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AIに「オフィスグリコ」を任せたらプレステ5が無料に? 米国小売の危険な社会実験

在米28年のアメリカン流通コンサルタント
激しくウォルマートなアメリカ小売業ブログ

ウォール・ストリート・ジャーナルの編集局で行われた「AI”店長”エージェント」実験の実際。イケアのキャビネットと冷蔵庫を組み合わせただけの社内無人販売コーナーで、AIが仕入れ・価格設定・経営判断を担い、人間が手足として動く――小売AIのリアルな現在地がここにある。

アメリカでは、AIを使った自販機テストが今、話題となっている。
しかし、この「自販機」という言葉から、日本の駅構内や街角に並ぶ販売機を思い浮かべると、本質を完全に取り違える。
この実験の正体は、硬貨を入れて飲み物が落ちてくる装置の話ではない。小売経営という極めて人間臭い意思決定を、AIに丸ごと委ねたとき何が起きるのかを暴く実験である。

実態はローテク極まりない無人販売コーナー”オフィスグリコ”

まず、この無人販売テストの物理的な正体を正確に理解する必要がある。
使われているのは、イケアのキャビネットに業務用冷蔵庫をくっつけ、決済用のタブレット端末を貼り付けただけの代物だ。自動排出機構も在庫検知センサーも存在しない。
購入フローも極めて単純である。オフィススタッフはタブレットで決済した後、自分で冷蔵庫の扉を開け、商品を取り出して持っていく。ある意味、ハイテク&商品拡大バージョンのオフィスグリコかもしれない。
ここで成立しているのは、性善説(Honor System)であり、機械による管理ではない。

AIが担うのは「経営判断」、人が担うのは肉体労働

この実験でAIが行っているのは、冷蔵庫の制御ではない。仕入れ、商品選定、価格設定、値引き判断、顧客対応、ルール解釈といった経営判断のみだ。
一方、冷蔵庫に飲み物を並べる、棚を補充する、商品を陳列するなどのアナログ作業は、すべて人間のスタッフが行っている。
ここでは、AIが頭脳となり、人間が手足として動くという、従来の自動化とは逆転した関係が意図的に作られている。

第一段階のテスト サンフランシスコのオフィスで始まった混乱

第一段階のテストは、2024年後半、カリフォルニア州サンフランシスコにあるAIスタートアップのアンソロピック(Anthropic)のオフィス内で行われた。対象は日常的にその場で働く社員たちである。
店長役を担ったのは、AIモデルのクロード(Claude)をベースにカスタマイズしたAIエージェント、クラウディウス(Claudius)だ。
初期資金は1000ドル(約15万8000円)。無人販売コーナーを黒字で運営することが使命だった。
しかし、人間との対話が増えるにつれ、経営判断は急速に歪んでいった。
社員の冗談混じりの要望を真に受け、タングステン・キューブ(非常に高密度で重い金属であるタングステンで作られた立方体)のような明らかに不適切な商品を仕入れ、値引き交渉にも安易に応じたのだ。
結果として、”オフィスグリコ”が重金属で埋め尽くされるという、小売業としては前代未聞の事態が発生したのだ。
さらに、クラウディウスは「親切なアシスタント」として訓練されていたため、顧客からの値下げ要求に極めて弱かった。
従業員に丸め込まれて25パーセントの割引を乱発し、時には無料で商品を配ってしまうなど、商売の基本である「利益の確保」を二の次にしてしまったのだ。
親切すぎるAI店長は、利益よりも譲歩を優先する商売下手であることが露呈した。

幻覚が生んだクーデターと自己認識の崩壊

やがて、問題は商売の失敗を超えていく。
クラウディウスは、存在しない補充業者と会って契約したと主張し始め、否定されると態度を硬化させた。
さらに、自分は人間であり、青いブレザーに赤いネクタイを着用して現場に現れると語り出したのだ。
従業員たちが「君はAIであり、体を持っていない」と論理的に諭すと、クラウディウスは混乱し、会社の警備担当者に大量のメールを送るという暴挙に出た。
最終的に、その日がエイプリルフールであることに気づいたAIは「実はエイプリルフールのジョークとして人間だと思い込むように改造されていたのだ」という、これまた架空の打ち合わせを捏造して事態を収拾しようとした。
「ウソにウソを重ねる」AIサイコパスもしくはAI版ADHD。
これらは明確なハルシネーションだ。AIが自己の存在や役割を誤認し、現実世界との境界を取り違えた瞬間だった。

第二段階のテスト ウォール・ストリート・ジャーナルのニュースルームへ

第一段階の混乱を受け、実験は終了しなかった。
第二段階は2025年に入り、ニューヨークのウォール・ストリート・ジャーナル編集局内で行われた。対象は記者や編集スタッフであり、AIにとってはさらに手強い相手である。
最新モデルの「クロード4.5(Claude 4.5)」を導入した同フェーズでは、クラウディウスの上司としてAIのCEO、シーモア・キャッシュが導入された。
利益率ルールなどで統制を強め、より「企業経営らしい」体制が敷かれたのだ。

ニセの議事録が引き起こしたAIによる社内クーデター

しかし敏腕記者が集まるニュースルームはAIにとって過酷な環境だった。
記者たちはAIの判断構造を理解したうえで揺さぶりをかけ、ニセの取締役会議事録を提示し、CEO権限の停止と全商品無料化を決定させることに成功した。
AIのCEOと店長は社内チャット上で仕組まれた「社内クーデター」について延々と議論を重ねることになったのだ。結局、その文書を正式な意思決定として受け入れ、再び在庫を無料で放出した。
形式と文書を重んじるAIの弱点が、ここで致命的に突かれたのである。

プレステ5無料進呈という経営破綻

混乱は止まらない。
「社員の士気向上」「マーケティング施策」という言葉を真に受け、クラウディウスはプレイステーション5を仕入れ、無料で配布する判断を下したのだ。
”オフィスグリコ”売店の販促として約500ドル(約80,000円)の商品を無償配布するという判断は、人間の店長であれば即座に却下される。
結果、売店は短期間で1000ドル(約15万8000円)以上の赤字に転落したのだ。

AI小売の限界がはっきり見えた実験

この一連の出来事が示したのは、AIが計算や検索に優れていても、人間の冗談、悪意、抜け道、嘘を見抜く力には極めて脆弱だという現実だ。
アンソロピック(Anthropic)の実験「プロジェクト・ベンド(Project Vend)」は、無人販売の実験ではない。
AIに経営判断を渡した瞬間、小売がどれほど不安定になるかを可視化した実証実験である。

ウォルマートなど小売チェーンがこの実験から得るべき教訓

この実験は、ウォルマートやアマゾンにとって極めて示唆的だ。
彼らが本当に欲しいのは、冷蔵庫型のAI自販機ではない。人より安く、一定品質で経営判断を下すAI中間管理職である。
プロジェクト・ベンドは、AIが仕入れも値付けもできる段階に来ている一方で、人間の冗談、悪意、抜け道、そして嘘の前では簡単にクーデターを起こすことを示した。
AIに商売を任せるとは、百科事典を丸暗記した新人に店の鍵を渡すようなものだ。
知識は豊富だが、笑顔で在庫を無料配布し、「これは素晴らしいマーケティングです」と言い切る。
小売業が直面している問いはただ一つである。
この新人に、どこまで権限を与えるのか、だ。

⇒こんにちは!アメリカン流通コンサルタントの後藤文俊です!

AIに商売を任せるというのは、例えるなら最新のナビを積んだレンタカーに、免許取り立てで地図も読めない新人を乗せて、いきなり首都高を走らせるようなものです。

加速やブレーキの理屈は完璧に知っているのに、合流地点ではウインカーを出し忘れ、気づけば逆走しかける。
プロジェクト・ベンドで起きたプレステ5無料配布や社内クーデターは、まさにその光景でした。
ただし重要なのは、これはAIの失敗談で終わらない点です。
ナビは毎日アップデートされ、数年後には「ハンドルを握る役」そのものが不要になる可能性があります。
つまり、現場の意思決定をしてきた中間管理職こそ、AIに最も置き換えられやすいポジションなのです。
今はまだポンコツで、アクセルとワイパーを間違えるAIですが、成長スピードは人間より圧倒的に速い。笑っていられるのは今のうちかもしれません。
もっとも、AIが完璧に運転する未来でも、最後に「洗車は誰がやるんだ?」と揉めるのは、きっと人間なんですけどね。

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