

充電インフラを超える「体験の場」
■イーロン・マスク氏率いるテスラがロサンゼルス・ハリウッドで開業した「テスラ・ダイナー(Tesla Diner & Drive-in Theater)」は、EVの充電ステーションに併設されたレストランという枠を超え、顧客体験そのものを再定義するプロジェクトだ。
80基のV4スーパーチャージャーを擁し、世界最大級の規模を誇るこの拠点は、単にエネルギーを補給する場ではなく、待ち時間を「価値時間」へと転換することを狙っている。
巨大LEDスクリーンやレトロ調ダイナーといった演出は、その象徴にほかならない。
オペレーション改善にみる試行錯誤
オープン当初は多彩なメニューや24時間営業を打ち出したが、現在は現実的なオペレーションへの調整が進んでいる。
注文集中に対応するため、メニューは大幅に絞り込み、提供スピードを優先。深夜帯はテスラ車の充電客に限定し、アプリ経由の非接触注文に移行するなど、効率化と負荷分散が図られている。
これはまさに「実証実験」としての側面を物語っており、テクノロジーとホスピタリティを融合させる試みが現場でどう機能するかが日々検証されているのだ。
顧客接点としての可能性
ダイナーの存在は、充電のために立ち寄った顧客をいかに長く、深くエンゲージさせるかという問いへの回答でもある。
ローラースケート姿のスタッフによる車両へのデリバリー(現在までにまだ確認できていない、限定のイベントのみの対応か?)や、ヒューマノイドロボット「オプティマス」によるサービス(筆者が訪れたときは稼働していなかった)は、単なる娯楽にとどまらず、ブランド体験を強化する顧客接点の実験といえる。
小売業に置き換えれば、購買の前後に生まれる「隙間時間」をどう付加価値に変えるかという課題解決のヒントとなる。
DXの視点で捉える意味
テスラ・ダイナーで導入されているアプリ注文、非現金決済、ロボットによる接客、そして巨大スクリーンを活用した場内エンターテインメントは、流通業界におけるDXの要素が凝縮されたモデルケースだ。
重要なのは、どのテクノロジーが顧客に歓迎され、どこに摩擦や不満が生じるかを可視化できる点である。注文システムの不具合や近隣住民からの光害・騒音苦情などは、そのまま「DX導入の副作用」として学びに変えられる。
拡張と課題、そして学び
マスク氏は成功すれば全米、さらには海外拠点への展開を示唆している。
次なる候補はテキサス州スターべースとも報じられており、EV充電と観光・飲食を融合させた“エンタメ型拠点”のスケール化が視野に入る。
ただし課題は多い。効率化のためのメニュー縮小、利用制限、住民対応といった調整は、どの小売業にも共通する「実装フェーズの壁」である。
ここからいかに顧客体験を損なわずに安定運営へ移行できるかが、DXの成否を分ける。
視察研修での活用
当社が実施する流通DXワークショップでは、このテスラ・ダイナーをあえて日程に組み込んでいる。
ロボタクシー「ウェイモ」で移動し、アプリ注文やロボット接客を実地で体験する構成だ。
ここで重要なのは「未来の買い物体験」が、店舗の売場だけでなく、移動・待機・飲食といった周辺の生活動線まで拡張されている点を参加者に実感してもらうことだ。
限定グッズや飲食体験は副次的であり、むしろ“DXが生活空間全体をどう変えていくか”を議論する場になる。
日本の小売業が明日から持ち帰れる教訓
テスラ・ダイナーの事例から、日本の小売業がすぐに応用できる学びも多い。
第一に、「待ち時間」をどう活用するかだ。レジ待ちや受け取り待ちの時間は顧客にとってはマイナス体験だが、その時間に商品情報や付加サービスを提供すれば、顧客満足へ転換できる。
第二に、導入するDXは「一気に大規模に」ではなく、試行錯誤を伴う小規模実装が不可欠だ。メニュー縮小や営業時間制限は失敗の縮図ではなく、柔軟な改善の結果である。
第三に、地域社会との摩擦を見据えたガバナンスである。新しい技術や演出はしばしば周辺住民との摩擦を生む。
小売DXも同様で、関係者との合意形成を軽視すれば反発を招く。これらは規模や業種を問わず、明日からでも意識できる教訓だ。
テスラ・ダイナーが示す未来像
テスラ・ダイナーは成功と課題が同居する「DXのショーケース」だ。
充電インフラを顧客接点に変える発想、アプリやロボットを駆使した運営の試行錯誤、そして地域社会との摩擦を含めたリアルな実装課題――これらすべてが流通業にとっての学びとなる。
小売業が未来を構想する際に重要なのは、こうした実験の現場に身を置き、自らのビジネスに引き寄せて考えることにある。
トップ画像:ロサンゼルス・ハリウッドで開業した「テスラ・ダイナー(Tesla Diner & Drive-in Theater)」。後ろに写るアパートの住民にとって気軽にカーテンを開けられないでのはと思ってしまう。ハリウッド版“まことちゃんハウス”だ。

筆者が到着したのは平日の午前10時半ごろで、客入りはちらほら。近未来的な内装でワクワクする。オープン当初は数時間待ちの混雑だったが、現在は落ち着いている。また現実的なオペレーションへの調整が進んでいるようだ。

2階の屋外デッキでイートインスペース「スカイパッド(Skypad)」への出口にはヒューマノイド・ロボット「オプティマス(Optimas)」を”未来”を展示。横幅13メートルにもなる巨大スクリーンには”過去”映像のミスター・スポックが映し出されている。後ろには”現在”のアパートがあり、現在、過去、未来は、渡辺真知子か!

屋外となる2階が5500平方フィート(154坪)もあり全250席以上となるキャパだ。アパートに囲まれているので眺めは?

注文は店内のテーブルにあるタブレット端末から注文でき、テスラの所有者なら車内からアプリを介して注文ができるとなっていたが実際には入口で注文。支払いはクレジットカードやデビットカードのみでキャッシュは受け付けていない。テスラバーガーは飲み物を入れて20ドル!も味はシェイクシャックかと。

急速充電V4を80台導入した世界最大の充電ステーションは壮観だが、周囲の風景から違和感も残る。
⇒こんにちは!アメリカン流通コンサルタントの後藤文俊です。テスラ・ダイナーを初めて訪れた感想を一言でいえば「よくぞここまで突き抜けたものをつくったな!」でした。何がすごいかといえば、円盤のような奇抜な外観だけではなく、住宅街の中に突然そびえ立つ巨大LEDスクリーンです。もしショッピングモールの一角や繁華街なら違和感も少ないのでしょうが、ここはハリウッドのアパートメント群のど真ん中。まるで“まことちゃんハウス”のように景観とちぐはぐで、近隣住民にとっては迷惑以外の何物でもないはずです。むしろ市当局がよく許可を出したなと感心するほど。私が到着したのは平日の午前10時半ごろで、客入りはちらほら。注文したのはテスラバーガーで、ドリンクにコーラをつけると20ドル弱。チップは不要でした。味の印象はシェイクシャックを思わせる仕上がりで、確かに美味しい。ただ、わざわざ食べに行くほどかといえば微妙でしょう。スタッフはフレンドリーで感じが良い印象。実際には食事よりも撮影に夢中な観光客が大半を占めているようでしたね。
でも考えてみれば、ハリウッドにはすでに“まことちゃんハウス”がある街。奇抜すぎる建物も、観光地でもあるここなら許されるのかもしれません。次にできるのは…やっぱり“グワシ”ポーズの記念撮影スポットかも?
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