
ウェス・アンダーソン監督の新作「グランド・ブダペスト・ホテル」(20世紀フォックス映画配給)は、まるで、ウェス・アンダーソンと名前の書いたおもちゃ箱をひっくり返したような、楽しさ、面白さに満ちて、遊び心たっぷり。およそ、いろんなジャンルの映画が詰め込んである。ピンクに赤が基調の色彩設計、小道具たちのキュートさ、ドールハウスさながらの豪華ホテルの細部、誇張したメイクや衣装など、どこをとっても、心うきうき、可愛いこと、この上ない。
画面構成は、例によってシンメトリー。イズムでも紹介した「ファンタスティックMr.
FOX」「ムーンライズ・キングダム」と同様、しっかりとした安定感。バラライカで演奏される軽快なオリジナル・スコアは、アレクサンドル・デスプラ。お遊びで、ヨハン・シュトラウス2世の「南国のバラ」が選ばれている。

グランド・ブダペスト・ホテルは、ヨーロッパの風光明媚な国、ズブロフカ共和国にある。もちろん、架空の国である。ホテルを切り盛りするコンシェルジュ、グスタヴに扮するレイフ・ファインズが、狂言回し的役割で主役を演じる。他に、F・マーレイ・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム、ハーヴェイ・カイテル、ジュード・ロウ、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、ジェイソン・シュワルツマン、レア・セドゥ、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソン、オーウェン・ウィルソンと、主役級の俳優が次々と登場する。いずれも、少しの出番ながら、いささかのオーバー・アクションで、さも楽しそうに演じている。誰が、どのようなシーンで、どんな役で登場するか、もちろん見どころである。
コンシェルジュのグスタヴは、もてなし上手。ホテルは、グスタヴ目当ての上客で賑わっている。長年の馴染み客の一人、伯爵夫人が殺される。犯人は分からない。遺産として、名画が一枚、グスタヴに遺贈されることになる。ところが、遺産目当ての殺人容疑で、グスタヴは追われる身となる。弟子のベルボーイを連れて、逃げるグスタヴ。監獄に入れられても、持ち前のキャラクターで脱獄する。コンシェルジュたちの秘密結社まで登場し、やがて戦火が迫ってくる。事件はさらに新たな事件をよぶ。軽快なテンポで、ドラマが展開する。著名な俳優たちのコントのようなやりとり、短いけれど味のあるセリフの応酬が続く。舞台は、ヨーロッパのあちこちに移る。グスタヴが逃げる。伯爵夫人の息子たちや、ナチスを連想する軍警察が、脱獄したグスタヴを追う。
「グランド・ホテル」だろうか、「チャップリンの独裁者」だろうか、「シャイニング」だろうか、過去の傑作映画へのオマージュふうなシーンが頻出する。映画の時制に合わせて、スクリーンのサイズまで変化する。もう、見ていて、楽しくて楽しくて、どうしようもない。
いったい、このような映画の基となったのは、何なんだろう。脚本は、もちろん監督のウェス・アンダーソン。資料では、1930年代のコメディ映画や、シュテファン・ツヴァイクの一連の作品から多大の影響を受けた、とある。ツヴァイクといえば、まっさきにあがるのは伝記文学の傑作「ジョゼフ・フーシェ」(岩波文庫・高橋禎二、秋山英夫訳)だろう。フランス革命時、フーシェは、教会破壊を唱える共産主義者だったが、王政復古になると、敬虔なキリスト教信者の警務大臣になる。フーシェは、裏切り、変節を繰り返し、常に権力にすり寄り、激動を生き抜いた男だ。まあ、フーシェみたいな人物は、どの時代、どの組織にもいるのだが。

豪華なホテルが登場するのは、ツヴァイクが伝記「マリー・アントワネット」と同時期に執筆していた小説、「変身の魅惑」(朝日新聞社・飯塚信雄訳)と思われる。ヒロインのクリスティーネは、アメリカで成功した伯父の助けで、スイスの社交界で有名になっていく話だ。ユダヤ系オーストリア人であるツヴァイクは、ナチスに追われた身であった。「変身の魅惑」の後半では、ナチスへの怒りも書き込まれている。さらに、ナチス絡みで、ウェス・アンダーソンが参考にしたのは、ハンナ・アーレントの「イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」など。また、映画の筋書きとは直接の関係はないが、ツヴァイク晩年の小説「心の焦燥」からも多大の影響を受けたようだ。
ツヴァイクは、映画のグスタヴと同じように、あちこちに居を移す。オーストリアからスイスに移住し、イギリスに亡命する。願う平和が叶わず、絶望したツヴァイクの自殺した地は、1942年のブラジルであった。映画では、忍び寄る戦争さえもギャグになるが、ウェス・アンダーソンは、戦争に絶望し、希望を託して居を移したツヴァイクへのリスペクトとして、本作を捧げたと思われる。
ラストは、ちょっぴりビターだが、全編、痛快。おもしろすぎる。上映時間1時間40分は、あまりにも短い。
【Story】
現代。1930年代にファシストによって消滅したズブロフカ共和国の国民的作家(トム・ウィルキンソン)が語る。「これは私が聞いた話だ、思いもよらない展開だった」と。
1968年。まだ若かった作家(ジュード・ロウ)が、温泉のある、さびれたホテルに泊まる。かつては栄華を極めた豪華なホテル、グランド・ブダペスト・ホテルだ。オーナーはゼロ・ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)。もともとは移民だったゼロが、なぜ金持ちになったのか。なぜ、このホテルを買ったのか。年に数回、自分のホテルに来るが、泊まるのは、なぜ、狭い使用人の部屋なのか。ゼロは、作家に、自らの人生を語り始める。

1932年。美しい山に囲まれた、ヨーロッパで最高級のホテルが、グランド・ブダペスト・ホテルだ。ここに、ベルボーイとしてゼロ(トニー・レヴォロリ)という若者が働いている。ゼロの師であり、父親代わりにゼロを可愛がり、ホテルを差配するのは、おもてなしの才に長けたグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)だ。グスタヴは、常連客のマダムたちの夜のお相手もこなすほどの腕利きで、グスタヴ目当ての顧客も多い。
ある日、グスタヴの上客であるマダムD(ティルダ・スウィントン)が殺される。グスタヴとゼロは、マダムの屋敷に駆けつける。代理人のコヴァックス(ジェフ・ゴールドブラム)が、マダムの遺言状を読み上げる。名画「林檎と少年」が、グスタヴに遺贈されることになる。マダムの息子ドミトリー(エイドリアン・ブロディ)は、これが気に入らない。思わず、グスタヴを殴ってしまう。グスタヴとゼロは、絵は自分のものとばかりに、執事のセルジュ・X(マチュー・アマルリック)の助けで、持ち出してしまう。
なんとか無事にホテルに戻ったグスタヴを待ち受けていたのが、軍警察の大尉、ヘンケルス(エドワード・ノートン)だ。ヘンケルスは、マダム殺害の容疑で、グスタヴを逮捕する。グスタヴは、刑務所に入れられる。人あたりのいいグスタヴは、刑務所でも持ち前のキャラクターとサービス精神で、囚人のボス、ルートヴィヒ(ハーヴェイ・カイテル)に取り入る。ほどなく、グスタヴとルートヴィヒは、脱獄に成功する。
またまた事件が起こる。マダムの代理人のコヴァックスが殺される。グスタヴは、高級ホテルのコンシェルジュたちで結成されている秘密結社と、ゼロの恋人のアガサ(シアーシャ・ローナン)の助けを得て、謎の解明にとりかかる。グスタヴたちに、軍警察やドミトリーたちの追っ手が迫ってくる。
<作品情報>
「グランド・ブダペスト・ホテル」
6月6日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、新宿シネマカリテ他にて全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2013 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
公式サイト
文/二井康雄

































