ファッションジャーナリスト

"メタボセクシャル"の衣食日記(5-2)―コシノ三姉妹にみる第一世代の凄み

小篠弘子、小篠順子、小篠美智子の"コシノ三姉妹"は、言わずと知れた日本を代表するファッションデザイナーである。年齢を言ったら怒られるかもしれないが、長女のヒロコ先生は御年80歳で、ジュンコ先生は77歳、ミチコ先生は74歳。いずれも現役バリバリでデザイナー活動をしている"生ける伝説"である。

東京コレクション期間中は、なるべく他の仕事を入れないようにしているのだが、どうしてもの用事がある場合は、超ベテラン勢のショーの時間にブッキングすることが多い。本当に失礼な話なのだが、いわゆるトレンドとは一線を画した顧客向けのショーが多いがゆえに、そのようなスタンスを取らせてもらっている。ヒロコ先生のショーもしばらくご無沙汰していたのだが、今回はどうしても見たかった。1月のロンドンで三女のミチコ先生のクリエーションとデザイナーとしての姿勢に感銘を受け、長女のヒロコ先生と比較してみたいと思ったからだ。

1月のロンドン・ファッションウィーク・メンズの公式スケジュールに、約10年ぶりに「ミチココシノ(Michiko Kochino)」が帰ってきた。大げさな物言いではなく、1980〜90年代にかけてロンドンのストリートカルチャーを最前線で牽引したブランドで、現地では日本を遥かに超える高い知名度を誇る。学生時代に軟式テニスで全国優勝を成し遂げたこともあるかの女は、すでに大きな成功を収めていた2人の姉を見てデザイナーを目指すようになった。そして、1973年(30歳の頃)に単身ロンドンへ渡り、かの地で確固たる地位を築き上げたのだ。

ロンドンに入って2日目に、ミチココシノのブランディングを手伝っているUgglaというウェブのセレクトショップ(東欧、北欧系のエッジの効いたブランドをセレクトしている)を運営する森一馬さんから連絡があり、ミチコ先生が経営するお寿司屋さんでミチコさんを囲んで食事をしましょう、という素敵すぎるお誘いをいただいた。なんでも食事の後には、上階のアトリエを案内してくれるという。二つ返事で東側から西側へ小一時間かけて電車で移動し、ロンドンとは思えない鮮度のお寿司をいただきながら、ミチコ先生の話に耳を傾けた。お寿司屋さんの店名は「Michiko Sushino」という。

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お寿司も美味しかったけれど、アトリエはもっと衝撃的だった。なんとなくデザイン画を書くための小さなスペースというイメージを持っていたのだが、そのスペースはメゾンと呼ぶに相応しい規模。その場でパターンからサンプル製作までの全ての作業ができるようになっているのだという。これだけのアトリエを海外に構えている日本人デザイナーは、片手で数えるほどしかいないだろう。

最終日、いかにもロンドンらしい小雨が降るなか、ミチコ先生の10年ぶりの晴れ舞台に向かった。今回の参加はミチコロンドンではなく、上級ラインのミチココシノで、約10体のモデルを大きなスピーカーの上に立たせるインスタレーション形式での発表である。そのスタイルは、紛うかたなきストリートだった。複雑なパターンのパーカーコートも、ジャミラみたいな肩の張ったシルエットのコートも、ジッパーの前開きのパンツも、とてもじゃないけど74歳のデザイナーが作ったとは思えなかった。若々しく毒々しかった。すごい人を日本人が一番忘れている、と思った。

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崩れ壊すことを恐れないということ

で、ヒロコ先生である。恒例の会場の、恵比寿ガーデンホールのエレベーターを上がり、会場に入ろうとしたら誰かに肩を叩かれた。振り返ると前田さんがいた。私が知っているのはいつもニコニコしているシビラ事業部長の前田さんだが、久しぶりにお会いした前田さんは社長になっていた。「ヒロコ コシノ(HIROKO KOSHINO)」の親会社である老舗アパレル、イトキンは、深刻な経営不振に陥り、投資会社のインテグラルの元で経営再建の最中である。その再建を担うというとてつもない大役を任されているのに、大らかな雰囲気は何ら変わっていなく、ちょっと安心した。

直近のヒロココシノの業績は知らないが、私がイトキンの決算説明会に出席していた数年前までは、絶好調だったはずである。同社のラインナップのなかでは、売上的には最大規模ではないものの、利益面では優等生で、きっと再生の大きな役割を担っているのだろう。

前半の黒、グレーのルックの行進は、これまでのヒロコ先生のイメージを大きく覆すものだった。シックで複雑で若々しいのだ。大柄のタッタソールのスモックは、胸元の折り紙細工のようなリボンを含めて、ぱっと見ではよく分からない複雑な構造になっている。中盤の花瓶のようなフォルムのベージュのドレスは、左足の部分にスリットが入って内側のオレンジのパンツが見えるようになっている、と思ったらじつはトロンプイユで、一体のドレスだった(後で写真を拡大して気づいた)。

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後半のいかにもヒロコ先生らしいカラフルな色彩のルックは、既存の顧客を十分に満足させられるだろう。でも、前半のモノトーンのルックは、若い世代にも刺さるだけの感度を備えていて、何ら衰えない創作意欲みたいなものを強く感じた。プレスリリースには「既製の価値から遠く離れ、崩れ壊れることを恐れず、美を追求するために」と書かれている。ヒロコ先生は、80歳になってもこんなことを考えて服を作っているのだ。

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三宅さん、山本さん、川久保さんの"御三家"の功績は言うまでもなく偉大である。でも、コシノ三姉妹の功績も、それと同じくらい偉大なのである。

>>HIROKO KOSHINO 17-18年秋冬コレクション

【増田海治郎 "メタボセクシャル"の衣食日記】
"メタボセクシャル"の衣食日記(5-1)―パクリとサンプリングの線引き

増田海治郎