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必要なのは雑誌への純粋な愛?ファッション誌のこれから

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デジタル革命以来、ファッション雑誌は存続の危機にある。多くの雑誌が姿を消し、残った雑誌は加速の一途を辿るファッション業界と、根本的なビジネス構造変革を迫られる出版業界の現状に戸惑いながらも、新たな活路とアイデンティティを見出そうとしている。

雑誌業界はまったく先行きが見えない。試行錯誤を続けた先に着地点が見えたとしても、この業界がどうなっているのかは誰にも予測すらできない。一昔前のビジネス・モデルはもう通用せず、完全に破綻している。業界を取り巻く財政的状況が違うのだから、それは当然だ。印刷媒体での広告収入は10年前のそれと比べ4分の1にまで落ち込んでいる。しかし、かといってデジタルでその分をまかなえるほどデジタル媒体の開発と認識は進んでいない。雑誌の発行部数は世界的に低迷を続けている。雑誌は瀕死の状態にあり、21世紀をこれから存続できるかどうかすらも、極めて怪しい状態にある。

ファッション業界もまた変化している。プレ・コレクションとファッション・ウィークの数は雪だるま式に増え続け、ファッション・ブランドは年間を通して常に何かしらを発表していなければならない状況に迷い込んでいる。デザイナーたちはプレッシャーとその速度についていけず、クリエイティビティを健全に保っておけないほど疲弊している。ファッション業界もまた、デジタル革命が起こったときに出版業界が強いられたような変化に直面しているのだ。

高速のインターネットが登場し、Wi-Fiが"普通"になり、スマートフォンやタブレットが一般普及するまでの数年間で、一般消費者の「メディアとの関わり方」は大きく変わった。キオスクで新聞を買う行為が、遠い過去の出来事のように感じられてしまう。ビジネスマンがブリーフケースと傘を手に、折りたたんだ新聞を脇に挟んで歩く姿は、もう過去の光景でしかない。新聞の発行部数は、雑誌のそれよりもひどい落ち込みを見せている----雑誌の発行部数の落ち込みようを調べてみてほしい。その惨憺たる数字を見れば、いま新聞業界がいかに地を這うような思いで出版にあたっているかが理解できるはずだ(i-Dに関して言えば、ありがたいことに発行部数も収益も上向きを示している)。

2015年の雑誌販売総数は、2014年から1,500万部減少した。前年比で『Glamour』が2.4%、『Closer』が11.8%、『Cosmo』が9.8%、『Marie Claire』が13%、『Grazia』が6.4%、『Elle』が4.4%、『GQ』が2%、『Vogue』が1%、『FHM』が20%の販売部数の減少を記録した2014年(MediaWeekの調査結果参照)から、さらに1,500万部ダウンしたのだということをここで改めて強調したい。2015年は、雑誌の大手出版社にとってはこの延長線上にある苦戦を強いられた年となった。アメリカでは『Vogue』のコンデナスト社が社内の合理化にともなう縮小改編を行ない、『Elle』や『Marie Claire』のハースト社はEコマースや新進企業への投資を開始した。利益の成長を見せているのは一握りの企業で、この業界に在籍する出版社の多くは損失を生み続けているのが現状だ。

現代は、出版業界にとって「真の自分探し」のときである。特に、コンデナストやハースト、『In Touch』誌を手掛けるバウアーや、『Time』誌や『Sports Illustrated』誌を出版するタイム社などの大手出版社は、「商業的にすでに破綻しているセクターでいかにして利益を生んでいくか」という難題に直面している。大手出版社は、デジタル革命によって激変する世界に迎合して臨機応変な対応ができるほどの身軽さはなく、ここまでなんとか持ちこたえてきたにすぎない。何がこの現状を生み出しているのだろうか?一般消費者が雑誌を読まなくなったわけではない。しかし、"雑誌の読み方"が変わり、メディアを消費する手段が変化したのだ。先ほど出てきた「折りたたんだ新聞を脇に挟んで歩くビジネスマン」というイメージだが、そのイメージそのままを数年前に生きていたビジネスマンたちは、きっと今ごろ、スマートフォンで新聞を読んでいることだろう。

我々はかつて、"ニュース"を得るために印刷媒体を購入していた。今"ニュース"は瞬時にオンラインで通知される。最新の情報を求めて印刷媒体を買うという行為自体が、とんでもなく古臭く感じられる。私たちは、例えば通勤電車の中や、ランチで訪れたレストランで並んでいる間など、手持ち無沙汰になればスマートフォンやタブレットでネットにアクセスし、ウェブサイトを開けば、そこに求める情報があり(皮肉にも、かつて一般消費者が最新情報を求めて買っていた新聞や雑誌の出版社こそが、今、消費者が求める情報をウェブサイトでアップしていたりするのだ)、またFacebookやTwitterでも常にリアルタイムでニュースがチェックできる。Instagramではヴィジュアルでアップデートやイベントをチェックでき、かつては時間限定で消える動画を友人同士でシェアするためだけに使われていたSnapchatが、ニュースを発信するサービスを展開し始めている。Facebookは「インスタント記事」という新たなサービスの展開で、例えば『BuzzFeed』や『The New York Times』などのウェブサイトを訪れずしてユーザーが記事やエディトリアル論説などを読めるニュース配信を可能にしている。

ファッション業界のサイクルはシーズンに基づいている。しかし、現代のデジタル社会ではひとびとが画面をスワイプし、スクロールしているその瞬間にも情報が刻一刻と変化し、更新されている。となれば、月に一回だけ情報をまとめて発信するなどという手段には誰も見向きもしなくなる。メディアは高層ビルの屋上から真っ逆さまに転落していく人体のように加速し、あとは地面に触れたときの衝撃と破壊に備えることしかできない。発信するニュースは瞬時に古いものになり、数日のうちにソーシャル・メディアの墓場で無縁仏のように忘れられていく。この新たな形のメディアは「ライブ」で「インスタント」であることが重要視され、奇を衒ったリアクションと怒涛の情報が重宝される世界なのだ。ファッション・ウィークが求める話題歓喜の構造がそこにあるわけだが、一方では、今年に入ってラフ・シモンズやアルベール・エルバスが嘆いたように、「この地獄絵図の中でどう"考える時間"が与えられるというのだ?」という状況が出来上がってしまっているのだ。

今後数年間、ファッション業界は「年間を通してファッション・ウィークが繰り広げられる」という現状から脱却して、「無駄をなくした豊かなファッションの未来」へと舵を切ることになるだろう。そのきっかけとして、先週金曜にはBurberryとTom Ford、そしてVetementsという世界観のまったく違う3ブランドが足並みを揃え、「狂気じみた現行のサイクルから脱却すべく、ファッション・ウィークが必要とする話題歓喜の手段と、コレクション発表の時点で商品を購入可能とする方法を融合した、新たなビジネス・モデルを模索する」と発表した。素晴らしいことではあるが、これが実現すると「いま見ているこのコレクションはどのシーズンのものなのだ?」「発売から数ヶ月後の商品を雑誌でニュースとして発信していかなければならなくなるのか?」など、雑誌出版社はまた新たな問題に直面することになる。今後、我々はどうファッションを扱っていけば良いのか----答えはまだ見えないが、いずれにしてもファッション・ウィークのスケジュールが大きく変わるという現実は、インターネットの登場と同等の衝撃を伴ってファッション誌業界を襲うことになる。

シーズンをベースとした印刷媒体で、旬でないニュースを扱わなければならないという状況から、ファッション誌は新たな形を生み出した。ファッション誌は消耗され、常に変化し、しかしまたすぐに廃れてしまうものだ。しかし同時に、作品として今という時代の世界観を後世へと伝えることができるという特性を持ち合わせている。そして、その特性があるからこそ、ファッションだけでなく音楽、カルチャー、アート----人生そのもの、世界と時代というものを「永遠」と「今」の間にある矛盾した関係の中に描き出すことができる。この特性に着目して、世界最高のライターと写真家、アーティストを集結させ、彼らが表現をできる場を作る雑誌が登場したのも、苦境にあるファッション誌業界の現在を象徴する出来事だろう。それらの雑誌は、ひとびとが大切に保管し、時を経てもたびたび立ち返っては感動できるものとなっている。『Love』『Arena Homme +』『Pop』『Man About Town』『System』『032c』『Tank』『Fantastic Man』『Gentlewoman』などの雑誌は、特にエディトリアル面で号を増すごとに力強さを増し、美しく深みあるエディトリアルと、素晴らしいカルチャーへの視点を打ち出し続けている。

これらの雑誌が売り上げの面でどれだけの成功を収めているかは明らかではない。監査対象となっているわけではないため売上高が公表されることがないのだ。しかしだからこそ広告枠を高値で売ることができる。これがこれらの雑誌のビジネス・モデルを支えているのだろう。2004年に『The Face』を廃刊へと追い込んだのは、この「監査」の存在だった。EMAP社のもとで発行されていた『The Face』は、監査機関によって発行部数の伸び悩みが一般公表されたため、広告主を失い、広告枠の価格を値引きせざるを得ない状況へと追い込まれた末に廃刊となった。

世界最大規模のプロフェッショナル・サービス・ファーム、プライスウォーターハウスクーパーズ(PricewaterhouseCoopers)社の調査・発表によると、現在から2019年までの間、インドやブラジル、中国、メキシコなどこれまで中レベルの市場だった国々での大きな成長によって、世界市場での売り上げ・広告収入減退が相殺され、雑誌業界全体の収益は小康状態となり、成長率は0.2%にとどまると予測される。これは「縮小よりマシ」と言わざるを得ない。印刷媒体の売り上げと広告収入額が下降を続ける中、デジタル広告の収入は成長を続け、こうなると「新たなビジネス・モデルが確立されるまで誰が生き残れるか」という次元の問題になってくる。

ファッション雑誌の未来の鍵を握るのはテクノロジーだ。テクノロジーの進化によって、媒体のターゲット層は、ウェブサイトを訪れてくれるユーザーだけに絞られなくなる。その影響は今、Instagramで撮影風景を投稿するスタイリストたちや、不採用となった写真作品を自身のTumblrで発表する写真家、Twitterで独自の視点を打ち出すライター、各フォーラムでリポストや批評を通してファッションを語るファンたちを通して広がりを見せている。ファッション関連出版業界の戦いがミレニアル世代にかかっているのだとすれば、彼らミレニアル世代こそがファッション業界のターゲットであり、ソーシャル・メディアでの戦いと、マスメディア以外での広告戦略での戦いが、発行部数やウェブサイトのPV数などと同様に大きな意味を持つことになる。

ファッション業界はこれに賭けている。今、ミレニアル世代にもっとも効果的とされる広告手段は、ネットを使っていると紛れ込んでくる「アドバトリアル」と呼ばれる「エディトリアル広告」だそうだ。誰のコンピューターにも「広告ブロック」の機能は搭載されているし、たどり着きたいコンテンツを開くと現れるポップアップのバナーなどは誰もが見ずに閉じてしまうわけだから、「アドバトリアル」という広告に賭けざるを得ないのがファッション業界の現状だ。

今ようやく大人の世界を覗けるほどの年齢に差し掛かった若い世代は、「雑誌」と聞いて「紙、ページ、ハードコピー、美しい写真、スターが起用された表紙」などを思い浮かべることなどない。彼らが「雑誌」と聞いて連想するのは、「ウェブサイト、スクリーン、ハイパーリンク、写真ギャラリー」だ。この"時代の流れ"は今後どう転ぶかわからない。ミレニアル世代が、リアルタイムでは知らない「雑誌の黄金期」にノスタルジアを見出して、「紙媒体」という形態を後世に残してくれるかもしれない----レコードがそうやって生き残り、改めて存在意義を認められたように。

現在、『Mushpit』や『Buffalo Zine』『Hot + Cool』『LAW』など、「雑誌」という形態への純粋な愛から作られた素晴らしい雑誌が少なからず生まれている。この世代にも、ファッション誌だけが見せることのできる世界を守り、火を絶やさずにトーチを次世代へと継承しようと情熱を傾ける者がたしかにいるのだ。

出版業界同様、ファッション誌出版そのものもまた変化の時を迎えている。しかし、このまま死に絶えてしまうことはないだろう。オンラインと紙媒体の違いが明確になったからこそ、雑誌には、熟考の末にものを作り出すことができる贅沢でスローな環境が生まれたのだ。スピードとプレッシャーの中で存在の危機まで感じていた業界に、新たなスペースを生んでくれたのだ。

現在もっともエキサイティングだとして先に挙げた雑誌たちだが、依然としてネットでの存在感は皆無だ。PV数を競うのではなく、ストーリーやファッション、写真、スタイリング、記事そのものなど「質」と「内容」で競い、実に美しいものを作り上げている。コンセプトとしてのファッション誌は不景気な世の中にあって、とんでもなく元気なのだ。

Credits
Text Felix Petty
Photography via
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.