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破壊や変革ではない、ヴァージル・アブローが表現するもの

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「3年前、私はファッション業界で〈招かれざる人間〉だった。今は私を見ればみんな、『あ、有名ファッションデザイナーのヴァージルだ』って反応ですけど」


By Felix Petty; translated by Ai Nakayama

「例えばこれ」と、ヴァージル・アブローはエディ・スリマンが発表した新生Celineのロゴ(アクサンのないアレ)を指さす。「この新ロゴは大混乱を引き起こしました。なぜなら世間でのロゴ信仰が根深いから。もちろん私もロゴの力を信じています」。ヴァージルのいう通り、確かにロゴには力がある。ヴァージルのロゴも力が分散しているようでいて、一瞬でそれと判る。自らのブランドOff-Whiteならストライプ、メンズウェアのクリエイティブディレクターを務めるLouis Vuittonならモノグラム。しかし何よりもヴァージルを象徴するのは、引用符で囲まれたHelveticaの"言葉"だろう。これは言葉の意味をぼかして、湿っぽい決まり文句を皮肉的に提示するためのひとつの戦略であり、Off-Whiteだけでなく、ヴァージルが手がけてきたすべてのプロジェクトに使われている。今私たちはミラノのアートスペース〈Spazio Maiocchi〉にいる。ヴァージルの新たな挑戦、アートインスタレーションの展示会場となった場所だ。

それはロゴの力と、広告の陰湿な一面を明らかにする展示だった。ヴァージルは米国のタバコ〈Newport〉の大型屋外広告を制作した。イメージの表層がはがれており、はがれた部分にヴァージルがつくったロゴのいち部〈"QUESTION EVERYTHING"(全てを疑え)〉がみえる。さらにヴァージルは会場の入口までの道に、同じスローガンが印字された白い旗を大量に飾り付けた。Newportはアフリカ系米国人に向けた露骨なマーケティングで有名なタバコブランドで、シカゴで生まれ育ったヴァージルも、Newportの広告キャンペーンをよく目にしていた。彼が作品に用いたNewportの広告では、男性が雪の積もった車から身を乗り出している。フロントガラスには雪をキャンバスにして「pleasure!(喜び)」と書かれている。「このイメージ、不可解ですよね」とヴァージルはいう。「〈喜び〉とは何のことなのか。Newportの広告はシカゴにあふれていて、私にとってもなじみ深い。幸せそう、楽しそうな黒人を描いた広告です。でも実際黒人は、そんなイメージとはほど遠い環境で暮らしています」

ヴァージルにはタバコからスニーカー、IKEAの家具まで様々なブランドを支え、価値システムを構築するコンセプトの力に焦点を当て、ひねりを加えて再考し、楽しく新しい観点から見つめる能力がある。だからこそ彼のやることなすことすべてが興味深く、だからこそ彼と同じようにファッションを広い目でみて、文化のいち部たるクリエイティブな活動とみなす多くの信奉者を集めているのだ。信奉者たちはストリートウェアを単なるひとつの表現方法ではなく、エンパワーメントの推進力と考えている。

展覧会の会場でヴァージルは、自分のNikeのスニーカーやOff-WhiteのTシャツ、あるいはヴァージルの顔が載ったポスターや雑誌、さもなくば彼が手がけ、アート展の同日にリリースされた雑誌『Kaleidoscope』の最新号(表紙は彼自身で、穴のあいたLouis Vuittonのハンドバッグを頭にかぶり、穴からこちらを覗いている)を手に、どうにかしてヴァージル本人のサインをもらおうと必死な、大勢のキッズに囲まれた。「本当不思議ですよ」とヴァージルは自身のファンについて語る。「でもこれがゴールなんです。まるで自分が17歳に戻ったよう。自分もかつては、私みたいな人にあこがれてました。ラップスターでもなく、いわゆるセレブでもなく、その人の作品に共感を抱けて、とにかく『ヤバい!』ってなる人」。ヴァージルになるための道具は誰もがもっている、と彼はいう。彼がキッズに伝えたいのは、Photoshopを開いてクリエイティブになれ、ということだ。自分と同じように、クリエイティビティを自由に羽ばたかせたいと願うアフリカ系米国人の若者たちのあこがれの存在になる、それが彼の目標だ。

彼自身、自由になるために闘ってきた。建築家、グラフィックデザイナー、ファッションデザイナー、DJ、アーティストなど、彼は多岐にわたる活動で有名だ。それらすべてが、同じ根っこから花開いている。彼の活動、特にファッションにおける活動から、彼は〈破壊者〉と称されることが多い。しかしこの言葉には、旧態依然としたファッション界のエリートたちの気取った意識が込められている。いったい誰にとっての〈破壊者〉なのかを考えればそれは明白だ。変化してきたのはラグジュアリーファッションのほうであり、彼は少しも変わっていない。

もちろん現在彼は、Louis Vuittonメンズウェアのクリエイティブディレクターで、立場は盤石。今や彼のアプローチ、彼の感覚こそがファッション界の基準になっている。「私のやっていることは、誰かにとっては落ち着かないものかもしれない。だけど私は、まさにそれをどうにかしようとしてるんです」とヴァージル。「もし私が心からファッションを変革しようとしていたとすれば、そんなの簡単です。破壊することなんて造作ない。だけどだからといって、そうするのが良いとは限らないんです。私は、自分が生まれ育った環境やコミュニティを示唆するようなモノをつくろうとしています。そうすればもっと大勢の人びとが、同じように行動できる」。彼のいう〈コミュニティ〉とは、ストリートウェアのこと。ヴァージルにとってストリートウェアは、ただのファッションの表現方法ではなく、もっと拡がりのある、アーティスティックな思想だ。だからこそ彼のDJとしての活動とアート制作へのアプローチ、双方が容易に説明できるし、双方が当然の帰結に思える。

「3年前、私はファッション業界の〈招かれざる人間〉だった。今は私を見ればみんな、『あ、有名ファッションデザイナーのヴァージルだ』って反応ですけど。でも私は誰かに評価をゆだねるためにモノをつくってきたわけじゃない。私は自分の作品を机の上に並べて、『これが私の表現だ』と宣言してるだけ。まるでおとぎ話みたいです。私は何かを探して旅に出た。でもその旅自体が自分の求めていた、いちばん大切なものなんだ、と気づいた...。アートは目的じゃない。作品の隣に『これはアートです』と書いたプラカードを置くのは違う。アートとは、今の自分と8歳の頃の自分とを結ぶ線です。そしてその線をたどり、作品をつくっている自分が歩んできた道のりを説明することです」

その〈旅〉においてヴァージルは、ジェニー・ホルツァーや村上隆など、数々の著名アーティストとコラボしてきた。そして次のステップで、彼は旅の出発点に戻り、大舞台に立つ。故郷のシカゴにある現代美術館で、「FIGURES OF SPEECH」と題された展覧会を開催するのだ。この展覧会に結実するまで、3年もかかったという。「私がひとつのことに3年取り組むなんて想像できます?」とヴァージル。楽しいと同時に尻込みする気持ちもあったと彼はいう。「初めてメガネをかけたときみたいに」突然視界がクリアになる、と彼は創作プロセスをたとえる。「作品ひとつだけじゃなく、すべてをつなぐイデオロギーを表現できるチャンスです。私が初めて手がけた建築や映像から、20分前につくったばかりの作品まで。かけらだけではなく、ストーリー全体を見せたいですね」

本展はいわばヴァージルのキャリアの中間地点であり、彼をシカゴからLouis Vuittonへと導いた考えかたを、余すところなく明らかにしている。3年前、ファッション業界を率いる存在とは程遠い評価しかされていなかった彼は今、自身のクリエイティビティを存分に発揮し、コンテンポラリーアートの世界へと足を踏み入れようとしている。「若き日の私が想像していたアーティスト像、それをとりまく私の不安から生まれた作品が多いです。それは何をしていようと、常にまとわりついています。脳にプログラムされているんです。私はずっと承認を欲していました。でも承認は、外からではなく自分自身がもたらすものだ、と気づいた。この展覧会は、自分のこういう考えかたを示しています。アート界なんてファック、ファッション界もファック。私は私の場所にいるだけです」

This article originally appeared on i-D UK.

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