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原宿のヘアとビューティの変遷 -1996〜2017-

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原宿ファッションを撮り続けた『FRUiTS』の編集長・青木正一が、原宿のヘアとビューティの変遷を語る。

1996年に始まった原宿ファッションの大爆発の起爆剤は、ビビッドなヘアカラーだった。実はそれまでは、脱色してキレイに色を入れることはできなかったのだ。新しいカラーリングの技術が開発され、それがちょうど日本に入ってきたところだった。原宿のオシャレな子たちは、ビビッドなヘアカラーを選択したのではなく、突然与えられたのだ。ちょうどDCブームのモノトーンのファッションに飽き、次のファッションを探していた彼らにとって、それは渡りに船だった。まず、美容師たちが飛びついた。当時の原宿ファッションは、美容師が先頭で引っ張っていたと言っていいと思う。美容師はファッションアドバイザーでもあり、ロンドンの最新流行の伝道師でもあった。彼らは顧客や友達にカラーリングをすすめた。それに伴い原宿のファッションも急速にカラフルになっていった。

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当時は原宿の小さな美容室が元気だった。完全に脱色してからのカラーリングは高額なので、美容室の売上も上がったが、数時間かかる作業なので、大手の美容室には効率が悪かったかもしれない。その後に流行りだすエクステンションも高額でさらに時間がかかる作業なので、小さな美容室の得意分野での住み分けが起こった。エクステンションとは、髪にカラフルなウールや化学繊維の毛束や、ドレッドヘアーのエクステを編み込むことで、ときにはビニールのチューブを編み込むこともあった。短い髪の毛を、長くするエクステではない。アクセサリーとしてのエクステだった。10万円近くかける子もいた。カラコンが登場したのもその頃だった。メイクもブルーのアイシャドウやピンクのチークなど、色を加えることが多かった。眉でいえば安室奈美恵がミューズになっていて、みんな細眉で、ほとんど剃ってから描いていた子も多かった。原宿のストリートはカラフル全開になった。

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そんなカラフル大爆発も5年間ほどで終わった。2001年頃からは、そのカウンターカルチャーとしてシンプルブームが到来する。オシャレの震源地も原宿から代官山に移った。ファッションの先端を走る年齢層も少し上がった。そしてビビッドなヘアカラーは絶滅した。せっかく脱色した髪をわざわざ黒に染めたりもした。一旦脱色してから黒に染めた髪は、最初からの黒髪とは微妙に違うオシャレ感があった。その後は金髪と黒髪のあいだの茶髪のバリエーションになった。パーマやカットで女性っぽくニュアンスを出す。メイクも派手な色は使わずナチュラルメイクで、全体的に薄いイメージに。眉も基本的に薄くだ。少し太くして脱色が理想なのだろうが、いったん細くした眉はなかなか太くはならない。 細眉を脱色して、ほとんど眉毛のない状態に描いている子が多かった。実際よりもかなり急角度に描くことも多かったように思う。そのうちに、奇妙な現象が起こった。眉毛を全部剃りだしたのだ。特に読モ系の子からポツポツと増えだした。剃ったあとに眉を描くのではなく、剃ったままなので、ひげ剃り後のように青白くなっている。眉がないほうがカッコいいということだったらしい。オシャレを自認する子たちのあいだだけに1、2年流行っただろうか。忘れたい黒歴史かもしれない。元に戻す過程も大変だったはずだ。

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その当時のファッションも一見シンプルだが、細かいニュアンスにこだわり、ブランド志向で、「よく見るとこんなこだわりも」的なファッションだ。ファッション上級者のイイ女指向になった。それまでの原宿ファッションのベクトルとは違う方向性のファッションだった。その頃の男の子のファッションは、裏原系ファッションが完全に支配していたので、彼らとのファッション的なマッチングも良かった。そういうファッションが3年間ほど原宿のファッションを支配した。

2004年くらいからすごくゆっくりと原宿ファッション的なニュアンスが戻ってくるが、ファッション上級者が支配する街になった。そもそも、"原宿ファッション的なニュアンス"ってなんだろう。ファッションに対する遊びの要素と、男性に対する意識の低さだろうか。シンプルファッションはカップルの男性を想像させるが、原宿ファッションは隣に立つ男性をイメージしにくい。原宿ファッションと対立する表現として「モテセン」という言葉があるくらいだ。原宿ファッションのもうひとつの特徴として、派手な格好や他の街ではできないような奇抜な格好も許容するということがある。そういう意味では、ファッション上級者のファッションが支配的だというのは、原宿的ではないということでもある。ファッション上級者というのは、ファッション関係で数年間働いて身についた能力のことだ。原宿で淘汰選択された熟練のショップスタッフのファッション能力には、なかなか太刀打ちできない。オシャレな女性はどんどんオシャレになっていくが、初心者には来にくい街になっていたと思う。2010年頃からそんな状況も少しづつ崩れてきて、まだ完成されていないファッションの若い子が来やすい街に徐々に戻っていった。新しいファッションはそんな子たちから生まれたりするものだ。きゃりーぱみゅぱみゅも当時のそういう子のひとりだったと思う。

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色使いの強めのメイクも戻ってきた。強めのピンクのチークは、原宿的かもしれない。最近では目と頬のあいだにピンクのチークを強めに入れるという原宿独特のメイクもある。2011年頃に数人の子から始まったように思う。調べれば最初にやった子も特定できるかもしれない。何かルーツがあったのだろうか? 頬のチークが変化したのだろうが、目の下に入れるというのはだいぶニュアンスが違う。ビビッドなヘアカラーはまだ戻ってきていなかったが、そういう環境だからこそ武器になる。ピンクの髪で世界的なモデルになったフェルナンダ・リーや香港のエバ・チェンは原宿が大好きだ。青髪のアオイちゃんも印象的だった。

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今年の春になってから、ビビッドなヘアカラーをちらほら見かけるようになった。金髪だった子が脱色してから複数の淡い色を入れたり、コスプレ指向の子のカラフルなヘアカラーと原宿っぽい日常着だったり、男子の一部に現れてきている新しいファッションのヘアカラーだったり、新しい動きが出てきているようだ。閉塞した今の原宿ファッションをブレイクするのは、今度もまたヘアカラーなのかもしれない。

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Credits
Text and Photography Shoichi Aoki