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【インタビュー】映画監督タル・ベーラが語る、大作「サタンタンゴ」の制作背景

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映画界の鬼才タル・ベーラによる7時間18分という超大作『サタンタンゴ』が、4Kデジタル・リストア版として25年ぶりに蘇り日本国内で上映が始まっている。この世界のことを「ファック」だという、監督の突き刺さるような言葉をお届けしよう。
By Fumihisa Miyata; photos by Hana Yamamoto

気難しい人物だ、とは風のうわさに聞いていた。「クソ」を意味する言葉をよく使う人である、ということも。実際に目の前に現れた彼は、自分の作品を当然のように「クソ(piece of shit)」だといいながら、自身を「労働者(worker)」だと呼んだ。不思議なチャーミングさと思慮深さをあわせ持ち、真摯に、論理的な言葉を連ねる人だった(そしてうわさ通り、いつインタビューが終わってもおかしくない気難しさも滲ませていた)。

ハンガリー出身の映画監督タル・ベーラが1994年に公開した、7時間18分、全編約150カットという伝説の映画『サタンタンゴ』は、そんな彼を象徴するような作品だろう。世界の終わりのような空気を漂わせるハンガリーのある村に、死んだはずの男が戻ってくる⋯⋯雨と泥に満たされた風景の中を、人々と動物が蠢く様子をひたすらに映し出す大作は、ジム・ジャームッシュ、ガス・ヴァン・サント、マーティン・スコセッシ、アピチャッポン・ウィーラセタクンら、多くの名匠たちを魅了してきた。

タル・ベーラ監督、インタビュー後の休憩室にて。 Photography Hana Yamamoto

近年はサラエボに映画学校〈film.factory〉を創立。2016年に閉鎖されたが、そこから幾人もの注目の作り手が巣立ち、タル・ベーラ自身、以降もずっと世界各地で後進の育成に取り組んでいる。『サタンタンゴ』4Kデジタル・リストア版の上映開始に際して、彼は8年ぶりの来日を果たした。

先に写真撮影を⋯⋯という声を笑顔で振り払い、さっさと始めるぞとばかりに席に着いたタル・ベーラはしかし、話し始めれば、やっぱりとても情熱的な人だった。

──よろしくお願いします。i-Dは、世の中にどこか納得がいかないユース、あるいはその気持ちを忘れない人々のためのメディアです。

⋯⋯そうした思いに、年齢は関係ないですよね(笑)。

──はい。だからこそ伺いたいのですが、『サタンタンゴ』の制作時、監督は30代後半。ご自身にとってどんな時期であり、どのような思いを抱いていたのでしょうか。

この作品を制作していた4年間で記憶に残っているのは、一つひとつの瞬間だけです。人生においてどんな時期だったということは特になく、ただ自分のやるべき仕事をしていただけだった。朝起きて、夜遅くまで仕事をし、戻り、そして次の日また同じことをする。それだけだったわけです。

しかし同時にこの作品は、とても新しく、革命的な作品でもありましたから、(1994年のベルリン国際映画祭フォーラム部門で)ワールドプレミアを迎えた前後で、私の受け止められ方も変わりました。それ以前は、若いアナーキストの作家として興味を持たれていたのが、プレミアの後は突然に巨匠と呼ばれるようになってしまった(笑)。ある種のターニング・ポイントだったとはいえますね。

──あなたは16歳のとき、貧しさに困窮したジプシーを短編に撮り、反体制的だとして大学入学資格を失いました。それから、不法占拠している労働者を追い払う警官を撮影しようとして逮捕されます。その頃から今まで、何があなたを突き動かしているのですか。

16歳のとき、私は非常に左翼的な思想を持っていました。共産主義的体制で育ったにもかかわらず、そうした(反体制的な)思想を抱くというのは奇妙です。それほどに社会が封建的で、どうしようもなくクソな(fuck that shit)、ピラミッド型のシステムだったということです。

高校を卒業した後は、労働者として、船舶のファクトリーで仕事をしていました。そこが自分にとっての大学でもあったのです。

──今でも自分のことを、アーティストではなく労働者だと思っているそうですね。

そこで人生について学び、物事がどんなふうに起きるのか、人々はどんな生活ぶりをしているのかということを知りました。私はもともと、フィルムメイカーになりたかったわけではなく、哲学者になりたかったのです。ツールとしてのカメラを使って、何かを撮り、人々のためにその作品を上映することができれば、世界を変えられるんじゃないか──そう信じていた。

もしかしたら、映画で世界を変えることはできないかもしれない。でも、映画の言語というものは変えることができる。そうやって自分の視点から、小さな形で変化をもたらしていけるのではないか、と考えていったのです。

──あなたは映画を、そこにあるものを撮る=肯定する表現だといっていますが、この世界がクソだとすれば、困難な営みではありませんか。たとえば『サタンタンゴ』全編にわたって、雨が降り、道がぬかるむ中を登場人物たちが歩き続けるのには、どんな思いが込められているのでしょうか。

質問の真の意図はよくわからないけれど⋯⋯だって、人は(毎日の生活を営む上で)必ず移動しなければならないでしょう? どこかに行かなければいけないのであれば、雨が降っていようが泥道であろうが、気温が零下であっても、風が吹こうとも、歩かなければいけない。それは人生も同じです。
また、この作品にとって風景はとても大事な要素です。人生においても重要であり、風景は我々の人生の一部でもあります。風景には"顔"があり、存在感がある。雨や泥道、風⋯⋯こうした自然というものは、世界の複雑さを捉えようとするときに、無視してはいけません。最近の映画は、アクション、カット、アクション、カットの繰り返しで、物語の構造やストーリーテリングもリニア(一直線)です。しかし収益のため、市場のためにつくっている作品でないのであれば、やはり人生というものを見せたいわけであり、そのためには自然や時間、空間というものをしっかり捉えなければならない。
その結果、『サタンタンゴ』は7時間以上に及ぶ作品になったのです。そもそも、映画は1時間半くらいの尺であるべきだなどと、誰がいったのでしょう。そんなロジックに対して私たちは(中指を立てながら)ファックオフだと考えた結果、この長さの作品になったんですね。

──そうした哲学ゆえの長さなのですね。

よく生徒にも、「フィルム・メイキングについて学ぶ必要はない」といっているんです。学ぶべきは人生である。人生を理解することができれば、自分の独特の映画づくりの道というものは、おのずと見えてくるはずだ、と。

──若い世代といえば、アピチャッポン・ウィーラセタクンがコロンビアに滞在・制作する様子が映ったドキュメンタリー『A.W. アピチャッポンの素顔』(2018年、コナー・ジェサップ監督)では、彼があなたに多大な影響を受けたと発言します。また政治を含めたタイの状況に半ば諦念を抱き国外で制作しようとする彼に対し、あなたが、自分の国、社会、土地でつくるべきだといった、とも。

今アピチャッポンがどういう状況にあるのかはわからないけど、写真は送ってもらっていて、とてもよいムードが漂っているから、うまくいっていると思いますよ。彼のことも、作品も大好きです。海外でも制作はできるし、彼がどこで撮影しようとも、幸運を祈っている。私も近年、アムステルダムでエキシビジョンをしています(2017年にインスタレーションなどで構成された『Till the End of the World』を開催)。

ただ、かつて自分の映画を撮るにあたっては、母国がベターだったのです。『倫敦から来た男』(2007年)だけは、舞台として必要な港が(内陸国の)ハンガリーにないから国外で撮りましたが、基本的に自分の映画は、自分の土地で撮りたかった。

なぜならば、(足元を指さしながら)「テーブルの下」、裏側でどんなことが起きているのかを、私が理解しているから。こうやっていろいろ話をしていても、隠されているものはどこにでもあるわけであり、そうした部分を、自分が育った場所であれば理解できていますから。

──なるほど。『ニーチェの馬』(2011年)で監督業を引退して以降、若い世代の教育に注力していらっしゃいます。

みんな違う人間であって、それぞれに対して共感する力や思いやりが要りますから、大変ではあります。生徒が私のスタイルを模倣することは禁じています。なぜならば、それぞれが持っているはずのスタイルを、自ら見出していかなければいけないから。そのために私は、どんどん彼らの背中を押していくのです。

強く、勇敢であってほしい。ファックなルールは受け入れないでほしい。スマートフォンでも簡単に映画をつくることができる時代だからこそ、周りの期待に応える必要なんてなく、自由であるべきだと考えています。私は傘のように彼らを守って、背中を押す。それはサラエボの映画学校であっても、フランスやポルトガル、中国で教えていても、どこでも一緒です。一番の問いは、「あなたは誰なのか」ということなのです。

──映画学校の教え子・小田香監督は、サラエボの炭鉱を撮った『鉱 ARAGANE』(2015年、タル・ベーラ監修)で、国内外で高い評価を得ました。

300m地下の暗闇にたったひとりでカメラを持って降りていき、とてつもなく美しい映像を撮った彼女は、フレッシュで詩的な、自分の映画言語を見つけた人です。本当に勇敢で、アメイジングで、私は尊敬しています。特に素晴らしいのは、作品が完成したとき、彼女が炭鉱に戻って、労働者の人たちのために上映をしたことです。私にとってそれは⋯⋯どういったらいいかわからないけれど、リアルなフィルム・メイキングなのです。優秀な教え子といえば、『象は静かに座っている』のフー・ボーもそうですね。ともに時間を過ごしながら、自由なスピリットへと、彼らを"毒した"というふうに感じています。

Photography Hana Yamamoto

一言、つけ加えていいかな。今でも自分のことを先生だとは思っていません。教師というものは普通、壇上に立ち、正しい道を教えて、その上でどれくらい指示に従う能力を持っているのかテストしなければならない。そういうクソなシステムを、私はまったく信用していません(笑)。世界をどう見るべきかなんていうことは、人によって違うわけですから、私には教えられない。でも、その人自身が見ている世界こそを、きちんと映像にできるように──そのために、私は彼らの背中を押したいのです。

『サタンタンゴ』 9月13日(金)よりシアター・イメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて伝説のロードショー!

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