8年前、突如57歳で亡くなった彼の存在感は死してなお高まりつつある。動画配信サイトの普及で、小器用な才人が自作の歌や演奏で、ちょっとした有名クリエイターになれる現代。プリンスのような米国黒人社会の誇りを背負い、存在自体が社会現象となるような怪物ミュージシャンは、もう出現しないかも知れない。
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深く切り込む
音楽界最後のカリスマの実像に迫るドキュメンタリー映画『プリンス ビューティフルストレンジ』が公開された。この映画の作りは一風変わっている。プリンスがステージで華麗に演奏するような場面はほとんどない。ポップスターのPV映像が観たい人には不向きの作品だ。しかし、ファンクやソウルといった黒人音楽の歴史や、白人社会での彼らの存在・社会的背景にまで関心のある人には、必見の出来となっている。
音楽をテーマとしたドキュメンタリー作品は映画界でもジャンルとして確立され、様々なアーティストを追った映画が製作されている。だが、残念なことに日本で製作される音楽映画は、バンドやアーティストのファンに向けてのみ作られ、社会に対する視点が欠落した作品がほとんどだ。
良質な〝教養映画〟
米国では有名音楽家のドキュメンタリーを作る場合でも、ファン動員やアーティストの知名度に依存することなく、音楽の生まれた社会的背景にまで深く切り込んだ硬派な作品が主流だ。本作も、プリンスの作り出した音楽に依存せず、監督と製作チームは天才アーティストが誕生した社会状況を丹念に取材し、ネットでは入手することが難しい彼の音楽の複雑な成り立ちを探り出してゆく。住民の99%が白人のミネアポリスに生まれ、幼い頃に公民権運動を体感し、地元の黒人コミュニティーで音楽と出合ったプリンス。天才は神のいたずらや偶然によって誕生するのではなく、国や民族が文化の歴史を積み重ねてゆく過程で必然的に生まれるのだ。苛烈(かれつ)な差別を受け続けた米国黒人社会、そのコミュニティーで先人の知見を受け継ぎ、若い世代の希望となるアイコンとして誕生したプリンスは、背負うものが大きくなるほど、よりスケール感を感じさせる音楽をクリエイトした。
やがて、黒人社会を超えたメガヒットとなった彼の楽曲は、世界中の「世の中からちょっと外れてしまった」と感じている悩み多き若者たちを優しく慰め、力強く鼓舞した。この映画はカリスマの背景にある文化状況を的確に捉えた、多くの気付きを与えてくれる良作である。
(写真家、映画作家・高橋慎一)
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