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【2022年ベストバイ】音楽家 渋谷慶一郎が今年買って良かったモノ

渡辺志桜里 アート作品

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F:渋谷さんのスタジオにはウォーホール、サイ・トンブリーのポスターや片山真理さんや高橋恭司さんの写真作品など、たくさんアートが飾られていますね。この作品にはどこで出会ったんですか?

渋谷:渡辺志桜里さんが新宿の「WHITEHOUSE」(完全パスポート制のアートスペース)で展覧会をやっているときに行って、Chim↑Pomの卯城竜太さんがギャラリーツアーをしてくれたんです。それは生態系をテーマにした展示で、説明を聞いてすごく腑に落ちたというか、すごく面白かったんだけど。この作品はポンと壁に飾ってあって、一目見て印象に残ったから「これを買いたいんですけど」っていうメッセージをご本人のインスタグラムに送ったんです。

F:そんな方法でアートを入手できるんですね。

渋谷:最初は売るつもりはなかったらしい。だからエディション1なんだよね。渡辺さんは、皇居のすぐそばで育ったというアーティストで、皇居や皇室との密接な関係性と政治、生態系をある意味、同等にテーマにしてるのが面白いんです。これは日本で初めて発行された紙幣を拡大して、皇后の肖像部分を黒く塗ったっていう作品。なぜ「神功皇后」という女性がこの紙幣に印刷されたかというと「お金も女性も汚れているものだから」という男尊女卑の思想が背景にあったわけ。だからこの作品はポリティカルアートとジェンダーアートの文脈をブリッジしていて、しかもこの形自体がヴァギナのようになっていて中心は塗りつぶされて、いわば皇居と同じように空洞化されている。

F:非常にコンセプチュアルですね。渡辺さんは「人の手を離れたエコシステム」もテーマにしているアーティストですが、そういう作品についてはいかがですか?

渋谷:「人間後の世界」みたいなビジョンにはすごく共感したし、パッと見は違うけど、触れ合うものがある気がする。僕には「世界の終わりの瞬間を見たい」っていう欲望がずっとあって、ボーカロイド・オペラ「THE END」の時もそういうことを夢想して作ったんだけど。ここ何年か、コロナとか戦争とかいろんなことが起きて、本当に世界が終わってもおかしくないような情勢になった。誰もが「終わり」とか「死」を意識せざる得ない状況になってきて、僕はすごく創造的になれた気がする。

最新型シンセサイザー「Moog One」

F:では、渋谷さんの仕事道具でもある、最新型アナログ・ポリフォニック・シンセサイザー「Moog One」についてもお聞かせください。「究極のmoogシンセサイザー」と呼ばれているらしいですね。

渋谷:「moog」っていうのがシンセサイザーを最初に作ったメーカーの一つなんだけど、そこのフラッグシップモデルが35年ぶりに更新されたの。僕はほとんどソフトウェアを使うから、単体でシンセサイザーを買いたいってあまり思わないんだけど、これは弾いてみたらめちゃくちゃ音が良くて、その日のうちに「これが欲しい」ってメーカーにお願いした。

F:そこまで気に入ったんですね。

渋谷:そうなんです。古いヴィンテージのシンセサイザーはいいんだけど、「この日に使わなくちゃいけない」っていう日に電源を入れてみたら壊れていることもあって。やっぱり手がかかりすぎる。最近は、復刻されたProphet-5もそうだけど、新しいけど音の情報量の高いシンセサイザーを使うことが増えています。

F:確かにオルガンのような分厚い音が印象的です。これを使って作った曲は?

渋谷:蜷川実花さんの映画「ホリック xxxHOLiC」のサントラだね。その時は買いたてで嬉しくて、「Moog One」と、新しく出たばかりの「Native Instruments」のソフトウェア音源を使いまくってた。逆に「ミッドナイトスワン」のサントラはピアノだけ。このスタジオで録ったんです、たった一週間で。

今年を振り返って

F:今年はドバイ万博でのアンドロイド・オペラ®「MIRROR」上演や、世界初となるアンドロイドと音楽を科学する大阪芸術大学のラボラトリー「Android and Music Science Laboratory (AMSL)」の始動など、盛りだくさんの一年でしたね。

渋谷:アンドロイド関係のプロジェクトがすごく進んだ年ではあった。スタートしてから数年経ってるけど、ここ1〜2年でAIが生活全般というか、ファッションやビジネス、ショッピングにも普及していますよね。だからアンドロイドがオペラを歌うとか、AIによるテキストを歌うというのも、新しいリアリティとして受け止められ始めたのかなと思う。

F:竹取物語をベースにしたグッチのショートフィルム「KAGUYA BY GUCCI」でもオルタ4と共演されていましたね。アンドロイドが可能性を広げていっている印象です。

渋谷:こういうプロジェクトを進行すると、アンドロイドの周りに人が集まってくるし、チームもできる。アンドロイドという「魂のないもの」に魂を与えていくような作業になっていって、ちょうど10年前の「THE END」の頃から考えると、自分の予想していなかったポジティブさに遭遇した感じがする。実際アンドロイドは不気味だし気持ち悪いところもある。ただ、それはアートに必要なものだと思うし、武器にもなる。単に美しいものや心地いいものは、僕が作らなくても他の誰かがやるだろうから。

F:「アンドロイド・オペラ®」はこれからも上演国が増えそうですね。来年はどんな一年になりそうでしょうか?

渋谷:来年はまたパリを拠点にして、ヨーロッパと日本、ドバイとかも行ったり来たりして活動したいと思っています。大きなニュースもあるので楽しみにしていて下さい。

Hair&Make up:Yoboon

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ、オペラ、映画音楽、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。2012年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座を皮切りに世界中で公演。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ®︎『Scary Beauty®︎』を発表。2020年には映画「ミッドナイトスワン」の音楽を担当、映画音楽賞を受賞。2021年8月東京・新国立劇場にて新作オペラ作品「Super Angels」を世界初演。2022年3月にはドバイ万博にてアンドロイドと仏教音楽・声明、UAE現地のオーケストラのコラボレーションによる新作アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』を発表。同年4月には映画「xxxHOLiC」(蜷川実花監督)の音楽を担当。8月にはGUCCIのショートフィルム「KAGUYA BY GUCCI」の音楽を担当し、出演。最近ではBMWとのコラボレーションも大きな話題になった。また、今年4月から大阪芸術大学にアンドロイドと音楽を科学する研究室「Android and Music Science Laboratory(AMSL)」を設立、客員教授に就任。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。
公式サイト

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