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ダイアン・クルーガーに聞く、映画「女は二度決断する」

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Portrait by Houmi Sakata

Minori Suzuki

映画『女は二度決断する』が4月14日から日本で公開される。本作は、これまでアメリカやフランス資本の映画で活躍してきたダイアン・クルーガーが、ドイツで製作された作品に初めて出演すると話題だ。来日していたクルーガーに、2017年のカンヌ映画祭で女優賞を受賞するほどの熱演を見せた本作について、テロリズムとその被害をめぐって、話を訊いた。

『女は二度決断する』の主人公カティヤはトルコ系移民の夫と結婚し、ふたりのあいだに生まれた息子と共にドイツ・ハンブルクに住んでいる。かつて麻薬売買をしていた夫だが、足を洗い、現在は税務相談、翻訳業などを請け負う事務所を経営している。ある日、その事務所の前に爆弾が仕かけられ、夫と息子が犠牲になる。警察は夫の前科を疑い、移民間の抗争だと推測するが、在独外国人を狙ったテロリズムとして若いドイツ人の男女が逮捕される。しかし物証、証言を巡って、裁判は思わぬ展開に......。

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©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions,Pathé Production,corazón international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


本作のためにファティ・アキン監督は、半年間ダイアン・クルーガーに準備期間として他のなにも仕事を入れないよう要請したという。

「ファティはこれまで地元の無名の俳優や素人を起用して映画を作ってきました。そこにハリウッド女優がやってきたわけですから、ドイツのマスコミからも色々言われたようです。カティヤのように子どももいないし、私も不安でした。今までで一番時間をかけて臨んだ役ですね」

不安と言うが、クルーガーは見事に、本作の見どころとも言えるカティヤの心理の変化を表現してみせる。家族との満たされた時間から喪失の悲しみ、容疑者への怒り、ままならない状況への戸惑いや立ちすくむ気持ち......ときに矛盾する微細な感情の澱さえも、皮膚の肌理からあふれんばかりの抑制された演技で、映画を推進していく。

「自分で遺族会や自助グループ(事件、事故などで家族など大切な人を喪った人たち、遺族の支援や自助を行う)に行ってみようと決め、何ヶ月間か交流しました。はじめは、気持ちはどう? だとか尋ねてたんですね。でもそんな風に根掘り葉掘り質問されるのは嫌だろうということがわかってきて、遺族のみなさんの話に耳を傾けるようになったんです。個々人に聞く話自体はもちろん、あれだけ悲痛な気持ち、空気感を目撃するという体験が初めてのことで、辛かった。遺族会には、そんな極限の悲痛の証人になる、そういう気持ちで参加させてもらいました」

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©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions,Pathé Production,corazón international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


ダイアン・クルーガーがモデルから役者へと転向したばかりの2004年、ウォルフガング・ペターゼン監督の『トロイ』では、トロイ王子と駆け落ちするスパルタ王妃を演じたが、この一件はスパルタがトロイに侵攻するひとつの契機で、男たちが彼女を巡って争うというかっこうはまさにトロフィーつまりモノ扱いされる役柄で、あくまで作品の主体は男性だった。たとえばクルーガー同様にモデルから役者に転身したキャメロン・ディアスが軽視されているように(『イン・ハー・シューズ』『悪の法則』の名演を見よ)、「美しいモデル上がりのハリウッド女優」というカッコにくくられてしまうと、役柄が限られる傾向はあるのではないかとおもう。しかしクルーガーは、クエンティン・タランティーノ監督『イングロリアス・バスターズ』、ブノワ・ジャコー監督『マリー・アントワネットに別れをつげて』など、ユニークな作品に出演し、印象深い演技を見せる役者としてのキャリアを積んでいる。『女は二度決断する』も自身がかねてからファンだったという監督に出演したいと声をかけたのだそう。

「役者を長年やっていると髪やメイクをこうすれば......と装うトリックを身につけていくんですね。ファティからは、そういうもので隠すな、剥ぎ取って素っ裸で、心を裸にしてやってほしい、と要求されました。私の仕事は役者なので、照明などの裏方、映画の構成などは考えず、監督を信頼して演じています」

『女は二度決断する』で、遺族の役柄、しかもテロリズムの対象になったという、複雑さを抱えるカティヤを演じるクルーガーを実際スクリーンで目にすると、カンヌ映画祭女優賞受賞や賞賛も当然と感じた。本インタビュー中にクルーガーが、何度も「grief」と口にしていたのが印象的だった。遺族会への参加で日々、「人を亡くした悲しみ」に耳を傾け続けた果てに得られた、悼みの念が込められているように感じられた。

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©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions,Pathé Production,corazón international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


「遺族会にはさまざまな人たち、3ヶ月前に亡くした人、10年前に亡くした人、レイシズムの攻撃対象の遺族たちだけでもなく、色々な境遇の人たちがいました。人の死を報じるニュースは多くありますが、やれ五十人だ百人などといった数の情報として消化していると感覚が鈍化していきますよね。遺族会で話を聞いていると、今まで自分の感じたことのない共感と同時に、そうしたニュースの向こうで、遺族がどうしているか? とてつもない哀しみを抱えながらどう生きていくのか? そうした気持ちを想像できるようになって、今まで感じていなかった罪悪感も覚えました。しかし、さまざまな気持ちの段階にいる人々の話も聞けたおかげで、カティヤのイメージが出来上がってきましたね。本作は話の時系列どおりに撮っていったので、そういう気持ちの変遷も表現できたのではと思っています。遺族会のみなさんの悲しみを感じるうちに、私自身が開かれていったんです。心を裸にするとはそういうことで、もはや芝居をしているんだという意識がなくなっていったんですね」

第二次世界大戦後のドイツでは、復興のための労働力にと、トルコから移民を招いた。ファティ・アキン監督は本作の舞台となるハンブルクで生まれたが、両親はトルコ移民だ。ダイアン・クルーガーにその話を聞くと、「すでにドイツではトルコ系のコミュニティが出来上がっています。しかし、本作のように、いかにも"ドイツ人女性"然としたカティヤがトルコ系の男性と結婚することをタブー視する人も少なくない」のだそう。わたしも今年の頭にはじめてドイツに行ったが、ケバブのスタンドがいくつもあり、トルコ系のコミュニティの存在を感じた。しかし、人種差別や偏見は根強いと言われており、『女は二度決断する』も2000~07年に起きた、ネオナチグループ「NSU(独名:National-sozialistischer Undergrund、国家主義地下組織)」による連続テロ殺人事件に、アキンが触発されたのだという。

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©2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions,Pathé Production,corazón international GmbH & Co. KG,Warner Bros. Entertainment GmbH


「爆破テロが起きたときにファティが何に対して腹を立てていたかというと、どうせ移民コミュニティ内外の抗争、復讐だろう、麻薬がらみだろうと思い込まれていた点です。ファティだから迫真性を持って、そうした偏見も含めて描けた。ただネオナチやテロを描いているというより、人の苦しみ、悲痛に焦点を当てているんです」

そう、本作では、差別的な視線を向けるのはネオナチなどだけではなく、一般的な人たちーー本作では特に警察ーーの中にもそうした差別意識が存在することが描かれており、「特定の悪いやつら」といった典型的なイメージも覆される。ヘイトクライムに至らずとも、無自覚な差別意識や偏見は身近な人や自分の中にも存在しているんじゃないだろうか。

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以前、ダイアン・クルーガーは「アメリカでは共演男優と同じギャラをもらったことがない」と、映画業界における男女の不平等について語っていた。今回のインタビューでクルーガーからは、フランスでは女性の監督も少なくなく、欧州ではギャランティも比較的平等だと聞いた。一方、男性中心主義的な映画業界においては、『女は二度決断する』のように、家族を亡くした女性が容疑者と対峙するという物語は決して多くはないのではないか。これがジェンダーを逆、つまり男性を主人公にした場合、エンタテイメント作品ではよく見られる設定なのではないだろうか。そういう意味で本作は画期的なのではないかと考えられる。また、クルーガー演じるカティヤの感情の微細な表現が見どころと先述したけれど、決して「感情的な女性像」というステレオタイプには陥っていない。この抑制が、物語がどう運んでいくのかわからない、映画のスリルを支えている。クルーガー自身、本作を安易な「復讐劇」と捉えて撮影に臨んでいなかった、という。

「こうしたテーマを他の監督が撮るとメロドラマになりやすいと思うんですが、今作は作家性を保ちながら、多くの人に届く作品に仕上がっています。テロ自体世界的な現象ですが、ドイツだけでなく、日本はもちろん、さまざまな国に響けばと思っています」

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女は二度決断する
4/14(土)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー!