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酷暑をチャンスに? 進化する熱対策素材

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 11月16日の日曜日だったか、夕食後にたまたまテレビをつけると、日本テレビの「鉄腕!DASH!!」が放送されていた。出演者のTOKIO国分太一が降板して以降、番組終了の話にまで発展しているが、今回は番組そのものについて触れてみたい。東京・新宿にある大学構内に設けた温室で、チョコレートの原料であるカカオを栽培に挑戦。この日の放送はこれを使って「大都会、新宿産の南国パフェを作れるか」がテーマの回だった。番組はジャニーズのTOKIOがパーソナリティなのだが、放送開始から30年が経過し、その間メンバーの不祥事や退所により、ジャニーズの若手が準レギュラーになり始めている。その一人、Travis Japanの松田元太は、すでに宮崎県でカカオ栽培に取り組むMrカカオこと大田原尊之さんの農園まで出向いて栽培のイロハについて学んでおり、その模様は放送済みだったようだ。

 大田原さんからはトリニタリオ種とフォラステロ種の2種類のカカオ苗を分けてもらっていた。松田はそれらを「トリニ谷男」と「フォラスちゃん」名付け、新宿で栽培を始めて1ヶ月が経過。トリニ谷男の方が成長が早いようで、8月下旬の鉢植えから1ヶ月で20cmに成長し、葉の大きさも倍になっていた。松田は大田原さんから学んだ内容をノートにメモしていたが、別にもう1冊のノートが出てきた。大田原さんがチョコレートのイベントで上京した際、カカオが気になって様子を見てくれており、他のアドバイスとともに「フォラステロは成長が遅いんです。生育状態はいい」「10月くらいまでの暖かい時期は根の活動が活発なので、栄養素を補給するものを定期的に与えて成長を促す」などと書き記したものだった。松田はアドバイスをもとに新宿の飲食店などから集めた「捨てちゃう灰」に栄養素のカリウムが含まれることで、カカオ苗に補給した。この回ではそこまでの内容が放送された。

 鉄腕!DASH!!はバラエティー番組だが、放送開始から農業などのテーマにも取り組んでおり、専門家が提供するノウハウをTOKIOのメンバーをはじめ、ジャニーズの各タレントが真摯に受け入れる姿が視聴者の好感を呼んでいる。また、番組の随所で図面をインサートするなどしてノウハウをわかりやすく解説している点も、日曜ゴールデンの放送枠と相まって農家や漁師などの視聴者を惹きつけているのかもしれない。視聴率以上にJAほか企業がスポンサーであり続ける理由は、その辺にあるのだろうか。前置きが少し長くなったが、本題に入ろう。Mrカカオこと大田原さんがカカオ栽培に使用しているシートがただものではないのだ。番組ではスポンサーの関係もあるので、詳しく取り上げられることはなかったが、カカオを栽培する大田原さんのビニールハウスにも熱を遮るシートが提供されていた。素材大手の住友金属鉱山が酷暑に悩む農家向けに開発したものだった。

 住友鉱山が開発したのは、タングステンなどの粉末「ソラメント」を使用したシートで、太陽光からの赤外線を吸収して熱を遮断する。ソラメントは繊維に織り込んでも透明なので明るさは維持できるという。2004年に開発されてからは自動車や建物の窓ガラス向けに供給されてきたが、23年からは熱を遮る機能を衣服やキャンプ用品にも応用し、その後に行き着いたのが農業向けだった。25年の夏から秋にかけて遮熱効果をもつシートをカカオやイチゴ、トマトなどを栽培する全国の農家に使用してもらった。その一つが宮崎県でカカオを栽培する大田原さんの農園で、25年から遮熱シートを導入してもらい、効果を検証している。鉄腕DASHの番組で松田が訪れた時にも、大田原さんはカカオの産地は赤道付近の「カカオベルト」と呼ばれる地域にあり、西アフリカ、東南アジア、中南米熱帯気候のアフリカなると解説。ただ、日本は夏が暑すぎることから、日射量や地中の温度をカカオ栽培に適した状態に維持するため、提供された遮熱シートをビニールハウスの天井部分に張っていたと見られる。

 大田原さんは遮熱シートの実証実験の結果、シートを使わないとイチゴの30%ほどが病気になるが、使用すると10%ほどに抑えられると、手応えを得た様子。カカオについては不良品は4割に減ったというが、収益面や採算を含め栽培が順調に進むかはまだまだこれからだろう。遮熱以外でもいろいろと試行錯誤を続けていかなければならないはずだ。住友金属はソラメントを農業用の作業服にも織り込んでいる。夏場の屋外作業に定着した小型ファン付きの作業服に使用したところ、衣服内部の温度を10~20度下げる効果を得たという。同社では自動車や建物向けに限定することなく、素材の可能性を広げる意味で衣服などの消費財向けにも用途を拡大する考えのようだ。

 地球の気候変動は深刻さを増す。特に農業が受けるダメージは大きく、対策が急務だ。最近の猛暑により米作りはもちろん、果実栽培にはかなりの影響が出ている。2023年には1等米の比率が例年の80%前後から61%に下落。リンゴは2023年に対前年比で2割減、サクランボも24年に同3割減となっている。こうした状況に対し、他社も動き出している。王子製紙HDは24年に畑に敷く紙製のシートを開発した。紙の特徴を生かして細かい隙間を持つセルロースを主成分とし、通気性を保ちながら水をかけると気化して熱を下げる機能を持たせた。最大で土の温度を5度下げることができる。熊本県で調査したところ、ポリエチレン製のシートを使用した場合と比べると、リーフレタス1株あたり平均重量が3割増加し収量は倍増。ブロッコリーでは重量は最大1.5倍に増え、収量は3割増加したという。セルロースが主成分で自然に分解して土に還るため、耐用年数に達しても放置したままでいい。

 現状ではポリエステルに比べると、費用は2.5倍ほどまで上がるが、敷き直し作業を必要とせず廃棄物処理の費用もかからないため、コストはほぼ同等になる。デジタル機器の浸透でペーパーレスが進む中、王子製紙HDは30年にこうした農業用シートのシェアを25%まで高め、出荷量を1千トンにする目標を掲げる。水不足対応の素材開発に取り組むのは、三井金属だ。2025年のノーベル化学賞に輝いた京都大学の北川進教授の「金属有機構造体(MOF)」の応用研究で生まれた多孔体の技術を活用する。また、同社は米スタートアップ企業WaHaにも出資する。WaHaは大気から1日5000リットルの取り出せる装置を開発しており、三井金属は自主が開発した二酸化炭素吸着技術をWaHaの水の吸着技術に応用するというから、気候変動で水不足に悩む農家からの期待は大きい。

 素材大手が農業用の資材に取り組む背景には、本業の金属や製紙は市況に業績が左右されがちだからだ。住友金属鉱山は1992年、米国のキンコーズと合弁でキンコーズ・ジャパン(株)を設立した。コピーサービスを中心に印刷・製本を手掛けるオフィスコンビニだ。この時は精錬事業、非鉄金属の将来を考えて多角化戦略の一環で、別の成長市場を狙ったと見られた。しかし、キンコーズジャパンはその後にフェデックスやコニカミノルタのグループ会社となり、住友鉱山は2025年6月に保有していたキンコーズ・ジャパンの株式を米国の親会社に譲渡し、事業から撤退した。26年3月期の精錬事業の損益予想は8月の時点で150億円の赤字と下方修正したものの、11月には30億円の黒字と上方修正に切り替えるなど、収益は安定していない。ビジネスコンビニから撤退した以上、次なる収益の柱となる事業を是が非でも確立することが至上命題になる。かたや三井金属は銅価格に左右される鉱山事業ではチリ鉱山からの撤退を決め、バランスシートの健全化に努める。市場や投資家の評価を高める狙いだ。

 鉱山や精錬は為替変動や地政学的な影響を受けやすい一方、品質の面では他社との差別化が難しい。今後も莫大な収益のアップは望めないことから、各社は素材の特性を活かした各種資材の開発に注力している。次なる商材は個人向けだろう。ここ数年はシーズンは酷暑が長引く傾向が強く、四季から二季になったとも言われ始めている。従来企画の秋冬物がなかなか売れない一方で、猛暑、酷暑対策の素材、繊維が求められているのは確かだ。2025年に開催された大阪・関西万博のパビリオンでは、外壁や屋根に貼るだけで室内を冷却できる遮熱材「SPACECOOL(スペースクール)」が採用された。これは入射した太陽光を宇宙空間に放出することで、高い遮熱効果を生む特殊な素材で、大阪ガスが出資するスタートアップ企業、スペースクールが2022年5月から販売を開始している。エネルギーを使わずに室内温度を下げられるので、冷房など空調設備の消費電力を削減できるわけだ。

 11月にブラジルのベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)では、厳しい対立を経て地球温暖化をもたらしている化石燃料に直接言及しない合意という形になった。石油、石炭、ガスの使用中止に向けてのペースを速めたい80カ国以上や欧州連合(EU)にとっては不満が残る結末だ。一方、産油国は自国の化石燃料資源を利用して経済成長を実現する権利が自分たちにはあるという立場を崩さなかった。協議に参加した国々は、国の発展状況も気候変動の影響もさまざまで利害が一様ではない。ただ、国によっては暑さが厳しくなっているのは事実だから、それぞれが独自に対策を講じるしかない。テキスタイルメーカーの東レは、1年の半分近くが夏になっている中、アパレルから吸水・速乾などの機能性素材の引き合いが増えているという。実際、ワークマンは表側には日傘レベルの断熱性があり、裏側に気化熱で湿度を下げる効果がある生地を採用した「エックスシェルター」を発売している。こちらは夏向けとして熱中症のリスク軽減に踏み込んだアイテムになる。

 スタートアップ的な発想と素材大手の設備や技術ノウハウをシンクロさせていけば、一歩進んで糸を染める染料に遮熱効果を持たせるものが開発できるかもしれない。26年も猛暑、酷暑は続くと思われるから、熱を遮る素材を使ったウエアのデビューが待たれるところだ。

 ※当コラムは2010年ごろからGoo Blogにて執筆をスタートしました。ですが、25年11月18日でサイトのサービスが終了し、Amebaへの引越しを致しました。過去14年にわたる月別アーカイブは、2011年から併載していますlivedoorブログ(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/)でご覧いただけます。

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