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伝説のレコード店「Rough Trade」のオーナーが語る音楽業界の変化

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創立から40周年を迎える伝説のレコードショップRough Trade。共同経営責任者のひとりナイジェル・ハウスに、音楽業界の変化について、そして音楽が繋ぎ、受け継いでいくものについて聞いた。

1976年、中古レコードを詰め込んだスーツケースひとつを持ってアメリカからイギリスに帰国したジェフ・トラヴィス(Geoff Travis)は、後のイギリス音楽業界を揺るがすことになるショップを開店した。ノッティングヒル・ゲートにオープンしたRough Tradeは「エキサイティングなもの」「メインストリームではないもの」そしてなにより「インディペンデントなもの」を探し求めていた当時のユースに、激震とでも呼ぶべき大きな影響を与えた。その短くシャープなサウンドにユースは夢中になり、そこからThe SmithsやThe Raincoats、Cabaret Voltaireなどが生まれた----しかしながら、当時のRough Tradeに関係していた誰ひとりとて、それが"その後40年にわたり影響力を持つもの"へと発展するなどとは考えていなかった。

もちろん、Rough Tradeは40年という歳月を順風満帆に過ごしてきたわけではない。80年代前半には度々経営不振に陥り、ショップ創業者のトラヴィスは当時ショップスタッフだったナイジェル・ハウス(Nigel House)、ピート・ドン(Pete Donne)、ジュード・クライトン(Jude Crighton)に経営権を売却することとなった。この3人は試行錯誤しながらもRough Tradeの事業を拡大させ、現在ではショーディッチやノッティンガム、ニューヨークにもショップを構えるに至っている。彼らが訴え続けてきたメッセージは、今も色褪せず我々の心に響く----「レコードショップはレコードを売るためだけではなく、コネクションを作ることができる場所である」というメッセージだ。

去る土曜にもロンドンのバービカン・センターでイベントが開催されるなど、現在ロンドン各所で40周年記念イベントが目白押しのRough Trade。共同オーナーのナイジェル・ハウスに、音楽業界の変革について、そしてRough Tradeがそこに残したものについて聞いた。40周年、おめでとう!

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Rough Trade West 7" Wall

いつ頃からRough Tradeの店員を?
1981年か82年、学校を卒業したときからだね。その前から客としてRough Tradeには出入りしてて、「ひとが必要」ってことだったから申し込んだ。それから現在にいたるまで、ずっとRough Tradeで働いてるよ。

ラドブローク・グローブ地域のスキンズ対策として、かつて土曜には警備を雇っていたというのは本当ですか?
うん、タルボット・ロード店でね。パンクスが出入りしてたからってことであいつらもRough Tradeに来たんだろうけど、ラドブローク・グローブのスキンズはいい奴らなのか悪いやつらなのか判断がつかなかった。というのも、ULUでMekonsがギグをやったときに、俺は警備員の仕事をした経験があって、このギグにラドブローク・グローブのスキンズが来たことがあった。「入れろよ」ってそいつらが言うから、俺は「チケットは」と訊いた。するとそいつらは「チケットなんか持ってねえよ」って粋がって、そのうちのひとりは俺が担当してたドアに頭突きをして「入らせろよ」って凄んだ。そんなに入りてえのかってな。みんないいやつだったに違いないけど。

Rough Tradeに出入りしていたのはどんな人たちだったのでしょうか?
Rough Tradeは「あらゆる音楽ファンのための場所」を暗黙の了解でモットーにしてた。出入りしてたのはパンクスだけじゃなかったんだ。いつでもレゲエやソウル、ヒップホップのレコードを置いてたしね。ダンス・ミュージックやインディーズのレコードショップであろうなんて思ったことは一度もなかった。デューク・エリントンだかルイ・アームストロングだかが「音楽には、良いものとクズの二種類しかない」って言ったんだけど、俺たちがやっていたのは「良い音楽を売る」ってこと。良いか悪いかなんて主観だし、音楽のテイストなんてひとそれぞれだけど、俺たちはいつでも何か新しさを感じさせるエキサイティングなレコードを紹介しようとしていた。アフリカンからパンクロック、レゲエまで、いつでも「なにかクールで面白いものを」と商品を選んでたね。

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Ana Da Silva from The Raincoats working at the original shop on Kensington Park Road

あなたはスケートのシーンにも早くから着目していましたよね?
うん、そうだね。当時は、アメリカのRough Trade社から直接レコードを買っていて、向こうから送られてくるレコードにはハードコアがたくさんあったんだ。ハスカー・ドゥ、ブラック・フラッグ、SST、ディセンデンツ、T.S.O.L.、サークル・ジャークスといったパンクバンドのレコードと共に、スケートロックのカセットや『Thrasher』誌関連のものもたくさん送られてきてた。ザ・ファクションやハスカー・ドゥ、ブラック・フラッグといったバンドがフィーチャーされてたからっていう理由で雑誌本体も売っていたんだけど、これが話題になって木曜の昼ごろには店内が客で溢れかえるようになった。当時のイギリスにはスケート関連のグッズを売る店が少なかったから、うちではボードもアメリカから取り寄せることにした。ノーフォークやサフォークの米軍基地からアメリカ人たちにも宣伝すると、土曜の午後のタルボット・ロードはお祭り騒ぎになったよ。アメリカ人たちがスケボーやハードコア・パンクのレコードを買ってる横で、イギリスのパンクスがレコードを買ってたりしてね。それでスケートのグッズも扱いはじめたんだ。そのあとに地下のスケボー・コーナーができて大成功したから、一階ではレコード、二階ではスケボー関連商品を取り扱う新店舗をコヴェント・ガーデンにオープンしたんだ。

店舗でのギグ開催はその時期に始まったのでしょうか?
ついこの間、ちょうどその話をしていたところだよ。最初にギグを開催したのは、Rough Tradeからアルバムをリリースしたばかりのヴァイオレント・ファムズだったと思う。タルボット・ロード店の外でやったんだ。その次は――スケートバンドというのか――スイサイダル・テンデンシーズだった。プレイはせず、サイン会だけだったけど、それでも大盛況だった。信じられないぐらいにひとが来てね。そんな盛況を受けて、コヴェント・ガーデンのニールズヤード通りに店舗をオープンして、さらに多くのギグをした。ニールズヤード店はベースメントがあったからギグをやるにも好都合だったんだ。すごいことがたくさん起こってね。有名なのはビースティ・ボーイズのギグ。でも、PJハーヴェイ、コートニー・ラヴ、ジェフ・バックリィもよく覚えてるよ。素晴らしい人たちだった。今でもどこかに彼らのギグを収めたテープが残ってるはずだけどな。

レコードはいま改めて評価を受けているところですが、レコードという音楽媒体に自信を失いかけたことはありましたか?
ないね! 俺はこの40年間、ずっとカウンターに立って仕事をしてきただろう? 来店する客が求めてるものがわかるんだ。レコードを求めてる客はいつの時代にもいる。だから俺たちはこれまでレコードの在庫を欠かしたことはない。ダンス・カルチャーやレイヴ・カルチャーでも、レコードがベースだった。ケミカル・ブラザーズやアンダーワールズといった、ジャンル横断的なミュージシャンたちは常にレコードを必要としてる。だから、ダンス・ミュージックの12インチがものすごく売れた時期もあったり、そんな波が何度も起こって、レコードは死に絶えずにここまできた。そして、今また評価されてる。CDにも同じことが起こると思うよ。「CDは終わった」だの「もう誰も買わない」だのって言い出すショップも出てくるだろうけど、それは間違った読みだね。CDを求めるひとはいつの時代にもいる。良いフォーマットだし、いい音楽の媒体だし、価格もいい。客の言ってることに耳を傾ければ分かるはず。比較的価格が高いレコードと比較的求めやすい価格のCDを人々が買い分けたりする時代がくるよ。「20ポンドは高すぎるから、これはレコードじゃなくてもいい。CDで買おう」ってな具合にね。絶対にそうなっていく。

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Behind the counter at Kensington Park Road

オンラインでの販売というものにはどう対抗しますか? 社会的見地からの価値観だけで対抗するのは難しいのではないでしょうか?
俺たちはこれまで一貫してショップを大きな音楽コミュニティの一部として打ち出してきた。人々にショップへ来てもらって、ショップを楽しんでもらいと願ってきたんだ。ザ・テレビジョン・パーソナリティーズは歌のなかで「そしてやつらはRough Tradeに行く」って歌ってくれてるんだけど、そういうことなんだ。ひとに来てもらって、時間を過ごしてもらって、知らないひととそこで出会い、立ち話でもして、コーヒーでも飲んでもらう――それがショップってものだと俺は思う。音楽は俺たちにとって最高のアートの形で、俺たちはひとびとにそれを共通点として出会ったり、お互いを知ってもらいたい。そして音楽とコネクトしてもらいたい。Rough Tradeは、そういう「空間」なんだ。

いま来店する主な客層は?
音楽好きだね。若者も、もう若くない者も。ショップとして、これからの世代である大学生やそれよりも若い新しい世代を惹きつけていかなきゃならない、それが俺たちに課せられた使命なんだと思う。フライフィッシングみたいなもので、フライを付けた釣り糸を投げて、かかった魚を釣り上げる。なかには逃してしまう魚もいるけど、結局同じ魚が帰ってきてくれる――そんな客のひとりに息子がいてね。バンドを組んでるんだけど、そのバンドのレコードをRough Tradeは扱ってるんだよ。そんなに素晴らしいことってないだろ? 巡り巡るってことがさ! それこそが俺たちのやっていかなきゃならないことなんだ。キッズたちにこの興奮を伝承していくっていうことを。なんていうのかな、レコードショップの活気とか、いま起こってることとか、そこで出会いがあったり――サーストン・ムーアがそこにいたり――そういうことが、嬉しくてしかたないんだ。エキサイティングで面白い空間を作る、そういうことなんじゃないかな。

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Ramones doing a signing session at Kensington Park Road

これからの40年について聞かせてください。
俺が思うのは、フォーマットはそれほど問題じゃないってこと。音楽がよくなきゃならない――それが大切なことなんだ。客を惹きつけなきゃならないっていうのは、そういうこと。いま17-18歳のキッズが20年後にレコードやCDで音楽を買い続けているのを見届けたい。「カタチで残る音楽を」と考えるひとはいつの時代にもいると俺は信じてる。モノはなんだかとても良いものだからね。すべてが便利な方向に向かってるけど、音楽は少しアウトサイダーであってほしいだろう? ほかとは違ってほしいと思うだろう? ひとと同じじゃイヤだって思ってるひとは多いんだ。音楽にはエキサイティングであってほしい。メインストリームだけじゃない何かを欲してるひとは多いはず。それこそが、Rough Tradeがやろうとしてきたことなんだ。

Credits
Text Matthew Whitehouse
Images courtesy of Rough Trade
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.