渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズ。マルタン・マルジェラによる過去のコレクションに、どういった作品があり、何を意図していたのかを考え、改めてデザイナーズファッションに隠された“創造性”を探求する。今回は、メゾン・マルタン・マルジェラ1994年春夏コレクションを題材として、ファッションにおける「新作の概念とは何か?」について考察していく。
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鈴木 達之
Archive Store マネージャー
1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。
INDEX
昨今、世界各地での異常気象や天災により環境問題がクローズアップされている。そして、ファッション業界も少なからず生産において環境への負荷をかけている。2008年のリーマンショック以降、ファストファッションの世界的な流行やグローバル化が進んだ生産背景とEC販売の加速度的成長、もはや止められない大量生産の現状を踏まえた上で、改めてモノを創出する意義・価値について問うべき時代に来ている。果たして我々は未来の人々に対して何を残していけるのか。今回は、過去の連載シリーズよりも、広義なアーカイブ的観点を持って、このテーマを掘り下げていこうと思う。
厳選された過去の作品を染め直して発表した実験的コレクション
まず、メゾンマルタンマルジェラ1994年春夏コレクションがどういったコレクションだったのか概要をまとめていく。1994年と言えば、デビューした1989年春夏からちょうど5年目にあたる節目のシーズン。
そこでマルタンは、従来のような新作は作らずに、過去の5年間に発表してきた作品の中から、厳選された作品をグレーに染め直して、新作として発表するといった実験的とも思える新たな試みを行った。
メゾンマルタンマルジェラの象徴とも言えるブランドタグの白タグには、どのシーズンの作品なのかが分かるように、印としてスタンプ(これがのちにアーカイブとして非常に重要な要素となる)が押されていた。もはやそのスタンプを押すという行為自体も、白タグを利用した現代アート的なデザイン思考を感じる。視点を変えてみると、白タグはそういったキャンバス的な使い方が最適解なのではないかとも思えてくる。
毎年トレンドが目まぐるしく移り変わるファッション業界において、意図的に新作を作らずに、過去の作品を限定的に再発表する形式は、非常に斬新な発想だったと言える。
今ではなかなか想像がつかないが、1990年代前半というインターネットが普及していない時代(※一般論だと1995年Windows95の発売からがインターネットの時代)で、情報のみならず物自体も手軽に入手できない状況下においては、過去の作品を買えなかった消費者に対して、少し手が加えられてはいるもののそれを再び購入できる機会を与えるということ自体に、圧倒的な消費者視点、着用者視点を大切にしているマルタンマルジェラの人間性、人柄が伺える。
それと同時に、収益性を重視するあまり、新作を発表し続ける事がある種の常識であったファッション業界の体制に対して、疑問を持ち、自らのクリエイティブなスタンスを貫き、新たなチャレンジをし続けるところが脱構築思考であり、まさにこの視点こそがアンチモードたる所以だ。
また、少しイシューは逸れてしまうが、過去の作品を「グレー」に染め直した点においても、マルタンの文脈的理解、ヒストリズム的思考を感じる。遡ること1980年初頭にコムデギャルソンと、ヨウジヤマモトの「黒の衝撃」により、モードの世界でタブー視されていた「黒」がスタンダードとなった。そして1990年代に突入し、時代は「ビートジェネレーション(1950〜1960年代の流行)」のスタイルをベースとした「グランジ」が、ファッションでも、音楽でもスタンダードとなり、ラグジュアリーとは対極な着古したスタイル、汚れたスタイルこそが時代の先端となった。
あくまでもわたしなりの推察だが、マルタンは1980年代に時代のスタンダードとなった「黒」を1990年代の感覚へとアップデートし、グランジスタイルを表現するために、「黒を薄めた(着古した)グレー」を直感的に選んだのではないかと解釈している。正解や事実はともかく、こういった独自の考察、もはや推論を楽しむこともアーカイブの魅力であり、歴史との向き合い方なのだ。
またしても前段が長くなってしまったが、ここで1994年春夏のアーカイブから、マルタンマルジェラのクリエイティビティの本質を紐解き、後世のファッションアーカイブのヒントになり得る創作視点をまとめていく。
今回は3つの視点でまとめていこうと思う。この3つの視点は、密接に関係しているため、どれも欠かせない視点だと言える。
リメイクで新たな作品を生み出す視点
まず1つ目が、「リメイクで新たな作品を生み出す視点」だ。既存の物(既製品、レディメイド)から、別の物に解体再構築することを、創作のベースにしている点が、トレンドを生み出すデザイナーとは思考回路が全く異なる。
消費者側の視点に立つと、実は案外「未知の形状の作品」よりも、「既視感のある物が、全く別の形状に変容した作品」のほうが、デザイナーの思考が垣間見えてユニークさを感じるのかもしれない。
常に人というのは、2項対立で何かと何かを比較している。比較対象の違いや変化を見て様々な気づきを得ることが、人生における普遍的な学びであり喜びなのだ。
メゾンマルタンマルジェラの作品を題材にして考えてみると、1994年春夏の作品で言えば、お皿を割って破片を繋ぎ合わせて作ったジレベスト(1989年秋冬の再現)や、スーパーマーケットの袋で作ったTシャツ(1990年春夏の再現)などが、この創作視点に値する。
普段誰もが目にしている食器の皿を、服へと変容させてしまう、この常識脳では理解しがたい2項対立の「思考の飛距離」こそが、ユニークさの根源であり、感動するスイッチなのだと、わたしなりに解釈している。
創作における飛距離を出す上でも、既存の対象物を、ユニークにリメイクすることで、結果的に「飛距離を持った、未知の形状をした作品」に着地するのだ。
自らの作品すらもサンプリング(引用)する視点
2つ目の視点が「自らの作品すらもサンプリング(引用)する視点」だ。先程の既存の物をリメイクする視点に近いが、自らが生み出した既存の作品すらも、リメイクしてしまう視点が、非常に斬新な視点だと言える。
ブランドや作品の進化、ストーリーを構築していく上で、自らの過去作品をアップデートしていくことは、創造性やアイデンティティの軸をブラさずに強固にしていく上では重要な視点。1994年春夏コレクションだけでなく、1999年春夏でも過去の様々な作品を引用し、再提案している。
特に印象的な作品が、前回題材にした1994年秋冬の「ドール期」作品の再提案だ。基本的な作りはさほど変わらないが、微妙なディテールの変化を施している点が面白い。ドール期のデニムパンツを例にすると、フロントのジップファスナーが、1994年初期のタイプは比翼になっていて隠れているが、1999年のタイプはジップファスナーがそのまま見えている。
このちょっとしたズレやディテールの差異は、ヴィンテージマニア心を擽る重要なポイント。また、1999年のドール期作品は、タグの仕様も異なる。1994年の初期は、白地に黒文字でドール期のコンセプトを説明しているタイプで、一方1999年のタイプは、反対の黒地に白文字で説明しているだけでなく、説明のタグの下に“白タグ”が隠れている仕様なのだ。
パターンや素材の違いだけでなく、このように自らの作品を引用し、再提案することや、“ブランドタグの見せ方、付け方”を変化させることで、そこにデザイナー作品における時代的な差異が生まれ、アーカイブ好きにロマンを与えてくれるのだ。
これもファンベースの考えなのだが、好きなデザイナーの作品の新作のディテールに、過去の作品が引用されているのを発見した際に、ファン心理としては自分の気づきや知識(教養)を褒めたたえるのだ。それと同時に、再度好きな作品に触れられる、アクセスできたことに深い喜びを感じるのだ。
マルタンが新作を作らずに、過去5年間の作品の中から、改めて消費者に対して再提案したことこそが、実は最も消費者に寄り添ったビジネス的視点なのかもしれない。クリエイティブな側面にフォーカスされがちだが、きちんと消費者目線を持っていたからこそ、20年、30年経っても色褪せずに、アーカイブとして楽しめる要因なのだろうと、わたしは捉えている。
レディメイド(既製品)なものに付加価値を与える視点
そして、3つ目の視点が、「レディメイド(既製品)なものに付加価値を与える視点」だ。こちらも先述した視点に近い視点なのだが、この視点にこそ“マルタンマルジェラの作品が現代アート”だと言われる理由が隠されている。
1917年に男性用の便器に匿名のサインを書いて出品したマルセル・デュシャンの『泉』のように、元々存在している物(既製品)を自由にアレンジして、サイン(しるしを残す行為)をすることで、時代を超えてそこに付加価値が生まれる。
今回題材にした1994年春夏のスタンプシリーズも、過去に作った作品をグレーに染め直して(アレンジ)そこにスタンプを押すことで、時代を超えたサイン(しるし)が完成し、その時代に存在した証として現代にて再解釈される。これによって、レディメイドな作品に付加価値がつくことになる。
ここで、冒頭の話に戻るのだが、現代社会において、資本主義が加速度的に進んでいくにつれ、大量にモノが生産されていく中で、常に人は新しいモノを求め続けてしまっている。逆を言えば、過去のモノはどんどん価値を失い、人々の関心も薄れていき、必要とされなくなり、処分されていく。そのような時代において、参考にすべき時代がある。
それは、1990年代の「リサイクルスタイル」とも呼称されたストリートの価値観だ。世界でもソ連崩壊、米ソ冷戦の終結や、湾岸戦争勃発、また日本でも年号が平成に変わり、すぐにバブルが崩壊して日本経済も大打撃を受けており、世界は大きく変化を求められてきた。
バブル崩壊以前までは高価なモノや新しいモノ、ラグジュアリーなモノを多くの大衆は求めていたが、バブル崩壊後は、カウンターカルチャーとしてビート・ヒッピーからの進化で、「グランジ」の価値観がストリートに浸透していった。これにより、ストリートでは古着が一般化し市民権を得ただけでなく、既存のスタイルを多様化させ自由と個性の象徴とも呼べる「新たなストリートカルチャー」が生まれた。
新しいモノよりも、既存のモノを自由に自分らしくアレンジして表現することこそが、クールであり誰とも被らない唯一無二のアイデンティティを生み出すのだ。そういった新たな価値転換は、既存のモノ、つまりレディメイド(既製品)なものに付加価値を与えることによって、一度新しいモノを生み出さずに立ち止まること、思考をフラットにすることを後押ししてくれる。
まさに1994年にマルタンが、新作を作らずに、過去の作品をアレンジして復刻したことで、生産における環境的な負荷は少なくとも軽減されたのではないだろうか。あくまでも私なりの推察なので、ご理解いただきたい。
アーカイブから学ぶ未来へのモノづくり
最後になるが、デザイナーズアーカイブ通して見えてくる歴史的な背景、国際情勢や経済動向による社会の潮流、民衆の価値観の変化、そしてその外的要因からすべて影響を受けたストリートの価値観(センス)の変化がうっすらと見えてくる。その中で、現代社会を生きる私たちが過去から何を学び、未来へとアップデートしていくのかが重要な鍵を握っているはずだ。
今こそ、一度勇気を持って立ち止まり、アーカイブというキーワードを通じて過去を楽しみながら新しい価値観を生み出していくことで、未来の人々に対してモノを創出する意義や住みやすい地球環境を残していける。きっと、「既存のモノ」をアレンジしたモノが、新作として、「新しいモノ」という認識に変わる日もそう遠くないはずだ。
Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。
“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。
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