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【インタビュー】ヤクザ、女装、歌舞伎町…写真家 星玄人が切り撮る"人間の血"

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Image by: Haruto Hoshi

ヤクザ、女装した男性、薬物中毒者など、新宿歌舞伎町を中心に撮影した作品がおさめられた写真集『口笛』。写真家、星玄人が、この作品を通じて、何を表現したのか?インタビューを敢行した。

街を歩いていて、とても興味深いが、関われば、暴力的で恐ろしい結末に陥るかもしれない。あるいは、得体の知れないパワーにより、災いが降りかかるかもしれない。そんな物事に遭遇したとき、思わず目を背けてしまう。あるいは、見て見ぬ振りをして、こっそり気づかれないように、覗き見てみたりする。

法律や道徳はもちろん、自分の度量では、とても対処できないかもしれない、天才や幽霊、あるいは、自分とは異なりすぎて別世界で生きているように感じられる人々に出くわすと、好奇心と同時に恐怖が頭を過ぎる。自分が築き上げてきた価値観や、幸せに生きていると思っている命までも揺らぎかねないとビビりながらも、すべてを覆す新しい何かに期待して心が踊るのも確かである。

人それぞれ価値観は違うだろうが、勉学や仕事や恋愛、子育てでも同じかもしれない。とても魅力的だが、自分自身が問われるだろう物事へ挑むとき、手は出すものの、尻込みし、後回しにしたり、挙げ句の果てに投げ出そうとしてみたり、失敗し取り返しのつかない事態を想像し、それによって受ける制裁やダメージに慄くことは、誰しもあるのではないだろうか。もっと言えば、生まれた直後の赤ん坊のころは、新しい物事の連続に、ただただ好奇心だけを抱いていたのかもしれない。そして、教育や痛い目にあった経験を重ねることで、安定はするが、危険を犯さないよう、恐怖心を植えつけられながら大人になった、ともいえるだろう。

2018年にリリースされた星玄人の写真集『口笛』には、ヤクザ、女装した男性、男装する女性、薬物中毒者、美女、とんでもなく怪我を負ったもの、身体障がい者、路上生活者など、普段の生活では、恐らく目を背けてしまうだろう人々が、おさめられている。
興味はあるが、街で出会ったら、絶対に面と向かって直視できない人々の登場に、はじめは、恐る恐る覗き見ているような気分で、ページをめくったが、その1枚1枚の写真のエネルギーに、いつしか、のめり込んでいった。

それは、被写体の魅力だけではないだろう。写真家が、何を感じ、どのように撮影したのか、そして、何を写そうとしているのか。恐る恐る、そしてワクワクしながら、星玄人のインタビューに向かった。

人種も国籍も年齢も性別も判別できないような、魅力的な人たちで溢れている写真集ですね。例えば、この上の写真は、どのような状況で撮影したんですか?

これは新宿のゴールデン街で撮影したんですが、多分女装の人で、イベントか、何かの帰りだったんでしょうね。

やはり、新宿の写真が多いですよね。

新宿は、自分たちがやっている〈サードディストリクトギャラリー〉もあるし、知り合いも多い。いくら、つまらなくなったとはいえ、やっぱり人が多いし、層は厚いんじゃないですかね。あとは、横浜ですかね。地元なんで。

横浜で撮影した写真を、いくつか紹介してください。

このふたつの写真は、横浜で撮影したんですが、上の写真は、例えば、歌舞伎町にコマ劇場があった時代は、前の広場が溜まり場で、いろんな人が飲んで集まっていたんですが、彼は、そういうところにきて、笛を吹いたりしていたので、何度も撮っていたんです。ぬいぐるみの帽子みたいな被り物は、知り合いのカメラマンが、面白がって拾ってきたのをあげたら、気に入っちゃって、それから、ずっと被りながら、うろうろしてました。それで、たまたま、横浜で会ったときに撮った1枚です。

不思議な少年ですよね。

あと、その下の写真は、普段、あんまり撮らないような写真なんですけどね。この写真を撮る前に、女の人を撮っていたら怒っちゃって、そしたら、近くにいた男に追っかけ回されて、ダッシュで逃げたんです。だけど、捕まっちゃって、警察に突き出されたんです。警察で「これこれ、こういう意図で撮ってるんだけど、相手が嫌だっていうんなら、しょうがないから、消しますよ」って始末書を書いて、帰されたんですけどね。自分が悪いんだけど、悔しくてムシャクシャしていたときに、たまたま、関内駅を降りたら、こういう状況だったんです。そのときは、やけくそだったから、いきなり撮っちゃったんですよね。そしたら、2人ともびっくりしてましたよ。「あっちが手を出してきたんだ」って、バンダナの人が言ってて、そしたら、サラリーマンの人が駅の中にパッて入ったから、あいつを追っかけるとか、わけがわからないことを言って、バンダナの人も、そのまま、バックレちゃいました(笑)。

一方で、この方は違った意味で、魅力的です。この写真は、新宿、横浜、どちらで撮影したんですか?

大阪の西成です。お母さんと一緒にいたんですけど、これは本当に〈いい感じの写真〉ですよね。西成の写真は、この写真集にも何枚か入っています。

新宿と西成、街や街にいる人の違いを、どう捉えていますか?

まず、街の意味合いが違いますよね。最初に西成に行ったのが、2006年で、最初に出したモノクロの写真集にも、ちょっと入っています。もともと、横浜のなかでも「寿町とか撮影しないの」とか、西成の雰囲気に近いドヤ街について聞かれることも多かったんですけど「土方のオヤジに興味ないしな」って思ってたんです。だけど、西成に行ってみたら、歌舞伎町が霞んで見えましたね。当時は、自由業で時間があったので、だいたい1週間くらい泊って、毎日撮ってました。それを3回くらい繰り返してっていうのを何度かして、その度に写真展をやってました。ただ、僕は、写真って、街に出たり入ったりの要素が、必要だと思うのですが、ああいう街って、なかなか住んでないと難しいところもありますよね。

入り込むのが難しい場所ですよね。他にも、撮影しに行く場所はあるのですか?

例えば、六本木や川崎とか赤羽も、たまに行くんですけど、慣れてない分、多少面白いんですけど、やっぱり、撮った写真を、後から見比べてみると、新宿の写真が強かったりするんですよね。

新宿の写真が魅力的になるのは、なぜでしょうか?

写真を観る目も、インパクトの強さだけじゃなくて、もっと長く観れて耐えられる、飽きないものとか、自分の中で、なかなか消費できないものを選ぶとか、変わってきているのもあります。ただ、自分の写真が、どういう写真なのか、どういう距離感なのかっていうと、その時々のものだから、一概には言えないですよね。割と、新宿も長いから、もう撮り慣れてるし、刺激がないから、面白くないんだけど、やっぱり、新宿中心になっちゃうんです。

新宿がつまらなくなった、と感じているようですが、どのように変化してきていると、体感されてるんですか?

まず、建物が変わっちゃうと人の流れが大きく変わるでしょ。昔は、街全体が怪しいエネルギーを醸し出してましたけど、やっぱりコマ劇前がなくなって、今は一角だけですよね。外国人の観光客も多いし、世代交代もあるのかもしれないけど、全体的に、なんか怪しさが薄まっちゃってる感じがします。

歌舞伎町で、ボラれたり、カモられたり、絡まれたり、良く聞く話でしたよね。店に入ったらポッキーだけで5000円だった、とか(笑)。

もともと歌舞伎町って、サラリーマンの人らも、ちょっと危ない部分を求めて、遊びに来てたんですよ。ただ、やる方も、やりすぎるようになってきてるし、限度を超えた部分が、あるんでしょうね。あとは、行政が、どうにかしないといけない、と動きながら、一方で、税金を巻き上げてるだけだっていう話もありますけどね。ただ、そういう危うさは、無くならないものだと思いますけどね。

ちょっとした武勇伝ではないですけど、後から笑い話になりますもんね。ソワソワする一方、ワクワクしますし、確かに、怪しさに惹かれる、というのもわかります。

また、家出なのか、不安定そうな女性が1人で写っている写真も、違う意味で怪しさを放ってますよね。

この上の写真の人は、出している空気が、そもそも、すごく怪しくてですね。名古屋で撮らせてもらったんですけど、看護婦さんだったかな?撮影したあと、電話がかかってきて、本当に、ちょっと変わってる人で「あのとき、私は変身していて、企業のスパイをやってた」って話してました。

不思議ですね(笑)。下の写真の女性も、なんとも言えない雰囲気ですね。

この人は、僕がサードディストリクトギャラリーで写真展をやっていたときに、上の階のイベント貸しの飲み屋さんでやっていたDJイベントに来ていたみたいで、それで、僕の写真展にも寄ってくれたんです。そしたら割と反応してくれて、一緒に飲んでいたんです。そのあと、この人が、上に上がっていくときに「ちょっと顔出してよ」って言われたから、後からいってみたんですけど、そしたら、すごいヘロヘロになっていて、思いっきり浮いてるんですよ。そしたら、急に外に出て泣き出して...。そのときの写真です。なんで泣いてたんだろう?

怪しいというか不思議というか...。また、昭和か平成か、時代感も、よくわからないのも被写体の魅力を引き立たせている要素だと思います。iPhoneなどの持ち物から、最近撮影した写真だろう、と理解できるものもありますが、具体的には、いつからいつまでの作品ですか?

2004、2005年がチョロチョロって感じで、2008年から2014年くらいの写真が、ほとんどです。

2005 年から2008年までのブランクには、理由があるのですか?

もともと、モノクロメインでやっていて、何となくカラー写真にも興味をもって、プリントもしたら面白いかなって思ったんです。それで、ひとつをカラー、もう1台にモノクロのフィルムを入れて、2台のカメラで撮影し始めたのが、2004年の時期です。ただ、その半年後に、ゴールデン街で泥酔して、道端で寝ちゃったんですよね。そしたら、トラブルみたくなっちゃって。気がついたら、靴もカバンもなくて、何にもないんですよ。自分が悪いんだけど、ショックを受けるじゃないですか。それで、新しいカメラを2台も買えないから、1台だけ買って、モノクロを続けて、カラーを撮らなくなっちゃったんです。1冊目の写真集を出して、一区切りついたタイミングで、カラーも、もう1回やってみようかってことで、撮り出したのが2008年です。

そういう理由だったのですね(笑)。今回の写真集はカラーだけで構成されていますものね。

写真集の裏表紙になった写真は、カメラを無くす前に、撮っていた写真です。あとは、この写真もそうですね。

ちょうどガングロが流行った時期ですね。

普段はね、拾ってきた雑誌を古本として売っていた人ですね。このときは、なんでこれを売っていたのか、わからないですけどね。

また、これだけ多くの被写体を撮影するには、かなりの時間を要すると思います。週にどれくらい撮影にいかれてるんですか?

この時期は、割と自由業だったんで、カメラは常に持ち歩いて、なんかあれば撮ってました。ただ、毎日撮ってた、ともいえないです。2週間くらい、写真を撮ってないときもあって、そうなると、罪悪感を感じちゃうから。今は週4でアルバイトをしているので、休みの金曜と土曜は撮影して、日曜は暗室という流れが多い。ただ、街に出ても疲れて撮れない日もあります。それでも月曜から木曜は仕事で撮れないので、時間が限られているせいか、前よりは集中して、撮影できるようになったかな。

撮影に出かけるのは、やっぱり夕方からですか?

そうですね。最近は、撮っても深夜1時、2時くらいまでで、東京に出てくるときは、終電までとか、そんな感じです。本当は、終電過ぎてから夜が明けてきたくらいが、みんなおかしくなってるし、面白いんですよね。ただ、歳だから、自分の家で寝ないと疲れが残っちゃうし、体力がなくて、あんまり粘れなくなってきてるんで、昼も撮った方がいいなって思ってるんですけどね。もう20年くらいやってるから、飽きてくるし、自然光が入ると別の状況が入るんで、バリエーションにもなるんですが、やっぱり夜になっちゃうんですよね。

また、被写体との距離も不思議です。例えば、この上の写真の人は、すごくナチュラルでリラックスしています。

この人は知り合いなんですよ。これも、なんともいえない写真なんだけど、割といろんな人が反応してくれます。

知り合いの方を、ずっと追いかけて撮影することもあるんですか?

昔はありましたよ。ただ、長く撮ってると、大体決まった同じ角度になってきますからね。

星さんと被写体との距離感が、安定してくるんですよね?

そうそう。もしかしたら、そっから先に、新たな写真になるかもしれないけどね。だけど、例えば、自分が好きになった女の子とか撮ってるうちに、結局、撮ることを優先しちゃうから、そうするとうまくいかないんですよ。結婚していたときは、前の奥さんや子供の成長を撮っていたんだけど、やっぱり「いい加減にしてくれ」ってなってきちゃうし、結局別れちゃったから。今は、そういうパートナーみたいな人が、特にいないんだけど、あまり知り合いを撮らないように気をつけてます。

私生活と被写体、それぞれの距離感が難しくなるんですね?

そうですね。あとは、友達と普通に遊んでるときに撮ったりしたんですが、どうしてもね。友達だと、それ以上、追っかけちゃいけない場所も出てきちゃうし...。この上の写真の人も、もともとバンドマンで新宿に流れついてきて知り合ったんですよ。それで、店をやってたので通ってたら、そこに、なかなか可愛くて、いい感じの女の子がいて、僕も気に入っちゃって、つい口説いたりして仲良くなったんです。そしたら、この友達が「実は俺の女なんだ」って後から言いだして、「ふざけんなよ、最初から言えよな」って言いあいになって。結局、その彼女との関係もおかしくなって、そしたら、彼は精神的におかしくなっちゃって病院に入院したんです。さらに、その彼女が、もともと統合失調症という、すごく、きつい病気を持っている人だったんですが、自殺しちゃったんですよね。原因は、彼女が前に付き合っていた彼氏が、変なヤク中みたいなやつで、半分くらい殺されたような死に方だったんです。僕も好きだったし、写真なんか撮ってなければ、助けてあげられたかもしれない、とか、すごい悩んだりしたんですよね。でも、彼とは今でも付き合っていて、会えば写真を撮りますけど、そういう経験から、友達や知り合いは、被写体としてクールに突き放さなくてもいいのかなって思ってます。

難しい問題ですね。他にも知り合いの方の写真はあるんですか?

この上の写真は、同じ中学の後輩なんです。今でも現役なんですけど、忘年会の写真を撮りに来てくれって、兄貴分みたいな人に頼まれたときの写真です。

この写真は、知り合いでないと、なかなか撮れないし、世の中に出しづらい写真ですよね。

結局、行政が厳しいから、ちょっとダークな部分がある人は、みんな目立ちたくない。昔だったら「いいよ撮ってくれよ」って、雑誌とかに載って、目立ちたいっていうのがあるからね。ただ、最近は前よりも厳しくなってますよね。

なるほど。では、初めて会った人との撮影での距離感について聞きたいのですが、まず、どのように距離感を掴むんですか?

ほとんど、最初に声をかけて撮っています。

目線がきてる写真から、きてないものまで、様々ですよね。

撮るときは何も考えてないです。この写真は、見事なスピードで作業していて「すごいですね」って、声をかけたら、「いや仕事ですから」って返ってきて、「ちょっと写真撮っていいですか」って声かけたら、「いいよ」みたいな感じでした。あまりにも仕事っぷりが見事だったから、それを撮りたかったんですよね。

例えば、この方を撮影したときは、どういう風に撮影したんですか?

この写真を撮る数日前に、この人も含めて何人かの集団でいて「撮っていいですか」って声をかけたら、周りの人が「俺たちは嫌だけど、こいつだったらいいよ」って言ってくれて、この人は客引きで下っ端みたいな人だったんです。それで、客引してるところを、真っ正面からポートレートを撮ったんです。何枚か撮ったんですけど、イマイチだったんですが、別の日に、座ってタバコを吸ってたら、前から歩いてきて、しかも、ちょうど目も怪我してて、いきなり、前から、バチッて撮って「あっ俺ですよ、こないだの」って声をかけたんです。
結構そういう風に、いきなり、バチッて撮っちゃうときもあるんですけど、さっきの関内の話じゃないけど、別にモラルの問題でフェアじゃない、とは考えてないですけど、トラブルになったら、やっぱり、こっちが悪いしね。ただ、声をかけて撮ると、どうしても〈いい感じの写真〉、ポートレートっぽい写真になるんで。それで、あんま面白くないなって退屈したときに、ちょっとインチキな技、いきなり、バチッて撮っちゃったこともあったんです。でも、写ったものを観ると、意外と物足りない。自分は緊張してるんだけど、やっぱり1歩踏み込めてないんです。声をかけて、相手に許可をもらってから、撮ったものが、やっぱり、いいんですよね。

なるほど。ただ、星さんの写真は、単純に距離感が近い、という以上の、いわゆる〈いい感じの写真〉とは異なる何かが写ってると思います。

撮る側と撮られる側の利害が一致しているはずなんだけど、ちょっと微妙にズレてるシーンがあるんですよね。そういうのが、癖みたいなもので、自分の写真の面白さなのかなって。それに気づいたのが、写真を初めて間もない写真学校に通ってたころで、とにかく人が撮りたかったんですが、特別はっきりしたテーマがなかったんです。テーマを設定して、自分の頭で決めつけて、自分のなかで振りがあって「こういう人を撮ってます」って、みんなに知ってほしいんじゃないなって思ってました。だから、とりあえず、人に声をかけて、ポートレートでも、ただ立っているだけでも、とりあえず1000人撮ろう、撮っていくうちに、何か自分が撮りたいテーマがみつかるだろう、とひたすら撮影してました。
そのあと、撮った写真を先生に観せるためにセレクトしていたら、もちろん〈いい感じの写真〉も、いっぱいあったんですけど、目線は普通に来てるけど、何か微妙にズレているものがあって、それだけを選んでいくと、ちょっと写真が変なんですよね。先生が言うには、「被写体に惹かれて撮りたい、というよりも、君の本能の部分が、実は、ちょっとズレたものを求めてるんではないか」と、言われたことがあって、経験もあんまりなかったし、きちんと意思の疎通ができた〈いい感じの写真〉よりも、面白いのかなと思って、そういう距離感を狙うようになりましたね。

確かに、ただ単純に距離感を詰めれば撮れる、というだけではないですよね。

あと、僕は、もともと、すごい寂しがりやで、割と人に依存しちゃう感じなんです。女の人と付き合ったりしても、共依存関係になっちゃいがちなんですけど、「君は、人をすごい好きなんだけど、やっぱり、どっか、相入れない、孤独を愛するようなところが、本質的にあるから、それが、距離感として写ってる。その距離が、ちょっと悲しいけど、面白いとこだと思うよ」って言ってくれた人もいたんです。

ご自身の性分で孤独を愛するような部分があるのですか?

もちろん、普通に遊ぶ友達とかいるわけですけど、一方で、昔からウロウロするのが好きだったんです。全然知らないところに1人で行ってウロウロして、なんとなく空気を味わうとか、そういうのは癖として子供の頃からあったんです。横浜の端の住宅地で、何もない田舎町の出身なんですけど、昔は、駅前とかに、スナックがあったり、酔っ払いの親父が立ち飲み屋で1杯やっていたり、暴走族が溜まっていたり、ヤクザなんだか、わからないような人が、街で喧嘩したり、ザワザワしたものがあったんですよね。小学生のころから、そういう場所をウロウロしてました。

怪しい 空気が漂う場所が、多かったですよね。

横浜の中心とか、東京だと、もっと大都会でしょ。母親が、たまたま東京で店をやっていたから、遊びに行く機会も多かったんですが、もちろん仕事をしてるから、「本屋や映画館でも行ってきなさい」とか言われるんですけど、「映画に行く」とか言いながら嘘ついて、1人で街をウロウロして過ごしてたんです。写真を始めてからは、もっとウロウロするのを、楽しめてますね。

星さんの写真は街に出ないと撮れませんもんね。街でウロウロする良い口実が写真だったんですね。

もともと、ウロウロしながら、いろんな人を観察して、頭の中で、自分が主役だったり、演出家だったりの体で、すぐに、物語にしたがるんですよね。誰しも、そういうところはあると思うんですけど、自分の場合は、その妄想の世界が、ちょっと極端だったんです。写真を始めるようになってからは、自分が主役だと仮定して、街を歩いていると、家出少女みたいな女の子が1人で佇んでいたりとか、別に家出少女じゃなくてもいいんですけど、自分の好みの子だったら、ちょっと頭のなかで、恋愛対象としてストーリーをつくって、この女の子はこういう子で、とか自分の想像した人物像と被写体を重ね合わせて、写真を撮っていたんです。それに、昔は、自分が想像した通りの物事が、街によくあったんですよ。ちょっと街が劇場っぽいというか、いろんな人がいるなっていうエネルギーがあったんですよね。

街を劇場に見立て、写る人を自分の想像に当てはめていたのですね。

写る人に対して、勝手に、何か決めつけたものがあって、それを求めて撮ってたんだけど、実は相手にとっては、全然違うことだったりとか...。そうすると、写っているのは、自分の妄想の人物とは、微妙に一致していなかったりするから、それが面白さだったりするんですよね。やっているうちに、自分の想像通りっていうのは、そんなに面白くないんだなって、わかっていくようになったんです。だから、エッジが立っている人に声をかけるんだけど、ドンドン自分の想像とは違う、色んなズレを狙っていくようになったんです。最近は、自分の写真を理解してきて、街を歩いていても、あんまり妄想しなくなりましたけどね。

では、寂しがりやという性分から恋人や友達に共依存してしまう一方で、1人でいることも大事な時間だったんですね。そんな星さん自身の矛盾だったり混沌が、被写体との距離として、写真に写ってるということですね。

ここまで、幼少期の話や写真を始めたころの話を聞きましたが、そもそも、街を徘徊するのと写真が結びつくきっかけは、なんだったんですか?

具体的なきっかけは、僕が25歳くらいのときに、カジノ関係の仕事をしてたんですけど、お金もいっぱい持っていて、遊びまくっていたんですが、そんな生活をしていると、堅実で落ち着いた生活をしている友達は、相手にしてくれないじゃないですか。そんなときに、15歳くらいからの同級生の友達で、今ちょっと破門になっちゃたんですけど、結構若くして、組織のNo2、若頭に出世したヤクザの友達と、その時期一緒につるんでたんです。そしたら遊んでいるうちにドンドン、ヤクザの世界に引き込まれそうになって、友達だけど、兄貴みたいな関係になって、相手も寂しいから、自然と巻き込んでくるようになってしまって...。
結局、ヤクザって、薬を売ったり、人から恐喝したり、全部その組織のためにやるわけじゃないですか。「なんなんだ、これよ、奴隷じゃねえかよ?」って気持ちになるんです。見た目はカッコよくしてるけど、正直キツすぎる。でも、彼はヤクザだったから、組織を裏切るわけにはいかないし、きついけど、逃げるわけにはいかない。で、こっちは、ヤクザになったら、絶対に地獄の日々になるってわかってるし、ヤクザになるつもりもないから、逃げたいけど、その彼からは友達だから逃げたくない。だいたい、みんな、そこで、ギブアップしてヤクザになっちゃうんですよ。そういうキツイ状況に、非常に参ってました。いま思い返すと、ただ粋がっていただけで、ヤクザになる覚悟も根性もなかっただけなんですけどね。
だから、この状況から逃げ出すには、自分が何かひとつ、これがやりたいってもので、一人前になるしかないなって思ったんです。自分はどっか表現するのが好きだったから、映画とかやりたいなって思うようになったんです。言ってることは、わかりづらいかもしれないけど、何となくはわかるでしょ?

はい。すごく状況が伝わってきます。

そう思い始めていたときに、チンケなことで逮捕されちゃって、刑務所に入ってたんですけど、それがチャンスだったんですよね。その時期にシナリオを書いたりとか、本を読んで勉強し始めたんです。映画について考えていくうちに、刑務所にいると、いろんなことを思い出したりするんですよ。写真だと、それを、そのままの事実として残せるなと。変な話だけど、映画だと、例えば、そのヤクザの友達の話だとしたら、彼の話をモデルに物語を考えて、違う人に演じてもらわなければならないけど、写真だったら、彼のことを、そのまま役者にできる。しかも、写真って、誰でもできるでしょ? だから出てからも、映画を観て、シナリオの丸写しなどして映画の勉強をしていたんですけど、いつの間にか写真の方にハマっちゃったんです。

それが写真を始めるきっかけだったのですね。写真を始めてからは、現実のリアルな人を主役にしながら、自分の想像とは異なる部分を求めていくようになるのですね。つまり、先ほどの話にも出ましたが、何が起こるかわからない予期せぬ、怪しさに惹かれていくってことですかね?

怪しさをどう説明していいか、わからないけど、自然発生した人間の血みたいな、そういう魅力ですかね。

教育され管理されてつくられてないというか、感覚的に生きてる人というか、本来の人間が持っているものみたいな部分ですか?

本来かどうかはわからないけど、無駄なオーラを出しているとか、粋がってたりとか、決して世の中的には器用じゃないかもしれないけど、謎の輝きを放っている、そういう自己主張みたいなエネルギーが好きなんですよね。

そういう人への憧れもあるのですか?

そういうのもあるんでしょうね。

自分に正直でありたいって願いは強いですか?

なくはないですね。写真って誰でもできるもんだけど、僕なんか特に、ちょっとエッジが立った人を被写体に選んじゃうんだけど、自分が等身大じゃないと定着しないなって思ってます。自分が生きている立ち位置と、撮りたいものが、ちゃんと噛み合ってないと、無理が出るんだなって実感はあります。

また、ヤクザも女装している人も綺麗な女性も、みんな個性は異なるんですが、星さんの写真は、同じ目線というか、全て等価というか、それぞれの人の魅力を引き出しながら、星さんの目線は同じというか...。とても個性が強く、職業や性別や年齢など、様々なのですが、すべて、同じように魅力的、と捉えているように感じます。

僕が写真を選んでるからっていうのもありますからね。それに、変に際どすぎる方向に捉えて欲しくないな、とも思ってます。だから、自分の目線がある程度、安定しないといけない。そうしないと、結局、変な人を撮ってるだけじゃんってなっちゃいますからね。

等身大であろうとするとともに、客観性も持っていようとされてるんですね。

そうですね。あとは、ちょっと自分が、モテたいとか、お金欲しいとか、威張りたいとか、みんな、あるじゃないですか? ちょっと金が入って、オシャレして、例えば、ツンデレ系OLみたいな子と付き合いたいな、とか、そういう方向に近づいているときって、やっぱり、写る人と向き合えないんですよね。だから、声をかけても断られちゃう。もっと自分が、どうしようもないくらい、とにかく写真を撮るって状態、ノッているときっていうのは、自分も街と同化しているから、普通は撮れないはずの人が撮れたりするんです。常に、自分の状態を一定にキープしてなきゃいけないっていうか。ただ、今は、街自体が、そうじゃなくなってきてるから、難しくなってるんですよね。

街のリズムや躍動と、星さん自身が同化しないと、撮れないのですね。

写真家として、ちょっと偉そうにしたり、認められたいって気持ちが、崩れてないときは、なかなか、納得する写真が撮れないんです。逆に、撮影することで、崩してもらえるケースもあるんですよね。相手が「撮っていいですよ」って言った瞬間に、また、写真にのめり込んだ状態に戻れるときもあります。

被写体の魅力に、魅了されるのですね。

相手に教えられることも、多々あります。

星さんの状態が、そのまま写真に反映されるんですね?

それも言ってみたら、そんなに極端な、ゼロか100かって話じゃないですけどね。あとは、街で撮るのは、正直、キリがない作業だったりするんですよ。やっているうちに、街の雰囲気とか、世の中のことも、ある程度みえてくるでしょ。建物が変わって、街がキレイになったり、つまんなくなっていく感じだとか。だけど、それは、誰かが意図してやっているわけで、それを、どうして、そうやっているのか、とか、考えるようになるじゃないですか。例えば、オリンピックのことにしても、オリンピックのために街をキレイにするのっておかしな話じゃないですか? お金が儲かっている人はいいかもしれないけど、神経質になりすぎですよね。じゃ、なんでオリンピックをやるんだとか、そういう背景のこととか考えると、吐きそうな話ばっかりじゃないですか。スポーツマン精神を否定する気はないけど、みんな、それで、バカみたいに沸き上がったり...。震災のときだって、結局は自分が良い気持ちになりたいからって「頑張ろう日本」なんていってるわけで、そんな簡単に「絆」なんていってる場合の問題じゃないだろうって。でも、実際の現場で被災した人は、忘れるしかないしね。前向くしかないから、そんなネガティブなことばっか、関係ない自分が言っちゃいけないんだけど、でも、そういうことってあるなって。メインストリームは、ずっと変わらず、そんなふうに世の中は成り立っているわけですよね。ただ一方で、もっとひどい世の中になったら、写真なんて撮っていて、生きてられるのか、そんな余裕もないかもしれないからね。なんとも言えないんですよね。

街や社会が変化していくことで、星さん自身の目線も変化していくから、撮りたいものが、尽きないのですね。

あと、普通の飲食店で働くようになったから、そうすると、街をみつめる目線が、違うというか、意識が大分変わった部分があります。それによって、それまでイマイチだって思っていた横浜での撮影が、随分立ってきたんです。働いてるから、撮る時間が限られているっていうのもあるだろうし、自分が、普通に働くことで、街と同化できるっていうのもあるかもしれないですね。自分もこの社会の1人っていうか、そういうのを、より強く認識してるのかもしれないです。それによって、写真が、また変わってきています。

プロフィール
星玄人(ほしはると)

1970年神奈川県生まれ。2000年写真研究所を卒業し、作家としての活動を開始する。2018年、この記事で紹介した2冊目の写真集『口笛』をリリース。この写真集で、第30回、写真の会賞を受賞。また、他の著書には、2007年自身初となる写真集『街の火』がある。新宿にあるギャラリー、サードディストリクトギャラリーを中心に定期的に写真展も開催している。

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