフ・マーラーの音よりも、ワーグナーの交響曲のほうがしっくりくるような気がする。オウエンスは建築にも造詣が深く、好きな建築家はエリエル・サーリネン。彼のコンドミニアムには、サーリネンが1901年に作ったダイニングスイートの影響が明らかな形で見てとれる。コンドミニアムにはまた、ジョセフ・アーバン(Joseph Urban)が1900年代に作ったエイリアンのような花瓶や、同じく1900年代にドイツ語圏で生まれた「ユーゲント・シュティール」「青春様式」に関する本も置かれている。

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オウエンスは文学に関する話の途中で、建築家アルベルト・シュペーアの名を口ごもりながら立ち上がった。オウエンスは老眼鏡を買ったばかりだそうだ。眼鏡を使うひとによくある話だが、彼も眼鏡を失くして新調するのを繰り返しているのだそうだ。「家中を歩いて探し回っていた眼鏡が、カチューシャのように頭の上にのせられていることに気づいたりするんだ。『僕の眼鏡を見なかったか?』ってみんなに訊いてまわっても、誰もが『見ていません』としか答えなくて、イライラが爆発したりするよ」。オウエンスは、複雑だった父親の性格を、今では周囲の男性たちにもみとめるときがあるという。「この世でもっとも美しいものを自分の店に取揃えられるだけの審美眼を持った店主の男が、なぜだか歳をとったら攻撃的でカウボーイみたいな、薄っぺらい男らしさばかり誇示する人間になってしまうのを、これまで少なからず見てきた」。まさに『ベニスに死す』でボガードが演じた老作曲家のように、そういう男が説明のつかない感情や封じ込めてきた欲望に翻弄されて、ゴンドラの船主を怒鳴りつけたりするのだ。「でも、父の精神的ないじめは、僕に喜ばしい結果をもたらしたんだと思う。僕はこれまでに何度も、『もし父が家庭において、恐怖心や恥を感じさせられることを断じて許さないひとだったら----もし僕がそんな理想的な父子間の関係に育っていたら、僕の人生はどんな風になっていたんだろう?』と考えたことがあった」とオウエンスは明かす。「父がそんな完璧な父親だったら、きっと僕は何にたいしても想像力を欠いた人間になっていたと思う。だから、父がああだったことに感謝しているんだ」

ヴェネツィアの青い海をテラスから眺めるオウエンスには哀愁が漂う。彼がこれまでに作り出してきた作品に見る自由や慈悲の世界とは対照的だ。印象こそソフトだが内には炎を燃やす----息子は、父とは対照的な大人になった。「男のエゴは、長年にわたり僕にとってあらゆる面で意欲の源だった。だからこそそれに強い興味を惹かれる。僕は自分のエゴを自覚し、認め、恥にも思っているんだ。でもその恥の念さえも含め、これがあるべき姿なのかもしれないと思う」。オウエンスは今、ペギー・リーの歌声を聴きながら次のコレクションのためにデザインを進め、トレーニングをし、晩御飯には卵とパンとチーズのみという質素な食生活を送っている。「ある島を見つけて、そこに立つ白い建物を気に入って、そこに暮らすことを決めて----これまで僕が生きてきた世界からは足を洗ったんだ」と彼は言う。「パリももちろん素晴らしい。でも死ぬときは海のそばで逝きたい」

リドである必要はないのだという。しかし、晴れ渡る青空が俗世を逃れてきた者たちに十分なドラマ性を与えてくれるこの中洲の小さな島が、死す場として最適であることは疑いようがない。「今月はまさに『ベニスに死す』的なひと月だった。そこに、なんだか胸がざわざわするような感覚もあってね。長いあいだ、僕たちは戦争のようなものを生きてきた。でも、今の若い世代はああいう類いの戦争を知らずにここまできた。彼らにはこの戦争をうまく飲み込めないと思う。僕たちの中には、死への憧れのようなものが遺伝子レベルで組み込まれている。皆が落ち着くべきところに事を落ち着かせて、そこから何かが起こるのを期待しているんじゃないかな。人間の進歩には、ときに戦争は必然だと僕は思う」。その夜、リドからサンマルコ広場へと戻る船の中で、私の頭の中にはオウエンスが数週間前のメンズ・コレクションで流していたニール・ヤングの「After the Gold Rush」が流れていた。「......友達が言ったことについて考えていた/本心は違うことを願いながら......」

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Credits
Photography Mario Sorrenti
Fashion Director Alastair McKimm
Hair Duffy at Streeters. Make-up Kanako Takase at Tim Howard Management using Make up For Ever. Nail technician Honey at Exposure using M.A.C Cosmetics. Photography assistance Felix Kim. Lighting technician Lars Beaulieu. Digital technician Johnny Vicari. Styling assistance Lauren Davis, Sydney Rose Thomas. Hair assistance Ryan Mitchell, Mustafa Yanaz. Make-up assistance Yumna. Production Katie Fash, Steve Sutton, Christopher Cassetti. Casting Angus Munro at AM Casting (Streeters NY). Model Binx Walton at Next. All clothing Rick Owens mens and womenswear.
Text Anders Christian Madsen