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スキニージーンズは再燃するのか?

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Image by: Hedi Slimane x Saint Laurent campaigns

By Max Grobe

ストリートウェアの興隆により、下火となったスキニージーンズ。CÉLINEに帰ってきたエディは、再びそれを燃え上がらせるのか?

 

もはやあたりまえのアイテムとなったスキニージーンズだが、それが生まれたのはごく最近のことである。そのルーツは、70年代のラモーンズのようなパンクロッカーや、デヴィッド・ボウイのようなファッション的アウトサイダーにさかのぼる。第2次スキニージーンズブームが到来したのは00年代。70年代と同様に超細身で、"アウトサイダー"らしく既存の概念を破壊し、結果、その見た目はメインストリームにおける男性らしさのあり方を変えることになる。00年代初頭には細身のブラックジーンズが登場。より細く、よりダークで、より若々しくなる。その人気はインディやエモ、"オルタナ"なサブカルをメインストリームに押し上げ、ファッションのみならずメディアの動きに大きな影響を与えたのである。

これまで言われてきたようにエモは"真の"サブカルチャーの最後のひとつだ。エモであるということは、ある特定のライフスタイルを支持するということである。そして彼らはインターネットを取り入れた最初のユースカルチャーであるがゆえに無限の広がりをみせた。初心者レベルのイギリスのエモ・キッズなら、Myspaceの掲示板や、郊外のショッピングエリアにあるマクドナルドの外で集合し、骨が砕けそうなほどスキニーなジーンズを履いて小粋に歩くことがエモの条件だったのだ。

タイトなロックTシャツやスタッズのついたベルトと同様に、超スキニーなパンツもまた感度の高いユースの必須アイテムだった。そのスタイルの立役者はフォール・アウト・ボーイのピート・ウェンツや、パニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ウーリー。漆黒のアイラインとロングヘア、そしてそのスタイルは、デイリー・メイル誌(※イギリスでもっとも古いタブロイド紙)からからかわれるようなジェンダーに対する挑戦でもあり、明白ではなかったにしろ、彼らはこの新しくてエモな"反ロックスター型ロックスター"のペルソナに暗号化されたクィアな破壊要素を織り込んだのだ。

当時、タイトなブラックデニムは普通とは違うアイデンティティを受け入れている者に与えられた称号だった。そしてスキニージーンズはというと、エディ・スリマンによって『A Fever You Can't Sweat Out』よりも先にファッションシーンにもたらされた。

当時、タイトなブラックデニムは普通とは違うアイデンティティを受け入れている者に与えられた称号だった。そしてスキニージーンズはというと、エディ・スリマンによって『A Fever You Can't Sweat Out』よりも先にファッションシーンにもたらされた。

Dior Hommeのクリエイティブ・ディレクターに就任していた期間、かのデザイナーはロックンロールのイコノグラフィー、そしてその現代的な神話に傾倒していた。大成功を収めたスリマンによる中性的なシルエットは、男性はどういう見た目であるべきか、もっと言えば、どのように振る舞うべきかといった社会のイデオロギーに風穴をあけたのだ。エモ・キッズにとってのスキニージーンズが多少アンチ・ファッションで、郊外居住者のコンプレックスに満ちたものだったとしたら、スリマン的インディは可能な限りクールであることがすべてだった。都会的で、存在感があり、美しい。それはケイト・モスであり、ピート・ドハーティであり、ジーズ・ニュー・ピューリタンズであり、ザ・ホラーズだった。この流れに乗ったときスキニージーンズは本当にクールなアイテムとなったのである。

2002年に、スリマンはCFDAから国際的な賞を授与される(メンズウェアのデザイナーとしては初)。その賞は、このデザイナーの才能を「レディースのコレクションがその特徴として常に」持っていた「押し殺した中性さ」と「官能的な魅力」を備えていると称賛したデヴィッド・ボウイによって手渡された

象徴的に、これはとても素晴らしいことだった。かつてボウイのような特別な人びとの専売特許であったその中性的なスタイルが、メンズウェアの新しい軸としてもてはやされるようになったのだから。2015年のYahoo!スタイルで、スリマンは身体のかたちと男らしさ、そしてファッションの結びつきについて思いを巡らせている。「私は、自分が写真を撮り、ショーで歩いてもらった男の子たちの皆と非常に似ているのです......。高校時代の同級生の多くや、私の家族は、私を半分だけ男性だと思わせようとしていました。私は痩せていて、運動向きの体型ではなかったので。ときにはいじめにもあい、痩せていることは"クィア"であると思い込まされ、自分自身に満足がいかなくなったのかもしれません......。そして私は尊敬するミュージシャンに目を向けるようになるのですが、それがとてもしっくりきて。彼らに共感し、私は彼らのようになるためなら何でもやりたいと思いました。否定的な意見を避けるためにバギーな服に身を隠すのではなく」。

2005年にはチャンネル4の『ビッグ・ブラザー』によって、ポップカルチャーが重要な時期を迎えた。深夜帯に放映されていたこの番組の姉妹版『ビッグ・ブラザーズ・ビッグ・マウス』を、当時新人だったおしゃべりで大胆なラッセル・ブランドがホストすることになったのだ。彼のロックなイメージ—黒いウェービーヘア、深いVネック、スプレー加工された細身のジーンズ—とイギリスメディアでの成功が、このスタイルがメインストリームとしてイギリスに広く受けいれられる転機となったのである。

エモのシンガーソングライターとは違い(ブレンドン・ウーリーは、最近『ペーパー』誌とのインタビューでパンセクシュアルだと特定されている)、ブランドは激しくヘテロだ。『サン』紙は3年連続で彼を「今年のセックス男」と形容した。ここでスキニージーンズとスリマンのクィア的シルエットのつながりが事実上消え去ってしまったのだ。

そしてハイストリートの小売店は、男性用スキニージーンズをバリエーション豊かに取り扱い始めた。スリマンのデザインからそのエッジィな感性が取り去られた。スリマンのこのアイテム自体は、クールで名が知れていて、Saint Laurentで買い物できるくらい金持ちだということの見た目だけのシンボルになってしまったのである。

エディがSaint Laurentを去ると、その影響力は目に見えて薄れていった。先月パリで開かれたファッションウィークで、キム・ジョーンズがDior Hommeでは初となるコレクションを披露。ルーズでストレートなテーラリングにバックルをつけたアイテムが登場した。さらにLouis Vuittonでヴァージル・アブローが見せたのは、ストリートウェア由来のカッティングとデザインだったのである。

注目したいのは、エディがどこに行っても巨万の富を築くことだ。みんな彼のデザインを欲している。Saint Laurentでは彼がいたことにより、年間売り上げが3年間で3億5300万ユーロから7億8700ユーロ、つまり2倍以上に跳ね上がったのだ。

Hedi Slimane for Saint Laurent


2019年春夏コレクションでは、多くのブランドが保護と回復というテーマを口にした。00年代の超タイトなスキニーシルエットは、社会における異質性とエモーショナルな脆弱さへの賛美を暗に意味していたが、2018年のスタイル—テクニカルなウェア、胸当て、実用的なバックルに隠されたコードはというと、保護し、防御したいという気持ちだ。スキニージーンズはこの新しいファッションの流れに特にフィットするとは思えないが、もし誰かがスキニーなシルエットで社会にインパクトを与えるものを再びつくり出すことができるとしたら、それはエディしかいないだろう。9月のCélineコレクションで、3度目となるファッション界への復帰を遂げる際に。

スキニージーンズの権威である彼は、そのスタイルをラグジュアリーストリートウェアに寄せてくるのだろうか、それともスリムへの愛をつらぬくのか。これは見ものとなりそうだ。

This article originally appeared on i-D UK.

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