【連載】次世代の担い手たち - vol.3 BELPER 尾崎雄一 -

尾崎雄一 Photo by: FASHIONSNAP

 次世代を担う若手ファッションデザイナーたちの歩みを辿る新連載「次世代の担い手たち」。第3弾は2013年にデビューした尾崎雄一が手掛けるウィメンズブランド「ベルパー(BELPER)」。日本と英国でファッションを学び、故・ザハ・ハディドにも評価された29歳のデザイナーが目指す理想の服とは?

尾崎雄一
1987年生まれ。杉野服飾大学を卒業後、イギリスのノッティンガム芸術大学に在学中に、「the Bilbao International Competition」でグランプリを獲得。帰国後、2013年にウィメンズブランド「BELPER」を立ち上げた。

BELPER 2017年春夏コレクション

服は何のためにある?日本とイギリスで学んだハイブリッド思考

−出身は?

出身は福岡です。ただ小学校に入る時に東京に引っ越してきたのであまり地元という感じはしないですね。

−小さい頃はどんな子どもでしたか?

野球少年でしたね。中学はクラブチームに入ったんですが、プロを輩出するほどレベルの高いところで、ひたすら練習していました。他にも絵画や造形教室に通ったりと、今思うと多忙な子供時代を過ごしていましたね。

−造形や絵画教室は親の影響?

親は建築の仕事をしているんですが、それはあまり関係ないです。そして、そこまでストイックな思いもなく、たまたま学校が絵画や造形教室があるというインフォメーションを流していたんで、面白そうだなと思って入りました。造形教室では船などを作っていましたね。

−高校でも野球をやられてたそうですね

ずっとやっていましたね。ただ、中学時代、全国で出会ったチームに145kmを投げるピッチャーが2人もいたり、トップレベルはこういうことなんだ、と痛感させられました。それ以降、プロを目指すことは考えられなかったので、高校では野球を楽しくやりたいと思い、推薦の話も断って普通科の高校に進学しました。

−卒業後、なぜ杉野服飾大学に進学したんですか?

野球に挫折してからは美容師になりたいと思っていたんです。それで専門学校を探していたんですが、親が大学じゃないと学費を出さないと言い始めて。親が持ってきたパンフレットの中に杉野服飾大学があって「ここだったら出してやる」と言われました。ただ杉野服飾大学には美容師学科みたいなものはなく、「美容師を諦めて他のことを探しなさい」と諭されて。その後も親を納得させるためプレゼンをし続けたんですが、敗北しました。色々考える中で、モノ作りに携わりたいという想いだけは残っていて、漠然とではありながら、ファッションデザイナーを目指そうと思いたち進学することを決めました。今思えばよくその結論に行き着いたなとは思います(笑)。

−杉野ではどんなことを学びましたか?

デザインやパターン、縫製だけでなく、ビジネスやCADまで服飾の勉強は一通り学ぶことはできました。ただデザイナーになるために何をやっていいかは正直わからなくて、課題を出されて作るというサイクルの授業だったのでモチベーションを維持するのも難しかったです。ただ卒業コレクションをしたときに「人に見てもらえるのって最高に気持ちいい」と心の底から思えたんです。その体験がなければ今の自分はなかったと思います。

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−デザイナーになりたいという思いが強くなったんですね

デザイナーになりたいという漠然とした思いが確固たるものに変わってからは、自分の中でやることが明確になりました。その後親に「『神戸ファッションコンテスト』というコンペを取るから、1年間だけ就活も無視した時間くれないか」と頭を下げ、専攻科に進学して杉野に1年残ることにしました。

−2010年には「神戸ファッションコンテスト」を受賞

プレッシャーもありましたが、本当に運良く受賞できて良かったです。受賞したことでイギリスのノッティンガム芸術大学に留学することもできました。

−ノッティンガム芸術大学と杉野服飾大学の違いは?

全然違いましたね。当時の日本の卒業制作ショーやコンペはだいたい1体〜3体くらいを作って見せるというものでした。一方で海外は1体しか発表しない場合でも、ポートフォリオでコレクションの全体感を見せることが求められます。コレクション全体をしっかりまとめきることが如何に難しいかということを、留学をして痛感させられました。

−海外のコンペは特にポートフォリオを重視しますね

日本だと賞歴含め、優秀な生徒がいたとして、その人がプロになったときにどんなデザイナーになるのかが想像し辛いんですけど、海外はポートフォリオをみれば大体分かります。「独立したらこういったテイストで、こういうモノ作りをしていくんだろうな」というのが学生の段階からしっかり伝えることができている印象でした。

−尾崎さんも海外方式のもの作りに切り替えられたんですか?

そうですね。中でも憧れたのはリアル感のあるモノ作りでした。イギリスで一緒に学んだ友達が作った洋服なんて本当に嫉妬するぐらい可愛いくて、ショーが終わったら全部売ってほしいと思ったくらいです。学生ってどちらかというとクリエーションに大きく振って過剰にしてしまう傾向があると思うんですが、イギリスではデザインを入れつつ、着たいと思う服を作る学生が沢山いました。そこで改めて「着るためのファッション」の大事さを認識しましたね。もちろん、日本で作っていたような飛び抜けたクリエーションが無意味だなんて一切思ってはないですし、そこを通ったからより身に染みて感じるものはありました。

−その後スペインのコンペ「the Bilbao International Competition」でグランプリを受賞されていますね

日本では「イッツ(ITS)」や「イエール国際モード&写真フェスティバル(The Hyères International Festival of Fashion and Photography)」の方が認知度は高いかもしれませんが、「Bilbao」もかなりユニークなコンペなんです。審査員が多種多様で、僕の時の最高審査員長は故・ザハ・ハディド(Zaha Hadid)でした。他にオートクチュールのデザイナーが審査員を務めたりと色々な視点で自分のデザインを評価してくれたのでとても勉強になりました。ただ賞金の100万はヨーロッパ旅であっという間になくなってしまいましたが(笑)。

−旅の目的はデザインのリサーチですか?

デザインのリサーチというよりは、只々街に住む人を見てみたいという思いからです。「ミラノやベルリンのデザイナーたちはどんな空気吸ってあんなデザインに辿り着いているんだろう」ということが純粋に気になって、その土地土地に住む人々の生き方みたいなものを疑似体験しに行った感じです。

−ブランドを立ち上げる構想はそのとき既に?

決めていましたね。留学中にブランド名の由来でもある「ベルパーロード(BELPER Rd)」で色々と考え込むことが多くて、その時点で既に日本に戻ったら遅かれ早かれブランドを立ち上げようと考えていました。

−会社に入ってからブランドを設立するという選択肢は?

日本と海外では卒業の時期が違うということもあって、それは考えていませんでした。というよりそんなにタイミングよくすぐ就職できるものではないだろうなと思っていました。翌年度の新卒採用に回るというのも、既に人よりも遠回りをしている自分にとっては難しい選択肢でした。それで日本に帰ってきてから杉野服飾大学の先輩でもある「ティート トウキョウ(tiit tokyo)」の岩田さんに相談し、パターンを引かせてもらいながら、空いてる時間に衣装の仕事をしたり、バイトをしたりでお金を貯め、帰国から1年経った2013年にブランドを立ち上げました。

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理屈抜きに良いと思えるデザインを追求

−なぜウィメンズブランドに?

一個人として僕は「N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)」が好きで良く着ているんですが、実際メンズ服を作るとなった場合その影響が良くも悪くも強くなってしまうなと思ったからです。今だったらもしメンズを始めてもまた違うものが作れると思うんですが、当時は主観が服に反映されすぎてしまうことに不安を抱いてました。ウィメンズは実際に僕が着るわけではないので、メンズより客観的に作ることができます。もちろん着心地など作る上での難はあるのでそこに時間をかける必要はありますが、男性デザイナーとしてのわがままを突き通せるというメリットの方が僕には魅力的でした。「街でこんな人が歩いていたら振り返るだろうな」や「友人、もしくは彼女が待ち合わせでこんな格好をしてたら『おおっっ』と言ってしまうな」という単純な思いもあったりで。

−ブランドコンセプトについて

コンセプトは"impulsive emotion"(衝動的な感動、感情)を目指していて、服を見た時、袖を通した時に、自身を昇華させる瞬間や新しい自分を発見する瞬間となるものを提案したいという思いで作っています。ただ正直なところコンセプトはデザイナーの心の奥底にしまわれてるものでいいと考えていて。というのも、ファッションは「着たい、着て欲しい」というその瞬間瞬間の感覚が全てのような気がしているので、哲学的にこねくりまわしたコンセプトではなく感覚的でいいと思っています。僕はバイヤーさんに「今シーズンはこういうコンセプトで」という説明ではなくて、「どうですかこれ、良くないですか?見てどう思いますか?」ということを聞けたら本当は一番いいなと思ってます。そこで共感でも、反感でも、リアクションしてもらうことができたら本当に嬉しいです。緊張でなかなかそこまで強気なことは言えないですが。

−感性に訴えかける服作りを追求

吉岡徳仁さんの本に「色々な作品を作る上で、どの瞬間に達成感を感じますか」という問いについて「自分の太ももくらいの高さのショーウィンドウに手垢が沢山付いてるとき」というような内容が書かれていて、なるほどなと思ったんですよね。ガラス(作品)に密着するまで子供たちが夢中になっていた状況を作り出せることって本当に素敵なことだと思うんです。「理由は言葉で表現できないけどなんか好き」と思ってもらえるような感性に訴えかけるモノ作りを目指したいと考えています。

−シーズンテーマを設けるのも作り手側のルール作りのためというケースが多いです

そうですね。「ベルパー」もデザインをし易くするための方法、一本のレールのようなものとして設定しているというのが実際です。脱線しかけたときに、我に帰る場所作りに近いです。もし毎シーズン全体のバラツキがないコレクションが、無意識に作り出せるのであれば正直テーマはデザイナーの心の奥底に閉まったままで良いと考えています。

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