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「液体を連れてくるだけ」アーティスト中山晃子が描く流動的な絵

「液体を連れてくるだけ」アーティスト中山晃子が描く流動的な絵の画像

流動的。それは生きていること。中山晃子が追求するのは、その絶え間なく動き続けるものを描くこと。"完成"というかたちはどこにある?---- そんな疑問が生んだ「Alive painting」は、彼女が描く悦びそのものだ。

中山晃子は、バカでかいスーツケースを持って現れた。ケースの中から、ビデオカメラにプロジェクター、ビデオミキサー、ピエゾマイク、30cm四方ほどの木箱、絵の具......次々に機材や装置が取り出され、「Alive painting」のための"移動式アトリエ"が組み立てられた。そこに立つ彼女の姿はまるでラボの研究者だ。

そう、中山は流動的な絵を描くアーティスト。彼女が調合した濃度や重さの異なる絵の具を、様々な質の紙やガラス板の上に垂らしていく。絵の具は息を吹きかけられたり、擦られたり、揺さぶられたりしながら絶えずかたちを変化させていく。スポイトから鮮やかに放たれた赤い絵の具は、油分を含みどろりとした緑色の絵の具と溶け合い、そこにキラキラと光る小さな粒たちが投入される。そうしてスクリーンに映し出された絵は、サンプリングした実験的な音と共鳴しながら、あるときは呼吸をする細胞のように、またあるときは宇宙の爆発を想像させ、同じかたちにとどまることを知らない生命体のよう。そんなAlive paintingへの入り口は、観察好きだったという幼少時代にあると中山はいう。

「小さい頃に住んでいた家から最寄りのスーパーまで歩いて5分の距離だったんですが、いつも30分かかっていたと母から聞きました。というのも、道すがら小石を眺めては握ってみたり、この石の中にいくつの粒が詰まっているんだろう?......と想像したりしていたから(笑)。他にも、スーパーのチラシがすごく面白くて。商品の写真を切っては自分の好きなラインナップに並べ替えて、新たにチラシを作ったり。小さなモノを観察したり、身近なもので遊びを探すのが得意な子どもだったと思います。それに絵を描くことが好きでした。あるとき、植物の茎を緑と赤の色鉛筆で描いていて、その2色が混ざった瞬間に植物のリアルな匂いがしたような気がしたんです。色彩が絵の中で生命感を持った、すごく強烈に記憶に残っている体験ですね」子どもの頃、巣を出入りするアリたちをいつまでも眺めていたことは誰もが持つ記憶だと思うけれど、大人になるにつれていつしかそんな遊びをしなくなってしまうのが普通なのかもしれない。だが、中山の"遊び"は大人になった現在も止むことはない。そんな彼女を体現するかのような、一枚の絵を完成形としない絶えず流れ続ける絵。それは当たり前とされる型からはみ出すことで生まれたのだという。

「高校のとき、美大受験のために油絵を本格的にはじめました。普通はキャンバスに載せた絵の具が乾くと完成ですよね。でも、まだ絵の具が濡れて生きている感じは失われてしまう。自分がきれいだなと感じた状態は完成の数時間前に起きているんです。完成って誰が決めたことなの? とすごく疑問に思って。それで、動き続けている絵を描いて、ビデオカメラとプロジェクターで映す制作をはじめたんです」学生時代には、DJやダンサーなど他の表現をする学生たちと共に、積極的にパフォーマンスを行なったという。いまも様々なアーティストとセッションすることで、中山の表現はさらに広がりを見せている。

「彫刻、音楽、詩など、表現手段は違っても"色彩"という同じテーマを持つアーティストがいますよね。そこでは技法は関係なく、同じテーマで会話ができるはず。技法ってスプーンとかフォークと同じようなもので、手の先の代わりでしかない。だから、技法やかたちとは別のところでセッションできる作家とコラボすることは、すごく新鮮で刺激的。私の絵ではカバーできない部分を引き出してくれるんですね。例えば、石川高さんという笙(雅楽用の管楽器)の奏者と一緒にパフォーマンスをしたときは、色の波と音の波を共振させて頭の中に倍音を作り出す......そんな試みがありました。また、ダンサーの小暮香帆さんとパフォーマンスをしたときは、もっと具体的なストーリーを考えていく感覚でした。彼女の動きに対して描くのか、その動きの意味に対して描くのか。そういうことを考えながら色を組み立てていくような作業で、ワクワクするんです!」

彼女のパフォーマンスは即興で進行することも多い。混じり合った絵の具が予測不能なかたちと色彩を生むように、即興で思いがけない化学変化も起きる。まさにライブなのだ。

「即興では、セッションする作家が"今どこにいるんだろう?"と想像を膨らませながら描いています。これはきっとお客さんも感じてくれていることかな。絵が空気感を引っ張ることもあれば、ダンスや音が先導することもあるし、同時にワッとはじまることもある。そのすべてを楽しみながら描けるのが即興の醍醐味ですね」面白いのは、彼女が、絵の具はもちろんのこと、カメラやプロジェクターなど通常なら無機に感じる機材までに自立した"人柄"を見出していることだ。「ライブ会場によって、ここの電圧は好きじゃないよね、とか、今日のコンディションはいいね、とモノとも会話することが多いです」と言い、自分の力ではコントロールできないことも一つひとつ検証するのも楽しみなんだとか。

「私が描いているという感覚はないんです。私は液体を連れてくるだけ。少し離れたところから見ている感覚ですね。自分の興味を人と共有したいと思ったときに、最初は言葉で伝えようとしていたんだけど、どうしても状況説明にしかならない。だからその状態を自分で作り出して体験として共有したい。そういった意味でもAlive paintingはコミュニケーションする、シェアする、という考えに基づいています。絵の中からどの要素を引き出して見るのか、また、その要素の組み合わせでも見ているものは変化する。見ている人が自由に感じてくれたら嬉しいです」

ハイテク、ローテク、さらにノーテクが融合した緩やかにたゆたう世界観。そこには中山の作ることへの悦びが詰まっている。そして彼女の作品はこれからも留まることなく変化し続けるのだろう。

Credit

Photography Shun Komiyama Text Shiho Nakamura
Hair and Make-up Ken Shiroma. Hair and Make-up assistance Shizuka Minagawa