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すべてが可能な雑誌「Beauty Papers」創刊

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メイクアップ・アーティストのマキシーン・レナードと、クリエイティブ・ディレクターのヴァレリー・ウィックス。ふたりが手を組み、アーティストたちが心おきなくオリジナリティと自己表現を解き放てる雑誌を創刊した。

マキシーン・レナード(Maxine Leonard)の自宅にある本棚には、i-Dや『The Face』誌の古いバックナンバーがたくさん並んでいる。それらの雑誌から受けた影響を熱心に語る彼女を見ていると、「きっと未来の雑誌コレクターたちが、マキシーンの作った雑誌『Beauty Papers』をこんな風に語る日が来るのだろう」と想像せずにいられなくなる。「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの生徒だった頃、i-Dが発売されるたびに図書館に駆けて行っては表紙に見とれたものです」。間もなくして彼女は自らi-Dを買うようになり、どこへでも持って歩いて、1ページ1ページをくまなく読み、読み返したいページの端を折るようになった。

目がくらむほど楽観性とアイデアに満ちた『Beauty Papers』は、当時のマキシーンのような読者を増産する雑誌だ。2バージョン用意された第2号の表紙のうちひとつは、ロンドンのファッション・デザイナー、クレア・バローがアクアマリン色のアイシャドウをほどこし、満面の笑みをたたえていて、ハッとするほど美しい。もうひとつのバージョンでは、アーティスト兄弟ジェイク・アンド・ディノス・チャップマンが描いたスマイリー・フェイス。ページをめくると、そこにはロイヤル・バレエ団のダンサーたちの躍動感あふれるポートレイトや、ヘアメイク界の伝説的存在クリスチアーン(Christiaan)がカウンターカルチュラル・ヘアスタイルに捧げたページ、またNew Romanticのメイクアップ・アーティスト、マーラ(Marla)が90年代後半に制作していたフォトダイアリーからの引用など、圧倒的な内容と世界観が広がっている。また、ヘア・スタイリストのホリー・スミスが提案する"ダサかっこいい"ヘアスタイル6種と、精神分析医スージー・オーバック(Susie Orbach)による「セルフ・イメージ」の考察、サブカルチャーをドキュメントし続ける写真家デレク・リジャーズによるロンドン・ユースのポートレイト、そして、グレース・コディントンが愛猫ブランケットとパンプキンにマッサージを受けている自分を描いたセルフ・ポートレイトのイラストまでもが収められている。

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切り取ってベッドルームの壁に貼りたくなるような誌面に知性をも織り交ぜたこの『Beauty Papers』は、「美しさが"美しさ"とカテゴライズされて売られるものであってはならない」「美しさとは、もっと深く、もっと広がりのあるもの」「ときに美しさとは、政治から化粧にいたるまですべての概念を覆すほど斬新なアイデアから生まれるもの」だと改めて感じさせてくれる、素晴らしい内容だ。これまでに、i-Dだけでなく世界各国の『Vogue』で作品を取り上げられてきたマキシーンが、彼女独自のパンク雑誌や、創造的自由の重要性について語ってくれた。

『Beauty Papers』のアイデアがリアルになり始めた経緯について教えてください。

メイクアップ・アーティストとして働きながら、業界の現実に不満が募っていったんです。客観性に欠け、エディトリアルでも新しいことができない状況が続いていました。パリでの仕事を終えてロンドンに戻ってくる電車の中で、クリエイティブ・ディレクターのヴァレリー・ウィックスに雑誌の構想を話したんです。するとヴァレリーも興味を持ってくれて。それが『Beauty Papers』誕生の経緯です。タイトルも決めていたし、雑誌を通して世界に何を訴えかけたいかも、何に疑問を突きつけたいかも明確でした。ヴァレリーがクリエイティブ・ディレクター、私は編集長ということで、出版に踏み切りました。

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ビューティ業界にどんな不満を持っていたのですか?

浅い、と感じていたんです。メイクアップは色々な可能性を示すことができる表現手段なのに、そうした可能性や方向性が排除されているように感じていました。広告主の存在や、雑誌出版社の意向があまりに強すぎて、新しいことができない状況なんです。私たちは商業性に疑問を呈しているわけではなく、ただ「私たちの存在理由をきちんと理解してくれているブランドと組みさえすればブランドの真価を引き出して表現できる」と考えていました。そして、エディトリアルを手がけるにはそれなりの自由が私たちに与えられなければなりません。「美しさ」は、極めて政治的なものでもあります。ただ挑発的になるということではなく、見る者に考えさせる力を持っているんです。それを発揮できる場があまりにも少ないと感じていました。だから『Beauty Papers』ではコントリビューターに自由でオープンな場を提供しています。私たちはテーマやそれを具現化するためのアプローチを説明するだけで、それ以降は彼らには自由に物作りをしてもらいます。広告でのやりくりをしていないので予算はないわけですが、この雑誌は「好きなことをやる」というコンセプトで作っている雑誌です。

どのようにして号ごとのコントリビューターを選出しているのでしょうか?

新たな世代の才能を世の中に出していきたいと考える一方で、ベテランの世界観もやはり重要だと考えてもいます。最初に『Beauty Papers』のダミー版を作ったとき、香水師のセルジュ・ルタンスに送ってみたんです。すると彼は感想を手紙で送ってくれました。それを『Beauty Papers』0号のバックに掲載して出版したら、その後、創刊号の制作時に彼が私たちをマラケシュに招いてくれました。0号では、伝説のヘアメイク、クリスチャーンにインタビューすることができました。ステファン・マレーにもインタビューしましたね。この雑誌のコンセプトには、「この業界に長く影響を及ぼし続けているアーティストたちに迫る」という方向性も含まれています。彼らが例外なく口にするのは「チーム」という考え方ですね。友人の存在、そして友人のサポートなくして、彼らは「偉業を成し遂げられなかった」とね。ステファン・マレーは、NARS創始者フランソワ・ナーズや、ヘアメイクの巨匠ケヴィン・オークインといった友人たちとアシスタントや商品の調達を助け合ってここまで来た、と語っています。クリスチャーンは、イラストレーターのアントニオ・ロペスや写真家のアーサー・エルゴートとの友情関係が今でも彼に大きな影響を与えていると言います。今のビューティ業界は、誰がホットかですべてを計り、トレンドを中心にひとを消費していく傾向にある。人間関係を育んで、コミュニティを作り上げていく----それが、私が『Beauty Papers』で表現したいことです。

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コントリビューターたちに与えられた権限が実にオープンで感心します。扱う題材として、「これは困る」と設ける規制などはあるのでしょうか?

コントリビューターの人たちは皆そこを喜んでくれていますね。だから、今ではたくさんの人々が「参加させてくれ」と言ってきてくれるようになりました。特定の肌のコンディションや奇形児の話など、様々な視点を打ち出して「世界に訴えかけていきたい」という人々から、たくさんのアプローチを受けています。今年は政治的に恐ろしい変化が多数見られた1年になりました。これまでになく、アートの見地から発せられる声が大切だと感じています。私たちは『Beauty Papers』を通して声を上げなければならない。そして立ち上がり、戦っていかなければならない。そう考えています。だから規制や制限などはありません。アーティストたちに表現の自由を与える----それができなければ、どんな体制をも打ち崩すことなんてできません。

3号のテーマは決まっているのでしょうか?

次号では、世界が『Beauty Papers』に対して持つ期待を打ち崩して、これまでとまったく違ったものを目指したいと考えています。この間リリースした号はテーマが「ムーブメント」でした。社会的アイデア、政治的アイデア、クリエイティブなアイデアを向上させるために献身している人たちを取り上げたわけですが、読者はそれを「荒削りで勢いあるもの」と見たようです。次号では「美しい」という言葉が連想させるものを問う内容にするつもりです。そして、ユース・カルチャーが聞いて吐き気をもよおすような言葉----例えば「harmonious(調和が美しい)」「exquisite(洗練の極み)」「glorious(壮麗)」といった言葉を斬っていきたいとも考えています。私たちは、私たちを取り囲む環境を感じ取っています。お金も限られているし、広告主もいない。でも、予算が許す範疇で「美」を問うというアイデア自体が、『Beauty Papers』の存在意義だと思っています。そのためには、少し本気で戦わないといけません。戦ってこそハングリー精神が生まれるんだと信じています。

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i-Dを創刊した頃のテリーとトリシア・ジョーンズを彷彿とさせる在り方ですね。

これまでi-Dとは何度かお仕事をさせてもらう栄誉にあずかりました。あの表紙----アイコニックの一言に尽きますね。知る前と知った後では、世界はまったく違って見える----i-Dとは、そういう存在です。ジュディ・ブレイムやマーク・レボンといった人たちに、私は今でも変わらずインスパイアされ続けています。一番最近i-Dと手掛けた撮影はマーク・レボンとのものだったと思いますが、あの感覚はずっと体に生き続けています。テリーとトリシアが、このプラットフォームを作ってくれた----マークは『Beauty Papers』0号でもカメラマンとして参加してくれたんですよ。i-Dが世に送り出したアーティストたち、i-Dが存在したからこそ生まれた世界観が、還元されているような感じですね。i-Dは今でも変わらず私の生活の大きな一部分です。美意識としてのパンクではなく、「体制なんて糞食らえ」というエッセンスとしてのパンクについて、私は日々考えていますからね。

オンラインではなく、紙媒体にしたのはなぜなのでしょうか?

何か意見を打ち出すときは、ひとが実際に手にとって読むことができる物理的な形態を通さなければ意味がないと私は考えています。大学では『The Face』やi-Dをいつも読んでいたんですが、印刷技術はひどいもので、読んでいるうちに指が黒くなるなんてことがよくありました。そこに感銘を受けたんですよね。雑誌に込められた全てが、自分の一部になるわけですからね。イメージがスクロールで流れていく中では、誰も何も感じ取ってなどくれません。Instagramは、ただの人気投票でしかありませんし。だから、私は紙媒体にこだわってきました。私たちは今後もずっと大衆に受け入れられるようなことはないでしょうし、そういう存在になりたいとも思っていません。私たちの存在を知ったなら、それでもうあなたも半分は私たちの世界の仲間入りです。

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2号でもっともワクワクしたプロジェクトは?

その世界観にずっと憧れてきたデレク・リジャーズとのコラボレーションが果たせたのは嬉しかったですね。ロイヤル・バレエ団とのコラボレーションも嬉しかったし、クリスチャーンがまた協力してくれたのは個人的に大きな意味がありましたね。私が以前アシスタントとして付かせてもらった師匠のディック・ペイジとリサ・バトラーが参加してくれたのも、個人的には感動的でした。私にとってはふたりとも雲の上のひとたちですからね。クリエイターそれぞれが個々に感じ入るものを扱っている作品は、どうしても私の心を動かします。コントリビューターは皆、心血を注いで作品を作りますから。それがアートというものですし、そうすることでしか私たちは生き延びていけないのです。

いつか、未来に誰かが『Beauty Papers』を見たとき、そこにどんなメッセージを読み取ってもらいたいですか?

ひとつ決まった概念を「これが良い」「これは悪い」と一方的に打ち出していたのではないということでしょうね。私は、6歳の子供がいる母親です。娘は、学校から帰ってくると、今の若い女の子たちが自撮りでよく見せる、口をすぼめた表情を私に見せたりするんです。ファッションやビューティの業界が及ぼす影響の大きさに、私は心配になります。業界に自由と選択肢を、と切に願いますね。ヴァレリーと私が『Beauty Papers』を作ったのは、ひとびとの中に息づく魂に触れたかったからで、それが誌面を通して読者に伝われば嬉しいですね。キッチンテーブルで一生懸命作っている雑誌ですので!

beautypapers.com

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Credits
Text Alice Newell-Hanson
Images courtesy Beauty Papers
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.