1887年の創業以来、イギリス王室をはじめ世界中の人々から広く愛用されてきたイギリスの高級ステーショナリー&レザーグッズブランド「スマイソン(Smythson)」。日本では、これまで一部の百貨店やセレクトショップと公式オンラインストアを中心に展開してきたが、ルックホールディングスとの独占輸入販売契約を機に、2025年春から本格的に展開を拡大する。ルックHDの多田和洋社長が社長就任前からアプローチをかけてきたというスマイソンは、なぜこのタイミングでタッグを組むことを決めたのか。来日したスマイソンCEOのパオロ・ポルタ(Paolo Porta)氏に話を聞いた。
■スマイソン(Smythson)
銀細工職人であったフランク・スマイソンが1887年に創業。ノートブックやダイアリーからはじまり、後に筆記用具、ステーショナリー、旅行用レザーグッズなども追加し、現代のライフスタイルにあわせた商品ラインナップを展開している。愛用者には故エリザベス女王やチャールズ国王、グレース・ケリー、グウィネス・パルトロウといった王室ファミリーや有名人が名を連ね、現在2つのロイヤルワラント(王室御用達)を保有。アイコン的アイテム「パナマダイアリー」は、フランクが1908年に発明した「フェザーウェイトペーパー」が特長で、特許を取得した当時、世の中に出回っていた一般的な紙と比べて半分の重量ながら、万年筆のインクを程よく染み込ませる書き心地が好評を得ている。
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130年以上愛されるために必要なこと
ーまずは、パオロCEOが「スマイソン」というブランドをどのように捉えているか教えてください。
スマイソンは137年の歴史を持ち、イギリス王室をはじめとした世界中の王室にも製品を提供してきた老舗ブランドです。創業者のフランク・スマイソンは、銀細工職人でありながらクリエイターでありイノベーターでもあった人なのですが、そんな私たちにとって重要なのは「ヘリテージブランド」であること。ここでいう“ヘリテージ”とは、埃っぽくて古臭いものではなく、「品質や伝統を守りながら革新的でもある」ということです。そして、今でもステーショナリーとダイアリーをイギリス国内で生産できる数少ない企業の1つであることも、我々にとって非常に重要であり、誇りでもあると考えています。
ー「革新的でもある」という言葉がありましたが、ブランドが長年生き残るために具体的にどのようなことを行ってきたのでしょうか?
まず1つは、製品を時代に合わせて進化させることですね。例えば、主にメンズアクセサリーやウィメンズハンドバッグの分野で、用途に応じた完璧なサイズのプロダクトを作ること。具体的には、指輪やイヤホン、充電器といった細々したアイテムを収納するためのトリンケット(小さな装飾品)ケースやテクノロジーケースのようなものを数多く取り揃えています。
Image by: FASHIONSNAP
2つ目は、スマイソンを象徴するアイテムである「ダイアリー」の進化です。フェザーウェイトペーパーを使用しているためスリムで軽いという点に加えて、最近では多くの人がスマートフォンで手帳を使うようになった時代の中で、その状況をどう解釈しどうプロダクトを革新するのか、従来とは異なる目的をどのように提供するのかという部分に注力しています。例えば、来年新たに導入するダイアリー「オーガナイザー」は、日付をなくして必要な日に必要な分のページを作成できる仕様にしており、使う人それぞれの書く分量や用途に合わせて自由に使える、ダイアリーとノートをミックスしたような製品になっています。
3つ目は、ステーショナリーやカード類などを製造しているイギリス・スウィンドンの自社工場でのハイブリッドな製造方法の採用です。そこでは新旧さまざまな技術を導入しており、50〜60年前から続くヴィンテージ機械を用いたエンボス加工や金箔加工などの技術を守り続けている一方で、昨年導入したばかりのデジタルプリンターも活用しています。最新の機械でカラー印刷をした後に昔ながらの機械で金箔や銀箔を貼り、製本は手作業で行うなど、伝統とモダンが融合したような製法を取り入れています。
Image by: FASHIONSNAP
ー今、社会ではデジタル化やテクノロジーの進化が進んでいます。その中でステーショナリーやダイアリーといった“アナログ”なものを提供していることについて、どのように捉えていますか?
人々の生活がデジタルに移行しているのは事実ですが、一方で「アナログ体験」を生活に取り入れる時間をもつことを大切にする人々が増えてきているのも確かです。テクノロジーを使えば物事を素早く生産的に効果的に行うことができますが、カードやお礼状を手書きしたり、1日のうち5分だけ時間を取って日記を書いたりといった、手書きで何かを書くという行為自体がもたらす楽しさや豊かさがありますよね。
しかし、もちろんブランドとしてはただダイアリーだけを売り続けるのではなく、顧客と関わるさまざまな方法を見つける必要があると思っています。だからこそ、人々の生活様式の変化を反映させた製品の進化が、私たちの開発の最前線にあり続けると思いますし、それはフランク・スマイソンがかつてやっていたことでもあります。
ー変化や革新という点に関連して、2018年からバーバリー出身のルーク・ゴダディン(Luc Goidadin)氏がクリエイティブディレクターに、昨年5月にはハンターやジミーチュウ、ディオールなどを過去に経験されてきたパオロ氏がCEOに着任するなど、ファッション的な側面を強化しようとしているような印象も受けます。実際、ブランドとしてそのような意図はあるのでしょうか?
それは全くないですね。奇しくもルークと私は20数年前にバーバリーで一緒に働いていたこともあり、長い間お互いを知っていますが、私たちのブランドに対するヴィジョンは、「スマイソンをファッションブランドとは考えていない」ということです。 我々は、高級ライフスタイルブランドであり、6ヶ月サイクルのファッショントレンドを追いかけるのではなく、もっと移り変わりがゆるやかな、マクロなトレンドを追っています。
もちろん、時代とともに変化するサイズやシェイプを製品に反映することは必要ですし、シーズンごとのトレンドカラーをコレクションに取り入れるようにもしていますが、それは、スマイソンが「ファッションステートメントを持っている」ということではありません。我々のお客様は、何を買っても長く使えるという品質の高さや耐久性を期待して、あるいは季節感を楽しむ色を求めて、スマイソンの店舗を訪れます。そういったことを踏まえて、私たちはイギリスを象徴する長寿なライフスタイルブランドを作っていきたいと考えています。
ホームのイギリスは、“世界中の人々がスマイソンと出会う場所”
ースマイソンは、現在世界でどれくらいのビジネス規模があるのでしょうか。
現在の総事業規模は、約3000万ポンド(約57億2900万円)です。特にホームであるイギリスでの事業の比重が非常に大きく、約65%のシェアとなっています。現在世界で展開している全7店舗中6店舗がイギリスの主にロンドンにあることもあり、イギリスは我々にとって重要な市場であるとともに、世界中の人々がスマイソンというブランドと出会う場所でもあります。そのため、イギリスでの購入客の国籍は多岐にわたっており、地元のイギリス人顧客と観光客とがほぼ半分の割合となっています。第2の市場であるアメリカはビジネスの約16%を占めており、主にECを通じてサービスを提供しています。そして、第3の市場が日本で、我々にとって重要なマーケットです。ビジネスの残りの部分は様々な国から構成されており、いずれも1〜2%の比率になっています。
ー展開商品数や新作の発表頻度は?
スタイル、素材、色などを全て含めると、合計で1100SKUほどあります。ただ実際には、すべての国や店舗で全SKUを紹介しているわけではなく、その地域の特性に合わせた展開を行っています。日本でも、最初は主要なベストセラー品と日本の市場ニーズに特化したアイテムを中心とした、小規模なラインナップでスタートする予定です。新作は年2回、春夏と秋冬シーズンに分けて発表していて、ビジネスとしてはギフトニーズの高い秋冬が最も規模が大きく、日本では7〜9月頃にいくつかのドロップに分けて展開することになると思います。
ー商品カテゴリーごとの売上や構成比は?
ダイアリーやステーショナリー(カードやレターセット)などの「ペーパー」と呼ばれるアイテムはブランドの中核をなすものですが、我々の商品ラインナップの中では低価格帯で、売上としては約30%程度です。一方で、レザーグッズとレザーアクセサリーは、ビジネスの約70%を占めています。レザーグッズの売上は近年非常に伸びており、特にスモールレザーグッズやトラベルアクセサリー、メンズアクセサリーが急成長しています。例えば、ブリーフケースの売上は前年比40%増と大変好調です。女性用の大型レザーグッズについては、もっと売上を拡大できる余地があると感じているので、より魅力的な商品を開発するべく現在取り組んでいるところです。
ー直接的なライバルブランドはありますか?
スマイソンは幅広い商品を扱っているという点で非常にユニークな会社なので、分野ごとにいくつかの競合が存在します。例えばメンズビジネスであれば、我々は「モンブラン(Montblanc ®)」を最大の競合ブランドとして見ています。互いに筆記用具の長い歴史があり、ダイアリーやトラベルにまつわるアイテムを揃えているという点で似ていますし、百貨店などの売場も近くにあることが多いです。
一方で、我々の製品の作り方やデザインという点で見ると、洗練されていてクワイエットであるという特徴があります。そのため、バッグなどのレザーグッズに関しては、同じように控えめで洗練されたデザインの製品を展開している「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」や「ヴァレクストラ(Valextra)」も比較対象と言えます。
ーアイテムによって競合相手が変わってくるんですね。
そうですね。ステーショナリーに関してはそれぞれの国で異なるライバルが存在します。そのような中で我々が心掛けているのは、価格ではなく「サービス」をベンチマークすることです。スマイソンは、おそらく最も高価なステーショナリーメーカーになりますが、品質では他のメーカーと競い合っています。例えば、アメリカではクレイン社(CRANE & Co.)が最大のライバルですが、イギリスから輸送しているにもかかわらず、我々は彼らに配送のスピードで勝っていますし、品質も優れています。スマイソンでは、アウトソーシングせずに生産を全て自社で行っているからこそ、生産スケジュールに優先順位を付けたり変更したりすることにも非常に機敏に対応できますし、トップレベルのサービスと品質を維持できるようになっているんです。
今、ルックHDとタッグを組む理由とは?
ー今回、ルックHDと日本での独占輸入販売契約を結ぶことになった経緯を教えてください。
これまで、スマイソンはイギリスから直接日本事業の運営を行っていたのですが、せっかく日本で良いビジネスを展開していて良い顧客がいるにもかかわらず、我々は適切なサービスを提供できておらず、市場に参入する力や文脈、知識も持ち合わせていませんでした。昨年私がスマイソンの一員になったとき、そのような状況を目の当たりにして「これは機会損失している」と思ったんです。そのため、日本で事業を展開するための適切なパートナーを見つけることが、私がこの会社に入って最初に着手したことの一つでもありました。
日本のビジネスを成長させるためには、百貨店や旗艦店、ECを含めたオムニチャネルでのアプローチや、翌日配送をはじめとした優れたサービスが必要です。元々はイギリスからそれを実現しようとしましたが、イギリスと日本では言語も文化も市場もまったく異なるため、なかなか難しかった。だから、実際にブランドに対する人々のリアクションや声をダイレクトに理解し伝えることができる、その市場の顧客と同じ言葉を話す人の存在が非常に重要だと考えました。
ーそれがルックHDだったんですね。長年のアプローチを経て契約実現にこぎつけたと伺いました。
十数年前に多田和洋社長がアプローチしてくださって以来、ルックHDとはこれまで定期的に連絡を取り合い、長い間関係を築いてきました。私自身もルックHDのチームに出会って、彼らがスマイソンというブランドをよく理解し、長年ブランドを追いかけてきてくれたことにとても感銘を受けましたし、ビジネスに対する考え方や日本市場に対する理解も非常に近しかったので、タッグを組めば相乗効果があると感じました。そのため、今こそ長年話し合ってきたことを実行に移して彼らとパートナーになり、日本におけるブランドの成長を実現する時だと思ったんです。
ーイギリスと日本では、売れるアイテムの傾向に違いがあるのでしょうか?
多少の違いはありますが、ベストセラーは基本的には共通しています。世界的に売れているのは、パスポートカバーやノートブック、荷物タグなどのトラベルアクセサリーですね。刻印サービスでパーソナライズできる点も人気が高いです。ただ、特定の国や地域でのみ稼働する商品というのはもちろんあって、日本市場に特化した商品も既にいくつか展開していますし、今後もさらに登場する予定です。
ー日本市場特有の傾向とは具体的に何でしょう。
例えば、日本では支払いの方法として硬貨や紙幣を使う人がまだ多いですよね。イギリスでは、既にクレジットカードやスマートフォンによる支払いが主流となっているので、我々の商品ラインナップには何年も前から「コインケース」がなく、そのことが議題に上がったりもしました。なので、今後はチームとも話し合って、日本向けにコインケースを再導入する必要があると思っています。
ー直近の日本におけるビジネスの動向を教えてください。
日本は、我々にとって基本的には常に安定した市場です。ただ、元々伊勢丹やヴァルカナイズ・ロンドン、トゥモローランドなどをはじめとした影響力のある卸売のパートナーとのビジネスが非常に好調だったこともあり、実店舗での買い物の機会が減ったコロナ禍の直近2〜3年は少し厳しい状況でした。しかし、実店舗の売上が減少した一方でECの売上が増加し、今ではECの比重が少し大きくなりすぎていると感じています。また、コロナ禍を経て人々がプロダクトに対する美的感覚をやや失いつつあるようにも思うので、ルックHDが日本での事業を展開するようになったら、すぐにショップインショップや旗艦店などの実店舗をオープンし、お客様にブランドや製品に直接触れてもらい、刻印サービスなどの特別なサービスを体験してもらう機会や場所を作ることが非常に重要だと考えています。現状、日本では売上の約90%がECですが、将来的にはECが30%、実店舗が70%という売上比率を目指す計画です。
ールックHDとのタッグによって実現したいことは何ですか?また、日本市場にどのようなことを期待していますか?
イギリスでスマイソンの製品に出会った人たちの多くがそれなしでは生活できなくなったように、まずは日本の皆さんにスマイソンを知って好きになってもらうことが、私たちの目標です。私もこのブランドで働き始めてから実感しているのですが、スマイソンのダイアリーやノートブックを手にすると、最初はもったいなくて皆なかなか書き始められないんです(笑)。でも一度紙にペンを置くと、もう二度と普通のノートには戻れなくなる。それくらいとてもユニークな体験なので、日本の皆さんにもぜひそれを知ってもらいたいですね。
そして、当然我々はビジネスを運営するためにここにいるので、店舗やロケーションの拡大、顧客の増加を目指すのはもちろん、スマイソンが日本の顧客のためにできることは何か、イギリスの伝統を背景にしたラグジュアリーなライフスタイルを実現するために、私たちが一緒に開発できる製品は何かといったような、スマイソンというブランドを日本に合う形で導入する方法を模索できたらと考えています。
ー日本での実店舗の具体的な出店計画は?
現時点では、2025年にEC店舗を含めて5店舗ほどオープンさせる計画で準備を進めています。高価格帯の商品のため、旗艦店となるような直営店と、百貨店を中心としたインショップでの展開を検討中です。旗艦店については、路面なのか商業施設内なのかということも含め、スマイソンの世界観を表現するのにふさわしいロケーションを選び、まずは1店舗出店できたらと考えています。
ー最後に、今後スマイソンが目指す方向や展望、パオロCEOが挑戦したいことについて教えてください。
今後の我々の事業戦略としては、まずはイギリスのビジネスを安定的に保つことで、イギリスが世界中の多くの人がブランドに出会う場所であり続けること、そして、日本での成長を加速させてビジネスを成功させるために、ルックHDのチームと緊密に協力することが重要だと考えています。また、第2の市場であるアメリカについても、今後はオンラインのみでなく実店舗への進出も進めていく予定です。日本とアメリカの事業が順調に成長し安定したら、将来的にはアジアや中東、ヨーロッパといった他の地域にも目を向けていくつもりです。
そして、私が挑戦したい課題は、このブランドがどれだけ柔軟であれるかということです。 スマイソンは英国産で長い歴史があるという大きな強みを持っていますが、それは地域や世代を超えて、多様な形で人々に届くものだと思っています。だから、私はこのブランドの良さを日本やイギリスといった違う国や地域に対してはもちろん、世代の異なる人々に対してどのように拡張していけるかということを模索したいと考えています。イギリスでは、長年スマイソンを愛用してくださっている顧客がたくさんいますが、彼らは「孫娘が結婚するから、結婚式の招待状にスマイソンをプレゼントしようと思っているんだ」と言って来店してくれたりと、自分の子どもや孫にもブランドを紹介してくれるんです。 では、その結婚したばかりのカップルを将来にわたってスマイソンに引き留めるにはどうしたらいいのか、それを考えることが私の挑戦ですね。
(聞き手:佐々木エリカ)
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