今年は能登半島を襲った地震で幕を開けた。2月5日現在、直接の死傷者は1500人以上に及び、家屋の倒壊や半壊や一部破損、床上下浸水は合計で3万棟を超えている。その他、海岸線の隆起や漁業関連の被害もあり、今後の復興が順調に進むかは予断を許さない。震災は筆者も経験しているので、できる限りの支援を続けていこうと思うが、こうも毎年のように災害が続くと天文学的な損失に復興が追いつくのかが懸念される。それでもなくても地方は人口減少でマーケットが縮小しているだけに、災害は地域経済をさらに疲弊させる可能性が高い。
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大規模災害の影響ではないが、地方では百貨店が次々と閉店している。先日も島根県唯一の一畑百貨店が65年余りの歴史に幕を閉じた。さらに全国ニュースにはならないが、創業百年以上に及ぶ老舗が経営者の高齢化や後継者難などから、廃業を余儀なくされている。東京では次々と再開発ビルが誕生し、インバウンド効果も絶大だ。大阪も万博やIRを起爆剤に経済の浮揚に期待がかかる。大都市が潤う一方で、おこぼれに預かる地方は限定的だ。人口減少、人手不足と課題が山積の中で、地域振興には決め手を欠く。
老舗の話に絞ろう。昨年6月、秋田県の能代で江戸の天保年間から営業をしてきた菓子舗の「熊谷長栄堂」が186年の歴史に幕を下ろした。小豆のあんと砂糖、天然の寒天のみを材料にした東雲羊羹一筋でやってきたが、8代目店主鈴木博さんの兄で前店主の熊谷健さんが2014年に亡くなり、22年8月頃からは製造機械の故障が続いていた。同年12月には兄から製法を引き継いだ鈴木さんの弟で工場長を務めていた保さんも病気で亡くなった。鈴木さんは後継者がいないこと、さらに自分をはじめ従業員が高齢化したことから、閉店を決断した。
これも時代の流れだから仕方ない。そう言うのは簡単である。しかし、180年以上の長きにわたって地域に愛され無借金経営の菓子舗が単に後継者不在という理由だけで、無に帰するのは残念でならない。何とか別会社が経営を引き継げなかったのか。地元自治体や金融機関がその橋渡しに乗り出さなかったのか。地域産業の活性化に取り組むと公言する地元の国立大学は何もできなかったのか。傍観者ながら忸怩たる思いが湧き上がる。
まあ、自治体は事業会社ではないから経営の厳しさがわからないし、老舗の存続にどこまで踏み込めるかと言えば、やはり限界がある。金融機関も企業側に借り入れがあれば、回収のために廃業させず経営を存続させたいのが本音だ。学生の起業やアントレプレナーの育成を後押しする国立大学でも、就職する学生は大企業や公務員の志望が多数派だ。現実的に地域の老舗企業を存続させていくのは容易ではないのである。
そんな状況に立ち向かうケースもある。ある地銀グループ傘下の「投資専門会社」が地場企業の経営支援に乗り出したのだ。1946年創業のファッション専門チェーン店の立て直しがそれだ。この企業は2008年のリーマンショックで業績が悪化して負債を抱え、それが新規出店の足枷になっていた。また、古参社員が退社したことで、経営を引き継ぐ後継者候補に窮し、第三者への事業売却も債務がネックとなって進まなかった。そこで、投資専門子会社がこの企業を買収して経営の立て直しに取り組んだのだ。
主な債務を引き継ぐ旧会社と事業を運営する新会社に分割。投資会社はアパレルビジネスのノウハウを持つコンサルティング会社と一体で、新会社の全株式を保有した。社長には旧企業の幹部を抜擢したものの、取締役の過半数を投資会社とコンサルティング会社から送り込んだ。つまり、新会社の経営陣が旧企業の債務を気にすることなく、新規出店など事業拡大を積極的に進められる企業環境にしたのである。こうしたスキームだと、資金力を持つ地銀グループだからこそ可能になると言える。いよいよ地方の金融機関がリテールに拘らず、越境で地域の老舗企業を存続・再生する時代に入ったのかもしれない。
民間企業が地方の老舗の存続・支援に乗り出す
ここに来て、民間企業が地方企業の支援する動きが起こっている。都市百貨店の松坂屋、大丸、都市型ショッピングセンター(SC)のパルコで構成するJ.フロントリテイリングは、イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズ(IGP-VP社)と共同で3月に「事業承継ファンド」を設立し、地方企業支援のためのファンド運用を開始するという。小売りグループによる事業継承ファンドの設立は、初の試みということだ。
ファンドの狙いは以下になる。まず地域の産業・雇用の維持など地域経済への貢献、日本の地域に根ざしたコンテンツを発掘、それらの出資、支援することで未来にコンテンツを受け継ぐことだ。次に投資対象は「食文化」を中心として、日本の地域に根差した事業を行う国内企業で、地域は限定しない。J.フロントリテイリングが地域や生産者とのつながりを生かせる地域には注力する。将来的にはJ.フロントリテイリングへの売却(子会社化)を想定し、過半数の出資を前提とする、という内容だ。
投資後のスキームとしては、J.フロントリテイリング、IGP-VP両社の強みを活用する。JJ.フロントリテイリングとしては、販売チャネルの提供、優良な顧客資産の活用、取引先ネットワークを活用した他企業とのコラボレーション、経営人財の支援などをする。言うなれば、松坂屋や大丸、パルコの優良コンテンツ、テナントになりそうなところを発掘し、販売チャンネルを拡充ことで、地方で埋もれている企業、存続が危ぶまれる企業を孵化、再生、成長軌道に載せていく思惑と受け取れる。地域の老舗企業をグループ傘下に置けば、出店の交渉もスムーズに行くからだ。
松坂屋や大丸といった百貨店は従来、アパレル、バッグや靴、宝石貴金属、時計を主力に海外のラグジュアリーブランドから国内メーカーまでの商材を主要フロアに展開してきた。また、非百貨店のパルコはヤング向けトレンドファッションの発信と、新興ブランドの孵化器としての役割を果たし、都市型SCのブランド力とプレステージ性を確立した。ところが、百貨店としてはアパレル主体で歩率を稼ぐビジネスに限界が見え始めている。パルコにしても若年人口の減少や老朽化した地方店の苦戦から、将来の展望が見えにくい状況にある。
特にJ.フロントリテイリングの中で、非百貨店分野であるパルコの売上高営業利益率は、2023年2月期で6.6%と18年同期の10%を下まわっている。コロナ禍の収束で人流が回復し、前期の連結営業利益は118億円で前の期より2割近く増えているが、18年同期に比べると約半分に過ぎない。百貨店も非百貨店もこれまで主要商材に位置付けてきた「衣」の次に来る商材として、「食」を位置付け、重点を置こうとの狙いは当然の判断ではないか。
松坂屋は2017年に銀座店を完全テナントビルの銀座SIXにリニューアルした。だが、主要テナントがどうしてもラグジュアリーを含めた国内外のアパレル・服飾、貴金属のブランドに偏ってしまった反省がある。大丸は東京店4階に売らない店「明日見世」を開業したものの、そこで展示しEC販売する商品が爆発的なヒットまでにはいかない。むしろ、1階フロアの半分以上を占める和洋菓子の方がインバウンド効果もあって売れ行きは好調だ。その中からは今も行列が絶えない「N.Y.C.SAND」といった大ヒット商品も出現している。これに次ぐような商品の発掘は至上命題で、そう考えると事業承継ファンドの設立も納得がいく。
食にはトレンドがあるから、百貨店などはどうしても流行りのテナント誘致しがちだ。過去20年を見ても、スイーツではキャラメルや抹茶系、ロールケーキ、バームクーヘン、ドーナツ、パンケーキ、フレンチトースト、ラスク、バスクチーズケーキ、かき氷などが半年から1年ほどの期間でヒットしている。食事や副菜ではつけ麺、魚介系や激辛の麺、食べるラー油、ステーキ、サラダ、塩パン 、グルメハンバーガー、恵方巻、チーズタッカルビ、高級食パン、スパイスカレー、さば缶、おにぎりなどと、トレンドは目まぐるしく変わっている。
ただ、俯瞰して見れば、定番は一定のサイクルでトレンドになりやすい。また、日本人に合うご飯ものや麺類は安定した人気で、その中からヒット商品が生まれる傾向が強い。かつて老舗菓子舗の経営者は、ある経済誌の取材で「うちでも商品の売上げ比率は和菓子4割、洋菓子6割になってしまったが、餡餅や羊羹、たい焼き、寒天、かき氷など古くからある庶民的ものも仕掛け(イースターなど)次第でトレンド、ヒット商品になる素地はある」と語っていた。ここ数年の傾向を見ると、まさにその通りになっている。
日本全国各地にある食のメーカー、食事処の中には、時間をかけて看板商品を育て上げ地元で人気を誇る定番商品を持ちつつも、まだまだ多くに知られず埋もれているものが少なくない。一方で、市場の縮小や後継者不在で経営が尻すぼみになることは避けられないため、販売チャネルの提供やネットワークの活用などの支援を行うことで、食の再発見として全国的な認知度をあげ市場を拡大できれば企業の存続、再成長にも繋げられる。
もちろん、J.フロントリテイリング側はデパ地下やテナントでの展開、EC販売に乗り出す上では、地域企業の商品のリブランディングも視野に入れているだろう。あくまで、基本の味や製法は守りながら、ロゴマークやパッケージのリニューアルすることでグレードを上げ、収益アップにも繋げていく。担当者にはその辺のバランス感覚も求められるということだ。地方百貨店が衰退していく一方で、資金力と人材を持つ都市百貨店がどこまで地域社会と共生し活性化に貢献できるか。百貨店やSCの実力と可能性が問われることになりそうだ。
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