【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#6 絵描きの人」
写真家YUTARO SAITOのスナップ連載
Image by: YUTARO SAITO
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【連載】老人ストリートスナップ:Not Plastic Fashion 「#6 絵描きの人」
写真家YUTARO SAITOのスナップ連載
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真に個性的なファッションとは、本来、自分自身にベクトルが向いたものではないだろうか。しかし近年は、流行、憧憬、価値などのように、記号的で「他者にベクトルが向いたファッション」=「プラスチック・ファッション」が一般化しつつある。そんな中、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである老人(おじいちゃん)のセルフスタイリングにこそ、本来の“ファッション”は見出せるのではないか。被写体へ実際にインタビューを行うことで、おじいちゃんファッションの背景、ひいては本当のファッションを写真家YUTARO SAITOと探求する連載「ノット・プラスチック・ファッション」。第六回は「絵描きの人」。
プラスチック・ファッション(Plastic Fashion):写真家のYUTARO SAITOが昨今のモードを表した造語。SNSの発達とメディア構造の変化により、洋服の物質的な消費よりも、記号的な消費が加速する現状を、ロゴやキャッチコピー、ビビッドで目を引くカラーリングなどのラベリングを行ない、ドラッグストアに並べられるプラスチック製商品になぞらえている。プラスチックファッションを選択する人々の意識は、「他者へのベクトル」が強い傾向にあるとしている。
ノット・プラスチック・ファッション(Not Plastic Fashion):プラスチックファッションの対義語。「自己にベクトルが向いたファッション」を指す。斉藤は、ノット・プラスチック・ファッションの例えとして、「自分の生活しやすい服」「趣味を通じた服」を好む傾向が強く、パーソナリティやライフスタイルと地続きである70代〜80代の老人のセルフスタイリングを挙げる。
「70歳〜80歳のおじいちゃんたちは似合っている、似合っていないという視覚的な要素を超越した段階にいる。ファッションの『見る/見られる』という関係性から遠く離れた彼らは、選ぶ段階での意思が強く反映された極めて機能的な服を無意識にまとっているのだ」ーYUTARO SAITO
(文・写真:YUTARO SAITO)
彼の白い丸首のスウェーターも、強い生活を内に含んでいるからこそ、美代に魅力を与えたのではないだろうか。ぐうたら青年の白いスウェーターなど、古着屋にぶらさがっている衣類と同じことで、何の魅力も発散する筈がない。(三島由紀夫「愛の疾走」 角川文庫)
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4月7日日曜日。東京は暑くもなく、寒くもなく、半袖のTシャツにコットンシャツを羽織れば心地が良い、“Breeze is nice”な気候であった。起き抜けにシャワーを浴び、早速着替えに取り掛かる。これを着ていると職質率が跳ね上がる「ロスコ(ROTHCO)」の迷彩パンツをまずはチョイス。お次にトップスは「ヘインズ(Hanes)」のパックT。最後に「コム デ ギャルソン・シャツ(COMME des GARÇONS SHIRT)」 フォーエバーラインのコットンシャツを羽織る。サックスブルーが美しい。忘れてはいけない、足元は「サロモン(SALOMON)」。雨の日もへっちゃらなGORE-TEX仕様だ。
大江戸線に揺られ、11時前には上野に到着した。改札を抜けて出た地上は少し曇天。大空を覆う雲々の切れ目から、時折顔を出しては引っ込めるいたずらな太陽に踊らされ、自分のペースで写真を撮ることは難しかった。いつもなら、今日のような天候は「悪天候」とみなし、早々に神保町にでも赴いて古本屋に入り浸るのだが、しかし。6月に出版する新しい写真集も大詰め。1日たりとも無駄にはできず、とうとうこの日は上野→赤羽→東十条→上野という港区女子もびっくりの東京下町ディープ行脚を敢行したのであった。
再び上野に戻ったのは16時過ぎ。太陽もすっかり機嫌を取り戻し、日没に向けて精一杯、西の空で光り輝いている。一方の僕は、大行脚後の満身創痍の身体にムチ打って、公園前の大通りを練り歩く。汗はダクダク、お日様はサンサン、人はゴミゴミ。ダクダクサンサンゴミゴミとモゴモゴ呟きながら、さながら不審者の様相で人混みの中を歩いていると、身長150cm台だろうか、小柄なおじいちゃんがスルスルと足早に人混みをかき分けていく。綺麗なブルーのシャツと少し乱れたヘアーの対比が気になって、追いかけて声をかけてみた。
YT:いきなりごめんなさい。僕、カメラマンをしていて。年配の方のファッションをテーマに撮影と執筆をしています。もし良かったら写真を撮らせてもらえないですか?
絵描きの人:ええ、ああ。いいですよお〜。
マスク越しに溢れる微笑と柔和な声色は、大都会の喧騒と競争からは程遠く、まるで山奥の湖畔で囀る小鳥のように穏やかである。
話を聞いてみると、おじいさんは絵を描いているらしい。この日は自分の所属するギャラリーが上野の森美術館の展示に携わるということで、スタッフとして参加していた。カバンの中身は事務用品で一杯である。ちなみに御年86歳だ。色々と絵の話で盛り上がり、ファッションについても聞いてみることにした。
YT:この青いシャツ、わりと綺麗に見えるんですが最近買ったものですか?
絵描きの人:20年くらい着ているものですよ。
YT:にじゅうねん!?
なんと20年もの間、週2、3回の頻度で着ているらしい。2回ほど着たら洗う。特段気にしてケアしているわけではないらしいが、ほつれや色落ちもなく、非常に綺麗な状態である。
YT:シャツで20年ももつってすごいですね。
絵描きの人:ものはいい奴のはず。名前は忘れちゃったけどどこかのブランドですよ(笑)。
どこのものかは確認できなかったが、おじいさんは昔、絵のためにフランスに住んでいたことがあって、その時に購入したものらしい。コットン100%だ。
YT:それと、ズボンとシャツをどちらもロールアップしているのが気になったんです。
絵描きの人:背が低いからズボンはいつもこうしているんです。シャツの袖は職業病ですね(笑)。
シャツにチノパン、レザーのスニーカーと綺麗めなアイテムを選びながら、シャツとパンツの大きめの折り返し幅から感じるラフな生活感。僕にはその妙義が光って見えたのだった。「職業病」というのは、絵を描く時、どうも袖が邪魔になってしまうので肘よりも上の位置まで捲り上げるらしい。それが癖になっていて、この日もそうなのであった。
他にも、この帽子の褪色した色合いが好きだとか、運動靴もいいけど、身体に合わないからレザーのスニーカーを履いているんだとか色々と話を聞いた。最後に写真を撮らせてもらってその場を後にした。
帰りの大江戸線、おじいさんとの会話を頭の中で反芻していた。「あなたのシャツも素敵ですね」。おじいさんが僕に投げかけた、ブルーシャツ仲間同士の親近の念を込めた言葉。この言葉により、僕は否応なくおじいさんと自分のブルーシャツを比較せずにはいられなくなった訳だが、果たして僕のブルーシャツは、僕が見るおじいさんのブルーシャツのように“素敵”だろうか?
僕がこのシャツを着る時、首元についた「COMME des GARCONS」のタグを意識せずにはいられない。折りシワがつかないように腕捲りはしない。飲食店や公園のベンチに座る際は席が汚れていないか確認する。襟汚れを気にして、極力首元の汗が付着しないように気をつけている。生地を気遣って着用は週に1度。2回着用すると洗濯ネットに入れてドライコースで洗濯する。このような洋服への気遣いは、ブランドと僕の距離感を一定に保ち、ファンとしての良き関係性を持続させてくれるが、一方で、その距離感は洋服を自分の生活から遠ざけることとなる。ふとクローゼットを覗くと、そこには生活の痕跡がない、無味無臭な洋服たちが広がっている。
もちろん現代風な清潔な服装は、好ましいには違いないが、そんなファッション青年なら、どこにも掃いて捨てるほどいる。おじいさんの青いブロードのシャツも、強い生活を内に含んでいるからこそ、僕に魅力を与えたのではないだろうか。ぐうたらファッション青年の青いシャツなど、セレクトショップにぶらさがっている衣類と同じことで、何の魅力も発散する筈がない。
YUTARO SAITO
写真家。1994年生まれ。ファッションと消費文化をテーマに写真作品を制作。2021年11月「20’s STREET STYLE JOURNAL」を出版した。公式インスタグラム
(企画・編集:古堅明日香)
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