ナイフ職人が守る刃物の町 ティエール探訪記

アンリ・ヴィアロンの工房で刃物制作の実演をともに披露する原幸治

 フランス中央部、オーヴェルニュ地方ピュイ・ドゥ・ドーム県に位置するティエールの町は、刃物産業が経済の柱である。地理的な条件からしても、歴史の営みに習っても、技能が特定の場所に根付く過程には、自然の道理があるといえる。そして、現在では、活性化問題を抱えながらも、明日の姿を模索するティエールを探訪しよう。(取材・文 / Kaoru URATA)

■ティエールの町
 人口1万3千人ほどのティエールの紋章は、炎と鉄を象徴した赤とグレーに3本の刃物を象る。そして、同時に流通の船の帆も意味する。ドゥロール川が蛇行しながら流れる谷間に位置し、中世時代から、リヨン市を結ぶ通過点として、商業で栄えた。フランス労働組合の発祥地と言っても過言ではなく、働き者たちが生活した。週35時間労働基準法などが、実現しようとは誰も想像しなかったことだろう。そして、今日も勤勉な人々が生活を営んでいる。谷間で雨量が多く、寒暖差のある厳しい気象条件でありながら、ドゥロール川の勢いを利用して、鍛冶屋は刃物を研磨し、革職人は革をなめし、製紙業は紙を生産した。このようにして、ティエールの刃物は、国内市場の7〜8割の生産を占めた。


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小道からの景色と道ばたの草花(Photos by Kaoru URATA)

 しかし、70年代頃から、若者たちは都会に仕事を求め、深刻な過疎化が続く。現在、町を歩いていると、花や植物の写真が貼られたウィンドーが目に留まる。空室を露骨にせぬよう、声高らかに言えないが、町が実施する「ボロ隠し」である。自治体や商工会議所の方たちは、「町の魅力は十分にあるが、どのように人々を定着させ、経済を潤滑にさせられるのか」と悩みを説いた。都会化する動きは、世界共通である。同様の話を各所で聞いた覚えがあるが、成功事例は斬新な体制を年月かけて育んでいるケースが多く、容易な解決方法は存在しない。


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旧メイ工場を改修したティーエル産業資料館、町の中心にある観光局の事務所(Photos by Kaoru URATA)

 ドゥロール川が蛇行する地点に「地獄の空洞」と呼ばれる場所がある。かなりの激流で、周囲の岩をも飲み込んでしまいそうだ。水力利用に絶好の場所に、石とレンガ造りの旧May(メイ)工場が建立する。以前は刃物を研磨した。後に、職人たちの工房になり、2002年には相伝建築に登録された。2009年より、産業博物館として一般公開されている。映像や写真、模型や水力原動機も展示されており、ここで産業情報を入手できる。


■刃物博物館
 ドゥロール川の脇にある小道を散歩しながら、急なこう配の坂道と階段を昇っていくと、いつの間にか、たくましい激流の音が耳から消え、中世時代の趣が残る町の中心に到着する。刃物とカトラリーの貴重なコレクションを紹介する刃物美術館があり、刃物館では、刃物の制作過程を実践して披露してくれる。6世紀に及ぶ刃物の歴史を800点の展示品で紹介する。

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ティエール刃物美術館、昔流に刃物を研ぐ実演も(Photos by Kaoru URATA)

 世界でも稀なコレクションを所有しており、町の小さな宝石のような存在である。また、観光局では、地域に訪れた作家が残した足跡をたどる、e-guideを有料で貸出してくれるが、フランス語のみの解説とは残念である。最低限でも英語版作成に尽力していただきたいところだ。


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