THE FRONTIER

ファッションは道楽か?

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株式会社ニューロープ 代表取締役

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生物は長い年月をかけて、より早く走ったり、夜目を利かせたり、腕力を発達させたりといった進化を遂げてきました。

これはスキルに限った話ではありません。生物は見た目をデザインすることにも文字通り心血を注いできました。

目立つ、隠れる、強く見せる、魅力を伝える。

鹿の角や鶏のトサカなど、「必ずしも生存競争の中で合理的ではないように見える装飾」の例には枚挙にいとまがありません。こういった装飾のことを生物学では「ディスプレー」と呼ばれ、一機能として定義されています。

ファッションは道楽なのか?

話変わって、筆者はファッションに特化した人工知能を開発して法人向けに提供するベンチャーの代表を務めています。

複数のスタートアップが一斉に登壇するようなピッチイベントに参加することも少なくないのですが、農業分野・医療分野といった命に関わる切実な領域のスタートアップと並んだときに、何となく気後れのようなものを感じることがあります。

ECは別として、ここ数年、ファッション業界ではネガティブなニュースに目がつきます。「価値観の多様化」というもっともらしい根拠をベースとした、多くの日本人が着飾ることから興味を失ったとする論調さえ見受けられます。

要因は複合的ですが、情報チャネルの分散はその一因として小さなものではないでしょう。ファッションは「今はこれがクールだよね」という共通認識の上に成り立っているような側面があります。

かつてはその共通認識を醸成していた雑誌が、長い時間をかけてプレゼンスを弱めてきました。今ではインスタグラムのようなSNSやウェブメディアと市場を分かち、ファッションのコミュニティは細分化されています。

流行色に象徴されるような「ファッション業界が一枚岩になってトレンドを作ろうとしていること」を陰謀めいたもののように捉えられることがありますが、業界がトレンドを規定することでもたらされる消費者メリットは小さなものではありません。

売れるべきものをコントロールして過剰在庫を減らせれば巡り巡って消費者が負うコストに良い意味で反映されますし、醸成された共通認識こそがそもそもファッションという営みを支える構図になってきたことは先述の通りです。

もちろん業界の直面している環境の変化はこれだけにとどまりません。

季節がフラット化し、ECチャネルの多様化で在庫がますます分散し、二次流通市場が隆盛を極め、ストリートカルチャーの境界線はぼやけて、市場環境は複雑性を増すばかり。

何より、食や医療と対比してみると、そもそもファッションで人が死ぬことはありません。

ファッションは必需品からはほど遠い道楽に過ぎないのでしょうか。業界として斜陽に差し掛かっているのでしょうか。

ファッション市場はなくならない

ここで生物の話に戻ります。

結論から言うと、「自分をどのように魅せるか = ディスプレー」は人間を生物として見たときに、本質の1つに数えて差し支えないでしょう。『人は見た目が9割』という本が以前ベストセラーになったことを引き合いに出すまでもなく、パーソナリティと見た目とは切り離すことが難しいものです。

装身具の歴史は人類史の中で見ても極めて古く、原始的な生活を踏襲している多くの民族が各々の化粧やアクセサリーにまつわる文化を持っています。

ファッションが人の命を救うことは少ないかもしれませんが、コミュニケーションや好意を生むことは茶飯事だし、時には恋を芽生えさせます。

道楽的な側面も否定しません。自分のディスプレーをコントロールすることは、ハマれば楽しくてしかたがないことです。この奥行き感がファッションの魅力ですらあります。

確かなことは、人は生物である限り自分を良く見せることから興味を失うことはないだろうということと、その本質的な欲求に私たちファッション業界の人間は応えやすいポジションにいるということです。

もちろん市況の変化に伴う浮き沈みはこれからも避けられないでしょう。歴史的にもアートは誇張・古典・ミニマルの間を行ったり来たりしてきました。ミニマルであることや、古着を着倒すことがクールとされるようなフェーズに差し掛かると、どうしたって売上は落ち込みます。

また良い波が来たとしても、成熟した日本の市場が二桁成長するようなことは考えにくいでしょう。

一方でグローバルに目を向けるとまだまだ成長の余地が見受けられるます。中国はほんの30年ほど前まで当たり前のようにみんなが人民服を着ていたところ、今や多くの人々がファッションを謳歌しています。

テクノロジーによる需要予測やリコメンドも大切ですが、大局的に見るとマジョリティを動かす上で鍵となるのは「共通認識をいかに生むか」だと思います。前述の通り、ファッション業界の生み出してきたコアバリューは服という個々のプロダクトではなく、文化そのものだからです。

ベトナムやミャンマーのマジョリティをファッションに目覚めさせることができるのは目を見張るようなジャパンクオリティのトップスではなく、それをクールとする文化でしょう。

カルチャーというものは曖昧で、株価や売上、脈圧のように数値化できるものと比較すると分かりにくく、敬遠される傾向にあります。

スティーブ・ジョブズにならって「服をユニフォーム化することで意思決定の回数を減らす」を実践しているビジネスマンとお会いすることも増えてきました。(これはこれで1つのカルチャーとも見て取れ、飽和すると揺り戻してくるような気もします。)

ただし、数字ですぐに明らかになるような分かりやすい勝負にはプレイヤーが集中し、すぐにレッドオーシャンと化します。

リニアではない、分かりにくい領域にこそフロンティアは隠されていて、その中のプレイヤーは比較的ゆるやかな競争環境の中で腰を据えて事業に取り組むことができます。

私たちはファッションAIという切り口で、その複雑で奥深い生態系の一員として、曖昧ながらも確かな価値を生み出す一翼を担えたらこれ以上の幸せはないと考えています。

酒井聡

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