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今週末見るべき映画「オン・ザ・ロード」

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ジャック・ケルアックの「路上」(福田実・訳、河出文庫)を読んだのは、もうずいぶん前になる。このほど、公開される映画「オン・ザ・ロード」(ブロードメディア・スタジオ配給)の原作だ。フランシス・フォード・コッポラが、早くから映画化権を獲得、ずっと、映画化の話が継続していた。1970年代後半、監督にはジャン=リュック・ゴダール、その後、ガス・ヴァン・サントの名があがっていたという。結局、「セントラル・ステーション」や「モーターサイクル・ダイアリーズ」など、ロードムービーの傑作を撮った、ブラジルのウォルター・サレスが監督を引き受ける。

ケルアックは、「路上」を書いた直後、自らが主人公のサル・パラダイスを演じ、サルが兄のように慕うディーン・モリアーティ役を、なんとマーロン・ブランドで映画化を考えていたらしい。作家志望のサルは、ケルアック本人で、ディーンは、実在の人物のニール・キャサディである。

また、サルとディーンの友人役で登場するカーロ・マルクスは、詩人で、「吠える」や「カディッシュ」を書いたアレン・ギンズバーグであり、オールド・ブル・リーは、作家で、「裸のランチ」を書いたウィリアム・S・バロウズである。

ケルアック、ギンズバーグ、バロウズたちは、1950年代のアメリカのビート・ジェネレーションといわれる世代を牽引した若者たちである。ケルアックは、アメリカ中を旅し、その自伝的小説「路上」を書く。小説で描かれた旅は、酒やドラッグ、セックスに溺れたり、ビーバップを聴き、踊り、享楽にのめり込む旅だが、ケルアックの深い人間観察に溢れ、青春の哀切や苦悩、生き急ぐ若者たちの切ない時間が、素晴らしい文章で綴られる。「路上」は、やがて、アメリカの若い世代から、圧倒的な支持を集める。

映画にしない手はない。しかし、原作は劇的なドラマではない。散文詩のように綴られた小説は、第1部から第4部までと、短いエピローグの第5部からなり、いきいきとして破天荒、自由気ままなディーンと、控えめながら、ディーンに共感していくサルと、ディーンをめぐっての友人や女性たちとのさまざまな組み合わせでの旅と、旅の過程で出会った人たちとの触れあいである。

映画は、一人称で書かれた原作と同様、サルの想いが、ナレーションで綴られる。ホセ・リベーラの、原作の名文を要所要所に散りばめ、原作のエッセンスを巧みに再構成した脚本が見事である。

サルはどのような人物かを表した、有名な冒頭の一節は、映画の字幕ではこう語られる。「僕は狂った連中が好きだ。狂ったように生き、喋り、すべてを欲しがる連中。ありふれたことは言わない。燃えて、燃えて、燃え尽きる。夜を彩る花火のように...」。

原作にも映画にも、ビーバップ成立当時のジャズがたびたび登場する。ディーンはジャズ好きの設定でもあるから当然だろう。もちろん、まだSPの時代で、力演するサックス吹きはチャーリー・パーカーであり、レスター・ヤングだ。ピアノはセロニアス・モンク、ジョージ・シアリングで、歌手はビリー・ホリディ。もちろん、ビーバップの創始者の一人、デイジー・ガレスピーも登場する。ビート世代とジャズとの関係が、かなり濃厚だったことがよく分かる。

昨年のカンヌ映画祭では、本作の評価をめぐって、賛否が分かれたと聞いている。カンヌでは、若者の無軌道な激しい描写が否定されたらしい。とんでもない。大人しく控えめである。アメリカという国に、若い連中がはっきりと「ノー」と言う。その行動でアメリカを否定する。瑞々しい感性で、生き急ぐ。享楽に身を沈めるが、年齢とともに成長し、人間として獲得すべきものは獲得する。結果、小説にし、詩を書く。ケルアックの経験した多くの出会いと別れに、若い世代は共感を、かつて若かった人たちには、たまらない郷愁を覚えるだろう。

原作の第5部のエピローグが、映画でもラストシーンとなる。束の間の快楽はあったが、切ない青春であったかもしれない。サルが慕ったディーンには、おそらく不幸な未来が待っている。それでも、もう若くはない彼らは、かつて歩いた路上を、今日も明日も、歩き続けるしかない。

まだ若いけれど、ほどほどの経験を持った俳優たちが揃い、実在の人物の雰囲気によく似せている。カメオ出演と思われるが、ラスト近くで、スティーヴ・ベシェミが顔を出し、重要なエピソードを受け持つ。

製作総指揮のフランシス・フォード・コッポラの長年の深い思いに、監督したウォルター・サレスが、見事に応える。切ないラストに涙するのは、ディーン・モリアーティに扮したギャレット・ヘドランドだけではない。

【Story】
1947年、ニューヨーク。作家志望の若者サル・パラダイス(サム・ライリー)は、父親を亡くす。サルは、西部からニューヨークにやってきたディーン・モリアーティ(ギャレット・ヘドランド)と出会う。ディーンは、少年院あがりで、車を盗む常習犯、まだ16歳の少女のメリールウ(クリスティン・スチュアート)と結婚している。

サルは、やはり作家志望で詩を書いているカーロ・マルクス(トム・スターリッジ)といっしょにディーンを訪ねる。サルは、ディーンの自由で型破りな雰囲気に、兄の面影を感じ、ドラッグ、酒、セックスが日常のディーンの奔放さに魅せられる。サルは死んだ父のことを語り、ディーンもまた、とうの昔に死んだ父を語る。


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デンバーに戻ったディーンから、サルに長い手紙が届く。「デンバーに来い」と。作家になるべく「飛び立とう」と考えていたサルは、西部に向かう。その年の夏、サルは、ヒッチハイクでデンバーに着く。すでにデンバーに着いていたカーロは、サルに言う。「ディーンはメリールウを愛しているのに、離婚手続きをして、カミール(キルスティン・ダンスト)という女性と、サンフランシスコで結婚する」と。ディーンは、サルを歓迎し、カミールを紹介する。

サルはデンバーを発ち、ひとりでロサンゼルス行きのバスに乗る。サルは、バスに乗り合わせたメキシコ女性のテリー(アリシー・ブラガ)と知り合う。カリフォルニアのセルマのコットン畑で、サルとテリーはしばらく働き、束の間の愛に落ちる。

サルは、ヒッチハイクでニューヨークに戻る。プルーストの「スワン家のほうへ」を常に携帯するサルは、あちこちでメモを取り、タイプライターで原稿を書き進めている。1948年12月、サルはノースカロライナの姉の家にいる。

ディーンがサルを訪ねてくる。ディーンは、まだメリールウといて、友人のエド・ダンケル(ダニー・モーガン)もいっしょだ。ディーンは、カミールと結婚し、子供もいるというのに、いまなおメリールウを愛していると言い放つ。久しぶりに話し込むサルとディーン。サルは、自慢げに、乱交パーティの話をしたかと思うと、「家族を持つことはいいな」と言ったりする。

サル、ディーン、メリールウはニューヨークに戻る。アフリカに行っていたカーロも加わり、年末に4人で踊り狂う。デイジー・ガレスピーたちの演奏するビーバップの「サルト・ピーナツ」が興奮を盛り上げ、年が明ける。1949年だ。

サル、ディーン、メリールウ、エドの4人は、ルイジアナに住むオールド・ブル・リー(ヴィゴ・モーテンセン)を訪ねる。エドがかつて置き去りにした妻のギャラテア(エリザベス・モス)を引き取るための旅である。ブル・リーは、ディーンに対して批判的だが、妻のジェーン(エイミー・アダムス)は、ややエキセントリックな性格ながら、客人を快く迎える。

さらに旅は続く。サンフランシスコに着く。ディーンは、妻カミールのいる自宅に向かう。ホテルに取り残されたサルとメリールウは、ベッドを共にする。まともな生活を望むメリールウは、サルとディーンと別れる。

1950年、サルとディーンはメキシコに向かう。マリファナ、酒、女、ダンスで明け暮れるが、享楽の日々は長く続かない。サルの許に、カーロの詩集が届く。「デンバーの沈鬱」と題された詩集は、S・P(サル)とD・M(ディーン)に捧げられている。サルたちの路上の日々は、どうなるのだろうか。

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「オン・ザ・ロード」
8月30日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他全国公開
監督:ウォルター・サレス
出演:サム・ライリー、ギャレット・ヘドランド、クリステン・スチュワート
©Gregory Smith

文/二井康雄

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