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「報われなくても、打ち続けてきたパンチが少しずつ世間に届き始めた」 ENCOMING 加藤大気

「報われなくても、打ち続けてきたパンチが少しずつ世間に届き始めた」 ENCOMING 加藤大気

クリエイティブプラットフォーム
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Profile
ENCOMING
デザイナー 加藤大気1993年生まれ。2013年に渡英後、ロンドンのキングストン大学にてファッションデザインを専攻。卒業後は<Nicholas Daley(ニコラス デイリー)>にて2年に渡りシニアデザイナーとして活動。2019年に帰国し自身のブランド<ENCOMING(インカミング)>をローンチする。

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日本の枠組みから外れた服作りのためにロンドンへ

QUI:加藤さんはファッションデザインは英国で学ばれたんですよね。

加藤:ロンドンのキングストン大学でした。

QUI:日本ではなくロンドンで学ぼうと思った理由はなんだったのでしょうか。

加藤:自分は日本人なので、当然ですが日本で好まれるファッション感覚などを把握しているつもりでしたし、その時々で流行とされるような服を着ていました。でも作り手になろうと思った時にそういったウケる、ウケないではなく、自分のキャラクターを確立させることを優先して服を作りたかったんです。

QUI:日本に居たままだと日本人が好むファッション感覚に寄り添ってしまいそうだった?

加藤:僕にとって英国はデザイナーの個性が際立っているイメージだったんです。そんな国なら日本人の好みや流行といった枠組みから外れてファッションを学ぶことができそうだと思ったんです。

QUI:実際には英国のファッション感覚というのはどうでしたか。

加藤:イメージ通りでしたよ。流行だからこのアイテムを、この色を選ぶというのは皆無で自分の個を引き立てる服こそがクールという考え方でした。

QUI:大学での学びも日本との違いを感じましたか。

加藤:日本だと例えばですが絵を上手く描けなければ点数をもらえないかもしれません。でも英国は上手い、下手ではなくて「その絵に込めた想い」や「どうしてこの絵を描いたのか」が求められて、それをきちんとプレゼンテーションできればひとつの才能として認めてもらえました。プロダクトの最終的なクオリティよりもプロセスを重視する感じだったので授業も印象的でしたね。

QUI:どんな授業だったんですか。

加藤:人物を描く授業だったんですけれど、自分としてはキャンバスのサイズに対してちょうどいいバランスで人物が収まるように描いていたんです。そしたら講師から「音楽もかかっているんだから、そのビートに合わせるように身体を動かしながら描きなさい」って言われたんです。無難にまとめようとするなってことでしょうけど、当時の自分は「???」って感じでした(笑)。

QUI:ビートに合わせることでどんな作品が完成したんですか。

加藤:想定外のところに着地したような作品になって、自分で描いておきながら、自分が描いた絵とは思えませんでした。絵が上達するための授業ではなかったんですよね。発想の飛躍のさせ方をそこで学べた気がします。

英国的な視点を活かしながらJapan Qualityにこだわる

QUI:キングストン大学を卒業後は<NICHOLAS DALEY(ニコラス デイリー)>でシニアデザイナーとして働いていますが、それはどういった経緯だったのですか。

加藤:大学を卒業しても自分ではまだ英国で学びたい気持ちがありました。そこで興味があったいくつかのブランドに「働きたい」と作品を送ったらすぐにレスポンスがあったのが<NICHOLAS DALEY>だったんです。いきなり「明日、面接に来られる?」って感じで。

QUI:そういうのも縁ではありますよね。

加藤:面接といっても日本のことや好きな服のこと、音楽のことなどパーソナルな話ばかりでした。それが週末の金曜日だったのですが「月曜から働けるか」って言われて。他のブランドの返事も待っていたんですけど考える猶予もなかったです(笑)。

QUI:<NICHOLAS DALEY>は学びの環境としてはどうでしたか。

加藤:最初からパリに連れて行ってくれましたし、コレクションも1型、2型ではありますが担当させてもらえました。<NICHOLAS DALEY>はコラボレーションも幅広くやっていたので、その案件にも関わっていました。当時の僕のキャリアと年齢からしたら任せてもらえないような仕事ばかりだったので自然とスキルが磨かれて、そこは恵まれていたと思います。

QUI:ニコラス・デイリーというデザイナーから得たことはなんでしょうか。

加藤:ニコラスはブランドの世界観を構築させることにおいては抜群に長けていました。デザインは主に僕が担当したとしても、ニコラスのディレクションによって着地点は誰がどう見ても<NICHOLAS DALEY>なんです。音楽カルチャーも積極的にショーの演出に取り入れたりしていましたが、服をエンターテインメントとして見せる能力はトップだと思います。ニコラスからは「常に自分の色に染め上げて、服をエンターテインメントとして昇華する」という考え方を得たかもしれません。

QUI:「服をエンターテインメントして昇華する」というのは新鮮な響きがあります。

加藤:日本人の美学として「いい服を長く大切に着続ける」というのがあるかもしれませんが、海外の人がファッションに求めるのは「そのワンシーズンをどれだけ楽しませてくれるか」ということなんだと思います。つまり「娯楽」なんですよね。

QUI:<ENCOMING>は日本に帰国してから2021年に立ち上げていますが、それだけファッション観に影響を受けたロンドンでスタートさせることは考えなかったのですか。

加藤:ブランドとしては英国的なアプローチもあるかもしれませんが、それを日本でやることが自分にとっては挑戦でもありました。あとは海外で日本企業の工場を訪れることもあったのですがやっぱりJapan Qualityっていいんですよ。ひとつひとつの工程が丁寧だから、最終的に細部まで完成度が高いんです。

QUI:日本に戻ってきたのはJapan Qualityにこだわりたかったからですか。

加藤:英国で養われた視点を活かしながら、自分が作りたい服のために縫製でも染めでもテキスタイルでも日本の職人さんや全国各地の伝統産業と連携できれば新しくて、おもしろいことができそうな気がしたんです。ブランドとしてはJapan MadeやJapan Qualityを前面に押し出してはいないんですけど、少しずつではありますがそこに気づいてくれるお客さんもいます。

QUI:<ENCOMING>は芸術家をインスピレーションとしたコレクションを数多く発表されていますが、加藤さん自身もアートはお好きなんでしょうか。

加藤:ロンドンでは休みの日には必ず美術館に行っていたぐらい好きです。アートもファッションと同じで、その時代だからこそ表現しないといけなかったことがあるんです。作品を知って、その作品が生まれた時代を考察するとあらゆる点と点が繋がっていくんです。考察をすることで自分がまだ生まれてもいない時代にタイムスリップできるような感覚が得られるのもアートが好きな理由のひとつです。

QUI:アートから得られた要素を服に落とし込む時に意識していることはありますか。

加藤:僕がアートをリファレンスにすることが多いのは、<ENCOMING>を選んだ方にファーストインプレッションで何かを感じてほしいからなんです。「どうしてこのアイテムが気になったのか」、「どうしてこれがほしくなったのか」と。服だけではそれは難しいかもしれませんが、そこに色や柄、染めというカタチでアートの文脈が絡むことで少し考えさせられるような余白が生まれると思っています。そのアーティストのこと、作風や芸術性などを全く知らないとしても何か引っ掛かるんじゃないかなって。

QUI:「今シーズンはこのテーマでいこう」というのはどのように決めているのですか。

加藤:僕はアートだけじゃなくてジャンルを問わず本も好きなのでコレクションの前に必ず行う作業があって、それは芸術家でも書籍でも「どうして自分がこれらに惹かれたのか」ということをすべて言語化していくんです。言語化されたものはランダムのようでも自分が興味を持ったものだからやはりどこかに共通項があります。それらを結びつけることで、そのシーズンに自分が作りたい服のテーマが浮かび上がってくるんです。

QUI:アートからの着想というのはファッションではよく聞きますが、服を選ぶ側の自分たちはその文脈をすべて理解できていないというのが本音ではあります。

加藤:それはデザイナーとしてもすべてを汲み取ってもらおうとは思っていないです。リファレンスが明確であっても、それを隠すこともクリエーションの美学としてはあるじゃないですか。でもある程度のわかりやすさもないと自分が表現したかったことがお客さんに届かないので、そのあたりのバランス、チューニングを僕は大切にしています。

QUI:<ENCOMING>のコレクションはヴィンテージの雰囲気も感じます。

加藤:クラシックでありながら上品さも感じさせるヨーロッパのヴィンテージ、テーラードが昔から好きなんです。ファッションでも建築でもミッドセンチュリーと呼ばれる1950年代のアウトプットに惹かれるので、<ENCOMING>もその影響は受けていると思います。ヴィンテージのデザインを直接的に落とし込むのではなくて、要素を抽出して何かを足したり引いたりしながら現代的にアップデートするような感じです。

打ち続けてきたパンチが少しずつ世の中に届き始めた

QUI:<ENCOMING>のことをInternational Gallery BEAMSとのコラボレーションで知ったという人も多いと思いますが、あの取り組みはどのようにして生まれたんですか。

加藤:僕とコラボレーションをするまで「International Gallery BEAMS」ではポップアップイベントを開催したことがなかったそうなんです。でも「Gallery」としてブランドやデザイナーの最も濃い部分を見てもらう、知ってもらう場にしたいという考えがあったそうで<ENCOMING>に声をかけてくれたんです。

QUI:ポップアップではアーカイブ資料や加藤さんの私物も展示されましたが、それが「ブランドやデザイナーの濃い部分」ということですね。

加藤:デザインでもディテールでもアイテムに落とし込むまでにはデザイナーは必ずストーリーを構築するはずだから「加藤さんの頭の中を覗けるような部屋を作ろう」ってなりました。その部屋に置く小説も音楽も映画のDVDも本当に僕が読んできたもの、聴いてきたもの、観てきたもので、BEAMSからは「人に見られたら恥ずかしくなるものであればあるほどいい」って言われて(笑)。

QUI:ライブラリーを見られるのって恥ずかしさがありますよね。

加藤:恥ずかしさしかないですよ(笑)。でもどちらがイニシアチブを取るということではなくて、企画段階から一緒に考えてやれたのでおもしろいコンテンツになったと思っています。そのポップアップでは<ENCOMING>のファーストコレクションから継続しているドレスシャツの別注も作りました。

QUI:<ENCOMING>のシグネチャーアイテムとして挙げるなら、そのドレスシャツになりますか。

加藤:そうですね。シーズンによって生地を乗せ替えたり、ポケットを付けたり外したりしていますけどシルエットは全く変えていないです。原型となっているのは英国軍が戦争時に着ていたシャツで台襟の高さやアームホールのカービング、ヨークが無いなどはオリジナルを踏襲していますが、それをドレスシャツとして仕上げています。

QUI:デニムパンツも人気がありますよね。

加藤:<ENCOMING>にとってデニムパンツはキャンバスなんです。こちらもファンが付いているのでシルエットは全く変えてはいませんが、シーズンのテーマに合わせて色やフェード感、ダメージなどの加工を変化させています。

QUI:2025春夏を象徴するアイテムはどれになりますか。

加藤:<ENCOMING>は型数も多くはないので全部といえば全部なんです。2025春夏 は芸術家のエゴンシーレから着想を得ているんですが、6ツ釦のダブルジャケットはシーレが生きていた時代の男性たちが着ていたジャケットをイメージしていて、見た目はかなりクラシックです。ですがそのクラシックな一着が軸になってくれることで他のアイテムは遊びを加えることができます。そういう意味でどれかひとつが2025春夏の象徴ということではないです。

QUI:<ENCOMING>は2025春夏で9シーズン目となりますが、ブランドは加藤さんがやりたい方向に進んでいますか。

加藤:ファッションを仕事にするのは報われないことが多いです。やりたいことを理解してもらえなかったり、きちんと評価されなかったり。それでも自分としては諦めずにジャブを打ち続けてきたつもりで、そのパンチがバイヤーさんに届き始めたような気はしています。買い付けるバイヤーさんに当たれば、それを販売する店頭スタッフさんにもブランドやアイテムの魅力は伝わるはずなので、少しずつですが報われているのかもしれないです。

QUI:ブランドをやり続けてきて、デビュー当時とお客さんに変化はありますか。

加藤:まだまだ誰もが知っているブランドにはなれてはいませんが、ショップでは取り扱っていないのに「<ENCOMING>が好きで店頭に立つ時に着ています」というスタッフさんの声を聞くことも増えてきました。それはショップスタッフさんと接することが多い服好きの人が<ENCOMING>を知るきっかけにもなるはずので、そこからブランドの存在が広まっていくといいなと思っています。

ENCOMING

2021年にブランドを設立。コンセプトは、生活に直接影響を与えないアートやカルチャーのように造形性が高い「何か変なもの」。ありがちなアートピースのように、“ありがちなもの”と”そうでないもの”のギャップにアプローチしていく。

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