グレース・ウェールズ・ボナーとジル・サンダーのルーシー&ルーク・メイヤーの対談が実現。3人が語る、ファッション、デザイン、コミュニティのあり方とは。
新進気鋭のデザイナーを支援・育成する、毎年恒例の「The Innovators(イノベーターズ)」。本年度は前回選出された11ブランドのほか、新たに3ブランドが参加。ビッグデザイナーとともにファッションの過去、現在、そして未来を探るスペシャルな対談シリーズをお届けします。(本記事は2021年9月に掲載)
Grace Wales Bonner(グレース・ウェールズ・ボナー)とJil Sander(ジル サンダー)のクリエイティブディレクターを務めるLucie & Luke Meier(ルーシー&ルーク・メイヤー)は、ファッション教育を通してつながっている。2020年、グレースはメイヤー夫妻からウィーン応用美術大学でのファッション学部長の役職を引き継いだ。
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2014年のセントラル・セント・マーチンズ大学での卒業展以来ずっと、Wales Bonnerのコレクションにはポストコロニアルの男性性理論、黒人文学、黒人のセクシュアリティなどを探究してきた。2016年のLVMHプライズを含め、グレースは数々の賞に輝いている。イギリスとジャマイカにルーツをもつ彼女は、高い評価を受けてきたメンズウェアにとどまらず、ウィメンズウェア、さらにはサーペンタイン・サックラー・ギャラリーやadidas Originals(アディダス・オリジナルス)とのコラボレーションまで、その活動の領域は実に広い。メイヤー夫妻が2017年にJil Sanderのクリエイティブディレクターに就任するまでの過程も、同様にダイナミックなものだった。スイス出身のルーシーはLouis Vuitton(ルイ・ヴィトン)、Balenciaga(バレンシアガ)、そしてDior(ディオール)でキャリアを積み、ルークはSupreme(シュプリーム)のヘッドデザイナーを経てファッションブランド、OAMC(オーエーエムシー)の共同創業者となった。2人はJil Sanderが明確に体現する1990年代のミニマルな美学を尊重する一方で、アーカイブが存在しないため大胆な進め方をしているとルークは言う。
今回はそんな3人に、“ストーリーに導かれた服作り”というファッションに対する共通のアプローチについてメールで語り合ってもらった。
グレース:芸術的な成長を導いてくれたのは誰?
ルーシー:「最初は母。次に、文化の異なるさまざまな場所での旅や暮らし。でも、一番はルーク」
ルーク:「はじめは音楽やスケートボード、そしてたぶんその両方のアティチュード。それぞれが新しいエキサイティングな何かを創り出す、という概念。いろんな場所で異なるスタイルやアイデア、表現に囲まれて暮らした経験からも、強い影響を受けた。おそらく一番大きな転機はニューヨークに移り住んだこと。でも、最近は個人とその物語にインスピレーションを受けていて、ごくパーソナルなレベルでつながるためのベストな方法を探っている。そしてもちろん、僕の成長をとても長い間促し続けてくれている」
ルーシー&ルーク:メンズウェアから始めたことに何か理由はある?
グレース:「メンズウェアから始めたのは、テーラリングとその形式や制約に興味があったから。メンズウェアはイノベーションの余地がはるかに大きく、まだ多くが語られていないエキサイティングな領域だと感じた」
グレース:オリジナルのJil Sanderについて一番尊敬していることは?
ルーシー:「形、素材、品質への揺るぎないコミットメント」
ルーク:「作品の一貫性と卓越した美学」
グレース:Jil Sanderのアーカイブについて一番興味深くて本質的だと思うことは?
ルーク:「アーカイブは存在しないんだ」
ルーシー&ルーク:表現手段としてのファッションに満足している?
グレース:「コミュニケーション手段としてのファッションにとても興味がある。出版やサウンドなど、自己表現の方法を複数もっている私はラッキーだと思う。異なるアイデアを異なる方法で表現するのが好きだけど、そのすべてが一つの表現の一部。自分がもつ手段のなかでファッションが一番ダイレクトだと感じるわ」
「ファッションに必ずコンセプトが要るとは思わない。ファッションそのものとして美しい服を作ることに興味がある」グレース・ウェールズ・ボナー
グレース:2人のデザインが大好き。自分の作品を通してどんなことを外の世界に向けて表現したい?
ルーシー:「人と服との間に感情を生み出したい。私たちの服作りは極めてパーソナルで、着る人の視点とつながる必要があるの」
ルーク:「僕たちの服を着ることで力づけられ、自信を感じられることが重要」
ルーシー&ルーク:ファッションにコンセプトは要ると思う?
グレース:「ファッションに必ずコンセプトが要るとは思わない。ある程度は、ファッションそのものとして美しい服を作ることに興味をもっているわ。自分が作るものにはもっと深い意味があるかもしれないけど、美しくて必要性のあるものを作ることも重要で価値がある」
グレース:2人で取り組むことでどんな風にスタイルが豊かになっている?コラボレーションのプロセスには自然なリズムがある?それともかなり流動的?
ルーシー:「常に対話がある。デザインや音楽、アートについて意見を交わしながら、20年以上にわたって共に探求してきたわ。一緒に仕事をしていなくても対話することに変わりはないの」
ルーク:「仕事上のリズムはあるけど、対話は継続的だね」
グレース:それぞれがどんな価値観を作品にもたらしている?
ルーク:「2人とも、感情を揺さぶる要素と卓越した品質の両方を実現しようとしている」
ルーシー:「それと、今の瞬間をダイナミックに反映した作品にすることも大切」
グレース:OAMCとJil Sanderの間でどうバランスを取っている?それぞれのシチュエーションで自分のどんな部分を表現できている?
ルーク:「OAMCは僕にとってパーソナルな表現。アート、音楽、カルチャーへの関心のさまざまな側面を探求する方法。Jil Sanderはルーシーとの対話という感じ。時間は常に重要な要素で、これまでのところ僕らはうまくやってきたと思う」
ルーシー&ルーク:あなたの作品には映画や写真といった要素が重要で、あなたが生み出すイメージは本当に美しい。コレクションをデザインするときには最終的なイメージがある?それとも、コレクションがイメージ作りを左右する?
グレース:「コレクションの制作中はいつもアーカイブのイメージや写真を眺めていて、どんな世界観の中で服を作っているのかを明確に把握している。コレクションの提示方法についてビジョンはもっているけど、そういうアイデアをイメージがさらに複雑にして発展させる。だから、発展と提示の持続的なプロセスだと捉えて、そこには相互作用がある」
グレース:私たちはウィーン応用美術大学で教壇に立った経験がある。2人が受けたファッション教育で一番重要な部分は?
ルーシー:「一流の大学でファッション学部長を務めることは、私たちが常に目指していたこと。業界の現実をまだ体験していないピュアで興味深いファッション観をもった生徒たちとつながるのは素晴らしい。いつかまたその仕事に戻りたい。個人的には、私が受けたファッション教育は興味深いものだった。まずファッションマーケティングを学び、その後でデザインに転向したから。パリで受けたデザイン教育はとても技術志向だった。そこで教えられたスキルに満足しているわ」
ルーク:「ファッション学校で過ごした時間は楽しく、その後イタリアで技術的な理解を深められたことはラッキーだった。2人ともクリエイティブ面ではそこまでプッシュされなかったと思うけど、創作の自由は確かに与えられていた。これはファッション教育における最高の特徴のひとつ」
「私にとって大切なのは二重性と多様性。単一のストーリーは提示したくない」グレース・ウェールズ・ボナー
ルーシー&ルーク:ファッション教育から得たことは?また、教授として教えたいことは?
グレース:「セントラル・セント・マーチンズで過ごした時間から得たものといえば、共に成長できるコミュニティを見つけたこと。ウィーン応用美術大学の生徒たちにもそれをすすめたい」
グレース:今この瞬間に一番インスピレーションを与えてくれるものは?(アート、カルチャー、人、本、食、映画など何でも)
ルーシー:「何よりも、今この瞬間こそがインスピレーション源。困難が多い時だけれども、真のムーブメントが起こっていて、新しい視点が歓迎されていると感じるわ」
ルーク:「今は変化の時で、それに伴いポジティブな方向に物事を推し進めるチャンスが到来している」
ルーシー&ルーク:どんな形式で作品を発表するのが好き?
グレース:「作品を発表する方法には常に体験的な要素を求めているけれど、それによって制限されることはない。映画でも、一つの体験でも、まったく別の何かでも良い」
グレース:ファッションはアート?
ルーク:「いい質問だね。感情的な反応について言えば、ファッションは人を感動させ得るし、その点でアートに近い。ファッションには常に商業的な面があり、着る人との関係性もある。こうした要素をファッションデザインから取り除くことはできないと思う。その意味で、ファッションが単体で存在するとは思わない。それでもアートだと考えられるだろうか?」
ルーシー:「ファッションにはアートだと思える面がある。そこには比類ない美しさと感情があり、制作があり、作品を高めるためのスキル、精密さ、テクニックがある。けれども、適切な人が適切な環境で適切な服を着るという単純性もあり、それによってインスピレーションと感情が強く掻き立てられる場合がある。それはアートの方程式の一部」
グレース:「アートだとは思わないけれど、ファッションは文化の創造において重要な役割を果たし、アーティストのワードローブや生活の一部になっている。ファッションと私たちの生き方は互いにつながっていて、そこに興味を引かれるかな」
グレース:ファッションに対する最大の思い込みは何だと思う?
ルーシー:「“美”のステレオタイプ」
ルーク:「高価だから美しいという考え方」
グレース:まだ叶えていない夢は?
ルーシー:「自然に囲まれた場所に住むこと」
ルーク:「毎日サーフィンをすること」
グレース:若手のデザイナーやファッション関係者に助言するとしたら?
ルーク:「自分だけの物の見方を探求し、自分のアイデアに忠実であり続け、大胆であること」
ルーシー:「新しいことを始める。ただし、それ自体を目的にはしないで。すでに存在するものを改善し、前進すること」
ルーシー&ルーク:自分と作品について一番理解してもらいたいことは?
グレース:「私にとって大切なのは二重性と多様性。単一のストーリーは提示したくない」
グレース:Jil Sanderで過ごした時間の中で一番誇らしいことは?
ルーシー:「一緒に仕事をしてきた人たちや、私たちが彼らと共に築いた関係。そして、それらすべての素晴らしい人々と創り上げてきた作品が本当に誇らしい」
ルーク:「これほど要求の多い業界で一緒に仕事をしていることや、始めた頃より多くのインスピレーションを受け続けていることも誇り。まだ始めたばかりだと思っていて、さらに向上するのが楽しみ。僕たちはこの仕事に取り組めて幸運だし、それによって他の人たちにインスピレーションを与えられたら嬉しいよ」
Introduction by Felicia Pennant
Photography Peter Lindbergh, Nick Sethi. Images courtesy of Grace Wales Bonner and Jil Sander.
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