錦糸町駅から歩いて10分程度。大横川沿いの住宅街に、真っ黒い外観が印象的な木造の建物が現れる。こちらは「無人島プロダクション」という現代アートの作品を扱うギャラリー。2006年に高円寺で開廊し、清澄白河への移転を経て、2019年からはこの場所で活動している。今回、代表の藤城里香さんにお話をうかがった。
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過去の積み重ねの上にある「今」を感じるスペース
ギャラリーの中は、天井高のある広い展示スペース。いわゆるホワイトキューブと言われる白い壁はなく、木材や、石のような素材でできた壁面空間が印象的だ。取材時は映像を中心とした展覧会が開催されており、作品ごとに(こたつ風の)テーブルと椅子も置かれ、ゆったりと作品を楽しめるようになっていた。
QUI編集部(以下 QUI):とても広いスペースですね。歴史がありそうな建物ですが、どのような建物なのでしょうか?
藤城里香さん(以下 藤城):終戦の3年後、1948年に建てられた建物で、40年前ぐらいまでは段ボール工場でした。この辺りはまさに「木場」と呼ばれるところで、この真横にある大横川から木をあげていたとのことです。この建物の石の部分は、大横川の昔の堤防だったのです。
QUI:昔の堤防が建物の一部になっているんですか?
藤城:戦後の混沌とした時期だったからこういうこともできたんでしょうね。今は遊歩道もできて堤防としての役目は終わっています。
私たちがこの建物をギャラリーにリノベーションするとき、まずこの壁をどうしようかと考えました。本当は堤防の手前に新しく壁をたてた方が大きい壁ができて展示もしやすいんでしょうが、ぎりぎりまで悩んでこの元堤防を残しました。この壁は歴史を可視化していると思ったので。でもこの壁を残したおかげで、展示する作品にも新たな説得力が生まれた気がしています。
「今」というものは、「今」その瞬間にできたものじゃなくて過去からの蓄積…失敗や反省も含めていろいろな経験と時間を経て成り立っていますよね。作家たちの表現もそうで、彼らの表現は今の現象や社会問題だけではなく、歴史というものも常に表現のレイヤーの中にあります。だから、この元堤防の壁に作品を展示すると、作品を「過去と歴史」が支えている感じがしてとても気に入っています。
“誰もがアート作品をコレクションできるわけではないけど、作品を観た後に何かを家に持ち込めたらいい
QUI:「無人島プロダクション」という名前も印象的ですが、由来を教えていただけますか?
藤城:命名した経緯は話すと長くなってしまうので割愛しますが、「無人島」の意味としては、「誰もいない島」ではなく、最初は何もない「無」のところに「人」が集まって来て「島」を作っていく、というイメージで考えています。
QUI:「ギャラリー」じゃなくて「プロダクション」というところにもこだわりがあるのでしょうか?
藤城:最初はギャラリーとしてスタートしていなかったというのもありますね。もとは高円寺の本当に小さいオフィスで、イベントの企画をしたり、DVDの制作や販売をしたりしていました。
ギャラリースペースを作ろうと思ったのは、会社を設立して少し経ってからです。海外から来たアーティストに「ここ、立派なホワイトキューブになるよ」と言われて「えーほんと?」と。4畳半だけど… でもやっちゃおうか!という感じで始めました。
QUI:当初はギャラリーではなかったんですね。藤城さんは元々ギャラリーに勤務されていたそうですが、無人島プロダクションを立ち上げられたのは、そうした幅広い活動をしたいという思いもあったのでしょうか?
藤城:うーん…昔も今も変わらないんですけれど、「足りないもの探し」が好きなんです。こういうものがあればいいなと思ったらとにかくやりたくなっちゃう性分です。ギャラリー勤務時代にもバーを作ったり新聞を作ったり思いついたいろんなことをさせてもらいました。
あと、ギャラリーだけではなく、ここまでいろんな業種のバイトをしてさまざまなサービスのあり方を学んだことも今の自分にかなり影響していると思います。設立当時作家たちとDVDを作って販売したりしたのも、TSUTAYAでバイトした経験があったんじゃないかな。誰もが高額のアート作品をコレクションするわけではないけど、作品を観た後に記憶や写メだけではない「何か」を家に持ち帰ってもらえたらと思って。例えば数千円で買えるものだったら家で楽しんでもらえるんじゃないか、友達と一緒にわいわい観ることもできるんじゃないか、と見てもらうシチュエーションも作る時に考えます。人の生活に何か無人島プロダクションの作家たちの表現を少しでも長く介在させたかったんです。
私たちが(見て)いる世界の半径を広げてくれるアーティストたち
QUI:無人島プロダクションには、八木良太さん、Chim↑Pom from Smappa!Grpupさん、風間サチコさん、加藤翼さん、小泉明郎さん、荒木悠さんといった、大きな美術館の展覧会でも作品を拝見する11名の現代アーティストの方々が所属されていますね。所属されているアーティストの共通点などはありますか?
藤城:特にありません。むしろバラバラであることが重要だと考えています。
昔と今ではお互いに「一緒にやろう!」と決めるプロセスは少し変わってきていて、一緒に仕事をする作家とは長い時間併走するパートナーになるので、まずは何でもいいのでお試しで一つのことを一緒にやってみることにしています。そこからこの先も一緒にやるか/できるかをお互いに考えてパートナーシップを結ぶようにしています。やりたいこと、信念、コンセプト、相性などをふまえ、一緒にやることについてお互いが慎重に熟考してから仕事をスタートする感じです。「仕事をしたい」というのはギャラリーが声をかけてギャラリーだけで決めるものではありません。まず作家の意思こそが一番重要なので、まずは時間をかけて互いを知ることを大切にしています。
作家たちが見ている社会は、私たちが普段の生活の忙しさで見落としたりあえて視界に入れなかったりするものへの眼差しを感じる部分が多くありますが、その中でも私の中で多くの発見がありなんとかしてこの感情を言葉にしたいと強く思う作家たちと仕事をしています。
QUI:今、自分たちのいる社会をしっかりと見つめ続けているアーティストという感じでしょうか?
藤城:私は、作家の表現や活動というのは世界を大きく変えるというよりは、私たちの活動範囲というか、自分の思考の半径を、ほんの少しでも… 半歩でも広げてくれるものなんだと思っています。それが作家の表現の素晴らしさであり仕事なのだと信じています。
自分が作った枠の中で、たとえばSNSのように自分の気になる人たちだけをフォローして作っている世界は、なんでも揃っているように見えて実はとても偏ったサークルなのかもしれないと自戒を込めて思っています。作家の表現はその私たちの視野を押し広げてくれて、遠くにあったものを自分ごとに引き寄せてくれるのだと思います。
自分ではこうだと思いこんでいたことも、自分の世界の半径を少し広げるだけで、また見える世界が違ってくるし新たな角度からの視点を獲得できます。作品を観て感じることで、今回はこの辺の視野が広がったなという発見があったり、新たな思考を獲得できる。無人島プロダクションの作家はそれぞれ表現の方向性は違いますけど、彼らの仕事はそういう発見を促してくれるものだと思っています。
自分のサークルの外にあるものへの想像力を喚起させる|加藤翼さん
6名のアーティストを取り上げた「Four Elements 2024 Winter」という展覧会では「四大元素(火風水土)」を切り口とした、映像作品を中心とした作品が展示されていた。その中からQUI編集部の気になった作品について紹介していただいた。
QUI:海のような水の上を小さないかだで進む映像作品が気になりました。こちらの加藤翼さんは、2021年に東京オペラシティアートギャラリーでも個展を開催されたアーティストですね。
藤城:この作品は、彼がアメリカに滞在していたときに作った作品ですね。制作当時、リビアから地中海を渡ってヨーロッパを目指す難民の人々に思いを馳せて制作した作品で、即席のいかだで川に出て、力尽きた場所で筏に位置情報を発信するQRコードを掲げるという映像作品です。
画面に映しだされたQRコードはスマートフォンなどで読む取ることができ、そこで現実と情報のギャップが浮き彫りになります。
QUI:難民の方々が小さなボートで海を渡って避難されるという話を聞いたことはありましたが… こうしたかたちで観ると、怖さとか大変さが桁違いに感じられて、自分の想像力が足りなかったことに気づかされます。
藤城:先ほども言ったように、私たちの関心って、自分の仕事や身の回りがどうしても中心になってしまいがちです。でもその外にあるものを想像したり、注目したりということを生きている限り絶対やめてはいけないと思うんです。加藤翼の作品からは、世界のことを他人事にしない、さまざまな場所で生きている人に対する想像力への優しい喚起を感じます。
滞在した土地の特徴を捉え 土地の人々と関わるパフォーマンス|田口行弘さん
QUI:田口行弘さんの作品は、土が生き物のように形を変えながら移動していく様子がコミカルで、映像に思わず目が引きつけられました!
藤城:彼は10年以上ベルリンを拠点としている作家です。パフォーマンスや、パフォーマンスを記録した映像作品を制作しており、ここ数年はペインティングに取り組んでいます。映像作品では、さまざまな土地に赴いてその街を観察し、街を象徴するものや、街に隠されているものを使ったり、街の人と関わりながら一緒にアクションをしたりして作品を制作したりもしています。
先ほどの加藤翼にも言えますが、無人島プロダクションの作家たちはとても高いコミュニケーション能力を兼ね備えていて、いろんな場所で素晴らしい出会いを引き起こします。私はそういった出会いの運も作家の大きな才能だと考えます。
この作品の場合は、ニュージーランドにある陶芸の街で、そこの土を変幻自在に変えながら街から美術館まで誘導したストップモーション・アニメーション作品です。
QUI:映像だけでなく、こちらの絵画と立体の作品も田口さんの作品ですか?
藤城:そうです。立体作品の蓋の部分はUSBメモリになっていて、この作品の映像データが入っていますす。
QUI:絵画と立体も、映像作品の一部なんですね!
藤城:映像に登場する土を混ぜた絵の具で描かれたドローイングと、この映像データが入った立体がセットになっています。
映像作品をコレクションするというのはまだまだあまりピンとこない方が多いとは思います。だから、私たちは作家と考えさまざまな工夫をした形で映像作品を販売しているんです。一番最初に言っていたDVDの販売とも少し近いコンセプトですね。作品に合わせたパッケージを作ることによってオブジェとしても考えてもらう。自宅に飾ると、それがどの映像作品かわかるようにしたい、ということを常に意識しています。
QUI:映像を所有することって想像しづらかったんですけど、こういった形だと、自分が「持っている」っていう感覚がありますね。
藤城:私たちは映像作品のパッケージには設立当初から強いこだわりを持って作家たちと考えてきました。まだ映像作品を買うということが当たり前のように思われていない時だからこそ工夫のしがいがあると思っています。
「まだ誰も歩いてない道」を探求しつづけるギャラリー
QUI:藤城さんのお話を伺って、私たちの視界を広げてくれる作品群や、映像の所有の仕方など、新しい視点や試みが印象に残りました。
藤城:ありがとうございます。私は自分が見た展覧会や作品を思い出す時に「あの展覧会を見た年はああいうことがあった」ということを展覧会だけでなくその時の状況も同時に思い出すので、自分も展覧会を作る時にそこをとても意識します。最近だと新型コロナ蔓延の時に作家たちは何を作って私たちはそれをどうやって発表したか、そのタイミングと方法をとても大切に考えています。
マーケットでも主流のペインティングの作家がほとんどいない私たちの活動は少し特殊かもしれません。でもちょっと違うぐらいの方が、自分たちでノウハウを考え自分たちなりに工夫や知恵や経験を作れるかなと考えていて。そこには最初に言ったような、誰もやっていなかったことの隙間がたくさんあるのではないかと思います。
先に人が歩いた道はもう素敵な道になっているので、その舗装された道を歩くのはきっと歩きやすいんだろうとは思います。でも私が目指しているのは、道になっていないところを歩くことなんです。
無人島プロダクションをはじめて17年くらい、割とずっと藪をかき分けている感じですけれど、「道なき道を選んで歩いてみる」という初期から言っていたことをこれからも作家たちと続けていきたいですね。
QUI:今後も、今までにない視点と出会えるのが楽しみです!藤城さん、ありがとうございました。
無人島プロダクション
〒130-0022 東京都墨田区江東橋5-10-5
開廊時間:火 – 金 13:00-19:00、土・日 12:00 – 18:00
休廊日:月・祝
Instagram:@mujintoproduction
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