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今週末見るべき映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」

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 写真家のビル・カニンガムは、とても80歳すぎには見えない。ブルーの作業着のようなスモックをはおって、ニューヨークの町を、自転車で駆け抜ける。愛用のカメラはニコン。有名無名を問わず、これぞと思った服装をした人を撮る。撮った写真は、ニューヨーク・タイムズ紙に、コラム原稿と共に掲載される。

 ドキュメンタリー映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」(スターサンズ、ドマ配給)は、写真家として高名なビル・カニンガムの、50年になろうとする仕事ぶりや、あまり知られていない生い立ちやふだんの生活、つまりは、ビルの素顔がどのようなものかをスケッチしていく。生活は質素、カーネギー・ホールの階上にある古いスタジオに住んでいる。狭い部屋である。簡易ベッドに、写真が収納してあるキャビネットがズラリ。トイレやシャワーは共同だ。

 食べるもの、着るものに拘りがない。コーヒーは、安いほどいい、と思っている。高名なのに清貧。いっそ清々しい。ジョークを飛ばすのはお手のもの。誰にでも、気さくにジョークを飛ばす。広告業界から、帽子のデザイン、販売を経験する。以降、もう50年、連日、ニューヨークのストリートに出て、ファッション写真を撮り続けている。撮る対象は、プロのモデルや、セレブから、普通の人まで。要は、ビルが美しい、と思った女性たちである。ニューヨークには、アーウィン・ショーの小説「夏服を着た女たち」のように、思わず振り向きたくなる女性が多いらしい。

 有名人に群がるパパラッチと違うのは、ビルは、決して、人を陥れない。「ヴォーグ」のアメリカ版編集長アナ・ウィンターは、まだ若いころから、ビルに写真を撮ってもらい、いまでは、「ビルのために毎日、服を着るのよ」とまで言う。他に、ビルの人となりを語るのは、80歳を過ぎてなお、現役のモデル、カルメン・デロリフィチェ。映画「虚栄の篝火」や「ライトスタッフ」の原作者で、作家のトム・ウルフ。著名人のポートレート写真で高名な女流写真家、エディッタ・シャーマン。男性モデルのパトリック・マクドナルドたち。

 ビルは、コラム記事のために、セレブたちのパーティも取材する。酒や料理の山だが、水一杯、口にしない。あらかじめ、質素な食事をしてから、パーティ会場に向かう。「目的は取材で、飲み食いではない、ニューヨーク・タイムズ紙の看板は汚せない」とビルは考えている。ガツガツと飲み食いし、外車を乗り回すのを自慢するようなジャーナリストたちとは違う。ビルのこのスタイルは、ジャーナリストとして、当たり前のことである

 ビルが映画出演を引き受けるのに、長く、時間がかかったという。説得に約8年間、監督のリチャード・プレスは、ビルを口説く。ビルの許諾が出てからも、ビルは仕事のペースを崩さず、撮影は、ビルの仕事を縫うように進む。映画製作がスタートしてからも、撮影、編集に2年の時間が費やされた。

 過去の恋愛、家族のこと、信仰などの質問に、ビルは一瞬、間を取るが、誠実に答える。仕事を愛した仕事人間である。仕事ひと筋、多忙の日々である。その判断、評価はいろいろあると思うが、ビルの清廉な生き方を、爽やかだと思う。ビルには一家言ある。その語録は、重く、傾聴に値する。

 「ファッションは、生き抜くための鎧だ。手放せば、文明を捨てたも同然だ」。「パリには半年おきだが、学校に来るみたいだ。目には何度でも学ばせないと」。高い美意識の持ち主だろう。「質素で飾らないものがいい、気取ったものは苦手だ、考えたら矛盾してるな、ドレスアップした女性は大好き。まあいい、気にしないさ」。勤勉なカトリックの一家の出である。「外向的なところは父親譲り、神経質な面は、母親に似た。内心、ファッションなんて男の仕事じゃないと、そう思ってたろうね」。

 パリの装飾芸術美術館。ビルは、芸術文化勲章オフィシエを受賞する。ビルは、パーティの主役なのに、カメラを構える。働くことを愛した一途な人生もまた、人生。ことさら、派手な作りのドキュメントではない。写真家ビル・カニンガムという人間を、初めて多角的に描いた好ドキュメンタリーだ。

【Story】

 「最高のファッション・ショーは常にストリートにある」と、今日もニューヨークのあちこちで、写真を撮るビル・カニンガム。エレガントな女性、抜群のファッションを求めて。ビルは、ニューヨーク・タイムズに2つのコラムを持っている。ニューヨークを動かす社交界や慈善活動、政界の大物が主役となる「イブニング・アワーズ」。もうひとつは、町のリアルなファッションを紹介する「オン・ザ・ストリート」だ。この2つのコラムから、多角的にニューヨークを捉えることができる、というわけである。

 自転車で、ニューヨーク・タイムズ社に到着。多くのポジから掲載する写真を選ぶ。雨降りに着るポンチョは安物で、破れたらテープで修繕する。「ニューヨーカーは物を粗末にし過ぎる」とビル。ビルの信条は3つ、ある。まず第一にコレクションを撮る。次に、街の女性の自腹のファッションを撮る。最後はパーティに出席する。このすべてを見なければ、レポートできない、とビル。「重要なのは感想じゃない。見たものを伝えることだ」

 有名なのに、ビルの私生活は誰も知らない。独身なのか、どこで夕食を食べるのか、親しい人はいるのか。住んでいるのは、カーネギー・ホールの上のスタジオだ。小さなスペースに、フィルムが入ったキャビネットがぎっしり。キャビネットの取っ手に、服のハンガーをかけている。もう60年、ここに住んでいるエディッタ・シャーマンは、「長く、ここに住んでいるのはビルと私だけよ」と言う。エディッタは、タイロン・パワー、ヘンリー・フォンダ、アンディ・ウォーホル、かつてここに住んでいたレナード・バーンスタイン、ティルダ・スウィントンなどの写真を撮った有名な写真家だ。

 以前、仕事をしていた「ディテール」という雑誌は、100頁単位のビルの写真の特集ばかり。好きにさせてもらえるからと、ビルは稿料をいっさい受け取らなかった。「金に触れるな、触れたら最後だ」とビル。買収したコンデナスト社からも小切手は受け取らなかった。「自由より大事なものはないんだ」と当時のビルは言う。

 誰もが、ビルを知る訳ではない。若い人を撮ると、勝手に撮るな、と怒られたりもする。ビルは、レイアウトにも注文を出す。すべての仕事を他人任せにしない。レイアウトを細かくチェックし、ウェブ版では、自らナレーションもする。ビルは思う。「写真家じゃない、ただ見たものを撮り、記録しているだけだ」と。住んでいる古いスタジオに退去命令が出る。抗議集会には、俳優のジョン・タトゥーロも駆けつける。6名がまだ住んでいる。老齢の住人に立ち退きを迫るのは犯罪だ、と元の住人も言う。ビルやエディッタたちは、住み続けていたいのだが。

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 スタジオの思い出を語るビル。「帽子店もここにあり、かつてはジンジャー・ロジャースやマリリン・モンローも来た。8階のスタジオでは、エンリコ・カルーソーが最初のアルバムをレコーディングした。エディッタが、動物の謝肉祭からの白鳥を踊るのを、アンディ・ウォーホルが撮影した」。ビルは思う。「転居先は、キッチン、バス、トイレ付きだが、掃除しなきゃならない。どんなにいい部屋でも、キャビネットを置くだけだ。街へ出て、写真が撮れればいいだけで、引っ越しなどに人生の邪魔はさせない」。

 ニューヨーク・タイムズ紙のコラム「イブニング・アワーズ」は、単なるパーティ記事ではなく、ニューヨークの驚くべき人物相関図で、その壮大な記録だ。ビルのデスクには、招待状が山のように積まれているが、慈善パーティを最優先にする。作家のトム・ウルフが言う。「ニューヨークは住みやすい街だとは思わないが、面白いのは、集まる人間の多くに、野心があることだ」
 ビルは、被写体を差別しない。自転車配達の人、ウォール街のキャリアウーマン、ニュー・セレブ、ニューポートの裕福だった移民、どれもが、ビルにとっては、ニューヨークの多彩な人生のひとつにすぎない。カトリーヌ・ドヌーヴに群がるパパラッチがいる。ビルは言う。「撮るかどうかは、ファッション次第。そもそも役者はあまり知らない。テレビもないし、映画も見ない。パパラッチにはなれないね。誰かを苦しめるマネはしたくない」と。

 ファッションとは、身体に装いを凝らす芸術だ、とビルは考えている。自らのブルーの作業着を指して、「こんな服装ばかりじゃ、世の中はさぞ退屈だ。ブルーの作業着は、パリのデパートで20ドルで買った。もとは、街路清掃人の作業着で、カメラと擦れても大丈夫」。いまなお、ビルは、ニューヨークで、写真を撮り続けている。

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「ビル・カニンガム&ニューヨーク」
5月18日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
©New York Times and First Thought Films.

文/二井康雄

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