【コラム】世界に問う ジャパニーズブランドの実力
2011年12月18日 21:15 JSTジャパニーズブランドの実力を、グローバルに発信する試みが勢いづいている。東日本大震災がバネになった形で、クリエイターやプロデューサーの意識とモチベーションがそろって、パワーに転じた。デザイナーたちの創造力に、上質な素材や職人気質のものづくりなども加わって、日本ファッションの底力を見せる2012年になりそうだ。

イタリアを代表するメンズプレタポルテ見本市「Pitti Immagine Uomo(ピッティ・イマージネ・ウオモ)」に参加するのは、東京を代表する約20のブランド。「Mercedes-Benz Fashion Week TOKYO(メルセデス・ベンツ ファッション・ウィーク 東京)」と看板を掛け替えて10月に開催された東京コレクションの最終日を飾ったファッションイベント「VERSUS TOKYO(ヴァーサス トーキョー)」がイタリアに乗り込む。東京開催に引き続き、数々のセレクトショップを成功に導いた伝説を持つバイヤー吉井雄一氏がオーガナイザーを務める。

2012年2月の「Mercedes-Benz Fashion Week」(通称ニューヨークコレクション)期間中に、日本のレザーファッションを披露する「LEATHER JAPAN 2012」が現地で開催される。「genten(ゲンテン)」をはじめ、LADY GAGA(レディー・ガガ)ご愛用のかかとのない靴で有名な「NORITAKA TATEHANA(ノリタカ タテハナ)」、こちらもガガを包んだボディードレスで知られる「SOMARTA(ソマルタ)」などのブランドが参加。世界にジャパン・レザー・ファッションをアピールする。プレゼンテーション会場はメイン会場のリンカーンセンター内だ。

グローバル展開の流れは、2011年から盛り上がりの兆しを見せていた。新鋭デザイナーのグローバル進出を後押しするプロジェクト「tokyoeye(トーキョーアイ)」では、パリで3月に展示会を開き、東京コレクション参加ブランドの「motonari ono(モトナリオノ)」や、「Naoshi Sawayanagi(ナオシ サワヤナギ)」などをヨーロッパのバイヤーに引き合わせた。初の海外出展で取引が決まったブランドも出たという。サウジアラビアのショップから、その場でオーダーを受けたブランドもあった。インドでもショーや展示会を開いて、「araisara(アライサラ)」「SOMARTA」などのブランドを売り込んだ。

2012年春夏のバンクーバー・ファッションウィークには、日本から山本尚美氏がデザインする「tiny dinosaur(タイニーダイナソー)」が参加した。ロシアや米国などでも作品を発表してきた「tiny dinosaur」はこの出展をきっかけに、北米での取り引き先がさらに広がったという。

メンズブランドの「N.HOOLYWOOD(エヌハリウッド)」は2011年春夏コレクションから、ニューヨークでの発表にステップアップした。それまで東京で年2回のランウェイショーを続けてきたがブランド創立10年を機に、デザイナーの発想の原点とも言える米国へ「逆上陸」を果たした。
進んで海外の展示会に参加して、自前で知名度を上げていった先輩ブランドには、「mina perhonen(ミナペルホネン)」や「mastermind JAPAN (マスターマインド・ジャパン)」「sacai(サカイ)」などがある。アクセサリーブランドの「Q-pot.(キューポット)」はフランスの展示会「トラノイ」参加が海外で人気を呼ぶきっかけとなった。
日本のアパレル企業の海外進出も続く。ユニクロは10月、ニューヨークの5番街に世界最大のグローバル旗艦店をオープン。目抜き通りの5番街で単一ブランドとしては最大規模のショップとなった。

2011年の震災後には、世界最高のファッションアイコン、レディー・ガガが「日本は安全」を自ら証明する目的で来日して、日本を感動させた。ニューヨークでは日本の復興支援を目的にしたチャリティーセールが開かれ、たくさんの義援金が集まった。年に一度の一夜限定ファッションイベント「FASHION'S NIGHT OUT 2011」ではアナ・ウィンター米国「VOGUE」編集長をはじめ、大勢のエディターやデザイナーが来日。日本を励ました。世界中からファッションの応援を受けた日本だが、3月には大震災から1年の節目を迎える2012年は、日本のファッションが世界へ元気を送り返す年になると願いたい。
(文:ファッションジャーナリスト 宮田理江)
