25TH UNITED ARROWS LTD.

【対談】ユナイテッドアローズの育て親 ワールド創業者の畑崎廣敏×重松理

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株式会社ユナイテッドアローズ

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畑崎廣敏〈公益財団法人畑崎財団 理事長〉× 重松 理〈株式会社ユナイテッドアローズ 取締役会長〉

ユナイテッドアローズは1989年、現取締役会長・重松理ら当時ビームスに勤務していた有志によって創設されました。新しい時代に向けた、新しい価値観を創造する、新しいセレクトショップの設立。スタートにあたり重松理は、株式会社ワールドの代表取締役社長・畑崎廣敏氏にバックアップを求めます。あのとき畑崎氏が即断即決、そして厳しいことを言わずただ見守っていてくれたおかげで、今日のユナイテッドアローズがあるのです。


じつは新卒時に、ワールドの入社試験に落ちているんです。(重松)

重松:三ノ宮の財団オフィスにお邪魔するのは初めてです。駅から山側へ大きく開かれた窓からの眺望が素敵なところですね。

畑崎:ここへ来てから4年やね。前に会うたんは一昨年や。竹田社長の交代式典のときやったね。

重松:そうでしたね。ところで今年ワールドさんは創業55年とのこと。ユナイテッドアローズは、まだその半分にも達してませんが25年を迎えることができました。今日は、四半世紀の区切りとして、お世話になった方へ感謝の気持ちを伝えに参りました。

畑崎:うちが創業30年のときに初めてお会いしたいうことやな。あれから、もう25年にもなるんやね。

重松:初めてお会いしたときのこと、覚えてらっしゃいますか? あの頃のワールドさんはチャレンジ精神に溢れていて、菊池武夫さんを招聘されてタケオキクチブランドをローンチされたり、神戸のメリケンパークにフィッシュダンスというレストランを運営されたり、アート方面にも積極的に関わるなど、一般的なアパレルがやらないことを次々と手掛けておられました。それまで自分たちができなかった品揃え店を、もう一歩進んだ形にするために、ワールドさんなら協力をいただけるのではないか、と考えたのです。それともうひとつ、私が高校生のとき地元の駅にワールドさんのレディスの直営店があったんです。そこで見たニットのクオリティが圧倒的に高かったことを今も覚えています。なんでこんなにいい商品をつくれるのかな、とずっと思っていたんです。そんな思いも後押ししたのかもしれません。じつは私、新卒のときにワールドの入社試験に落ちています。入社試験に一度落ちた人は、二度とワールドには入れないと言われていたので、かなり例外な来客だったのではないでしょうか(笑)。


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畑崎:当時はビームスにおったんやったね。

重松:はい。常務取締役でした。

畑崎:そら、初耳やわ。びっくりや。そうやったんかいな。「君、何やってるの?」って聞いたんは覚えてるよ。そしたらビームスにいる言うてたよね。「そら、ええとこおるやないの。それやったら、そこで頑張ったらええんちゃうの」って、僕言うたもんね。

重松:はい。13年ビームスにいて、これから先は「衣食住遊知」を扱う、"新しい日本のスタンダードをつくる"というコンセプトの小売店をやりたいとプレゼンさせていただきました。

畑崎:僕はそれ聞いて、即決したんや。

重松:畑崎さんの、その豪放磊落な性格に助けられました。ユナイテッドアローズが日本のスタンダードになりえたかというと、まだまだ4合目ぐらいかもしれませんが。

畑崎:いやいや、もう立派に成長してくれてはる。というのも、こんなに成長しているいうことは、それだけファンが増えてるちゅうこと。ファンが増えるということは、喜んでもらえているということや。これは素晴らしいことやで。やっぱり流石や。プレゼンの内容も僕の考えに合うてたけど、あのときはな、なにより重松さんという人物に直感が働いたんや。お洒落を売るというセンスを僕は見抜いたんやな。着々と積んでいくタイプで安心やと思った通りやった。内心誇りに思ってたんよ。僕が即決断したものに狂いがなかったな、と。だいたいがな、男たるもの「一度やると決めたら、必ずやる!」いうのが当たり前やと思うんや。そんな力強さも重松さんの人柄から感じてたんや。そこに惚れたわけやね。男が男に惚れるいうんは、途中で「やっぱ、やめや」いうことはないんやで。今では「ユナイテッドアローズはセンスがいい」とか、「あそこのユナイテッドアローズで買ってるよ」と聞くと、本当に嬉しいもの。電車のなかで紙袋を持ってる人を見掛けると、僕も心の中で頭を下げてるんよ。

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重松さんが、あれもやりたい、これもやりたい言うのんを全部即決してたら、ものごっつい金額になっとった。(畑崎)

重松:ユナイテッドアローズは、畑崎さんに育てていただいたんです。

畑崎:育てたなんて思ってないよ(笑)。

重松:いつも一歩引いた立ち位置から見守ってくださいました。

畑崎:一歩じゃないな、2歩3歩とね、後ろのほうから見てましたよ。

重松:そういう方と巡り会えたのは極めてラッキーなことでした。景気の良い時代が後押ししたとはいえ、極めて稀なケースだったと思います。ほかにメガアパレルと組んで会社を立ち上げた例は無いのではないでしょうか。最初にオープンした渋谷店は明治通りのワールドさんの土地をお借りしたものでした。原宿本店も当時はワールドさんの土地。リカルド・ボフィルに設計を依頼したビルが建設されるまで3年掛かることがわかり、明治通り沿いの空いていた土地にビルを立ててもらって店舗部分をお借りしたんです。当時としては、ものすごい投資金額でしたでしょ。赤字も相当なものでしたから。

畑崎:最初、そんなに大きな数字になるとは言ってなかったんやけどね(笑)。これをやりたい、あれもやろうと直接言って来られて、全部即決してたら、エラい数字になってたんや。全部、重松さんが直接言ってこられて、僕が即決してたんやな。信頼しとったからね。勝機はあると思ってたし、この人なら大丈夫と思ってたから、なんとも思わなかったんよ。


通常3年で単年度黒字化しないと融資打ち切りされかねないところを5年も黙って見守ってくださいました。(重松)

重松:25年、たくさんのことを学びました。畑崎さんは結論を出すのが早いし、動くのも早い。それに言ったことは必ず実行する偉大な経営者でした。苦しいときに守っていただいた御恩もあります。一昨年、式典のときにもお話したのですが、畑崎さんがいなかったらこの会社はなかったんです。半期に一度、事業計画検討会に出席するため、神戸に向かう新幹線のなかでは、いつ馘首を宣告されることやら、つねに重苦しい雰囲気でしたから(笑)。でも畑崎さんは、あまり口出しされませんでしたね。そのかわり財務・経理担当の取締役の方々からは、いろいろ言われましたが(笑)。

畑崎:そんなやつおったんや?

重松:まぁ、そういう方々は、そういう役割りを負う方々でしたから。

畑崎:でも、最終的に決めるんは社長の僕やったからね。ワールドがうまくいきよった時期やったから、誰も文句言わんかったんや。

重松:創業から単年度で黒字転換するまで5年。通常3年で結果を出さないと、融資停止されても仕方ないのが一般的な企業経営です。それなのに5年もつきあっていただいたのは感謝のひと言に尽きます。本当に大切に育てていただいたといっても過言じゃない。

畑崎:ほんの少し協力してあげただけですよ。

重松:業績が悪い時に見捨てられなかったことは、本当に感謝しています。商人道といってはオーバーかもしれないけど、お客様に喜んでもらう、お客様に信頼してもらうにはどうすればいいのかをつねに教わりました。いつも仰っていますが、売り場にすべての答えがあるというのは心に刻んでいます。お客様のどんなものが欲しいかに応える店でありたいとつねに思っています。それを学んだのは畑崎さんの言葉です。それまでも漠然とやってきたことなのかもしれないけれど、すべてを体系的に教えていただいたのです。

畑崎:僕なんかもそうやけど、男はいろんな店に行かないもんね。疲れるのんは適わんから、決めた店に行くんや。そこで裏切られたら次はもう行かへんよ。満足の連鎖がなかったら行かなくなるんよ。女性なんか顕著やね。だから一回一回が大事なんや。だからこそ小売店は年中、息が抜けないんやな。

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重松:数字については、じつにおおらかに見ていただきました。

畑崎:ワールドの社長やったときも、そうやったんやけど、部門ごとに計画を出させて、数字を決めてからけしかけると、エラいこと在庫を残すもんやいうことがわかってたんや。数字いうのんは年中修正しながら進めていくのが正しいやり方や。数字を死守しようとすると必ず無理がでるもんや。

重松:そうだったんですか。それは初めて知りました。

畑崎:長期的な計画は必要やけど、計画は、びしびしチェックしたらあかん。それより大事にすべきことがあるんや。小売商売は一日単位で修正していく商売なんやから。

重松:こんなふうに、お話ししているなかから、経営の理念や方針、精神を教わってきたんです。いつかは恩返しをしたいと思いながら、自分も店も成長させて頂きました。

畑崎:いまユナイテッドアローズは業績も良く、大きく成長しているけれども、大事なんは、この成長が、これまでの信用を食い潰しながら成長しているところなのか、それとも新しい信用を積み重ねながら成長しているところなのか、そこを見据えんとあかんいうところや。ここが一番のポイントやで。重松さんは、つねに新しいチャレンジを重ねながら、お洒落を売るお店として高きを求めているところがね、僕は嬉しく思うし誇らしいところやな。いま業績のええ企業はたくさんあるけど、それを一概に喜ぶことはできないんですよ。

重松:まさに、仰るとおり。いま我々が大切にしなければいけないのは、その点だと思います。まだまだワールドに届きませんが、目指していきたいと......。

畑崎:目指すんじゃなくて、遥かにユナイテッドアローズのほうに立派になってほしい。追い越して欲しいねん。でも、なにをもって追い越したかって言うことになるのか、ここもまた難しいで。金額で越えたなんていうのは、たいしたことやあらへん。本当にユナイテッドアローズを信じてくれるお客様がたくさん増えていくことのほうが肝心や。

重松:よく追いつけ追い越せといいますけど、確かに越えるのは売上げだけではないですね。いかにお客様に信用してもらえるかだと思います。いつの日か、お客様の信用がたくさん増えて、私の心のなかで納得いったとき、本当の意味で恩返しが出来たときなのでしょうね。

Profile

畑崎廣敏 Hirotoshi Hatasaki
1936年生まれ、兵庫県洲本市出身。1959年、株式会社ワールド設立にあたり専務取締役。1972年より1997年まで代表取締役社長を勤め、退任後は数々の財団や協会の理事・顧問を歴任。2007年秋の叙勲で、ワールドの発展に尽くしたことはもちろん、業界の地位向上に努めたことによりアパレル業界初の旭日中綬章を受賞。昨年、公益財団法人畑崎財団を設立し、高齢化する日本社会にあってファッショナブルエージング(年を重ねても明るく健康で内面も充実した生き方)を目指した最先端の再生医療の共同研究や「畑崎記念ファッショナブルエージング賞」と銘打った、人の生きがいづくりのための地域で有意義な活動をされる方を表彰する事業をを行い、スマートでファッショナブルに明るく健康的な社会作りに貢献している。


重松 理 Osamu Shigematsu
1949年生まれ、神奈川県逗子市出身。1989年、株式会社ワールドとの共同出資により、株式会社ユナイテッドアローズを設立、代表取締役社長に就任すると、東京・渋谷に1号店をオープン。2012年、取締役会長に就任。

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