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ミウッチャ・プラダを知るためのA to Z

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Image by: Miuccia Prada by Francesco Vezzoli. The Pain & Pleasure Issue, No.298, April 2009.

英国ファッション協会主催の2018年度ファッションアワード功労賞受賞者に、ミウッチャ・プラダが選ばれた。ファッション業界きっての革命家である彼女が生み出すPradaの世界を、アルファベットでご紹介。
By Steve Salter; translated by Ai Nakayama

A:Archive(アーカイブ)

アイデアの枯渇を疑われずに、自らの過去作品アーカイブを巧みに取り入れられるデザイナーは多くない。遡ること1984年、ミウッチャ・プラダは実用的ながら手触りもいいポコノナイロンを採用し、ラグジュアリーファッションに革命を起こした。そして2018年秋冬メンズウェアコレクションで、再びそのブラックナイロンを採用した。かつてのアイテムを再解釈し、歴史を再編し、確かな知識に基づいた彼女のデザインを新世代向けに刷新した。さらにPradaの懐かしいプリントアーカイブも、新しいハイブリッドなデザインでよみがえった。

もうひとつのA:Actors(俳優)

1995年の広告キャンペーンに登場したジョン・マルコヴィッチから、Pradaの2012年秋冬コレクションでランウェイデビューを果たしたウィレム・デフォー、エイドリアン・ブロディ、ゲイリー・オールドマンまで、ミウッチャ・プラダは映画スターを抜擢するのがお好きらしい。

B:Bananas(バナナ)

〈ミニマルなバロック〉をテーマとした、Pradaの2011年春夏コレクションで発表されたバナナプリントは数多の模倣品を生み、偽造品市場において今なお目にするほど大きな影響を与えた。それにしても、ジョセフィン・ベイカーのジャズ時代の精神が色濃く流れる自由奔放なビジュアルは、ミニマルとはほど遠い。あえてマンガ風のバナナと合わせて、サル、バロック的な渦巻模様、大胆なストライプが施されたプリントは、ストリートスナップでも注目度ナンバーワンを誇った。

もうひとつのB:Backpack(バックパック)

あなたは今朝、バックパックを背負った会社員をいったい何人目撃しただろうか? 彼らは知らないだろうが、通勤スタイルにバックパックが認められるようになったのは、他でもないミウッチャのおかげだ。80年代半ば、初のバックパックを発表したのがミウッチャだった。ラグジュアリーの定義を覆し、実用的でシックなアイテムを実現したのだ。詳しくは〈N〉の項目に記載。

C:Cinema(映画)

映画『華麗なるギャツビー』(2013)のテストシーンで、PradaとMiu Miuのアイテムが多数使われたのち、監督のバズ・ラーマンと衣装デザイナーのキャサリン・マーティンは、華やかで退廃的なムードが漂う1920年代を彼ららしく実現するため、ミウッチャ・プラダに衣装協力を依頼した。このコラボレーションはよく知られているだろうが、シェイクスピアの悲劇的なロマンスを原作としてラーマン監督が手がけた、青春の輝きを切り取った不朽の名作『ロミオ+ジュリエット』(1996)においても、ミウッチャの手がけた衣装が2着使われているのはご存じだろうか? そのなかでもアイコニックなのが、クレア・デインズ演じるジュリエットがコスチュームパーティに着ていく白いドレスと羽根。それを手がけたのがミウッチャなのだ。さらに、ロミオが結婚式で着用したネイビーのスーツも彼女のデザイン。うっとりが止まらない!

もうひとつのC:Christophe Chemin(クリストフ・シュマン)

PradaとMiu Miuのデザインディレクター、ファビオ・ザンベルナルディと組んだ、ベルリンを拠点に活動するフランス人アーティスト、クリストフ・シュマン。Pradaの世界観を彼らしく解釈しつつ、アートワーク制作への情熱を融合させたドリーミーな作品は、2016年の秋冬コレクションでメンズ、ウィメンズともに使用された。

D:Devil(悪魔)

これはもちろん、メリル・ストリープ出演のハリウッド映画『プラダを着た悪魔』から。書籍や映画のタイトルに名前が使われているファッションブランドは珍しい。かつてミウッチャは、本作の原作となったローレン・ワイズバーガーによる小説について、「ぎょっとしました。ひどい本だったから」と伊紙『Corriere della Sera』に語っている。「でも映画はおもしろかった」。ファッション業界のバカみたいな都市伝説(と衝撃的な事実)のパロディを目の当たりにすれば、みんな笑うか泣くかしかできない。

Photography Ethan James Green. Fashion Director Alastair McKimm. Anok wears Prada. The Earthwise Issue, no. 353, Fall 2018.

E:Excellence(卓越)

ミウッチャは、リードクリエイティブディレクター兼共同CEOとして、イタリアを代表するブランドPradaを40年間率いてきた。家族経営の会社を継ぎ、一企業のみならずファッション業界全体を革新してきた彼女だが、実は政治学の博士号を取得している。1978年、両親が経営する皮革製品の会社で働くために社会政治学研究の道を離れたが、情熱は失わず、むしろそれが原動力となり、衣服/ジェンダー/力の関係性を常に探り続けてきた。2004年の米国ファッション協議会(CFDA)ファッションアワードの国際賞(International Award)を筆頭に、2005年の『Time』が選ぶ世界で最も影響力のある100人にも選出。2013年には英国ファッションアワードの新設賞、インターナショナル・デザイナー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。翌2014年には、ニューヨークのメトロポリタン美術館のコスチューム・インスティチュートで、エルザ・スキャパレリとミウッチャ・プラダの功績を讃える企画展〈Elsa Schiaparelli and Prada: Impossible Conversations〉が開催された。ファッション界の圧倒的な女王だ。

F:Flames(炎)

2012年春夏コレクションで、ミウッチャがモチーフとして選んだのはサンダーロードを疾走する自動車が吐く炎。このモチーフは、マリリン・モンロー風のプリーツスカートの裾や、ウェッジソールのサンダルの後ろに飾りとして施され、後者は2012年春夏のイットシューズとなった。いかにも50年代米国らしい〈ダイナーキッチュ〉だ。

もうひとつのF:Fondazione Prada(フォンダツィオーネ・プラダ)

この20年、コンテンポラリーアートやカルチャーを振興するPrada財団は、取り組みを進化させながら、既存のものの観方に疑問を呈し、様々な挑戦をし続けてきた。ユートピア的な単一アーティストへの委任から現代哲学のカンファレンスまで、財団は、想像力に火をつけるようなプロジェクトを重ねている。2015年にはOMAが設計した複合文化施設がミラノにオープンし、Prada財団は新しい学びの場、訪問者にインスピレーションを与える場を手に入れた。施設内には、ウェス・アンダーソンがデザインした〈Bar Luce〉も。キャンディポップな色使いで、伝統的なミラノのカフェにオマージュを捧げたカフェだ。

Photography Steven Meisel. Prada autumn/winter 03 ad campaign, The Discreet Charm of the Bourgeoisie, Daria Werbowy.

G:Grandfather(祖父)

ミウッチャの祖父マリオ・プラダが、現存する世界最古のショッピングモール、ミラノの〈ガレリア・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世〉にPradaの1号店を構えたのは1913年だった。バッグ、旅行カバン、旅行用小物を取りそろえており、顧客は裕福なミラネーゼ。そして1919年にはイタリア王室御用達のブランドとなった。マリオの最年少の孫であるミウッチャは、1978年にPradaを継ぐと、ただちに企業改革を進めた。おじいさまも鼻が高いだろう。

H:High-Tech(ハイテク)

Pradaは1997年に、ローンチされて人気を博したスポーツライン〈リネア・ロッサ〉を、時代の流れに敏感な、進化したテクニカルコレクションとして今年再始動した。リネア・ロッサとは、イタリア語で〈赤い線〉。小さな線ではあったが、ファッションとストリートウェアの境界線をぼかすという、これまで成し遂げられていなかった偉業を達成した。

Photography Daniel Jackson. Fashion director Alastair McKimm. The Earthwise Issue, no. 353, Fall 2018.

I:i-D cover star(i-Dのカバースター)

i-Dの〈The Pain & Pleasure Issue〉 (No. 298, 2009)のフロントカバーでは、アーティストのフランチェスコ・ヴェッツォーリが刺繍を施した、ほほえんでウインクをするミウッチャの写真が使用された。ミウッチャは彼のパトロン、ミューズなのだ。誌面には、フランチェスコとミウッチャによるアートやメディアの力についての対談が掲載されている。i-Dの歴史のなかでも印象に残るインタビューだ。この記事を読み終わったら、是非そちらも参照してほしい。

J:James Jean(ジェームス・ジーン)

Pradaは2008年春夏コレクションで、元DCコミックスアーティストの台湾系米国人アーティスト、ジェームス・ジーンとコラボし、妖精が飛び交う〈揺れ動く花々〉プリントを発表した。それがその後、爆発的に増加するイラストレーションとファッションのタイアップの原点となった。Pradaとジーンは、2018年リゾートコレクションで再びタッグを組み、人びとに10年前のオリジナルコラボの美しさを思い出させた。現代のファッション界ではアーティストとのコラボは当たり前だが、ミウッチャは現存するアート作品をそのまま用いるのではなく、常に双方向の対話を求めている。

Photography Norbert Schoerner. Prada autumn/winter 98 campaign, Angela Lindvall.

K:Katie Grand(ケイティ・グランド)

2002年秋冬コレクションで、ミウッチャは英国人スタイリストで『LOVE』編集長のケイティ・グランドに連絡を取り、まだ若く、成長が期待できるPradaの妹ブランド、Miu Miuで「何か楽しいこと」をしてくれないか、と依頼した。それ以来ふたりは共に、様々なプロジェクトに取り組んできた。最近のシーズンで〈妹〉はすっかり成長し、世界に挑戦する大きなブランドとなった。ケイティは、ミウッチャのスタイル、プラダの世界観について見事に言い表している。「アトリエに立つ彼女はとても上品な白のひざ丈のプリーツワンピースを着ていましたが、派手なピンクの下着が透けてみえていました。彼女自身が透けていることを把握していたかどうかは定かではありません。でも、つつましやかで保守的な部分と、実にショッキングな部分とが融合しているその様こそまさにPradaであり、まさにミウッチャだと思います。天性の、見えない色気です」

L:Lipstick(リップスティック)

Pradaのリップスティックプリントは、現代の人気アイテムであり、ファッション界で登場したプリントのなかでも、知名度の高さは断トツだ。イヴ・サンローランがデザインしたリッププリントに着想を得たミウッチャは、2000年春夏コレクションで、リップをポルカドット柄に並べたり、リップスティックを一列に配したプリムスカートやブラウスを発表。本来、女性らしさを象徴するそれらのモノが、コンピューターで描いたような風合いとなり、弾丸のようにみえる。2012年、メトロポリタン美術館のコスチューム・インスティチュートで開催された企画展〈Elsa Schiaparelli and Prada: Impossible Conversations〉では、エルザ・スキャパレリとミウッチャ・プラダ、ふたりに共通するシュルレアリスムへの親和性に光が当てられ、リップスティックプリントのアイコニックなステータスはより強固になった。

もうひとつのL:Linea Rossa(リネア・ロッサ)

90年代後半、ファッションとスポーツウェアとの蜜月関係を切り拓き、ハイテク・ラグジュアリーの嚆矢を放ち、英国ガレージシーンを席巻したPradaの〈リネア・ロッサ〉。今年ミウッチャは、このカルト的人気を博した未来的スポーツラインをよみがえらせ、現代のナイトライフを牽引する若者たちの装いを刷新した。

Photography Manuela Pavesi. Styling Benît Béthume. Alessandra wears coat and bra Prada. The Creative Issue, No. 330, Spring 2014

M:Manuela Pavessi(マヌエラ・パヴェッシ)

写真家でスタイリストとしても影響が強く、ミウッチャの親しいコラボレーターであり、右腕でもあった故マヌエラ・パヴェッシは、その40年以上にも及ぶキャリアを通し、Pradaのコレクションや戦略を手がけてきた。彼女は病魔との長い闘いを終え、2015年3月に亡くなったが、写真家/スタイリストとしての彼女の作品、そしてPradaグループが再定義した聡明な女性像をかたちづくるのに彼女が果たした役割は永遠に語り継がれるだろう。「彼女は40年ものあいだ、私の友人でした」とミウッチャは彼女の葬儀で、感動的な弔辞を述べた。

N:Nylon(ナイロン)

80年代半ば、ミウッチャは初の"イットバック"となるポコノナイロンのバックパックを発表し、ラグジュアリーの意味を転覆した。商業的アイテムで使用されてきたこの生地は、当時の〈ラグジュアリー〉にはそぐわなかった。「新しいものを探していたんです。私は周りにあふれていたバッグが全部嫌いだった。堅苦しすぎるし、淑女っぽすぎるし、旧式だし、クラシックだし」とミウッチャは語る。彼女は軍用パラシュートの製造工場で、新しい〈武器〉としてポコノナイロンを見つけ、それを使用しバックパックをつくった。その10年後、98年の秋冬プレタポルテコレクションで、ミウッチャはポコノナイロンをカシミヤやシルクと同じように使用した。ナイロンはこのコレクションで再び、彼女がいうところの「旧式で保守的なラグジュアリー」に対抗する武器になった。

O:Olivier Rizzo(オリヴィエ・リッツォ)

「Pradaのような企業で、ミウッチャ・プラダのような人物と仕事ができるのは、まさに夢のような体験だ」とベルギーのカリスマスタイリスト/コンサルタント、オリヴィエ・リッツォは、彼がゲスト編集長を務めた『Document』で証言している。アントワープ王立芸術アカデミーで出会ったその日から写真家ウィリー・ヴァンデルペールと共に活動してきたオリヴィエは、長く続いている関係性からファッションの魔法が生まれることをよく知っていた。彼はミウッチャと、2002年からPradaのデザインディレクターを務めているファビオ・ザンベルナルディと共に、長らくキャンペーンやコレクションを手がけてきた。Pradaは家族であり、オリヴィエ・リッツォもPradaファミリーの一員なのだ。

P:Prada

すでに述べたが、Pradaは家族だ。政治学の博士号を取得後、家族経営の企業を継いだミウッチャは、小さな企業を年商4000億円規模の巨大グローバルブランドへと成長させた。彼女と兄アルベルト、姉マリーナが会社を継いだのと同じ年、ミウッチャは生涯の伴侶たるパトリツィオ・ベルテッリと出会う。当時他の高級レザー企業を経営していた彼は、のちにミウッチャと結婚し、Pradaグループの共同CEOに就任。ミウッチャの卓越したデザイン能力と生産、輸送などにおけるベルテッリの優れた見識が融合し、実を結んだのが今のPradaだ。そもそもミウッチャにバッグだけではなく、服もデザインするよう進言したのはベルテッリだ。彼は、もしミウッチャがやらないなら誰か別のデザイナーを雇う、と脅しをかけて彼女を駆り立てたのだ。ベルテッリは今年、Pradaグループが外部の人間に身売りする意志のないこと、そして彼の長男で30歳のロレンツォを後継者として育てていることを発表した。帝国は滅びない。

Q:Quotes(格言)

ミウッチャ・プラダのいうことには従っておいたほうがいい。これぞ〈プラダイズム〉な生きかた指南をご紹介。

もし今この世界で生きたいと望むなら、この世界を愛すること。
私が何かをしてきたとしたら、それは〈醜さ〉に魅力を与えること。私の作品が試みているのは、旧来の美意識や世間にはびこる美しく豪奢でブルジョアな女性像、それらを破壊、少なくとも脱構築すること。ファッションが提示する美のステレオタイプ、私はそれをバラバラにしたい。
服を重要じゃないと考えているひとたちを、私は信じない。
ファッション好きを認めようとしないひとも大勢いるけれど、タクシードライバーから知識人たちまで、みんなファッションに夢中になってる。だから私は、好きだと認めないのはどうしてだろう、といつも考える。でも答えはわからない。
私は毎日、変化について考えてる。

Photography Helmut Newton and Manuela Pavesi. Prada 1986 campaign.

R:Rem Koolhaas(レム・コールハース)

デザイナーと建築家は、だいたいプロジェクトごとにコラボするが、ロッテルダム生まれの建築家で、OMAの創業者レム・コールハースとミウッチャ・プラダは、約20年共に活動してきた。店舗からランウェイ、アクセサリー、そしてフォンダツィオーネ・プラダまで、そのプロジェクトは多岐にわたる。

S:Supers(スーパーモデル)

Pradaとして初となる1988年秋冬コレクションのランウェイショー以来、ミウッチャが起用するスーパーモデルたちは時代を代表する存在となっている。1996年春夏コレクションでオープニングに抜擢されたクリステン・マクメナミー、Pradaのショーオープニングを飾った史上2人目の黒人モデル、アノック・ヤイ(初の黒人モデルは1997年のナオミ・キャンベル)、2019年春夏のカイア・ガーバーなど、PradaとMiu Miuのランウェイでは、常に重要なファッション・モーメントを目撃できる。これまでにランウェイを歩いた大物といえば、カーラ・ブルーニ、アンバー・ヴァレッタ、クリスティ・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタ、ナオミ・キャンベルなど、錚々たるメンバーだ。

T:Texas(テキサス)

テキサス州マーファにPradaの店舗ができてから13年経ったが、売れたアイテムはゼロ。その代わり、店の外では大量のセルフィーが撮影されてきた。というのもここは実際の店舗ではなく、インスタレーション作品〈プラダ・マーファ〉なのだ。本作品を2005年に発表したアーティストデュオ、マイケル・エルムグリーン&インゲル・ドラッグセットは、このインスタ映え間違いなしの作品について、「ポップな建築物によるランドアート・プロジェクト」と説明している。砂漠の真ん中に佇むカルチャーの聖地としてアートファン、ファッションファン双方を熱狂させているいっぽう、何度も破損被害に遭ってきた。

U:Ugly Chic(アグリーシック)

ミウッチャが「悪趣味にある趣味の良さ」と説明したのはPradaの1996年春夏コレクション〈Banal Eccentricity(平凡な新奇)〉だった。手書きのストライプと70年代カーテンの柄を、くすんだカラーパレットで発表した本コレクションから、意外性たっぷりな、シーズンを決定づけたジオメトリック・プリントとPradaの関係が始まり、Pradaは〈アグリーシック〉の巨匠となった。〈アグリーシック〉という矛盾する言葉は、今のファッション業界に溢れているが、90年代半ばのアグリーシックといえば、トム・フォード時代のGucciやジャンニ・ヴェルサーチェによる、セックスアピールの強いスタイルが席巻していたファッション界のなかで存在感を発揮した、チャンキーヒールと図書館員風スカート。1996年5月の『Washington Post』紙でのレビューで、ピュリッツァー賞受賞歴のあるファッションエディター、ロビン・D・ギヴハンは「旬のトレンドはダサさ」と表した。アグリーがファッションに登場した記念すべきコレクションだが、あまり指摘されることはない。

V:very delicious future food(めちゃくちゃ美味しい未来の食べもの)

ショー後のドリンクやおつまみは、単なる〈コレクションシーズンの数少ない飲食のチャンス〉以上の意味をもつ。そこで出されるコンセプチュアルなカナッペが、発表されたアイテム以上にコレクションを表現していたりするのだ。最近では、ゼリーがトッピングされ、中身は謎の三角サンドイッチや、正方形のダークチョコレートが乗ったふわふわのホワイトブレッドなんかが出されていた。美味しかった。私たちを常に未来へと導き、思いもよらないアイテムを人気アイテムへと変えてしまう彼女のファッション同様、ショー終わりの軽食も、感覚を革新してくれる。みなさんご賞味あれ、これが未来の食べものだ。

W:@whatmiuccia(Instagramアカウント)

かつてミウッチャ・プラダは、バックステージでのi-Dインタビューにこう語った。「女性にはいろんな面があります。すごく複雑。私たちは恋人であり、母親であり、労働者であり、美しくなければいけない」。のちにこうも述べている。「身にまとう服というのは、世界に向けてどう自分を提示するかを表します。特に人と人との接触がスピーディに行なわれる今の時代には。ファッションはインスタントな言葉なんです」。彼女は(いつも)正しい。現代には、女性の複雑さを理解する冴えた方法は多数あるが、Instagramで@whatmiucciaというアカウントをフォローしてスクロールするだけで、Pradaの美学にミウッチャの美学がどれほど反映されているかがわかる。ミウッチャ・プラダの〈言葉〉を学ぶには最適な教材だ。

X:XXX(性)

〈X〉といえばこれ以外に考えられない。ミウッチャの哲学を紐解くためには、まずセックスと転覆だろう。「悪趣味にある趣味の良さ」を問うたアイコニックな1996年春夏コレクションから、激しくセクシャライズされ、不安定なハイパーショートパンツを発表した2019年春夏メンズコレクションまで、ミウッチャは衣服、ジェンダー、力の関係性を探り続けている。

Y:younger sister, Miu Miu(Pradaの妹、Miu Miu)

Pradaの妹、Miu Miuが創立されたのは1992年。若く敏感な精神の表現を求めつつも、Pradaと同じく、ジェンダーや美、衣服、力に関する啓蒙的な疑問を提示してきた。ミウッチャは『System』のインタビューで、このふたつのブランドの違いについて訊かれてこう答えている。「Pradaはとても洗練され、考え抜かれたブランドです。Miu Miuはもっと天真爛漫ですね。Miu Miuのデザインを考えているときは、実現できるかどうかは関係なく、解決策が一瞬で、直観的に、無意識に浮かぶんです」

Z:Zeitgeist(時代精神)

ミウッチャ・プラダは単なるデザイナーではない。彼女は思想家で、反逆児で、しきたりや規範への挑戦者だ。90年代、ミラノの一元的なラグジュアリー・ビューティへの反論として提示した〈アグリーシック〉から、メンズとウィメンズの合同ショーに誰よりも早く着手した功績まで、彼女はいつだって、みんなの先を進んでいる。美学だけでなくシステム自体も変革してしまうのが、ミウッチャ・プラダなのだ。

This article originally appeared on i-D UK.

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