(左から)ブランドディレクター ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック、ブランドCEO ナタリー・エルバス氏
Image by: FASHIONSNAP
今春最も注目を集める商業施設 麻布台ヒルズ。ラグジュアリーブランドが立ち並ぶ一角に、モダンなロゴのファサードが目を惹く箱型のショップがオープンした。「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー(OFFICINE UNIVERSELLE BULY、以下ビュリー)」の日本19店舗目となるショップだ。ブランドディレクターのヴィクトワール・ドゥ・タイヤック(Victoire de Taillac)氏と、昨年新たにブランドCEOに就任したナタリー・エルバス(Nathalie Elbaz)氏も駆けつけ、オープンへの意気込みを語った。
麻布台店は、これまで以上に“最先端のシティ”への出店となるが、その理由が「街が成長していく過程を間近で感じられるなんて興味深いから」という。1803年にパリで生まれたブランドを、2014年にヴィクトワールとラムダン・トゥアミ(Ramdane Touhami)が復活させ、その年に1号店をパリ・ボナパルトにオープン。そこからちょうど10年が経った。コロナを経てLVMH傘下となり、その成長は止まるところを知らない。巨大なコングロマリットと手を取り、“結婚生活”を送る上で大切なこととは?
ー麻布台店のオープン日(2024年4月1日)は、ちょうど本店のパリ・ボナパルト店をオープンしてから10周年なんですね。たくさんあるとは思うのですが、特に印象的なことはなんだったでしょうか。
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ヴィクトワール・ドゥ・タイヤック(以降、ヴィクトワール):本当にたくさんのエピソードがあるので、ひとつに決められませんが...特に思い出深いのは、ボナパルト店(リローンチ後1号店)をオープンした時ですね。確かパリのファッションウィークの時期で、暑い日だったと思うんですが、お昼頃にお店をオープンしたんです。開店前からお客さまが並んでいるのが見えて、早くお店に入りたいとワクワクしていた熱気を感じたのを今でも覚えています。
ーリローンチ後、すぐにパリ市内に路面店を構えるのは簡単なことではないですよね。
ヴィクトワール:そうですね。オープン準備の段階では、どうしても自分のプロジェクトに集中していて、本当に気に入ってもらえるだろうか?と不安になることもありました。ひたすら目標に向かって走っているような気持ちでしたけど、開店を待つお客さまの姿を見てとても感動しましたし、自信につながりました。そこでようやく、私たちが進むべき道が示されたような感覚でしたね。
ーヴィクトワールさんとラムダンさんはお店をとても大事にしている印象です。
ヴィクトワール:商品はもちろんのこと、お店には情熱を注いでいます。ボナパルト店だけでなくすべてのショップのオープンにもエピソードがあります。例えば、台北への出店はアジア展開の自信につながりました。お店をオープンして、現地のお客さまの反応を見て、フィードバックをもらうのが大好きなんです。
ー改めて、ビュリーのお店に対する考えを教えていただけますか?
ヴィクトワール:まず、お店に足を踏み入れて世界観を体感していただくというのが私たちの願いなんです。ふたりとも旅行が好きで、各地を飛び回っていますが、どこに行っても似たようなブランドのお店に飽きてしまったんです。だから2号店を出す時から、それぞれのお店が持つ個性を大切にしようと考えました。それから、出店する土地やカルチャーへのリスペクトは欠かせません。
ビュリーにはいわゆるマーケティング部門はなく、その役割を果たしてるのがショップ。それぞれが劇場のような、舞台として機能しているんです。スタッフがいて、音楽がかかっていて、いろんなサービス、例えば美しいカリグラフィーなどがあり、プロダクトそれぞれの個性を引き出したパッケージなどが目に入る。そうした舞台を整えてこそ、新たなお客さまとの出会いが生まれます。
ー日本では2017年に代官山店をオープンしましたね。
ヴィクトワール:当時は日本でのパートナーもいなかったのですべて自分たち、主にラムダンと私でやらなければなりませんでした。2人ともこだわりを実現することに賭けては、一切の妥協を許さないので本当に大変で(笑)。確か、夏頃に物件を決めようと動いていたのに、なかなかいい場所が見つからず、夏が冬になり、オープンは年をまたいで翌年の4月に。それでも無事にオープンできた時はこの上ない達成感を得ることができました。東京はとてもモダンな街ですから、代官山店のオープンが、私たちの今に通ずる「過去」「未来」「モダニティ」といった世界観のヴィジョンを明確に抱くきっかけのひとつになったのです。
代官山店のオープンから、もう7年が経ちました。リローンチした当時はたったの4人しかいなかったチームが、この10年間でさまざまなスタッフも増えました。スタッフたちはそれぞれが個性や才能にあふれていて、各々のアイデアを持ち寄ってくれるので、本当に多彩な組織になったと感じます。私は、それこそがここ10年間での大きな成果だと思っているんです。
ービュリーがLVMHの傘下に入るというニュースは業界でも大きな注目を集めました。ラムダンさんにもそれについてお聞きしたことがあるのですが、ヴィクトワールさんはどういう気持ちだったのでしょうか?
>>LVMHが買収した「ビュリー」の前オーナー・ラムダン氏が語る、売却の裏側や新たな構想とは?
ヴィクトワール:私にとってビュリーは子どものような存在。なので、今10歳の子どもというイメージなんですが、やはり大きくなってきて、次のステップに向かうべきだと考えていたのです。そのために何か大きな変化を受け入れなければ、ということでラムダンと話し合っていました。LVMH以外からもパートナーのオファーはあったのですが、LVMHを選んだのは彼らが畏敬の念を持ち合わせていたからです。ブランドが持つカルチャーを尊重してくれる姿勢を感じ、共に分かち合えるだろうと思いました。
ー実際に、タッグを組んでみていかがでしょうか?
ヴィクトワール:LVMHとの歩みはまるで結婚生活のよう(笑)。お互いにこういうことをするんだなって行動を共有し合って、試行錯誤しながらここ2年半進めてきました。夫婦生活を続けて、ようやくお互いのちょうどいいバランスを見つけたという感じです。
ー商品開発やブランディングについて、何か求められるようなことはありますか?
ヴィクトワール:そういった点でのオーダーは全くないですね。むしろ私たちのクリエイティビティーやユニークさを尊重してくれたからこそ実現した話なので、そこについては変化させるようなことはなく、今まで通りビュリーらしいものをお届けすることができています。
ーでは、ビジネス面のサポートを受けられることで、お2人の本来の仕事に集中できるということでしょか。
ヴィクトワール:ロジスティックスやマネジメント、経営面を力強くサポートしていただけるおかげで、より良い環境になっています。任せっきりということでもなくて、ある意味刺激にもなっていますし、私とラムダンにとっても良い学びの日々になっています。
ーナタリーさんは新たなブランドCEOに就任する際、LVMHからどういったミッションを受けましたか?
ナタリー・エルバス(以降、ナタリー):ビュリーだけではなく、LVMHのブランドCEO全員が共通で抱いていることとして、一つひとつのブランド、メゾンのルーツを尊重しながらビジネスをサポートしていくというのがあります。私個人としてもそこはビュリーの哲学であり価値だと思ってるので、徹底していくつもりです。
その上で、私たちの関係というのは、根と翼というイメージです。ラムダンとヴィクトワールが作り上げたブランドのルーツ、根となる部分を育てながら、そこに翼を与えるのが私の仕事だと思っています。
LVMH傘下になって以降、日本でも出店を加速
(2021年10月以降の新店舗)
・渋谷パルコ
・福岡
・丸の内
・代官山猿楽町
・名古屋パルコ
・大阪高島屋
・銀座
・神戸
・麻布台
計9店舗
ーなるほど。それが“結婚生活”を円滑にする秘訣なんですね。
ナタリー:2人をはじめ、ビュリーでの仕事は刺激的で楽しい日々ですから、今とても円満だと思います(笑)。
ヴィクトワール:一緒にビジネスを進める前は、巨大なグループですから、やはり少なからず不安はありましたが、実際に関わってみると、それぞれのメゾンが独立していて、自立性が高いのを感じました。ナタリーへのレポートは定期的にしますが、自分たちがやりたいことに集中できる環境を尊重してくれていて、良い関係性だと思います。
ー化粧品業界に長く携わってきたナタリーさんから見て、ビュリーの魅力はなんだと思いますか?
ナタリー:一言では言い表せない、難しい質問です...。まず、ビュリーは単なるビューティブランドではなく、真にライフスタイルを演出できるブランドで、そのユーモアをもって化粧品業界をちょっと俯瞰しているようなところが独特で、唯一無二だと思います。これはやはりラムダンとヴィクトワールだからこそ生み出せる世界観ではないでしょうか。
ーナタリーさんが好きなビュリーのアイテムはありますか?
ナタリー:私は20年以上この業界、特にフレグランスカテゴリーのことは熟知しているという自負があったのですが、ビュリーに参画して水性香水のコレクション「レ・ジャルダン・フランセ」に出合った時は衝撃的で、大好きになりました。
ー「レ・ジャルダン・フランセ」は昨年登場した新しいコレクションですよね。どういった点が驚きだったのでしょうか。
ナタリー:「まさか野菜を香水にするなんて」と思いましたよ。そのアイデアだけでもユニークな視点で面白いですが、それを美しいフレグランスに昇華させていますから。「なんて面白いの!」と思わずにはいられませんでした。そしてレ・ジャルダン・フランセを含む水性香水「オー・トリプル」は近年のビュリーの“成長因子”だったと思います。
ーラムダンさんとヴィクトワールさんは出店地選びにもこだわっていると思うのですが、今回麻布台ヒルズに出店した決め手はなんでしょうか?
ヴィクトワール:ひとつは、お家のような独立した建物をデザインできる点が魅力的でした。類似のタイプとしては、日本では神戸のお店も一戸建てのようなデザインです。もうひとつの理由は、麻布台ヒルズ全体と近隣地域の関係性、街が成長していく過程が面白そうだと思ったからです。ヨーロッパは古い建物が多く、ある意味街並みや景観が完成されてしまっている。もちろんその美しさを愛してもいます。麻布台ヒルズのように街が人と共に完成されていく過程を間近で体験できるなんて、なかなか経験できることではありませんから、とてもエキサイティングだと思いました。
出店を決めた当時は、まだ他にどんなブランドが入店するかも知りませんでしたが、何かラグジュアリーブランドというのは分かっていたので、そうしたブランドと並んだ時にビュリーのユニークさをどう表現できるだろうと考えていくのは、とてもやりがいのある仕事でした。
ー新店舗はまさに一軒家のような独立した店舗で新鮮でした。それでいて、店内に入ると所狭しと並んだ商品に圧倒されます。
ヴィクトワール:今回は「箱の中の箱」というコンセプトがあって、1つの箱を開けて、また次の箱があって....というふうに、いろんな発見を体験するような店舗をデザインしたいとラムダンがディレクションし、フランスの卓越した職人の方々の協力を得て実現しました。箱型のショップに入った瞬間、商品を一望できるような陳列・設計にこだわったんです。
ービュリーの店舗は色使いにもこだわりがありますが、今回のポイントは?
ヴィクトワール:壁を見ていただくとわかりますが、エンパイアグリーンからシェンナブラウンに美しいグラデーションが描かれていますよね。グリーンは中世では薬学や魔術と関連づけられていますが、今や四葉のクローバーの色というふうに幸運の象徴とされていて、時の流れとともに対極性を持つことになりました。そうした意味も込めたこの美しいエレガントなこのグラデーションは、私のお気に入りのポイントでもあります。
ー店内奥のU字のカウンターも特徴的ですね。
ヴィクトワール:これはフランスのカフェでよく見られるデザインですが、幸運のモチーフである馬の蹄を模したものなんです。このカウンターを包み込むような壁一面に、美しく商品をずらっと並べたかったのです。こうすることで、ラムダンが1つひとつオリジナルで考案した商品のタイポグラフィもよく見えるでしょう?
ー日本は今回で19店舗展開になります。比較的多いと思うのですが、注力市場なのでしょうか。
ヴィクトワール:日本とはとても強い結びつきを感じています。というのも、ブランドを手掛ける前、日本で学んだ贈り物やおもてなしのカルチャーに触れ、これをフランスに持ち帰ったからビュリーの今があるんです。今やトレードマークになっているカリグラフィーのサービスやラッピングなども、日本での経験がきっかけになっているんですよ。
ナタリー:ビュリーにとって日本は特別な存在だというのは間違いありません。美に対する意識が非常に高く、エレガンスやディテールへも強いこだわりを感じます。こうした点は日本ならではの特徴で、ビュリーの世界観と親和性が高い。20近くお店がありますが、それぞれを愛してくださる方々がいらっしゃるのも納得です。
ー今後はどのようにビュリーを成長させていきますか?
ナタリー:ビジネス観点ではブランドのアウェアネス(認知)を向上させ、特にフランスを中心にヨーロッパ、アジアを強化したいと思っています。ブランドの根幹については、ラムダンとヴィクトワールを信頼していますから、2人が生み出すものを私も楽しみにしているんです。今回の新店舗は私がビュリーに加わってから初めての店舗であり、ブランドの10周年を祝い、新たな門出の第一歩のようでもあります。ビュリーの今後に、ぜひ注目していただきたいです。
ヴィクトワール:ミラクルのようにちょうど10年の節目に、新しい街で新しいショップを出せてワクワクしています。まずは麻布台店で新たなお客さまを迎えられることが楽しみです。これからもビュリーの旅は続きますから、楽しみにしていてください。
(聞き手:平原麻菜実)
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