【インタビュー】アパレルを生かす人 年間200社の繊維工場を回る宮浦晋哉が見た光と陰

糸編 代表 宮浦晋哉 Photo by: FASHIONSNAP

 東京の下町・月島に、築90年の古民家を改装した「セコリ荘」がある。ショップ、テキスタイルのショールーム、またある時は飲食スペース。職種や世代を超えてさまざまな人が集まるコミュニティースペースだ。切り盛りするのは糸編の代表、宮浦晋哉氏。年間150〜200社のあらゆる繊維工場を回って素材や技術とデザインを結びつけ、業界内外から厚い信頼を得ている。「FASHION∞TEXTILE 繊維産地への旅」という本を出版したばかりでもある宮浦氏は今、ものづくりの現状について何を思うか。

宮浦晋哉
1987年千葉県出身。杉野服飾大学服飾学部服飾学科モードクリエーションコース卒業後、渡英しロンドンカレッジオブファッションで学ぶ。在学中、日本のテキスタイルが世界的に高評価を受けている一方で日本の産地が衰退していることに疑問を抱く。2012年に帰国後、留学中の論文をきっかけに「Secori Gallery」事業を開始。2013年、コミュニティスペース「セコリ荘」を月島に、2015年に金沢にオープン。2017年5月、Secori Galleryから株式会社糸編に改組し、産地の学校を開校した。

アパレル企業と工場の間に起こるミスマッチ

ーさまざまな活動を広げているので「何やさんなのか?」と聞かれることも多いそうですね。

 ファッションキュレーターとして活動しているんですが、2012年に「セコリギャラリー」を始めてから5年が経ちました。産地を巡り繋げる仕事をして、生産管理や素材開発、ライターや伝えるためのメディアを作ったりもしています。

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セコリ荘・・・2013年9月、東京・月島の築90年の古民家を改装しオープンしたコミュニティスペース。ショップ、飲食スペース、テキスタイルのショールーム機能を持ち、職種や世代を超えた交流を生む場として誕生した。2015年10月に北陸産地に特化した「セコリ荘金沢」がオープン。「セコリ荘金沢」は今年6月をもって閉店し、2階を産地の学校の拠点兼テキスタイルのショールームとして運営している。公式サイト

ーおそらく、日本で最も多くの繊維工場を回っている一人かと思います。国内アパレル市場は10兆円を切り縮小傾向にありますが、繊維産業の現状についてはどのように見ていますか?

 日本の産地が良いものを作っているということは、まず僕だけではなく皆が分かっていますよね。でも今の時代、日本で作る素材は、アパレル企業が売りたい値段から逆算すると安くはないので、扱いづらいという側面もあります。工場とアパレル企業やデザイナーとの間にミスマッチが起きているという課題は根強い。日本の市場を見ると高い服があまり売れないので、高くても売れる工夫をしなければいけないのか、コストを抑えて素材にこだわるのか、色々とあるとは思いますが。

ー小売業界では「服が売れない」とも言われています。

 これは僕の一感想になりますが、アパレル企業はリスクを恐れて市場のトレンドばかりを気にしていて、同一化、均一化しているようです。色々な人に話を聞いていると、例えば新しいことをして売れなかった時が怖いから、トレンドセミナーなどで勉強して、次はこれが売れるからと言って右向け右でみんなで作り、結果的に失敗している。でも、みんなで失敗しているから責任が軽減される、というような。そういう悪循環になっていることを、中にいる人も気付いているはず。消費者は多様なニーズがあるはずなのに、アパレルがなんでこんなに同じものばかり作るんだろうと、一消費者として思います。

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ー作り手の工場側について問題視していることはありますか?

 一つは昔の商慣習です。例えば支払いが手形だったり、工賃や糸の計算が昔から変わっていないとか、体質の古さは変えられたらいいのにと感じます。例えば自社で出来ない仕事がきたら隣の工場や他産地と連携するとか、機械の稼働率や閑散期をドライブデータでお客さんに見せるといったことも。もう少し効率良くできるんじゃないかと思うことはありますね。

 でも一番心配なのは高齢化。とにかく歯止めがかかっていません。80代が支えているギリギリの産地や地域もあって、その方が仕事が出来なくなると同時につぶれて、ドミノ倒しでその地域で築いてきた技術がなくなってしまうこともありえる。なんとしてでも若い人材を入れないといけない状況だと感じます。

ーなぜ高齢化が進んでいるのでしょうか。

 必死に人材を探している所もあるんですが、「もう俺の代で終わりでいい」という方もたくさんいるのは事実です。そういう職人にとって即効薬は、若い人との接点を作ってモチベーションを高めることなんですよね。産地に若い子を連れて行って興味を持ってくれたら最高なんですが、でもなかなか志願する人が出てこない。高い技術を残さないといけないような工場とは、行政や市町村、民間企業としても、何ができるのかを話し合っています。

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ー若手を取り込んでいくアイデアはありますか?

 まず、イメージに相違があるかと思います。下請け仕事で、暗くて寒くて暑い。手取りが安く残業も多いから若手が入ってこないんじゃないかと、職人さんの方がそう思っていたり。でも実際は、僕が美大や服飾学校で講義をしていると、給料を気にしている学生ってあまりいないように感じているんです。

 例えば服飾を学ぶ学生は、将来の職業としてファッションデザイナーが花形になりがちですが、それだけじゃないことを知ってもらえれば。デザイナーとして企業に就職しても、MDベースで作る商品が決まったり、前年度の型をグレーディングするだけとか、本当の意味でデザインと言えないような仕事が多いと聞きます。でも、工場や職人は違います。実際に手を動かして0から1を作ることができるのが現場ですから。一般大学生から服飾学生、美大生が就職先を選ぶ時、産地で働くということをスタンダードな選択肢の1つとして捉えてもらいたいですね。


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