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映画「エイス・グレード」のボー・バーナム監督が語る、ジョン・ヒューズ学園映画と10代の"怖さ"

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「正直、ジョン・ヒューズの学園映画を初めて観たとき心に響きました?」──80年代に学園映画を定義したアメリカの巨匠の名を出すと、ボー・バーナムは、このように問いかけてきた。YouTuberとしてキャリアをスタートした彼は1990年生まれの29歳だ。

「なんで響かなかったんだろう? ぼくもハマらなかったけど、世代的なものだろうか? それとも文化的なもの?」

世代的なものだと思うと答えると、彼も同意した。「自分のカルチャーとは思えないし、まるで異星の話みたいに感じる。これが、ポスト・インターネット世代の感覚なのかもしれない」

バーナムの長編デビュー作『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は、インターネット後の世界に誕生した〈ジェネレーションZ〉と呼ばれる世代を描いている。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

13歳の内気でシャイな少女ケイラ(実際に同年代のエルシー・フィッシャーが演じる)は、アメリカでミドルスクールの最終学年にあたる8年生(日本での中学2年生にあたる)。彼女は「学内で最も無口な子」に選ばれる一方で、自身のYouTubeチャンネル──それはほぼ誰にも閲覧されていないのだが──を通して、啓蒙的な主張を発信している。

考えてみると、中学生の生態を偽りなく正直に描いた映画は数少ない。この分野を代表する作品にトッド・ソロンズのダークな『ウェルカム・ドールハウス』があるが、バーナムは、ケイラの欠点を意地悪に描かず、もっと優しく見ている。どちかと言えば、温かさが伴うその洞察は、マリサ・シルバーが手がけた1984年の映画『オールド・イナフ/としごろ』に近い。

しかし、『オールド・イナフ』で上流階級の少女が労働者階級の年上の少女からメイクの仕方を教わっていたのに対して、『エイス・グレード』のケイラは動画からその方法を学ぶ。

彼女を通して、本作は、ソーシャルメディアやインターネットの文化やプレッシャーについて語っている。

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「ニューヨークの映画館メトログラフで二本立てをする企画があったときに、『オールド・イナフ』を併映作品に選びました。マリサ・シルバーが21歳のときに撮った素晴らしい映画です。若い女の子のリアルなポートレイトであり、あらゆる場面が本当らしく感じました。今回の題材に参考になる作品はあまりなかったですが、確かにその一本でした。インターネットに関する映画って、上から目線のものか、大人たちがTEDトークみたいに諭してくるような説教臭いものばかりで、そういうのは最悪だと当初から考えていました」

「ぼくが作りたかったのは、インターネットと共に生きるということが、いまの時代においてどういう意味を持つのかを探る作品です。インターネットと距離を保ちながらかかわっている人ではなく、ごく身近なものとしてインターネットと共に暮らしている人たちの感覚でそれを描きたかったのです。たぶんそれを一番純粋に経験してるのがいまの13歳だと思います。あるいは、インターネットで声を持つ人がみんな13歳のように行動するという風に言うこともできます。ケイラは唯一、ネット上でも13歳の自分のままでいる。そうした人物として選びました」

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

ケイラは、クラスメイトとつながろうと、ほとんど話したことのない学内一の人気女子の家で開かれるプールパーティに参加する。華やかな女子たちがビキニ姿ではしゃぐなか、ひとりぼっちのケイラがいかにも居心地悪そうに佇むこのシークエンスはとりわけ印象に残る。

興味深いことに、そのときの彼女のライムグリーンの水着は、カトリーヌ・ブレイヤのショッキングな映画『処女』で13歳の少女が着用していたものから引用している。

「初めて『処女』を観たときに、子どもたちをとてもシリアスに描いていることにとにかく衝撃を受けました。この世代のキャラクターを扱った映画は、大人目線で子どもたちを少し可愛らしく描いていることが多くて、彼らへのリスペクトが感じられない。だけど『処女』は冷酷と言えるまでに詳らかに捉えていて、まるで『ハムレット』のように子どもたちをシリアスに描いているんです」

「また、主人公の内面や主観的な経験が、そのまま映画自体のトーンを形作っているところも面白いと思いました。主人公の少女が肌で体感することが、そのまま映画のトーンとして観客に響く作られ方に影響を受けています」

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「十代であることはどういうことかを真剣に考えて映画を作ったら、ホラーに近い感触になると思う。そのぐらい彼らが肌で感じる感覚をしっかり描きたかったので、カメラ自体が主観的で、まるで主人公の頭のなかにいるような感覚を参考にしました」

親しくない人ばかりのプールの様子をケイラは家内の窓越しに覗き込む。周囲に馴染めない彼女の目には、パーティのその光景が、あたかもこれから対面しなければならない社会の地獄であるかのようにスローモーションで映る。

彼女の当惑した精神状態を、観客を包み込むような不気味なホラーのトーンで演出しているのだ。こういった場面には、トレイ・エドワード・シュルツが自然主義的なスタイルで撮ったデビュー作『クリシャ』に通じる感覚がある。

「ケイラが車から降りてプールパーティに歩いて行くワンテイクは、『クリシャ』の冒頭の6分近くの長回しを完全に盗用しました(笑)。ワイドレンズで撮ることで、郊外の風景がレンブラントの絵のようになるというか、家のなかの天井がより高く感じたり、実際は50ヤードしかない廊下を歩くのに3マイルあるかのように長く感じたり、本人が自分を小さく感じているような空気を生み出せると思ったのです」

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

「『クリシャ』は主人公の視点100%から描かれている主観的な映画ですが、この映画もそのように作りたいと思いました。つまり、主人公が見るものしか観客は認知できない。主人公の心拍数と観客の心拍数を同期させたかったんです。だからケイラがいないところで父親(ジョシュ・ハミルトン)がひとりで何かをしている姿は出てきません。スヌーピーじゃないけど、親が話してるときは「モゴモゴ」と聞こえているぐらい主観的な映画にしたいと思いました」

「ほかにもカサヴェテスの『こわれゆく女』やアロノフスキーの『レスラー』、最近で言えば『ファースト・マン』のような映画のテンションを参考にしています。あるいは、本作は『プライベート・ライアン』をもっと主観的に、しかも13歳の女の子で描いたらどんなものになるのかという試みだったとも言えるかもしれません」

これまでの多くのティーン・ムービーとは異なり、ケイラはいじめのターゲットにされているわけではなく、クラスメートから見えない人のように存在している。『すてきな片想い』『ブレックファスト・クラブ』などジョン・ヒューズは80年代のティーンを学校内で派閥や階級差別を生む社会階層の生態系として捉えたが、バーナムはスマートフォンに依存した全く新しい世代の子どもたちに対してその見方を更新させている。

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ケイラは人気を得ることも変化することもない。本作が描いているのは、彼女が自尊心を獲得し、自己を発見していく姿である。

「現代では葛藤は自分の頭のなかにあって、孤独をみんな感じている。でもそれこそが人間の本質でもあると思う。ヒエラルキーのような階級システムをぼくは全く理解できない。この作品では若い人を描こうと思っていたわけではなく、たまたま彼らの姿を通して、生きるとはどういうことなのかを描いた作品だと考えています。大人と同じように子どもたちも、人間の本質を経験し、主観性を持った人間がグループのなかでどうやって適応すればいいのかと悩んでいるのです」

「インターネット上では、誰もがありのままの自分を見せようとしていながらも、そのために何かフェイクなものを作らなければいけないと思い込み、孤独を感じている。でも実は全員が同じことをしていますよね。コロンバイン事件以降、学校での銃撃事件が起き続けているのは、孤独を感じている子どもたちがはけ口として行動を起こしている結果だとも言えます。そのような状況のいま、ジョン・ヒューズの映画を観ると100年前とか中世の時代の物語のような感じがしてしまいます」

© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

確かにヒューズは、ティーンエイジャーの問題を真剣に受け止め、映画でそれを大きく取り上げた。しかし、80年代の彼の映画にデート・レイプの文化が見られる部分があったことは看過できない。ボー・バーナムは自身のスタンダップ・ショー『ボー・バーナムのみんなハッピー』でも有害な男らしさを止めるよう警告していたが、『エイス・グレード』は、そのようなセクシズムや有害な男らしさを真摯に否定している。

「ご存知のように、モリー・リングウォルドがヒューズの作品の有害な男らしさについてはコメントしているので、それに関しては彼女の言葉に任せたいと思います。13歳の少女であることがどういうことなのかは、ぼく自身はもちろん経験したことがないので、それは想像しなければいけませんでした。また同時に、自分自身が13歳の少年だった頃どんなだったか、どんなことを認識していたのかも探らなければいけないと思いました。カジュアルに自分が求めていた行為が、もしかしたら他人の人間性を完全に破壊するような行動だったかもしれない」

「劇中で車のバックシートで交わされるあの場面が、もし大きな身体を持った男の子だったらどうなっていただろう。レイピストはスーパー・マッチョな男の子だとみんな思いがちだけど、実はそんなわけではないですよね。ジョン・ヒューズの映画で、知的で繊細な少年が全く有害でないという描き方をしていたのは、すごく間違ったものだったと思う。自分が一番何を求めているのかはっきりわかっている少年でもあるから、逆に一番怖い相手かもしれない。そして女子とそれまであんまり触れ合ったことがない人の方が逆に怖いということを、大人になったぼくからも思います」

Photography Nao Kitamura

「諸刃の剣ではあるけれど、女性の物語を男性が作るときは、彼女たちの話を大いに聞いて作らなければいけないと同時に、自分自身をその少女のなかに見れるかどうかも大切だと思う。ケイラの経験は彼女特有の経験ですが、それでも観客は彼女に共感できなければいけない。彼女の物語は少女の物語だけではなく、誰しもみんなの物語でもある。『ハムレット』はデンマークの王子たちにしかわからない話ではない。だったら、13歳の少女の物語が人間性についての物語であっていけないことはありませんよね」

『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』
9月20日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほか全国ロードショー

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