【米国流通視察の現在地】売り場を見ても何も分からない時代へ 知るべきは“すごいアプリ体験”

米国小売アプリの実画面を使い、参加者全員で購買体験を検証する流通DXワークショップの一幕。売り場ではなく“スマホの中の売り場”を起点に、生活者視点で小売の競争力を読み解いていく。

米国小売アプリの実画面を使い、参加者全員で購買体験を検証する流通DXワークショップの一幕。売り場ではなく“スマホの中の売り場”を起点に、生活者視点で小売の競争力を読み解いていく。

米国小売アプリの実画面を使い、参加者全員で購買体験を検証する流通DXワークショップの一幕。売り場ではなく“スマホの中の売り場”を起点に、生活者視点で小売の競争力を読み解いていく。

売り場視察だけでは、もう何も掴めない時代になった
先日、北海道を拠点に多角化経営を行う企業のデジタル推進部門とオンラインで意見交換した。創業はガソリンスタンド。そこからフィットネス、書店、リユースなどへ広がり、現場は真面目で強い。
一方で、デジタル活用は「進んでいるようで進んでいない」。部署ができたのは約1年半前。各事業が独立採算ゆえにツール導入が点在し、知見が蓄積しない。専門人材が育っていない。だからロードマップが描けない。
ここまでは、日本の流通業に極めて典型的である。
では、何が欠けているのか。私は答えを一言で言える。生活者の視点での流通DXが決定的に欠如しているのだ。
日本のDXは、社内の効率化で止まりやすい
日本の流通DXは、どうしても社内の業務改善に寄ってしまう。生成AIやノーコードを使って、まずは現場の生産性を上げる。これは正しい。
ただし、それだけでは変革に届かない。なぜなら、小売の競争軸は「社内」ではなく「顧客の行動」にあるからである。
顧客がどこで便利さを感じ、どこで面倒を感じ、どこで離脱するのか。ここをつかまない限り、推進側は「何をやれば勝てるのか」が分からない。
つまり、日本のDXが伸びない原因は、技術力や予算以前に、買い物体験の設計視点そのものが弱い点にある。
売り場を見て回り、現場の人と話すだけの視察は、なぜ危ういのか
最近、ある流通視察のレポートを読んだ。構成は、専用バスで店舗を巡り、売り場を観察し、ホテルで講義を受ける。事前のオンライン講義や、現地での座学も組み込まれている。
運営としては丁寧で、参加者にとって学びもあるだろう。だが、私はあえて言う。それは「昔の勝ち筋」を学ぶ視察になりやすい。
店舗観察は、もちろん意味がある。品揃え、価格、棚割り、販促、オペレーション。
だが、今の米国小売の本丸はそこだけではない。むしろ、勝負の中心は見えにくい場所に移っている。
それはどこか。スマホだ。アプリである。ラストワンマイルである。顧客の個別最適である。
売り場だけを見て帰国すると、こうなる。「なるほど、アメリカは広い」「棚が大きい」「品揃えが違う」。それで終わる。
そして日本に戻った瞬間、何を変えればいいのかが曖昧になる。なぜなら、肝心の「生活者の行動変化」を体で理解していないからだ。
ウォルマートの人事は、売り場ではなくスマホを見ろという宣告である
象徴的な出来事が起きた。
ウォルマートUSのトップに、歴代最年少クラスで、店舗現場の経験がない人物が就く。従来の小売の常識ではあり得ない。現場叩き上げが絶対条件だった世界で、その不文律が崩れたのである。
この人事を、単なる人材登用の話として片付けてはならない。売り場運営よりも、デジタルとデータの設計が競争力の源泉になったというメッセージだ。
だから私は、流通視察の主戦場も変えるべきだと言い続けている。見に行くべきは「すごい売り場」ではない。「すごいアプリ体験」である。
生活者は、どこで便利さを感じているのか。答えはアプリの中にある
生活者の便利さは、もはや売り場の中だけに存在しない。
むしろ、アプリの中で増幅されている。ネットスーパーで、いつもの購入履歴からワンタップで揃う。代替提案が出る。配達の時間枠が選べる。店舗受取に切り替えられる。会員メリットが積み上がる。
スキャン&ゴーでレジが消える。モバイルチェックアウトで行列が消える。こうした積み重ねが、買い物の「面倒」を削り取っていく。
ここで重要なのは、生活者が感じるのは「技術のすごさ」ではなく「面倒が消える快感」だという点である。
推進側がテクノロジーを語っても、生活者は動かない。生活者が動くのは、面倒が減り、時間が戻り、失敗が減り、ストレスが減るときである。
だから私は、実アカウント操作を研修の中核に置いている
私の流通DXワークショップ研修は、店舗見学が中心ではない。私自身のスマートフォンを参加者にシェアし、実際の小売アプリや配送アプリをその場で操作してもらう。
時には、私がいないところでも触ってもらう。パスコードも含めて完全にシェアする設計である。だからこそ、他社合同開催はしない。一社単独に限定する。
これは件数を絞りたいからではない。体験の深さと安全性を最優先した結果である。
そして、ここが核心だ。日本から来た視察団の多くは、アプリをダウンロードできない。ログインできない。決済手段がなく買えない。
つまり、アプリの中がホワイトアウトする。そこが見えないまま、売り場だけ見て「分かった気」になって帰る。これこそが、日本の流通視察の最大の病である。
価格は時間単価ではない。リスクと体験価値の単価である
この研修は、時間を切り売りするようなコンサルティングではなく、個人情報・決済情報・購買履歴を含む実環境を共有する「体験設計そのもの」への対価として成立している。
ここで私はよく逆質問をする。「あなたのスマホを丸1日借りるなら、いくらなら貸せますか」「パスコードも含めて貸してと言われたら、いくらですか」「同僚10人であなたの実アカウント入りスマホを共有したいと言われたら、いくらですか」。
多くの人は答えに詰まる。答えが出ないのが普通だ。だからこそ、分かるはずだ。私が提供しているのは、時間ではなく、生活者体験のブラックボックスを開ける鍵である。
高いか安いかではない。その企業にとって、この体験が今、本当に必要かどうかで判断すべきである。必要なら、投資は回収できる。不要なら、無理に勧めるものではない。
結局、日本の流通DXは「生活者から逆算」できるかで決まる
今回の意見交換で確信した。日本の流通が最も必要としているのは、生活者の視点での流通DXである。
社内の効率化を否定しない。だが、そこから先へ進むには、生活者体験を起点に、店舗とデジタルとラストワンマイルを一体で設計するしかない。
売り場だけを見て回り、現場の人と話をし、ホテルで座学を受ける。それで満足している限り、競争の中心には触れられない。
いま見るべきは棚ではない。スマホである。アプリである。生活者の利便である。ここに踏み込めるかどうかが、今後の日本の流通DXの分岐点になる。
生活者視点の流通DXを本気で議論したい企業へ
私は今後、単なる視察や情報収集ではなく、自社の変革を前提に本気で議論したい企業とのみ、意見交換を重ねていきたいと考えている。
もし御社が、流通DXを「IT導入」ではなく「生活者体験の再設計」として捉え、そこに本気で向き合いたいのであれば、まずはメール(gotofumitoshi@gmail.com)でご連絡いただきたい。
件名に「情報交換希望」と記し、現在感じている課題や、参加者にどのような学びを持ち帰らせたいのかを簡単で構わないので添えてほしい。
私自身、米国の最新事例や数字を並べるだけの“知識の切り売り”をするつもりは一切ない。
御社の課題が共有されて初めて、米国の現場で起きている変化やアプリ上の購買行動、ラストワンマイルの設計思想が、具体的な経営判断の材料として機能し始めるからである。
米国の流通現場は、すでに売り場中心の競争から、スマホを軸とした購買体験設計の競争へと完全に軸足を移している。
日本の小売業がこの流れを正しく捉えるためには、講義を受けて終わる視察ではなく、双方向での意見交換と体験を前提とした学習設計が不可欠だ。
私は、その議論の相手として、目的を共有できる企業とだけ向き合っていきたい。覚悟を持って変わろうとする企業からの連絡を待っている。
今回の記事、ひと言で言えば「もう売り場だけ見ていても、流通の未来は見えませんよ」という話です。米国では今、競争の主戦場は棚割りではなく、スマホの中にあります。
ウォルマートもターゲットもサムズクラブも、アプリ上での買い物体験、配送スピード、パーソナライズの精度で勝負している。
つまり、店舗は“入口”であって、“本丸”はアプリとラストワンマイルの設計に移っているわけです。
ところが日本の視察は、いまだに「ホテルで座学&店舗を見て回る」という昭和型モデルが主流。
これは例えるなら、最新のF1レースを研究するのに、ピットの外からタイヤだけ眺めて「なるほど速そうですね」と言っているようなものです。
肝心のエンジンとデータはフルスルー、では勝ち方は見えません。
生活者がどこで便利さを感じ、なぜそのアプリを使い続けるのか。そこを体感せずにDXを語っても、結局は「便利そうなツール導入」で止まってしまいます。
だから私は、スマホを触り、実際に買い、届くまでを体験する研修にこだわっているのです。
ちなみに研修中、参加者の皆さんがアプリ操作に夢中になる横で、私はひたすら充電ケーブルの残量を気にしています。
アメリカ小売の最先端を語りながら、一番の敵が「バッテリー切れ」だというのも、なかなか現実的なDXあるあるかもしれませんね。
最終更新日:
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