時間に余裕がある週末の朝は、コーヒーの豆を挽く。挽くことで立ちのぼってくる香りが鼻腔を刺激するとなんともいえず幸せな気持ちになるし、挽き立ての豆は湯と出会った瞬間、いかにも旨そうに、ふっくらと膨らむ。
そんなコーヒーが不味いわけはないが、そこで感じる旨さとは、五感の反応だけでは説明がつかない。みずから手をかけているという事実が脳みそに働きかける効用もまた、見逃すことはできないと思うのだ。
本来、手間を省く工夫はビジネスチャンスである。洗濯機が戦後の主婦の毎日をどれだけ楽にしたか。しかし、よくいわれることだけど、甘栗は剥いちゃいけなかった。僕らから剥く行為を取り上げてしまったことで、栗の旨さも目減りしたのである。
これまで生活を豊かにするキーワードは"便利"だったけれど、成熟した社会において"不便"は潤いであり、生きている実感が湧くってやつなのだ。その方面に分け入って痒いところをちょいちょいと掻いてくれたのが、日本が誇る喫煙具メーカーの柘製作所とプロダクトデザイナー、吉田眞紀がタッグを組んだ手巻き煙草のブランド、マツだった。

ジェラルミンを削り出した携帯用のローラーは、折り畳むと厚さ16mmに。胸のポケットに入れても服に響かない。ブランド名は吉田眞紀の"マ"と柘製作所の"ツ"からとった。ハンドローラー¥13,600
これまで手巻きの煙草といえば、ヨーロッパの金のない若者が仕方なく吸うもの、という認識だった。ダニエル・ラドクリフやジョニー・デップが嗜んでいるらしいが、それはそんな不良性が役者としてのイメージづくりに役立つからだろう。
確かにそれなりに経済的だけど、じつは煙草本来の旨味が味わえること、そしてみずから巻くことこそ、手巻きの魅力である。これはもう、体験していうのだから間違いない。いまだに僕が巻いた煙草は不格好で、上手くなりたいという向上心を刺激してくれるのも悪くない。
数年越しで完成させたマツの斬新さは、大人にふさわしい風格を与えたところに尽きる。従来プラスチックを使うことが多かったローラーを、マツはジェラルミンや真鍮といった男心をくすぐるマテリアルの削り出しで表現した。構造を徹底的に見直したから可能となった極薄のフォールディング構造、もちやすいようにアールを効かせたシルエット、ツライチのネジ頭...これぞ機能美といった佇まいは、所有する喜びを満たしてくれる。

こちらは真鍮製。重量感をもたせることで、テーブルでの安定した使用を可能に。卓上ローラー¥80,000

シガレットケース(¥18,000)、ロールアップポーチ(¥14,000)、シャグポーチ(¥80,000)などの収納グッズもラインナップ。イタリア・バタラッシ社のリスシオレザーを採用したボディは使い込むと飴色に変色していく。写真はシャグポーチ。手巻きに必要なツールがすべて収まる。
話はうってかわってわが愚猫は夜も更けたころ、きまって猛々しいハンターに豹変するのだが、獲物であるところのボールを捕らえると、後ろ足蹴りなどでおおいにいたぶり、相手が息絶え絶えなのを確かめたうえで、ぺしっと叩いてソファやベッドの下に追いやり、次のハンティングの難易度を高める。その様子を見ていて閃くものがあった。これは生き物全般にとってある種の不便が快感につながる、ということなのだ。ウムムと唸っていたら、力加減を誤って奥まで転がしてしまったようで、ほとんど白目の失せた瞳で僕を見上げてニャアと鳴いた。
愚猫よ、そこはも少しがんばれよ。
お問い合わせ:柘製作所 tel.03-3845-1221
※価格はすべて税抜き価格。
文/竹川圭

































