


先般の1月3日の記事で、アメリカの高級百貨店業界に漂う不穏な空気と、名門サックス・フィフス・アベニュー(Saks Fifth Avenue)およびニーマン・マーカス(Neiman Marcus)を擁する親会社、サックス・グローバル(Saks Global)の危機的状況について警鐘を鳴らしたばかりだが、事態は予想以上のスピードで急転直下した。
現地時間2026年1月14日、サックス・グローバルは連邦破産法第11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請し、事実上の経営破綻に追い込まれたのである。
まさに「売り場さえあれば客は来る」という旧態依然とした百貨店ビジネスモデルの限界が露呈した形だが、今回の破綻劇は単なる老舗の退場劇には留まらない。
そこには、買収劇に巨額を投じたテクノロジーの巨人、アマゾンとの泥沼の確執や、サプライチェーンをズタズタにした「負の連鎖」が鮮明に刻まれている。
本稿では、最新の現地報道と裁判資料に基づき、この巨大ラグジュアリー帝国の崩壊とその波紋について詳細に分析する。
アマゾンの激怒:「投資価値はゼロ」という痛烈な断罪
今回の破綻劇において、最も衝撃的かつ象徴的な動きを見せているのが、サックス・グローバルの主要出資者の一角を占めていたアマゾンである。
アマゾンは、サックス・グローバルの再建計画(DIPファイナンス)に対して公然と異議を申し立て、裁判所に「より抜本的な救済措置」を求めるという異例の強硬姿勢に出た。
事の発端は2024年12月にサックスが競合のニーマン・マーカスを27億ドル(約4,050億円)で買収した際に遡る。
この際、アマゾンは4億7,500万ドル(約712億5,000万円)を出資し、マイナー出資者として名を連ねた。
この提携により、アマゾンのサイト上に「サックス・アット・アマゾン(Saks at Amazon)」というラグジュアリーストアが開設され、サックスは物流ノウハウの提供を受けるとともに、8年間で少なくとも9億ドル(約1,350億円)の紹介手数料をアマゾンに支払う契約となっていた。
しかし、破綻申請直後の裁判資料において、アマゾンの弁護団は「サックスは予算を達成できず、1年足らずで数億ドルの現金を使い果たした」と痛烈に批判。
さらに「アマゾンの株式投資は今や推定上、無価値(worthless)である」と断言したのである。
アマゾン側の主張によれば、サックスが進めようとしている新たな破産融資計画は、既存の債権者であるアマゾンの返済順位を不当に引き下げるものであり、容認できるものではないという。
もしサックス側が懸念に対処しない場合、アマゾンは管財人や調査委員の選任を含む、さらに厳しい法的措置に出る構えを見せている。
かつて「リアル店舗とデジタルの融合」として期待されたこの提携は、わずか1年あまりで泥仕合へと変貌してしまった。
「負の連鎖」:在庫枯渇が招いた必然の死
サックス・グローバルの破綻原因は、巨額の負債だけではない。
「現金がないためベンダー(納入業者)に支払いができない」→「ベンダーが商品の出荷を止める」→「店頭から商品が消える」→「売上が激減し、さらに現金がなくなる」という、小売業にとって最も恐ろしい「死のデス・スパイラル」に陥っていたことだ。
現地報道によれば、昨年10月から11月にかけて、サックスの経営危機を察知した多くのブランドが新規在庫の出荷を停止した。
通常であればホリデーシーズンに向けて最新の商品が並ぶはずの店棚はスカスカになり、顧客は失望して店を去っていった。
サックス・グローバルの直近の四半期売上高は前年同期比で13%以上も急落し、純損失は2億8,800万ドル(約432億円)にまで拡大していたという。
さらに事態を悪化させたのが、経営陣による強引な支払い条件の変更である。
資金繰りに窮したサックス側は、ベンダーへの支払いを従来の「受領後60日」から「90日」へと一方的に延長。
これに反発したサプライヤーとの関係は決定的となり、商品の供給網は完全に寸断された。
高級百貨店にとって「品揃え(アソートメント)」こそが生命線であるが、自らそのライフラインを断ち切ってしまった形だ。
破産法申請と5億ドルの輸血:棚を埋めるための最後通告
1月14日の破産法申請と同時に、サックス・グローバルは既存の貸し手グループから総額17億5,000万ドル(約2625億円)のDIPファイナンス(再建融資)を確保したと発表した。
そのうち、当面の運転資金として約5億ドル(約750億円)のアクセス権を即座に得ることになった。
この5億ドルの使途は明確である。それは、激怒して去っていったブランドパートナーたちへの「今後の支払い」を保証し、空っぽになった棚に春物の在庫を呼び戻すことだ。
裁判所も初日の審理で、従業員の給与支払いやベンダーへの継続的な支払いを許可する決定を下している。
経営体制も刷新された。これまでの混乱を招いたとされるリチャード・ベイカーCEOは退任し、新たにジェフリー・ファン・レムドンク氏(Geoffroy van Raemdonck)がCEOに就任した。
ファン・レムドンク氏は、かつてニーマン・マーカス(Neiman Marcus)が破綻した際に再建を指揮した人物であり、いわば「火中の栗を拾うプロ」として再び登板したことになる。
彼は声明で「この資金は、ブランドパートナーへの支払いを円滑にし、在庫の流れを加速させるために不可欠だ」と述べているが、一度失われた信頼を90日サイトのままで回復できるかは極めて不透明だ。
小規模ブランドを直撃する「連鎖倒産」の危機
今回の破綻劇で最も割を食うのは、プラダやグッチといった巨大ラグジュアリー・コングロマリットではない。
彼らは百貨店内で「コンセッション(場所貸し)」形式で営業しており、在庫リスクを自社で管理しているため、影響は軽微だ。
また、彼らは直販(DTC)比率を極限まで高めており、百貨店への依存度は低い。
真の被害者は、百貨店を主要な販路として頼ってきた独立系の小規模ブランドやコンテンポラリーブランドである。
報道によれば、あるブランドは約5万ドルから1,000万ドル(約15億円)もの未払い金を抱えているという。
米国破産法において、こうしたベンダーは「無担保債権者」に分類され、銀行などの「担保権者」への返済が優先されるため、回収できるのは「1ドルあたり数セント」になるのが通例だ。
「サックスからもニーマンからも数ヶ月支払いがなかった」と嘆くブランドの声も報じられている。
関税の引き上げ懸念と相まって、キャッシュフローの悪化は致命的となりかねない。
サックス・グローバルの破綻は、アメリカのファッション・エコシステム全体に連鎖的なダメージを与える可能性が高い。
店舗網の縮小と「体験型」への強制転換
今後の見通しとして、サックス・グローバルは不採算店舗の閉鎖を進めることが確実視されている。
特に、アウトレット業態である「サックス・オフ・フィフス(Saks OFF 5TH)」については、店舗数の約半数が閉鎖されるとの見方が出ている。
高級百貨店のブランド価値を毀損しかねない過度な値引き販売や、多店舗展開の見直しが迫られているのだ。
一方で、生き残る店舗については、単にモノを売る場所からの脱却が求められている。
ロンドンのハロッズやパリのボン・マルシェのように、店舗そのものを観光地化し、アート展示や限定コラボ、ホスピタリティを提供する「エンターテインメントとしてのショッピング」へ転換できるかが鍵となる。
しかし、米国の消費者の行動変容は深刻だ。多くの富裕層はすでにブランドの直営店やオンラインで購入することを好んでおり、「何でも揃うが、何一つ特別ではない」百貨店という業態に魅力を感じなくなっている。
「創業102年の名門」という看板だけでは、もはや家賃も払えないのが現実だ。
結論:アマゾンの失望が示す「リテール新時代」の残酷さ
今回のアマゾンの怒りは、単に投資が焦げ付いたことへの苛立ちだけではないだろう。
彼らはサックスを通じて、手付かずだった「真のラグジュアリー顧客データ」と「実店舗の権威」を手に入れようとした。
しかし蓋を開けてみれば、そこにあったのは効率化とは程遠い旧態依然とした放漫経営と、積み上がった借金の山だけだったのだ。
アマゾンが「無価値」と断じたのは、サックスの株式だけではないかもしれない。
それは、デジタル変革を先送りし、不動産価値と過去の栄光にすがってきた「20世紀型百貨店モデル」そのものへの最終宣告とも受け取れる。
サックス・グローバルは2026年末までの再建完了を目指しているが、その道は険しい。
ウォルマートやコストコが徹底的な効率化で勝ち残り、アマゾンが物流を支配するこの国で、「中抜き」の代名詞となってしまった百貨店に、果たして再起の場所は残されているのだろうか。
我々は今、アメリカ小売業の歴史的な転換点を目撃している。
サックス・グローバルの破綻劇、凄まじいことになっていますね。特に注目すべきは、4億7,500万ドル(約712億円)も出資したアマゾンの激怒ぶりです。
彼らがサックスの株式を「無価値(worthless)」と切り捨てた背景には、単なる金銭的損失以上の失望があります。
常に「Day 1(毎日が創業初日)」の精神で顧客への執着と効率を追求するアマゾンに対し、サックスは借金で競合を買収し、ベンダーへの支払いを遅らせて資金を回すという、旧態依然とした「Day 2(停滞と死)」の典型的な経営でした。
豪華な店舗を構えても、支払いを渋って商品が入ってこなければ、そこはただの「虚飾の空き箱」です。
「売り場さえあれば客は来る」という古い百貨店の傲慢さが、データとロジックで動くアマゾンには我慢ならなかったのでしょう。
これは例えるなら、最新鋭の電気自動車のモーター(アマゾン)を、ガソリン漏れを起こしている骨董品のクラシックカー(サックス)に無理やり搭載したようなもの。
走るどころか、引火して炎上してしまいました。
アマゾンも今頃、PC画面の前でこの巨額投資に対する「返品ボタン」を血眼になって探しているでしょうが……残念ながらこの買い物に「プライム会員無料返品保証」はついていなかったようですね(笑)。
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